元男、女に惚れられる……なんで?   作:庭顔宅

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第十四話

カチコチカチコチ

 

 暗い部屋に時計の音が鳴り響く。

 

 11時25分4秒

 

 ちょうど前日、約18時間前。17時26分。 

 学園から今日は休むようにと、母に連絡があった。親、学園。その両方から同じ方向を示されたのならば、断る理由はない。それに従い2日連続休むことになった。

 

 11時25分25秒

 

 家族を送り出し、有給でもないのに仕事を休もうとした母を叩き出す。そうして、ここに居る。

 

 自室から出たのは落ち着かないため。明かりを消したのは落ち着くため。毛布に包まるのは感情的にならないため。昼ご飯を食べなかったのは感情的になるため。

 

 11時25分51秒

 

 時間は死ぬほどあった。いくらでも考える暇があった。

 あらゆる流れを想定し始めている。随分と楽観的なものから、過激的なもので、記憶を埋め尽くしている。それはあまりよろしくないとは分かっている。でも、時間がそうさせる。

 

 自分は転生者だ。だからこそ、いくつもの最終手段が思い浮かぶ。わかっている。それは家族を悲しませるもの。

 

 11時26分49秒

 

 最低でもあと2日は休まなくてはならない。土日休日だ。

 

 時間はいくらでもあってしまう。だが、いくらこうしていても意味がない。既に考え抜いた。ここまで来れば、次につながる行動をすべきだろう。

 

 そう何度目かの結論を出す。だが、スマホはあの4人組に取られたまま返してもらっていない。パソコンは無い。家から出ることは許されていない。

 

 何もできない。

 

 その事実が、胸の内側をゆっくりと締め付けてきた。

 

 11時26分57秒

 

 13時1分2秒

 

 16時34分19秒

 

 16時37分41秒

 

ピンポーン

 

 静まり返った家に、やけに澄んだ音が鳴った。

 

 この時間帯ならば、妹が帰って来たのだろうと思った。

 

 だが、違う。

 

 足音がしない。鍵を探る音もない。そもそも鍵は掛けていない。

 

 もう一度、インターホンが鳴る。

 

ピンポーン

 

 規則的で、遠慮のない押し方だった。家族じゃない。

 

 心臓が、一拍遅れて音を立てる。

 

 扉の前に立っているのは一人。それらは見知っている制服を着ている。

 

 扉から半歩、引いた位置。遠すぎず、近すぎず、逃げ場を塞ぐような距離感。その立ち振る舞いは、妙に落ち着きすぎていた。

 

 精華。鳳と肩を並べる大企業の愛娘。

 

「突然ごめんなさい」

 

 精華はそう言うと、一歩だけ前に出た。

 

 その手に、小さな紙袋があった。

 

 「しっかりと、話があるの」

 

 そこで一拍、間を置く。

 

「上がらせてもらえないかしら」

 

 語尾は柔らかい。だが、視線は逸らさない。

 

 断る、という選択肢が最初から想定されていない言い方だった。

 

 チラリと横の方を見る。

 どこか落ち着かない様子を見せる桃色の生徒、花宮が居た。

 

「どうぞ」

 

 断れる流れではなかった。

 

 先に、家へと上がる。

 

「お邪魔します」

「……お邪魔します」

 

 片方はしどろもどろしい。だが気にする余裕はない。

 

 振り返れば、精華が準備を終えていた。

 

「つまらないものですが」

 

 紙袋から菓子折を取り出し、こちらに向けられていた。

 

「これはご丁寧に、ありがとうございます」

 

 受け取れば、後ろも振り返らず手早く、リビングへと向かう。

 

 早急に、静かに、床に落ちた毛布をソファに畳み置く。そしてキッチンで来客対応用の準備を始めた。 

 

「そちらのソファにどうぞ」

 

 茶を用意しながら言った。そうして菓子と合わせて目前の机に置くまでが準備であった。

 

「粗茶ですが」

 

「ご丁寧にありがとうございます」

 

 精華は一口飲んだ。そして目を煌めさせて言った。

 

「美味しい」

 

「どこのお茶かしら」

 

「市販のパック茶です」

 

「まさか……何か秘訣があったりするのかしら」

 

「昔、抹茶をしばいた事があるので」

 

「なるほど」

 

 そう言うと、何の面白みも無いお茶を眺めはじめた。隣には、それに習う影があった。

 

 自分もすっと一息つくと、切り出す。

 

「それで、本日はどのようなご用件でしょうか」

 

 花宮が居る以上、俺にとって最悪の内容を伝えに来たのではないだろう。

 

「貴方、今回の一件をどのように認識しているのかしら」

 

「大まか、想像通りに」

 

「貴方の口から聞きたいの。答えてくれないかしら」

 

「最悪の場合、自分に従わない存在がどうなるのか、見せしめが行われている」

 

「そう」

 

 精華は頷いた。一呼吸を置いて、言った。

 

「貴方の認識は間違っているわ」

 

「そうですか」

 

「誤解がある。鳳は、そんな事考えていないわ」

 

「そうですか」

 

「……貴方、言うことはそれだけなのかしら?」

 

「そうですね、良かったです」

 

 精華はほんの一瞬だけ眉を動かした。

 

「最悪の状況でないのであれば、やり様は幾らでもあります」

 

「もっと思う事があるのでは?」

 

「特には」

 

「貴方ねぇ」

 

 精華は初めて声を荒げた。だが、俺はそれに被せた。

 

「考えてみてくださいよ」

 

「ある日、突然好意とやらを行動で示してきた。しつこく、お金にいとめもなく、付きまとわれた。そしてある日、終わった。何か言われたわけでも、何か特別な出来事があったわけでもないのに」

 

「暗い自分が出たのでしょう。悪意があったのなら聞いても無駄、興味を失ったのならこのまま関係性を無くしたい。そんなことを考えていました。今思えば、しっかりと聞くべきだったのでしょうね」

 

 現実にしたくなかったのだろう。正直に言えば、怖かったのだ。あれほどの好意の裏側に、俺が気付けない程の悪意を持っていることを認めたくなかった。

 だが、俺にとっての最悪とは家族が巻き込まれることだ。聞く以外の選択肢はない、無いはずだったのに聞けなかった。

 

「それは間違っていないと思うわ」

 

「でもね」

 

「聞かなかったことが問題なんじゃない」

 

「聞けなかった理由を、ずっと一人で抱え続けたことが問題なの」

 

「そう、なのでしょうね」

 

 もともと明るい性格ではない事に加え、中等部での一件で僅かにあった交友関係は完全に絶たれた。家族のことは守るべき者という認識しかない。前世の感性というものは、いとも簡単に俺を独りにした。

 

「月曜日は来るのかしら?」

 

「何もなければ」

 

「鳳からあなたへ話があると思うわ」

 

「それをどうするかはあなた次第。孤立したいならするといい、間違える自分が嫌なら逃げればいい。それもいいわ。ただ、後悔しない選択をしなさい」

 

「私は帰るわ」

 

 そう言うと、精華は立ち上がった。

 

「花宮が話したい事があるらしいから見送りは必要ないわ」

 

 すたすたと、静かに去る。それを追い掛ける事は無かった。

 

 その場に残るのは時計の針の音。そして俯く桃色の影。それはしばらく経っても続いた。

 

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