月曜日、学園が再び始まると共に、新たな生活が始まっていた。
俺が変わることは無い。周りが変わったんだ。
最初の昼休み。鳳が一緒にご飯を食べようと誘って来た。その放課後は、遊びに誘われていた。
そうした日々が2日、3日と続いてく。俺に対する鳳の対応も少し変わっていた。よく、好みを聞くようになった。好きな食べ物や好きな色。
そういった普通を聞き始めた。
唐突な路線変更に、不気味さすら感じる。だけどもいい流れだった。このままであれば、自然と友達にと呼ばれる関係に慣れていたのかもしれない。
そう思っていた。
最初は違和感ですらなかった。
ただ、お昼を一緒にし、物理的に一緒に居る時間が増える。
そうして、あのパーティで見た視線が、学園でも感じるようになった。
もともとクラスにとって居ないも同然の存在。だからこそ、その異常さには一度で気が付いた。
俺をソレ呼ばわりして笑う。身体の一部や鞄をぶつけられる。
声に出すほど永続性が無くて、偶然勘違いで事片付けられる物。
そういった些細なモノだ。だけども、そういった日々が続いていた。
ただ、ある時から、鳳は現れなくなった。
俺にとっては日常の再開。だけども、それが始まりだったのだろう。
トイレに行っている隙に、通学鞄が消えていた。それはこの行為に虐めという名前を付けた瞬間でもあった。
昼休憩より戻った頃には、戻って来ていた。そこだけならば少しだけ喜ばしい事実。だが、鞄の中から変な匂いがした。
「っふ」
最初は失笑。
それはカップラーメンの匂いだった。鞄の中にはカップラーメンが丸ごと放り込まれていた。当然、お湯で完成されたそれ。湯気がたつ時間を終え、冷め始めたそれ。つい、具材の一つを確かめる。
温かい、食品サンプルでは無い感触。好奇心に負けて、食べる。
まごうことなき、カップラーメンだった。
「アハハハハ」
突然の大笑い。それは、周囲の声を奪い、自然と視線も集める。
だけども、笑いは止められなかった。
「くくく」
「大丈夫ですか?」
グルリと顔を向ける。
「ッヒ」
隣の席だ。普段関わる事の無い人が心配をしてくれた。いや、普段は独り言すら喋らない奴が急におかしくなったのだ。ある意味では当然。いや、ここで距離を取るのではなく詰めてくれるのは優しさだ。
「ありがとう、大丈夫だよ。いや、このカバンを持ってきた人を知らないかい?」
「ごめん…」
「いいや、ありがとう」
果たしてこの人は共犯か、本当に知らないのか。いや、無意味な思考か。関係があろうとなかろうと、関係ない。
さて、どうしようか。
もし、これが中等学園での出来事であれば、徹底抗戦するところだった。バックの中にあるラーメンを机の上にぶちまけて、満面の笑みで、次の授業を受けていた。
だけども、それは使えない。
ずっと考えていたことだ。これは、俺と鳳と関わる事が気に入らない人物の犯行か、鳳が主導して行われている犯行か。
どちらとも理由付けが出来てしまう。前者はそのまま、後者は孤立、並びに依存。
どちらかに断定が出来ない以上、最悪を前提に動くしかない。交友関係を全く持たない弊害が、今頃になって訪れてしまった。
バックを持ち、校舎から一番遠くにある別館2階のトイレへ向かう。
異物はトイレに流し、中にあった教材は水で洗う。
改めて考えよう。これは、誰の犯行か。鳳か、否か。
カップラーメン。学園においてポットが併設されており、それは昼食として認識される事もある。だが、利用するのは家から持参したごく少数。独り身か、やんちゃ系統の生徒か。本当に限られている。犯人探しをするのであれば、不可能ではないだろう。
鳳と会わなくなってから3日目。そして、明確に被害が出始めたのも3日目。
果たして無関係なのか。
やはり分からない。鳳はなぜ、今更関わりを持つ事辞めたのか。俺の認識では、何も起こっていない。近しいイベントと言えば、中間テストぐらいだ。
