射命丸文。
妖怪の山の集団に組する鴉天狗であり、天狗の中では比較的まともな新聞、文々。新聞の執筆者でもある。いや、編集者と呼ぶべきか、記者と言うべきか。
まぁいい。
そんな彼女は今日も今日とて風を操り風に乗り風の噂に耳を傾ける。
その整然たる様は所によっては彼女こそが風神であると噂されるほどであるが。
今の彼女は何というか、酷く呆けていた。
「なぁんか、ないですかねぇ……」
そう言って頭上の山伏風の帽子を片手で押さえ、気だるげに空を舞う……というより漂っている射命丸は、現在夏の暑さに苦しみつつネタ探しに明け暮れていた。
つい先日霧の湖に立つ赤い館、紅魔館から噴き出した赤い霧と、それを解決した博麗の巫女博麗霊夢とついでに霧雨魔理沙。彼女らのことはもちろん取材済みであるし、それに伴うスペルカードルールについても取材済みである。
じゃあもう新聞の編集作業に入っても問題ないのではないだろうか。と思ってしまうが、それだけで新聞ができたら苦労しないし、スペースを埋めるために虚構で盛っていては他の天狗と変わりがない。それはとてつもなく気に入らない。
そんなプライドに突き動かされるようにカメラを首から下げ、手帖とペンを携え幻想郷の空を漂っているのだが、残念なことに今日も幻想郷は変わりない。至って平和である。
あぁ空振りかと嘆きつつ彼女は眼下に人里を見つけた。
そういえばそろそろ八つ時ではなかろうか。と懐を探り、人里の通貨を握りしめる。
たまにはお団子でも頂いて小休止と行きましょう。
そう考えた彼女の瞳は、先ほどより幾ばくか生気に溢れていた。
「はい、みたらし団子でーす」
「ありがとうございます」
店の人が持ってきてくれたお皿を受け取り、店の前の道に面した長椅子に座って早速一本手に取った。相変わらず見るからに美味しそうだ。
「射命丸さん、その席暑くないですか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私風起こせますから」
そう言って彼女は自分の周りにそよ風を起こし、目に見えるように前髪を揺らして見せた。
この力があるから店内では食べずになるべく外で食べるのだ。飲食店で埃を舞わせるわけにはいかない。
涼しげに揺れる文の髪を見て、店員は羨ましそうに見つめた。
まだまだ幻想郷は扇風機ではなく打ち水が主流だ。労せずして涼しくなれる文の風はとても良いものに見えるのだろう。
まぁ、日がな太陽に近い所で飛び回っているのだ。これくらいは許してほしいものだ。
そう弁解しつつ、団子を一つ口へ運ぶ。
「ああそういえば、ここのところ、人里で何か話題になりそうなことはありましたか?できればあの赤い霧のこと以外で」
休憩中でも仕事を忘れぬ職業天狗の鏡と言えよう。
脳内で自画自賛する文は、もう一つ団子を口へ運ぶ。
対して茶屋の店員は文の質問に瞑目して考え込んだ。
近頃の人里での出来事……出来事……出来事。
「あ!そういえば、もう最近と言うほどでもないですけど、あの魔法の森の方にある香霖堂っていう道具屋、あるじゃないですか。あそこで働き始めた人が、古道具を人里で売って周ってますよ」
「香霖堂に新人店員ですか?」
「はい。なんでもつい最近入ってきた外来人だとかで」
「外来人……」
一本目の串を皿に戻し、二本目を手に取る。
「外来人って割には見た目とか結構普通なんですけど、ちょっと気だるげな雰囲気の人ですね」
「気だるげな雰囲気ですか。ふむふむ」
そうして話している合間を縫って、ぱくぱくと団子を口へと運び、隙を見てお茶を飲む。
口に物を入れている間は喋らない辺り、行儀のよい天狗である。
「それから、上白沢さんと仲が良いみたいで、霊夢さんや魔理沙さんとも仲が良いみたいですよ」
「その方、名前はなんと仰るんですか?」
仕事のスイッチが入ったのか先ほどよりも明らかに速いペースで二本目を食べ終えた文は、一度皿を脇へ置いて手帖を取り出す。
「名前ですか?えーと、
「なるほど日暮さんですか。で、大体の居場所って分かります?」
何やら尋問のようになっているなぁと店員は思った。
