次の日。
同じく放課後。
花織学園の前には、一台の白いリムジンが止まっていた。
この学園において、送迎車は珍しい存在ではない。ただ、問題なのは、車の入り口に居る黒いスーツを着た大人が居ること。そして、一瞬だけそちらを見て、平然と目を逸らし家に向かう俺に対し、それらは左右を塞ぎ、道を塞いだ事。
「お待ちしておりました、瀬名様。どうぞ中でお待ちください」
軽く冷や汗が流れる。せっかくの金曜日だというのに、嬉しさを全く感じられなかった。
「鳳様、ですか」
一瞬で彼女の姿が思い浮かんだ。
「中でお待ちください」
それは間違いなく、肯定に近い物だった。
ざわざわと、囁き声が盛り上がる。視線を向けられる、その顔を感じる。断った先の未来が、脳裏に過る。
「はい」
俺にはそれしか言えなかった。
釣られるがままに、中へと押し込まれる。そうして奥の方へとたどり着いた。
始めて体験するリムジンの中。時間がゆっくりと流れているようだった。そうして彼女は訪れた。
「すまない、どうやら待たせてしまったようだね」
「いいえ」
「それじゃ行こうか。出してくれ」
その合図に合わせて、この車両は走り出す。
「どちらに向かうのですか?」
「ん?ああ、パーティだよ。入学して落ち着いてきたからね、仲が良くなった同士でのちょっとしたお食事会さ」
「そうですか」
それはきっと、少数派である俺には知る由もなくて、彼女のような高貴な者同士で主催される物で、選ばれし者だけが来れるパーティなのだろう。そのような場所に俺を連れて行くその理由、それは自分の強さを見せつけようとしているのだろう。流石にそれ以上は無いと信じたい。
「有名シェフが腕によりよりをかえたものでね、誰でも楽しめるようにと沢山用意してもらったんだ。そうそう、君はピアノとヴァイオリンどちらが好きだい?丁度予定の空いているプロの演奏者が居てね……」
だが、彼女が提示するモノすべてに、興味がそそられなかった。当然、気になる物はあった。だけども、それは無くても良い物だ。
俺は彼女の言葉に、適切に相槌を打ちながら、時間は待っていた。彼女は、この空気が変な物にならないようにと努めていてくれていた。そうして時は経つ。
「さて、そろそろ到着だね」
リムジンを降りる。目前には、ビルの入り口があった。彼女の後ろを着いてく。そうしていると、随分と色鮮やかな場所に連れて来られてしまった。
「見てくれ、このドレスコードを!」
言われた通りに見渡す。教室よりも広いこの部屋は、虹色どころか配色カードのように、本当に鮮やかだった。
「どうだい?何か気になる服はあったかな?」
「いいえ」
「それなら、色々と試してみようか。頼むよ」
「はい!お任せください!!」
綺麗な人だった。スタイリストとでも言うであろうか。その人は僅かなコミュニケーションで服を選び、おすすめを教えてくれた。鳳は静かに何処かへと消え、女の子の長い買い物が始まっていた。
幾つもの選択肢から選び続けて、最終候補が残る。
判断基準はただ一つ、露出の少なさだった。
「蒼か、いいね。物静かで美しい君にピッタリだ」
いつの間にか鳳は、戻って来ていた。
「そうですか」
鳳を見る。いつの間にか、赤いドレスを着ていた。それは黄金の髪によく似合う。まるで、この部屋の服を照らすはずだったライトが、彼女のスポットライトのようにさえ思えた。
この俺でも、圧倒されていた。
「どうだい?私のドレスは?」
「とてもよく似合ってます」
本心から漏れた声だった。
「ありがとう。それじゃ行こうか」
鳳はこちらに手を伸ばした。
明らかに、俺がエスコートされる側の手をしていた。いや、逆にエスコートしろと言われても出来ないけども。
勝手も分からない。なので、経験者に従う。
鳳の手を掴む。それは、自然と彼女の腕元に持っていかれ、腕を組む形へとなっていた。
美人とこれほどまでに近づくの初めてで、どこか照れるものがある。だが、超える事の無い一線が、俺の中には既にあった。
そうして、彼女の隣で会場に足を踏み入れた。
ここだけは2階分の高さがあるのではないであろうか。
