春野サクラ君のデュエル忍伝   作:鯖缶詰

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第二話:現実主義者の自己紹介と不信の朝

1. 屋上の顔合わせ

 

 雲ひとつない青空の下、第七班の三人はアカデミーの屋上に並んで座っていた。目の前の手すりには、相変わらず掴みどころのない表情をしたカカシが腰掛けている。

 

「んじゃ、まずは自己紹介からいこうか」

 

 カカシの言葉を皮切りに、ナルトが夢を語り、サスケが復讐への決意を吐露する。原作通り、あるいはそれ以上に尖った二人の言葉を聞き流しながら、サクラは己の番を待っていた。

 

「最後、君の番だ」

 

 カカシの独眼がサクラを射抜く。サクラは背筋を伸ばし、迷いのない声で口を開いた。

 

「春野サクラです。好きなものは『お金』。嫌いなものは『貧困』。尊敬する方は『マイト・ガイ上忍』と『二代目火影様』です」

 

 一瞬、屋上の風が止まったかのような静寂が訪れた。

 ナルトが拍子抜けしたように目を丸くし、サスケは意外そうに隣のサクラを見やる。

 

「……金? サクラ、お前もっと格好いい夢とかねーのかよ!」

 

「ナルト、金はただの紙切れじゃない。この世界で天涯孤独の身を支え、適切なリソースを確保するための最も純粋な力だ。貧困は精神を摩耗させ、選択肢を奪う。僕は二度と、その毒を啜るつもりはない」

 

 サクラの言葉には、孤児としてこの世界を生き抜いてきた者特有の、切実なまでの現実感が宿っていた。カカシは顎を撫でながら、その「合理主義」の裏にある影を読み取ろうとする。

 

「……へぇ。ガイを尊敬している理由は?」

 

「血筋や天賦の才に甘んじることなく、磨き上げた体術だけで頂点に肉薄する。あの計算された狂気と努力の効率は、尊敬に値します。二代目様については……言うまでもないでしょう。術の体系化における論理的思考は、僕の理想とする忍の姿です」

 

 カカシはふっと目を細めた。「……ガイか。あいつの暑苦しさを『計算された狂気』なんて呼ぶ生徒は、初めてだよ」

 

 カカシの口元(マスクの下)に、わずかな笑みが浮かぶ。しかし、その瞳は笑っていなかった。サクラという少年が、自分の本質やライバルの性質を驚くほど正確に見抜いていることに、上忍としての強い興味と警戒を抱いたのだ。

 

2. 演習の宣告と不信の芽

 

「よし、個性的な連中でいい。……明日の演習内容を伝える。朝五時に演習場へ来い。それと、朝食は抜いてくることだ。吐くぞ」

 

 カカシはそう言い残し、煙のように姿を消した。

 後に残されたのは、緊張に顔を強張らせるナルトとサスケ。そして、一人だけ冷静にカカシの消えた場所を睨むサクラだった。

 

(……朝食を抜け、か。見え透いた嘘だ)

 

 サクラは立ち上がり、服の埃を払う。

 前世の知識云々ではない。はたけカカシという男が放つ特有の「不誠実さ」と、自己紹介の時に見せた「時間を浪費させることへの躊躇のなさ」。それらが、サクラの中にある生存本能に警鐘を鳴らしていた。

 

(あの男の実力は信頼できる。だが、彼の言葉にある『五時』という数字に信義はない。実力を出すための燃料を自ら捨てるほど、僕は愚かじゃない)

 

 

1. 霧の中の二匹の狼

 

 午前五時。木ノ葉の演習場は、冷え冷えとした朝霧に包まれていた。

 湿った土の匂いと、静まり返った森の気配。その中心で、二人の少年が対照的な姿勢で立ち尽くしていた。

 

「……腹減ったってばよ……」

 

 ナルトは力なく地面に膝をつき、抗議の声を上げる気力すら失っている。昨夜から何も食べていない胃袋は、主人の意思に反して悲鳴を上げ続け、今やその痛みすら麻痺しつつあった。

 隣ではサスケが、青白い顔をしながらも頑なに腕を組み、霧の向こうを見据えている。その指先は微かに震えていたが、彼はそれを強靭な精神力で抑え込んでいた。

 