いくら思い出そうとも、きっかけを見つけられない。興味を失った、という説明が最有力候補か。
鳳本人に聞くという手段は無い。
彼女がこの一件に無関係であるのなら、このまま興味を無くして貰った方が良い。そうではないのなら聞いても無駄。
まずは情報収集。今だけは周囲に興味を持とう。仔細に至るまで観察しよう。敵に慈悲を与えると味方を殺される。太古より決まっているのだ。
・・・
認識が少し甘かった。
犯人の特定は容易であった。
乾かす為にとトイレに放置しておいた鞄が、その日の内に校舎裏へと捨てられていた。
そうして見つけた犯人から、数日かけて関係者を探った。だけども、成果は乏しかった。
実行犯は4名。だが、学園には派閥のようなものがある。派閥という名のようにとげとげしくはないが、概念的には同じ。その4名と関わりを持つ不特定多数が存在していた。誰が、何処まで関与しているのか、それが分からない。
少なくとも実行犯に限っては、実際に鳳と話せる立場にいる存在ではない。ただそこに居るだけ。実際に意思疎通するような様子はなかった。
今回の一件、2つ原因が思い浮かぶ。
1つ、いわゆる取り巻きが、気に入らないものを排除する為に動いている。
鳳との関わりが無くなる事。俺はそれでよかった。だが、周りは別の視点で見られている。
状況的に、捨てられた存在とでも見られたのだろうか。だから遠慮が無くなり、現在と至った。
これならば、対処は出来る。だが、これは楽観視されたもの。
もう1つ、それは見せしめだ。
そうであるならば、何をしても無意味。
あれだけ好意を与えられながら振り向かない。そうして興味を失った。それならば、反感的な態度を示す存在がどうなるのか。学園に知らしめた方が価値になる。
そう考えられていたとしたら。
俺は見余っていた。最初は、相手の大きさ。そして独占欲の反面を。
俺が鳳という存在を知ったのは「友達になれ」と宣言されてからだった。
それまでの認識は、僅かに聞こえてくる噂だけ。財閥という名を甘くみていた。想像を絶する権力者だということをその時初めて知った。
俺は、途中から媚びる気概を貫けられなかった。今まで通りにしてしまっていた。ああ、態度を変えて形だけでも従順になったら興味を失い、1人静かに生きれただろうか。
もはや叶わぬもの。
今から土下座してでも乞い願ったとしても、見逃してもらえる気がしない。まだ心が負けてないのだ。形だけのまがいものに価値を感じるはずがない。彼女がそれを見抜けない訳がない。
そうしてヒートアップしていった。
他の私物に被害が出始めた。明確に過激になっていた。
そうして一日の内に中も外の靴も無くなった。
終わった。そう感じた。だけども、思った。
今なら心の底から屈服出来る。
次の日、俺は一通の手紙を書いた。
とても、簡潔な物だ。宛名も宛先も無い。
4月21日、あの場所で
ただ、そう書いて、鳳の靴箱の中に入れた。
そして放課後、屋上で待っていた。俺は鍵を持っていなかったので、そのすぐ目の前の踊り場であったが、待っていた。
彼女がまだ、俺を認識してくれているのならば、来てくれるはずだ。彼女は何を言うのだろうか。
そんなことを想定していた。
あの独善とした態度が、攻撃的に変わる。嗜虐心が刺激され過激になる。最悪の未来。
幸運な事に、それは現実にはなかった。
「ああ、ダメか」
鳳は来なかった。
薄暗い踊り場。ドアに着けられたガラスは、ぼやけて夕日の明かりを見せてくれる。
「終わったか」
完全下校を知らせるチャイムが鳴った。
「冷えるな」
風はない。太陽が沈むと同時に気温も下がる。ただ冷たい床が、俺の熱を奪ってゆく。静かな空間という物が、心に刺さる。
「寒いな」
全身が冷えた。