文の赤い瞳は好奇心で爛々と輝いており、これから日暮さんの元へ取材に向かおうとしていることは文との関係が希薄な店員ですら容易に分かった。
その姿に恐れ敬うべき妖怪を見られず、店員は苦笑を漏らした。
「あ、はい。昨日丁度食べに来た時、明日も休みなんだーって言ってましたから今日も人里のどこかにいると思いますよ。まず自宅に行ってみてはどうですか?」
「なるほど自宅ですか……」
ちなみに自宅がどこかご存知ですか?いえ、そこまでは。
ふむふむ。
その会話を最後に、なにやらぶつくさ言い始めて手帖を睨み始めた文は、やがて残っていた団子を一気に食べ尽くし、懐から小銭を取り出して長椅子の上に叩きつけるように――しかし転がらないように丁寧に――置いて空へ舞った。
「ありがとうございます!これお代です!」
「え、あ、ありがとうございました!」
少し呆然として鴉天狗の飛んで行った空を眺めていた店員だったが、ふと我に返り長椅子の上に置かれた小銭を数えた。
きちんとぴったりの額であった。
「さて。日暮さんとやらは何処でしょうか」
良いネタを見つけたので衝動的に飛び出してはみたものの、人里もなかなか広い。長屋もいくつか散らばって存在する。
虱潰しに探すのは骨が折れるだろう。
ひとまず寺子屋の女教師、半人半獣ワーハクタクであるところの上白沢慧音と仲がいいという情報から、きっと人里に来てから暫く面倒を見たのだろうと推測し、慧音の自宅に近い長屋を捜索するとしよう。
そう決めて大体の方角へ飛びつつ、いなかった場合はついでに慧音の自宅にお邪魔してその外来人について色々聞いておこう。と画策していたが、その考えはあっさりと無駄になった。
しばらくして、文の視界に洋服を着た男性が映ったのだ。
幻想郷において洋服は多くはないがそれなりに普及しているものである。しかし、幻想郷が外の世界と隔絶されたのはまだまだ洋服が出始めたばかりの頃で、都会でもなかったこの地の文化では和服が主流。
洋服を着るのはせいぜい変わり者か、妖怪か、それに近い者たちである。
すなわち、文が見つけた洋服の男は探し人である確率が高かった。
そう判断して、文は「すみませーん!」と声をかけながら急降下。
そして文の声と影に気が付いた男が文の方を見上げ、そしてそのまま行けば着地したであろう場所を空けてくれた。表情に驚きはあれど恐れなどは見受けられず、成程、幻想郷に馴染んでいるなと文は判断する。
そして着地してから手早く少々乱れた衣服のしわを伸ばし髪を整え、間髪入れずに確認。
「すみません突然。えーと、まず聞きたいんですけど、あなたは最近幻想郷にやってきた日暮さんで間違いないですか?」
「はい、あってますよ。俺が日暮です……けど」
俺を探していたんですか?と不思議そうに続けた日暮は、文の頭に載せられた不思議な帽子と足もとの一本下駄を見て尚更に不思議そうな表情を浮かべた。
「はい。先ほど茶屋で日暮さんの話を聞きまして、是非お話を伺いたいと思いまして。ええと、私しがない天狗の新聞記者をしております射命丸文と申します」
「はぁ、これはご丁寧にどうも。改めまして日暮です」
そう言って二人は握手し、日暮はなるほど天狗か……と納得したように再び文の帽子と下駄を眺めた。よくある反応である。
「それでですね。つい最近幻想郷にやってきた上、あの人里から離れた古道具屋で働いているという日暮さんに取材したいと思いましてですね、今お時間大丈夫ですか?」
そう言って文は日暮の手に提げられている紙袋を見て、もしや買い物途中だろうか。最悪買い物について行くという手も……と色々考える。
「いえ、買い物も済みましたし、大丈夫ですよ。……あーでも、この暑い中立ち話もなんですし、家も近いですから上がって行ってください。お茶でも出しますよ」
「あ、ありがとうございます。お言葉に甘えますね」
こうして文は新聞のネタをゲットした。
所変わって日暮の自宅。
本人が冗談抜きで何もない所ですけど、と前置きしていたが、その言葉通り布団と文机くらいしか目に留まる物はなかった。
私生活に頓着しない人なのでしょうか……と早速日暮の人となりを考察し始める文であったが、その探るような視線も日暮が茶を持ってきたことで鳴りをひそめる。
