ゆっくりと意識が覚醒していく。目を開いた時、目の前にあるのは見慣れた天井。そして胸元にはぬくもりがあった。
「妹よ」
「なぁに、お姉ちゃん」
「どうして私の布団の中に居るのだい?」
「そこにお姉ちゃんがいたから」
「どうして私に抱き着いているのだい?」
「そこにお姉ちゃんがいるから」
「なるほど、わからん」
妹は俺の胸を枕に、覆い被さる形でうたた寝していた。
今ではむぎゅむぎゅと、顔で胸を弄ぶ悪女へと変貌してしまっていた。
「お姉ちゃんがお昼寝なんて珍しいね。学園は大変だった?」
「まぁ、大変だったね」
ぎゅーっと妹を抱きしめる。
「きゃーー」
歓声のような悲鳴。いつまでもやっていたいと思うけれど、妹に不健康的な生活を定着させる訳にはいかなかった。
「そろそろ起きようか」
「うん、わかった」
最後にと、もう一度抱き着く妹を優しく撫でる。
「まずはお昼ごはんかな」
「私も手伝う」
そう言うと、妹は元気に起き上がって行った。
最高の休日、始まり。
そうしてインターホンは鳴ってしまった。
「はーーい」
「こんにちは」
一目で配達物ではないことがわかった。
そこに立っていたのは、鳳だった。私服姿だが、隙のない佇まいは変わらない。
「休日に失礼するよ」
「どのようなご用件でしょうか?」
外に出て、扉を閉める。
「君の制服を返しに来た」
「ありがとうございます」
予感はなかった。だけども意外性も感じなかった。
「これから一杯どうだい?」
「申し訳ありません。これから昼食です」
「丁度いいじゃないか。美味しいカフェがあるんだ」
「着替えてきます」
そう言い家の中に入る。そしてキッチンに立つ妹に対して言う。
「ごめん。大変な事が向こうからやって来た。お昼ご飯は一人で食べてといて」
「だいじょうぶなの?」
その声は弱弱しかった。
ああ、しくじった。綺麗に折りたたまれた制服を隠さなかったのはミスだった。
「ああ、大丈夫にしてくるさ」
俺は答える。いつものように、元気はない。だけども不安を感じさせない声音で断言する。
外出の服に着替える。そうして自室の前には妹が居た。先ほどの元気な様子は何処に行ってしまったのか。
「それじゃ行ってきます」
俯くその頭を撫でる。
「いってらっしゃいは言ってくれないのかい?」
「いってらっしゃい。お姉ちゃん」
「よろしい。いってきます」
妹を残し、家を出て行った。
そうしてたどり着いたのは宣言通りの場所であった。
おしゃれなカフェなのだろう。自然に溢れている。だけどもごちゃごちゃせず、開放感がある。
彼女は飲み物とデザートを、俺はパスタに飲み物が運ばれてきた。
静かに食事をしている所に、彼女は口を開いた。
「私たちの関係は、何だと思う?」
「なんでしょうね」
一番に思いついたのは先輩と後輩だった。その次が幼馴染。そして上司、雇用主と続く。だけども、そのいずれも何かが足りていない。
「友達じゃないのかい?」
「私はその宣言を拒絶したはずです」
「わざわざ友達になると同意をしなければ、関係性を築くことが出来ないのかい?」
「少なくとも、貴方とは一方的な関係です」
「こうして付き合ってくれているのに?」
「認識が違いますね。貴方の言う付き合いとは、私にとっての脅しです」
「脅し?何が?」
「自分の存在感を認識していないのですか?あなたは全面的に私より上の存在です」
「そうとは思わない」
「ただ側にいるだけ目立ってしまう、断れば角が立つ。これまであなたと過ごした時間の中で、一度でも私が主体的に動いたことは無い。それが普通とでも思ったのですか?」
「昨晩のパーティも行きたいと言ったことはない。施しなんていらない」
距離の詰め方の違い。それは彼女が鳳であるが故だろう。仕方ない、それは分かっている。
「……平等か。それでは一生友人に成れないじゃないか」
「そうですね。私は河辺の小石で、あなたは人間なのでしょうね」
明確に違う。それを俺は知った。
「そんなに悲しいことは言うな。その人間は綺麗な小石を持ち帰って飾るかもしれないだろう」
「そして忘れられ、捨てられるのが最後です」
そうして庭の一部になるのか、家の外に捨て置かれるのか。
「悲劇的すぎる。また他人の関係に戻るだけだ。私は価値を、君は存在をウィンウィンの関係だろう」
「そうですね。ただ、その価値に魅力を感じなかっただけです」
「本当に魅力を感じなかったのか?私というステータス、そこから来る利便性を」
「そこには、貴方を全面的に信用しているという前提が必要ですね」
いつの間にか、パスタは食べ終えてしまった。
「何が好きなんだい?」
「家族です」
断言する。
「それは親愛だろう?私が聞いているのはそういうのではない」
「時と場合によります」
口を潤す。
彼女の前のグラスは、手つかずのままそこにあった。
「私は貧乏性なもので、ある物だけで物事を考えてしまいます。無い物ねだりは醜い感情だと思っています。それ以上はありません」
そういう瀬名の目は死んでいた。いや、これは比喩なのだろう。
彼女の持つ狂気。今まで何一つとして表す事の無かった感情。何があっても成し遂げるという絶対的な意思。
初めは好奇心だった。
初めて聞く中等学園から訪れる者。興味本位で調べてみると彼女は2度の問題を起こしていた。
それらを簡単に表すといじめが行われていた。そして、大人どころか誰にも頼らず、自分ひとりだけで解決させていた。
それに関する噂が広まっていた。だけども、それ以外の噂は事実を含め何一つとして広まっていなかった。彼女は存在していないのと同義だった。
だけども、そこに存在していた。
そうして、彼女を屋上に呼び出した。
感想としては、同級生だとは思えなかった。
間違いなく背は私より小さい、だが、年上の如く錯覚を受けた。
極端な物静かさがそう感じさせたのかもしれない。その無機質で異質な目がそう感じさせたのかもしれない。この私の事ですら、関心に無かった。
そうして、感じた。
これは裏切らない。将来の友になれる存在だと、初めて見つけ出した。
何を、どれだけ積まれても一蹴する。価値よりも心情を重要視する。
その認識に間違いはなく、私が使う手を尽く無意味だと、静かに退けられた。ああ、退けられてしまったのだ。
だけども私は関わり続ける。
執着未練と笑われても仕方ない。それは事実だ。
「どうかされましたか?」
既に、彼女と別れていた。車の中で帰る道、運転手が聞いてきた。
「ん?彼女との意見交換も楽しかった。そのおかげで確信できた」
彼女は、ほんのわずかに口元を緩めていた。
明後日から、また学校が始まる。さぁ、次はどうしようか?