元男、女に惚れられる……なんで?   作:庭顔宅

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第六話

ガチャリ

 

 扉が開く。そこから現れたのは黒服では無かった。

 

「伊織?なぜここに居るんだい?」

 

 鳳燐が、スタイリストを連れてたどり着いた。

 場の空気が、わずかに変わる。

 

「すみません。ドレスを返却に来たのですが、私の制服が見当たらなくて、待ってました」

 

「あ、ごめん。クリーニングに出しちゃた。今手元に無いわ」

 

「…いえ、お気遣いありがとうございます」

 

「それに、それは君の物だ。返す必要はないよ」

 

「いいえ、借り物です」

 

「ならプレゼントだ。私は着ないからあげよう」

 

「結構です」

 

 即答だった。

 

「どちらにせよ、今着る服はそれしかないよ?」

 

 言われて、初めて逃げ道が塞がれていることに気づく。

 

「…どうしても、というのならば後日返してくれ」

 

「ありがとうございます」

 

「それで、それは何だい?」

 

 鳳の指が、俺の腕を取った。

 ドレスという薄着の衣装では到底隠しきる方法のないそれ。彼女の視線の先にあるのは、そこにある手の跡だった。

 

「誰にやられた?」

 

「事故です」

 

「それで、誰なんだい?」

 

「私、と言えましょう」 

 

「言う気はないと?」

 

「言うも何も、私のミスですから」

 

 沈黙。

 視線が刺さる。初めて彼女に対して恐怖という感情を抱いた。

 

 その時だった。

 

 ノックもなく、扉が勢いよく開いた。

 

「買ってきッ……!?」

 

 声が途中で凍りつく。

 それは服を買ってきてと頼み、それらを抱えた黒服であった。

 

「何だいその服は?」

 

 鳳は黒服に歩み寄った。

 

「私が買ってくるようにお願いしました。勝手に指示してしまい申し訳ございません」

 

「それはいいよ」

 

 鳳は近づき続けた。そして自然な流れで、息も絶え絶えた黒服の腕を取り、静かに持ち上げた。五本の指の、一つ一つ確かめるように見つめる。鳳は背中しか見えないが、黒服の表情はよく見えた。

 

「彼は良い人です」

 

「庇うのかい?」

 

「事実です」

 

 鳳は一瞬だけ考え、そして言った。

 

「いいだろう」

 

 鳳は黒服が持つ服を奪い取った。

 

「仕事に戻りたまえ」

 

「失礼します」

 

 黒服は急ぎ足で出て行った。

 

「どうぞ」

 

 服を受け取る。

 

「先ほどの人の連絡先を教えてくださいませんか?」

 

「なぜ?」

 

「代金を立て替えていただきましたので」

 

「なら私が補填しておこう。払う必要はないが、払いたいなら私に渡してくれ」

 

「すみません。今は持ち合わせがありません」

 

「ああ。なるほど。急に誘ったことを忘れていた。すまなかったね、家まで送って行こう」

 

「いえ、大丈夫です」

 

「遠慮はするな。私の責任だ。送られてくれ。」

 

 今はまだ、良い流れだった。それを絶つ理由など何処にもない。

 

「お言葉に甘えさせていただきます」

 

「それでは着替えます。少々お待ちください」

 

「私を待たせる気か?」

 

 明確に機嫌が悪くなっていた。妥協ラインはここか。

 

「すみません。ありがとうございます」

 

「それでいい」

 

 鳳は笑った。

 

「それじゃ行こうか。すまない、もう1時間ほど暇を出す。」

 

「いってらっしゃい」

 

 スタイリストは軽く手を振る。それを背に、俺たちは車に乗った。

 

 車内は静かだった。

 

 外の喧騒が嘘のように遮断され、タイヤの音だけが一定のリズムで流れていく。

 革張りのシートは柔らかく、落ち着かない。

 

「怖かったかい?」

 

 前を向いたまま、鳳が言った。

 

「いいえ」

 

 即答だった。

 

「腕のことだよ」

 

「私の不注意です」

 

 また沈黙が落ちる。

 

「君は、よく庇うね」

 

「そういう取引をしました」

 

「それを庇っていると言うのだ」

 

「損をする性格だ」

 

 嘘を嫌う、それは不器用な性格とも言えるだろう。

 

「承知しています」

 

「直す気は?」

 

「ありません」

 

 短い沈黙。

 

「……いい答えだ」

 

 それきり、鳳は何も言わなかった。

 視線を外に逸らす。ライトアップされた風景が見えた。

 

 車は滑るように夜道を進む。

 

「君は、私をどう思っている?」

 

 唐突だった。

 何か深い意味が込められていないか、何か言うべきことがあるのではないかと、思考を費やす。だが、今更態度を変える利点が思いつかなかった。

 

「誘拐犯です」

 

 数秒の間。

 

 次の瞬間、鳳は笑っていた。

 

「正しいね」

 

 それ以上、何も聞かれなかった。

 

 停車した。外を見れば、見慣れた景色。

 扉が勝手に開いた。

 

「私は同じことを話すのが嫌いだ。それは君の物だ」

 

 別れ際に、言われた。

 

「ありがとうございます」

 

「さようなら」

 

 彼女はそれだけ言い捨て、帰って行った。

 

 振り返り、自宅を見る。

 

 当然のように自宅の位置は知られていた。

 

「はぁ」

 

 白い吐息が世闇に消えてく。

 

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