5つのシャンデリア。あちこちに飾られた造花。白いテーブルに鳳が言っていた通りの料理達。そして誰も彼もが高そうな服を着た学生達と、それなりに居るウェイトレス達。
そして、この場の居る誰一人として、誰かと腕を組んでいることは無かった。
その瞬間、鳳から離れる。
「ふふふ」
いたずらが決まったとでも言わんばかりに、俺を見ながら愉快に笑う。だが、その笑みに、今だけは殺意が沸いた。
明確に、最初の一手で、後戻りが出来ない位置に立たされた。
本来この場に居るはずのない人間が、周囲の目に晒される。それも彼女の隣という位置で、第一印象を決められてしまった。
彼女は存在感がある。だからこそ、この会場に入った瞬間、全員の視線が彼女に向かい、結果として俺も見られていた。その中には、明らかに俺を異物を見るような、敵意すら持つ目があった。それを、彼女は気が付いていないのであろうか。
「さぁ楽しんで」
彼女は、それだけ言って離れてく。
これで参加者は最後だったのだろか。次の瞬間、マイクから放たれる声が、注目を浴びていた。
そうして、このパーティは始まった。
誰かが開幕の挨拶をしている最中、俺は誰もいない場所に移動していたので、最初に話しかけられることはなかった。自然と孤立出来ていた。だけども、視線は感じてしまう。
だが、せっかく来たのだ。美味しそうな料理は味わっておこうと、俺は移動し始めた。
まだ熱の残る料理が並び、周囲の人々も遠慮も無く手を伸ばしている。ならばと、俺も一通り口に運ぶ。そうして満足した頃、自然と壁際に陣取っていた。
ほとんどは傍観していた。何も言わない、近づいてこない。
だけども、こちらを測るような視線と、相変わらず敵意を隠さない視線が、確かに存在した。
だけども、声を掛けてくる人間も確かに存在した。
1つは打算的に近づく者。
鳳と一緒に来るのを見ていたのだろう。お友達であろう俺と更にお友達になり、鳳燐とお近づきになりたいと近づく者。だが、こうしてみるとよくわかる。そう言った輩は、他の奴にもそのような事をしている。媚びへつらった笑みに、持ち上げるような言動、その全てに本心が存在しない。
1つは好奇心を持つ者。
こちらは、機嫌を悪そうに対応していれば、自然と退いていった。
このパーティには鳳のような存在感を持つ存在が何人か居た。あれらが全員花織学園の生徒なのだろうか。本当に、とんでもない学園に入学してしまったかもしれない。
「あ、あの」
不意に声を掛けられ、そちらを見る。そこには先ほどの2パターンとも違う存在が現れていた。
薄い桃色のサイドテール。それに逢うように足首まである桃色のドレス。彼女もまた、存在感を持っていた。だが、それには似合わない初々しさが、全身から溢れ出していた。
「どうかされましたか?」
自然な確認だった。
頭の中から機嫌の悪そうな声を出すという意識が消えていた。その原因を考えていると気が付いた。中等学園に居た友人と、目の前の人が似ているのだ。
「あ……いえ。すみません。急に」
彼女は一瞬、言葉に詰まった。
「そのドレス……とても似合ってます」
「ありがとうございます。貴方のドレスも、とても可愛らしいと思います」
「か、かわいい!?」
予想外の反応だった。社交辞令に社交辞令を返しただけで、彼女の声が一段高く跳ねた。
「はい、とても似合っていると思います」
俺はそう言った。何か間違えてしまったのかもしれない。だけども、俺はこれしか知らない。
彼女は一瞬、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。だけども次の瞬間、目に見えて頬を赤く染めた。
「あ、あの……」
口を開いては閉じる。指先が胸元の布をきゅっと摘まるように掴み、落ち着かない様子で視線が泳いだ。所在なさげに身体を小さく揺らし、ゆらゆらと淡いピンク色のドレスも揺れる。その姿は、どう見ても可愛らしいものだった。
「……えっと……」
言葉は続かない。結局、彼女は小さく息を吸い、
「そ、その……ありがとうございました」
ほとんど逃げるように一礼すると、人の流れの中へと紛れていった。
「……何だったんだろう」
その問いに答えは出てこなかった。