レンタルショップ、TS付き   作:灰無りよ

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引っ越しは蕎麦

 バイトをしている。

 

 今日も今日とてレンタルショップのレジ打ち。隣にいるのは最近極めてシフトが被っているB。

 今ではすっかり見慣れた女の姿は、以前と同じようにへらへらとして幸薄そうな雰囲気。長くなった髪をひとつにくくっているところくらいが如実な違いと言える。

 

 何故こいつとシフトが被りがちになっているかというと、またバイトが飛んだからであった。

 しかも今回は3人一気に飛んだ。

 

 この店、入れ替わりがとにかく激しい上にきちんと辞めていくことを伝える奴の方が少数と来ている。一番の古株になってしまった俺はほぼ毎日出勤、俺に次いで長くなり始めてきたBはシフトの穴埋めとして最近出ずっぱりである。

 

「いやー、見事に飛びましたねえ」

「………………」

「春だからっすか?別れの季節的な?」

「………………」

「あれ、また無視っすかぁ?でも知ってるんすよ、ちゃんと話聞いてますもんね?ねぇ?笑」

「………………」

「こんなに言われてもほんとに無視するんすね……えー傷付くんすけど〜」

 

 相も変わらずへらへらと笑うBであるが、覇気のない笑い方は女に変わったことで声音が高くなり、若干耳障りになっていた。

 俺は高い音が昔から苦手だった。

 

 口を噤んだまま掛けていた眼鏡を取り、眼鏡拭きで表面の汚れを軽く払う。日頃使っているだけで、どうしても埃が付着してしまうものだ。

 Bはそれをぼんやり眺めていたが、ふと何かに気付いたように首をこて、と傾けた。

 

「あ、そういえばおれが今のアパート追い出されそうって話しましたっけ?」

 

 眼鏡を戻し、目線を隣に向ける。

 Bは何でもないような顔をして、茶髪の先を指で弄っている。

 

「追い出されるっていうと人聞きが悪いっすかね。んー、元々あのアパートおれ以外住んでなかったんすけど、本格的に古さがやばいってんで取り壊したいらしいんすよ。んでまあ、こっちも無理言って住まわしてもらってたようなもんなんで、出てくしかないかー、みたいな」

「………………」

「更に言うなら女になったことでこれまでの身分証明書が通じるかわかんなくなってんすよねぇ、あはは」

 

 前回初めて訪れたとき、別の部屋からこいつ以外の人の気配がした覚えがあるが、実際はいなかったらしい。まあ、そういうことはよくある。特にこの店の近辺では。

 俺は黙って、目線で続きを促した。

 

「そういうことなんで、良い物件あったら教えてくんないすか?」

「……俺が今住んでいるところは店長に紹介してもらったところだ。多分、まだ部屋は空いているから店長に聞いてみればいいんじゃないか」

「マジすか、あざすー…………あれ、Aさんってほぼ毎日ここで働いてて部屋も店長の紹介なんすよね?えー、囲まれてるじゃんね。もう逃げられないんじゃないすか?笑」

「………………」

「いや否定してくださいよ」

「………………」

「え、てかおれも同じ感じになるってこと?」

 

 すん、と表情を消したBはそれから静かになった。

 こいつがこの先俺の隣人になろうが、こちらとしては特に問題はない。強いていえば、もはやここのバイトの主戦力になりつつあるこいつが継続して出られる環境になると少し助かるが。

 

 ジリリリリリリ。

 

 束の間の静寂をぶち壊すような盛大な着信音。

 

「出てくる」

「よろしくでーす」

 

 スタッフオンリーの扉を開き、廊下の真ん中に置かれている黒電話の受話器を手に取る。

 ちなみに電話線は途中で物理的に切られているため、基本的に掛かってくることはないはずであるが、この店では週に一度ほど掛かってくる。

 

「お電話ありがとうございます。レンタルショップ███、███店、Aが承ります」

『………………、…………』

 

