キヴォトスの独裁者   作:坂間

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独裁者は同じ轍は踏まない

 

 

指で画面に触れると微かな起動音と共に画面に光が灯り文字が表示される。

 

 

【パスワードを入力して下さい】

 

 

…パスワード……私の誕生日か?

 

0420

 

 

【パスワードが間違っています。】

 

 

…違うのか…ならば私が政権を獲った日か?

 

 

0130

 

 

【パスワードが間違っています】

 

 

不味い…何も分からない…

 

 

その時私の脳裏に劣勢になる前のある日の会議中の記憶が蘇る。

 

 

────総帥閣下!此度制圧した地域の遺跡の石碑の文字を解読いたしましたぞ!これは我等が求めていた方舟の手掛かりになりうるかもしれません!

 

 

────今は会議中だぞ!分を弁えろ!オカルト眼鏡!

 

 

 

────双方とも落ち着け、それで石碑には何と?

 

 

 

 

 

 ──我々は望む、七つの嘆きを。

 

 

 ──我々は覚えている、ジェリコの古則を。

 

 

 

その2行の言葉と共に記憶は途切れる。

その後詳しい調査を行おうとしたが東部戦線にて大敗を喫し調査どころではなくなってしまった。

 

 

「………」

 

 

意味など知らない。

由来も何故その石碑に刻まれたのかも

 

古代の遺跡に遺された言葉の意味など知った所で世界が明日が変わるわけでもない。

 

私は考古学者ではない、興味もない。

この文字が誰かの生きた証である事を知っていればそれで良い。

 

 

『シッテムの箱へようこそ、ヘドラー先生』

 

 

シッテムの箱が無機質な音声で私の名を呼ぶ。

 

 

『生体認証及び認証書作成のため、メインオペレートシステムのA.R.O.N.Aに変換します』

 

 

 

 その文を出力したのを最後に画面が強く発光する、思わず目を閉じてしまう。

 

目の痛みが引くと同時に目を開けると画面に映っていたのは奇妙な教室だった。

 

床一面が浸水し、まるで鏡ののように輝いている、教室といっても壁は崩れ天井からは空が覗いている。

 

画面越しである筈なのに微かな潮の匂いが鼻を擽る。

穢れを知らぬ青い空が広がっている。

 

 

私は知っているこの空の青さを

まだ私の世界が善意のみで構成されていた幼き日に妹と共に母に連れられ訪れた晴れた日の海の空だ。

 

 

「…先生?」

 

 

リンに声を掛けられ気づく頬を撫でる様に流れる涙に。

 

 

「目にゴミが入っただけだ、心配は要らない」

 

 

目元を拭い画面に目を戻すと微かな寝息が聞こえてくる。

 

 

『くううぅぅ……』

 

 

 この世界にきてから見てきた中でも一際幼い子供が、セーラー服に似た制服を着て教室の机の上でうつ伏せに眠っている。

 

いつものなら湧くはずであろう疑問の数々も今だけは湧かなかった。

 

 

何故かでこの少女と何処かで会った気がする。

 

 

このまま寝かせて上げたいなどの謎の思考が過ぎるがサンクトゥムタワーを復旧させなくてはならない。頭を振って謎の思考を振り払う。

 

 

『むにゃ……カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……』

 

 

画面を叩いて起こそうとした時彼女の寝言で指が止まる。

 

……幸せな夢を見ているなら起こさない方が良いだろう

 

 

いや私は何を考えている!?

 

 

再び現れた忌々しい謎の思考を追い払い画面を傷つけない様に叩く。

 

 

『えへっ……まだたくさんありますよぉ……』

 

 

 

彼女は起きない

…これはやりたくなかったが彼女のほっぺをタップし引っ張る

 

 

 

『むにゃむにゃ…とりさん…引っ張らないで……』

 

 

そして離すと伸びていたほっぺがペチンと元に戻る。

 

 

『うぇ!?な、なんですか!?、ってへ、ヘドラー先生!?なんで此処にぃ!?うわっ!?』

 

 

突然の痛みに彼女は飛び起き、わたわたと手を動かし混乱し、せわしなく周囲を見渡し私を視認すると死人でも蘇ったかの様に驚き椅子からゴトン!と転げ落ちた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

 

思わず私も声を荒げてしまう、何にせよ頭から転げ落ちたのだ後頭部を打ったに違いない

 

 

突然私が叫んだせいでリンが変なものを見る目で見てくるが気にしない。

 

 

『た、多分、だ、大丈夫…です…?い、一回落ち着いて…すぅ~は……えっと……その……あっ、そうだ! まず自己紹介から!』

 

 

 

 見た目通りの子供らしい溌剌とした少し滑舌の悪い声で、彼女は起き上がり私を見つめて言った。

 

 

『私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれからヘドラー先生をアシストする秘書です!』

 

そして胸を張りなら言う。

 

 

『やっと会うことができました! 私はここでヘドラー先生をずっと、ずーっと待っていました!』

 

 

やはり彼女は私の事を知っている。

だが何処まで知っている?

