あれから休め、と言われることも無かった。
今俺は学園にいる。既に時刻は放課後だ。
椅子の上で少し待っていると、ざわざわと騒がしくなる。そうして、この教室に鳳がきた。
「少し、いいだろうか」
「ええ」
朝の時間には、放課後に時間が欲しいと会いに来ていた。精華が言っていた、アクションだった。
鳳が目の前にいる。だけども距離があり、いつもの笑みは無く真面目な顔で、態度が改められ何処か他人行儀だ。
「すまなかった」
その一言は静かだった。
友人にする謝罪などではなく、しっかりと頭を下げるそれ。
「あの状況を許してしまった。気づくのが遅れた。止めるのも遅れた。それで、あなたが傷ついた」
「本当に、すまなかった」
一拍。
「どうして」
俺は口を開いた。
「どうして、こうなったのですか?」
彼女を見る。
「驚かせようと、サプライズをしようとして距離を置いた。」
「なぜ、完全に距離を置いたのですか」
「仲良くなれていなかったから」
しっかりと、聞き取った。
「貴方は極端で、強情ですね」
ずっと考えていた。俺はどうしたいのだろうか。
別に孤立したいわけじゃない。でも、友達が沢山欲しい訳でもない。流れるままに、やって来た。あの日、転生した時から、流れ着くままに来た。別にやりたいことをやらなかった訳じゃない。むしろ、全部やった。ただ自然と、自分の物とそうでない物とで分けているだけ。
精華は言っていた。後悔しない選択をしなさいと。
あれほどの時間をかけて、どんなに考えても、どうなりたいのかなんて思いつかなかった。このまま鳳と距離が生まれ、当初の想定通り一人学園生活を過ごす。逆に仲良くなり、振り回される。最悪の結果が無くなった今、どれでも大して変わらない。
だからこそ、いつも通りに俺はやる。
「それならば、貴方の弱みを見せてください」
ざわり、と空気が揺れる。
悪く言って選択の責任の放棄。良く言っても他人任せ。
自分に望みがないのなら、他人の望みに合わせて動く。
別に身内でもないのだ。連絡をしなくなったら、自然と疎遠になるだけ。彼女がしたいようにすればいい。ただ、悪い方向に進まないのであればそれでいい。それが、俺の出した結論だった。
「他の人ならこんなことは言いませんよ。もっと穏便に終わらせます」
「あんな事があったというのに、まだ距離を縮めたいなんて思っているのなら、本当になりたいと思うならば見せてください」
随分と教室は騒がしかった。でも、今は鳳しか見ていなかった。
「この後時間はあるだろうか」
「はい」
「行こう」
彼女の後ろをついてゆく。今回ばかりは会話はなかった。
そうしてたどり着いたのは、学園の一室。
鍵を閉める。次の瞬間に鳳は服を脱ぎ始めていた。
「何を」
戸惑いの声が出た。だが鳳は言うのだ。
「私には君に差し出せるものがない。それに、君はやられたのだ。これでお相子と言うつもりはないが、せめて」
随分と痛々しかった。
「それは弱みではありません」
自分の上着を掛ける。そして椅子を向かい合わせ、座る。
「座ってください」
それを口にして選択肢を狭める。
「見せられる弱みがないとは?」
鳳はしばらく黙っていた。
「私は、負けたことがない」
静かな声だった。
「欲しいものは手に入る。反対されれば押し切る。問題が起きれば解決させる。そういう場所にいた」
視線は逸らされたまま。
「だから、弱みというものが分からない」
「貴方の弱みはなんとなくわかりました」
「私の弱みが?」
「一人で全部決めてしまうところです」
改めて考えてみた。どうするのが正しいのか。
「私から言うことは一つです。やりたいようにやってください。でも、ちゃんと言ってください。私は貴方を何も知りません」
「貴女は距離の詰め方が怖いんですよ。私にとって貴方は他人で、人気者で、上の立場の存在です」
「だというのに、友達になれやら、突然パーティに連れて行かれたり、いろんな場所に連れていかれたり。行きたくないか?そう、一言確認すればいいだけの話です。後はご自慢の押しで無理やりにでも連れて行けばいいです」
鳳は少しだけ息を吐いた。
「ごめんなさい」
「まず、私が言うことはそれです。ちゃんと誘ってください。友人として」
「次は貴女です。言いたいことを言ってください」
反応が無かった。
「ないんですか?聞きたいこと」
「敬語は辞めてくれ」
それを聞いて思ったことは2つだった。1つが疑問じゃない、ということ。そしてもう1つが、俺にとって敬語を使う事は普通だという事。
「敬語に深い意味はありませんよ。普通の対応ってだけです」
その言葉に、鳳は俯いたままだった。
「……でも、まぁ望むならば、やってみましょう」
再度、念を押す。
「貴女が今までどんな人生を歩んできたかは知りません。ですが、私と友人になりたいのなら、ちゃんと言ってください。他人行儀だから敬語は辞めて欲しいだとか、仲良くなりたいからまずは敬語は辞めようだとか。何度でも言います。ちゃんと言ってください」
「敬語……」
その問いに、つい苦笑が漏れてしまった。
俺にとって敬語とは一種の仮面だ。男であった俺が女の子になるための。それが、嫌だというのなら言ってやろう。素の俺を見せてやろう。
「……お前を知らない。だから、仲良くなりたいなら意思表明をしろ。俺は鈍いから言われないと分からない」
別に、お前とどうなろうとどうでもいい。離れるなら離れろ。そんなことを思っていた。だが、鳳からは想定すらしていなかった言葉が聞こえてきた。
「私を怖がるな」
「……怖がってましたか?」
間があった。
「……わからない」
「もし、そう思ったならその場で言ってください。もっと距離を近くしてと。いっそのこと、この俺に鬱陶しいと言わせてみてください」
「豪快に金を使わないでください。庶民に合う金銭感覚で接してください」
「例えばどうすればいいのだ?」
急に言われても、困るのだが。……そうだな。
「お小遣い制、でもやってください。私と遊ぶ費用に一般的な上限をかけましょうか。問題があれば言うので、後々修正すればよいでしょう」
「さっきは自分の事、俺って言ってた」
「……気を付ける」
ずっと敬語だった。急にやめろと言われても難しい。もしやこれから、鳳と話す時だけは、敬語を辞めなければいけないのだろうか。
「私のことは嫌いか?」
「嫌いよりの普通です」
その言葉に、鳳はしょぼくれた顔をしていた。
「これから好きになれるように頑張ってください」
ほんの一瞬、間が空いた。
俯いた顔が上がる。そして彼女は、初めて肩の力を抜いていた。
「ああ、努力しよう」
その声音には誇示も威圧もなかった。
俺は、真正面から彼女を見た。
彼女も、逸らさなかった。
今、初めて目と目を合わせたような気がした。
「これからよろしく」
自然と、俺も笑っていた。
これをもちまして完結です。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。
だいぶ自分の中で自己完結しちゃってる部分あると自覚しており、そのわからないという不満などを、具体的な言葉にしてくれると嬉しいです。