 音声が入ることはほぼない。所謂無音電話というやつだ。

 時折、微かにカリカリという何かを引っ掻く音が聞こえるくらいか。

 

 ただ、向こうに客はいるので、聞いている素振りは忘れてはいけない。

 

 黒電話の上に掛けられている丸時計の秒針が一周するのを確認してから声をあげる。

 

「はい、はい。かしこまりました。それまでにご用意しておきます。ええ、いつもありがとうございます。当日お待ちしております、それでは失礼いたします……」

 

 俺が言い終わってから、ぷちりと電話が切られる。毎回そうなので、律儀な客だと勝手に思っている。

 

 黒電話の客は常連であるが、会ったことは無い。というか、声を聞いたことがないし外見もわからないため来たとしても気付くことはできないのだが。

 

 まあ、何を用意するのかは知らないが、当日とやらになったら陳列されているのだろうし、それを客がレンタルしていくのだろう。

 バイトがすることは基本レジ打ちだけだった。というより、そこ以外を任され出すにはもっと深く店に関わる必要がある。

 

 受話器を置き直し、電話線が切られていることを確認して、レジカウンターに戻る。

 

「おかえりでーす」

「ん」

 

 俺が対応している間、別の客は来ていなかったようだ。

 Bも、電話について聞くのは良くないとわかっているのか何も話してこない。

 こういう適度な危機感があるのもこいつの運の無さを助長しているのだろう。下の方に基準が作られてしまっているため、それより軽微な良くないことに気付きにくくなっている。

 

 がらん、とドアベルが鳴る。

 どうやら二人客のようだ。俺の目には、白っぽい人型に色とりどりの花びらが降り注いでいるのが映っていた。

 

「「いらっしゃいませー」」

 

 気の抜けた挨拶が被る。

 シフトが重なるほど、声を出すタイミングが合うようになっていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 最近、照明を付けずに過ごしている。

 買い換えたものが明るすぎるからだ。一応リモコンで調光できるのだが、暫くすると勝手に最大光束になってしまうため、今はもう諦めている。

 

 夜目は利く方なので、他の家電から漏れる微かな光でも過ごすことはできる。過ごしにくいことは否めないが。

 

 外では犬が相変わらず鳴いている。吠えている犬が近所の何処にいるのかは知らない。そもそも俺はここら辺で犬を飼っている家を知らないためだ。

 

 風呂も入り終わり、ベッドの上でぼんやりと床を眺める。

 俺は毎日寝る時間をなんとなく決めているので、それまでに準備が終わってしまったときはこうして無意味に時間を潰していた。

 

 することは特にない。趣味もない。

 何のために生きているのかといえば、別に何かのために生きているわけではない。

 生きているから生きているだけだった。

 

 ピンポーン。

 

 インターホンが鳴った。

 立ち上がり、モニターの前に行く。

 映っていたのはBだった。茶髪のへらへらとした女が画質悪く笑っている。

 

 通話ボタンを押し込む。

 

「何の用だ」

『あ、どもっすー。越してきたんで挨拶をしよーかと』

「律儀だな」

『一応引越し蕎麦持ってきたんすけど、Aさんって蕎麦食います?』

「さっき食った」

 

 久々に家で飯を食べたので、未だに部屋の中にふわりと出汁の香りが漂っていた。

 

「……今開ける。待て」

『ういーす』

 

 終了ボタンを押し込み、玄関に向かった。二つある鍵を開き、チェーンを取り外す。

 このマンションは店長所有ということもあって一応安全性は高いが、それでも防げない良くないことはある。良くないことに出会すと嫌な気分になるので、出来るだけ遭遇しないようにしている。

 扉を開くと、いつものように胸元あたりに相手の頭部が来る。座っているとそうでもないのだが、立っていると身長差が如実に際立った。

 

「よう」

「こんばんはぁ。えーと、なんか部屋暗くないっすか?」

 

 ちらりと俺の後ろを見て、Bが首を傾げた。

 特に隠すことでもないので端的に答える。

 