 

 

『まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが……これから先、頑張って色々な面でヘドラー先生のことをサポートしていきますね!』

 

 

「あぁよろしく頼む」

 

 

自慢げにいう彼女の姿はAI…人工知能というモノらしいがどうにも私には生きた人の子供にしか見えなかった。

 

 

『あ、そうだ! ではまず、形式的ではありますが、生体認証を行います!』

 

 

するとアロナは少し顔を赤らめる

 

 

『うう……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方ないんです。こちらの方に来てください』

 

 

彼女の指示に従い近づく

 

 

『あ、もう少しです。うん、その辺りで。さあ、この私の指に、ヘドラー先生の指を当ててください』

 

 

彼女の白い細い指と画面越しに私の血色の悪い角張った指が当たる。

 

彼女を穢している様で居心地が悪かった。

そんな私とは裏腹に彼女は愉快そうな声でいう

 

 

『うふふ。まるで指切りして約束するみたいでしょう?』

 

 

「…そうだな」

 

 

──約束だからね

 

 

随分と昔に祖母と交わした約束を思い出した。

あの時も私の小指め祖母の人差し指で結んだ約束。

 

祖母には小指が無かった、だから人差し指で結んだ

 

 

「…約束か」

 

 

「…?何か言いましたかヘドラー先生?」

 

 

「何も」

 

私がそう言うとアロナは話を戻す

 

『そうですか!実はこれで生体情報の指紋を確認するんです! 画面に残った指紋を目視で確認するのですが……すぐ終わります! こう見えて目は良いので』

 

 

 にこやかに、そして自信満々に言い放ったアロナは、早速認証に取り掛かった。

 

 

『どれどれ……あれ?ヘドラー先生の指紋薄いな…齢だからですからね?』

 

 

思ってても本人の前で言わないで欲しかった。

アロナに突然直球に気にしていた事を突かれ心にダメージを負う。

 

『……はい! 確認終わりました!』

 

 

「そうか、良かった」

 

 

『……なるほどなるほど…ヘドラー先生の事情は大体わかりました』

 

 

 認証が済んだ、ならば次やる事はただ一つ

 

 サンクトゥムタワーの復旧だ。

 

 

『連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった……』

 

 

「そうだ、アロナは連邦生徒会長について何か知らないか?」

 

『私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが……連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女がどうしていなくなったのかも……。お役に立てず、すみません』

 

「気にするな」

 

 

『ですが、サンクトゥムタワーの問題は何とか解決できそうです』

 

 

「何?今、復旧出来るのか?」

 

 

『勿論です!ヘドラー先生が指示していただければいつでも!』

 

 

何故リンがシッテムの箱に賭けていた理由が分かった気がする。

其処までの代物だとは思わなかった。

 

 

「ならば頼めるか?復旧を」

 

 

『はい! 分かりました。それではサンクトゥムタワーのアクセス権を修復します! 少々お待ちください!』

 

 

 アロナが言うやいなや、それからほんの数十秒で、シャーレの地下にある部屋の照明がつく。

 

 そして建物中から復旧の起動音がなり始める。

 

 

 タワーから此処までの距離で、生徒たちが手の付けようも無かったサンクトゥムタワーを?

 

 

『……サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了……』

 

 

驚愕する私を横目に目を瞑っていたアロナが目を開き告げる。

 

 

『ヘドラー先生。サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります、つまり今のキヴォトスは、ヘドラー先生の支配下にあるも同然です!』

 

 

 子供らしい元気な声で

 

 アロナは恐ろしい台詞を告げる

 

 支配権それは、元独裁者であった私には余りにも甘美なモノだ。

 

 

『ヘドラー先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。でも……大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても……』

 

アロナの言葉には一抹の不安の様なモノが含まれている。

分かるとも権力を分散させるなど愚の骨頂だ。

権力は一つに集中させるべきなのだ。

 

 

だが私はそれでかつて敗れた。

私は同じ轍を2度も踏まない。

 

 

此処で制御権を返さなくては連邦生徒会と敵対する事になる上に私に自分を守る手段はない。

 

 

口惜しいが此処は手放すことにしよう、また1から始めれば良い、一歩一歩進めれば良い。

 

 

 

「あぁ制御権を渡してやれ、だがタダではない」

 

 

『…?』

 

 

アロナは私の言葉に首をかしげた。

 

 

 

 

 

 

 

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