パーティ会場を途中で去り、彼女に連れられた道をそのまま引き返し、一室へとたどり着く。
コンコンコン、ノックする。だけども、返事は無かった。
「失礼します」
扉を開いた。
中に存在するのは、色とりどりの衣装たち。ここはパーティが始まる前、俺がこのドレスに着替えた場所だった。
「ここは立ち入り禁止だ」
部屋の中には誰もいなかった。だけども、背後には人が居た。
「すみません」
スーツを着ていた。先ほどの言動を合わせて考えれば、自然と警備員のような存在だと理解する。
「誰の招待だ?」
既に、不審者として区分けされていることも理解する。
「鳳様です」
「戯言を」
驚いた事に、そう、断言された。
すぐ目の前に居たそれは、俺の腕を容易に掴み、自由を奪った。
僅かにでも抵抗の様子を見せようなら痛みを与える。そういう形であった。こうして拘束されるのは人生の中で2度目。なぜ、このような縁が出来てしまったのだろうか。
「どうやって入り込んだ」
やはり、俺がこのパーティに来ることは唐突の出来事のようだった。昨日の今日の話となる。当然と言えばその通り。だが、それ程までに緻密な計画性が無かったという事実は、喜ばしいことだった。
「鳳様に案内していただきました」
「嘘を吐くな」
関節が悲鳴をあげる。
ああ、面倒くさい事になった。
「数時間前、こちらに居たスタイリストさんは、私がこの服を着るまでの過程を見ました。確認していただければわかるはずです。どちらにいらっしゃいますか?」
その問いに、答えは無かった。
どうやら今の俺は、不審者でも参加者でもないようだ。
「よろしいのですか?」
それは問いのように見せかけて、向けられた矛先だった。
「報連相が出来ていないと、自ら証明して」
このような状況だというのに、一切の反論を許さない絶対的な自信。落ち着いたように間延びしたトーンで話される会話。その異常さが、普通ではないと確信させる。
「この服は、鳳様から借りた物です。汚すのはおやめください。」
動揺が、振動で直に伝わった。
逆上は許さない。
俺にとってのパーティが終わった今、この服に身を包み続ける理由はない。借りた物を返す。置いた物を持ち直す。そうして、ようやく帰宅が始まろうというのに……落ち着け、あともう少しだ。
「貴方は、このまま私を追い出すだけでよいのです。そして、スタイリストさんに一言軽く確認すればよいのです。私が嘘つきなら、ブラックリストなり、出禁対応なり、なんなりとなさってください。ですが、嘘では無かったときのリスクをお考え下さい。私は大ごとにすることを望みません。少なくとも、このような事で鳳様のお耳を汚すことを望んでおりません」
「まずは着替えます。離れてくださいますか?」
静かに、離れて行った。
そうして俺は着替え始める。そのはずであった。
「私の着替えは何処ですか?」
「知るはずがないでしょう」
この部屋にあるはずの場所は、すべて目を通した。それでもなお、俺の服だけが無い。
「少なくとも、貴方以外で不審者は確認されていない」
これは困った。この部屋に鍵がかかっていなかった。だというのに、これほど大量の衣装が並び、自由に置かれている。それは決して警備が甘いという事ではないことを、後ろの警備員が示している。だが、俺の服だけは違っていた。
「スタイリストさんは何処ですか?」
「休憩中だ」
「何処にいますか?」
「外出したのは確認している」
「連絡出来ますか?」
「ダメだ」
「いつ頃返ってこられますか?」
「パーティの終わりまでには」
それじゃダメではないか。
「このドレスは借り物です。返却しなければなりません。ですが、ここに私の服が無いのです。これでは着替えることが出来ず、スタイリストさんが帰ってくるまで待つしかないのです。それも、鳳様が来るかもしれないという状況で、です」
「しかし、」
「貴方は、善意ある行動をしているのです。私が本当に鳳様に招待されたのかという職務上の確認、そして困っている少女の助けとなるために。私も、ある程度はお言葉添えが出来ると思います」
じっくりと悩んだ末、警備員はスマホを取り出した。だが、
「ダメだ」
しっかりと5コール。それでも彼女は出てくれなかった。
背に腹は代えられない、か。
「Tシャツ、Lサイズズボン、ベルト、厚めの上着、靴その他サンダルでも下靴を」
「突然なんだ?」
「買ってきてください」
ここで着替えたのは制服だ。過剰に持ち合わせている訳でもない。到底捨て置くことは出来ない。だが、鳳に鉢合わせるのはそれ以上に嫌だった。そして、このドレスを借り続けることも。
彼女ならば、かまわないと言うだろう。そのドレスはプレゼントだとも言いかねない。だが、嫌だ。
「今は職務中だぞ」
警備員の反応は、随分と私に寄った答えであった。
「選べ」
警備員と話していて、初めて敬語を外した。
「鳳に全て話されるか、買いに行くか、好きな方を選べ」
片腕をあげる。そこには、くっきりと手の跡が残されていた。
警備員の顔がわかりやすく青白く変わる。
「わ、わかった」
もはや、彼の頭に不審者という考えは存在しない。
彼は小走りで、この部屋を出て行った。
「……不味いな」
彼は走っていた。それが緊張や焦りから来るものだけであるならばよい。だが、もしも、あのパーティのお開きの時間が近いとするならば、それで緊張や焦りが生まれてしまっているとしたら。
「ああ、不味いな」
だけども、俺にやれることなど何もなかった。いや、こうして終わってから、一緒に行き、服を買ってもらうと同時にドレスを渡すという選択肢があった事に気がついた。スタイリストさんとは電話で1、2言話すことが出来たのであれば、問題なく解決する話だ。
やはり、俺は最後で爪が甘かった。