「照明を消してる」

「えぇ……?」

「後は寝るだけだったから、別に」

「はぁ、寝るの早いっすねぇ」

「することがないからな」

「やば笑」

 

 Bは明らかにこっちを見て引いていたし笑っていたが、抽出されたのはそれらが綯い交ぜになった曖昧な表情だった。

 

 俺は右手を伸ばす。

 

「ん」

「うい、蕎麦っす。いやー、店長仕事早いっすね。あっという間に転居決まったんで、なんかイマイチ実感ないんすけど」

「まあ、店にも通いやすいし、次第に慣れるだろ」

「っすねぇ、元々荷物もないしなぁ。身軽なもんですよ。あ、ちなみにおれの部屋、Aさんの右隣なんで」

 

 Bの指が俺から見て右に振られる。

 俺の左隣は角部屋でずっと空室、Bの右隣は住人がいて、その右隣は存在しないことになっている。

 

「ふーん。店長に言われたと思うが、八階は止まるなよ」

「りょーかいでーす。そういえば、なんかめちゃくちゃ犬の鳴き声聞こえるんすけど、このマンションで飼ってんすか?」

「ここは一応ペット禁止だが。近所で飼ってるんじゃないのか」

「え?ここら辺犬飼ってるうちとかないじゃんね…………やめましょっか、この話」

 

 Bは話を打ち切った。

 

「Aさんってここ住んで長いんすよね?使いやすいスーパーとか薬局とかあったら教えて欲しいっす」

「じゃあ明日、シフト終わったら一緒に行くか?」

「いいんすか?こっちとしてはありがてえっす」

 

 ぺこりと頭を下げたあと、Bはこっちをじっと見て何か腑に落ちないような訝しげな顔つきになった。

 

「何だよ」

「いや、Aさんってシフト中だんまりじゃん?っていうかほぼ無視してくるけど、シフト後だと普通に会話してくれるなって」

「…………あの店で無駄口を叩く気になれないだろ」

「えぇ?おれはむしろ怖いんで基本喋ってたいんすけど」

「お前怖いとかの感情あったのか」

「普通あるじゃんね」

 

 遺憾です、と言わんばかりに上目遣いで睨んでくるが、迫力にとんと欠けている。こいつ、自分が女になったこと覚えているんだろうか。いや、元々の男の身体でも迫力は一切なかったが。

 

「俺から見てると危機感が欠如してるように見える」

「そんなことないっす、よ……?」

 

 自分でも思い当たる節があったのか自然と目を逸らされた。まあ、そうじゃなきゃあの店には来ないだろうし、自覚してなければここまで長く働くことも出来ないだろう。

 

「まあおれ、Aさんを信用してるんで。甘えてんのかもしんないすね」

「何でだよ」

「もう一緒に働いて長いじゃん、そんな冷たいこと言わないでくださいよぉ」

「ただのバイト仲間だろ」

「あは、バイト仲間とは思って貰えてたんすねー」

 

 へらへら笑われると、こういうところが憑かれやすい部分なんだろうと思った。

 警戒心に薄く、緩く近寄ってくるくせに、ギリギリの一線は越えてこない。

 

「あ、忘れてた」

「何」

「今の身体になってから騙し騙しやってたんすけど、そろそろきちんとした下着買わないとって思ってたんすよね。ここらへん、服屋とかショッピングモールあるんすかね」

「俺に言うなよ……」

「いや、Aさんって性欲ないじゃないすか笑」

「………………」

「無視しないでくださいよぉ〜」

「…………また明日、よろしく」

 

 俺は扉を閉めた。

 

 遮音性が高いので、基本的に外の音は聞こえてこない。例外は犬の鳴き声くらいである。

 

 まあ、Bが引っ越してきたからといて、特に俺の生活が変わるわけでもないだろう。相も変わらずバイトをして、家に帰って寝るだけだ。

 明日は少し出掛ける用事が出来ているが。

 

 一応言っておくが、俺は性欲がないわけではない。




レンタルショップの近辺に住んでる人間はマンションの住人以外いない
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