「ええと、それで射命丸さん……でしたっけ。俺に話を聞きたいとのことでしたが」
「はい。ではまず差し支えなければ幻想郷に来た経緯と、香霖堂で働き始めた経緯をお話願えますかね」
「香霖堂に働き始めた経緯は分かりますけど、幻想郷に来た経緯は……なんて言うかその、気が付けば魔法の森に落っこちていたってだけですよ」
「ああ、成程。神隠しですか。了解です。じゃあ働き始めた経緯の方を」
「えと、きっかけは衣食住の費用を上白沢さんにお世話になってしまっていたことなんですが――」
そうして文は日暮の話に耳を傾け、要所要所を手帖に書きとめながらも日暮を分析する。
見たところ二十代かそこらで性格に難もなく顔も悪くない。
こうして丁寧語で話しかける相手に丁寧語で返せる程度の学もあり、座布団やお茶を出せるほどの礼儀もある。こうして神隠しされたのは運が無かったということだろうが、まっとうな人生を歩んできたであろうに、こうして幻想郷へ迷い込んでしまったことには同情せざるを得ない。
しかし、そう思うと同時に、なぜ迷い込んだ後博麗神社に寄ったにも関わらず外の世界へと帰らなかったのだろうか。その辺、聞くのは野暮だろうか。
そういえば下の名前も名乗っていない。その辺りも関わってくるだろうか。
「――それでこの頃は人里での出張販売をしているというわけです」
「成程。あの少々話が逸れると言いますか、戻るんですが、下の名前を教えていただけますか?」
「下の名前ですか?いえ、日暮という名前に下の名前は無いですよ」
「無い?」
忘れたとか言えないではなく無いというのはどういうことだろうか。外の世界の常識が変わりでもしたのか。はたまた忌子であるとか隠し子であるとかだろうか。
「はい。日暮と言うのは幻想郷に来てから付けた名前なので、下の名前は考えてないですから下の名前は無いですね。付けるつもりも無いです」
「それまで使っていた名前はどうしたんですか?」
「ああいや、別にどうしたとかそういうことじゃなくてですね。単に心機一転とかそういった意味で日暮という号を付けたわけなので、外の世界での名前は外の世界での俺に付けるべきなんですよ。ここでの俺は日暮であってそれ以外の何者でもないのです」
そう言う日暮の表情は隠し事をしている雰囲気ではなく、むしろ困った表情であった。大方、そんなことを根掘り葉掘り聞かれるとは思ってもみなかった。といったところだろうか。
「本名を隠したいわけではないんですか?」
「はい。そういうわけではないですね」
ふむふむ。
「変わった方ですねぇ」
「まぁ、昔からよく言われましたね。あとは思い切りがよすぎるとか」
「あぁ、なんとなくわかりますよ」
「……そうですか?」
日暮のその言葉の後、文と日暮は揃って茶を一口飲み、この位だろうかと終いの空気が流れる。
二人は視線を交わらせ、では、お話ありがとうございました。と文が軽く礼をして行儀よく立ち上がると、座ったままの日暮が声をかける。
「あの、よければ俺の家にも新聞貰えますか?折角ですし」
「あ、はい。ありがとうございます」
よし、購読者ゲット!
「ではまたご縁があれば」
「はい。今日はありがとうございました」
その会話を最後に文は長屋を出て、日暮が見送るまでもなく空へと飛んだ。
赤い霧の話に加え、香霖堂で働く変わり者の情報を得られたので、新聞のスペース配分なども問題ないだろう。そう考え文は嬉々として人里を後にするのだった。
蛇足であるが、その後出された文々。新聞の日暮についての記事の見出しは『閑古鳥の鳴く店にやってきた外来人の正体』であった。至って真面目な見出しに霊夢や魔理沙はがっかりするも、その記事ではやはり、その変わった性格も含めて実は妖怪ではないかと根も葉もない憶測が書かれており、一転して霊夢と魔理沙は喜ぶのだった。
喜ぶ二人の横で、日暮は天狗の新聞のいい加減さに苦笑をもらしていた。
次話より妖々夢編。
書き終えてからまとめて投稿するので更新はいつになるやら。
誤字脱字等ありましたら教えてください。
2016/4/11 ちょびっと修正。