パーティが始まりしばらく経った頃。俺は明確に不機嫌になっていた。
本格的にやる事が無くなり、もう帰ろうと入り口に向かった。だが、門番らしき黒服の人が、無言で行く手を塞いだ。
「用事があるので」
そう言っても通してくれなかった。急用が出来た、ならば通してくれたのだろうかとも考えたが恐らく無理であろう。そう容易に帰してくれるとは思えなかった。
「ッチ」
家族に連絡する。今日は遅れるという事、ご飯は食べてから帰るという事、そして謝罪。そうして、ちゃんとした食事を始めた。
そうした過程を得て、俺は壁と同化していた。
「探したよ」
聞き覚えのある声。それは鳳の物だった。鳳燐が一人で現れた。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
そう言いながら俺は主催者にレベランスした。
スカートの裾を軽くつまみ、上体を保ったまま膝を曲げて頭を下げる。
「堅苦しいよ。そんな事よりもどうだい?楽しいかい?」
そう言われて、改めて周囲を見た。
煌びやかなパーティだ。談笑する輪、グラスを傾ける者、楽しげに笑う少女達。皆、美人だらけで、相応しい服装をしている。
それに比べて俺はどうだ。
何一つ準備せず、行動もせず、この場に居続ける。この服でさえ借り物だ。何処までいっても異物にしか思えなかった。
この会場に流れる曲が変わった。ピアノ主体のクラシックから、ヴァイオリン協奏曲へと流れゆく。
そこには主催者であろう人物に、誘ってくれた人物に、負の感情をぶちまけれない。この相手に嘘をついてよいのかという思考までもがあったのかもしれない。
だが、彼女の眼には料理にも、音楽にも、人にも、ファッションにも、なんにも関心を示さない姿にしか見えなかった。
彼女は続けて言った。
「……どうしてだい?」
不意に、距離を詰めてきた。それは物理的にも。
「つまらない?それとも、居心地が悪い?」
問いは軽い。
だが、視線だけは鋭かった。
もし、その問いに答えを述べるのならば、どちらでもない。ただ、この場に身を置く前提だけが、どうしても拭えなかった。
鳳は少しだけ首を傾げる。
「君ならもっと戸惑うと思っていた。はっきりと言葉にすると思っていた。そうでなくても顔に出すと思っていた」
そういう鳳は、少しだけ声の調子が変わっていた。そして、俺は思ってしまった。
ああ、それをお前が言うのか。
「ならおわかりでしょう。前提を履き違えないでください誘拐犯」
色々な考慮や配慮がある。だけども、彼の中でそれが一度たりとも何処かに消える事などなかった。
「なるほど」
彼女は言った。その笑みは、先ほどまでの物とは違って見えた。
「君は、こういう抵抗の仕方をするんだね。そんなに魅力がないのか?」
俺は何も否定しない。
「いいよ。今日は、そこまでにしておこう」
鳳はそう言って、一歩引いた。
俺は、ようやく一言だけ口を開く。
「すみません」
仮定はどうあれ、彼女の貴重な時間を奪ってしまった。それが嘘になることは無い。
鳳は一瞬、意外そうに目を瞬かせる。そして楽しそうに笑った。
「謝るんだ。やっぱり面白いね、君は」
彼女はそれだけ言って、別の場所へと移動してしまった。
ゆっくりと頭を上げる。そうして、俺に刺さる視線を見返した。壁に背を向けたこの場所は、良く周囲が見える。消える視線を後ろ目に、今度こそ止められることなく、俺はこの会場を後にした。