(……カカシ、あの野郎。……来やしねー……)

 

 サスケの苛立ちは限界に近い。だが、彼らにとって「上忍の命令」は絶対だった。それがどれほど不条理なものであっても、忍びの卵である彼らにそれを拒む選択肢など存在しなかった――本来ならば。

 

2. 獅子の登場

 

 その時、霧を裂いて軽やかな足音が近づいてきた。

 迷いのない、確かな足取り。

 

「おはよう。……ずいぶんと顔色が悪いね、二人とも」

 

 現れたサクラの声は、驚くほど澄んでいた。

 ナルトとサスケが顔を上げると、そこには露に濡れた草を踏みしめ、血色良く、背筋を真っ直ぐに伸ばしたサクラが立っていた。その瞳には、徹夜や空腹の陰りなど微塵もない。

 

「サクラ……お前……。なんだよ、その余裕……」

 

 ナルトが呻くように問う。サクラは二人の前に屈み込むと、ふっと微かな、しかし温かい香りを漂わせた。それは、丁寧に取られた出汁と、炊きたての米の残り香だった。

 

「ああ。普通に食べてきたよ。焼き魚に味噌汁、それに厚焼き玉子。脳の活動には糖分とタンパク質が必要だからね。……今朝の味噌汁は、少しだけ白味噌を多めにしてみたんだ」

 

「な、なっ!? お前……先生の命令、無視したのかよ! 吐くぞって、そう言われただろ!」

 

 驚愕に目を見開くナルトを、サクラは涼やかな瞳で制した。

 

3. 自立という規律

 

「ナルト。カカシ先生が今ここにいないことが、僕の判断の正解を証明しているよ」

 

 サクラは立ち上がり、静かに周囲の森を見渡した。

 

「彼は時間を守る気がない。そして、自分のコンディションを他人の不確かな、それも明らかに『意地の悪い嘘』が含まれた命令に預けるのは、忍として致命的なミスだ。……サスケ、君のその震えは武者震いじゃない。低血糖による末梢神経の機能低下だ。そんな状態で、満足に火遁が組めると本気で思っているのかい?」

 

 サスケは、サクラの射抜くような言葉に言葉を失った。

 うちはという名に、そして忍の規律に縛られていた自分。対して、目の前のサクラは自分自身の論理を最優先し、最善の準備を整えてここにいる。その圧倒的な「個」としての自立心に、サスケは屈辱を通り越した畏怖すら感じていた。

 

「……フン。もしこの『違反』が理由で不合格になったら、後悔するのは貴様だぞ、サクラ」

 

「後悔? それはないよ。戦う前から戦力外の状態になることこそ、僕にとっては最大の屈辱だ」

 

 サクラは微笑み、懐からカードを一枚、流れるような動作で抜き取った。

 

「飢えた狼として死ぬより、満たされた獅子として戦う。……僕は僕の規律に従うだけだ」

 

 朝日が霧を払い始めた。

 サクラの桜色の髪が、逆光の中で燃えるような輝きを放つ。

 その堂々たる佇まいは、まだ「子供」として命令を待っていた二人にとって、自分たちよりもずっと先に、過酷な忍びの世界へ独りで踏み出した「大人」の背中のように見えた。

 

 

1. 影の帰還

 

 陽光が演習場の緑を鮮やかに照らし出し、朝の冷気が完全に霧散した頃。

 約束の時間から、すでに数時間が経過していた。

 

 ナルトは空腹のあまり、地面に這いつくばったまま「ラーメン……」とうわ言を漏らしている。サスケはもはや怒りを通り越し、抜身の刀のような鋭い殺気を周囲に放っていた。

 そんな二人を余所に、サクラは樹の根元に腰を下ろし、指先で一枚のカードを弄んでいた。

 

「よお、みんな。おはよう」

 

 唐突に、空気の揺らぎと共に銀髪の男が姿を現した。

 カカシは悪びれる様子もなく、片手をひらひらと振って教壇の時と同じような眠たげな声を出す。

 

「てめーっ!! 遅いんだってばよ!!」

 

 飛び起きたナルトの絶叫が森に響く。サスケもまた、射殺さんばかりの視線をカカシに叩きつけた。

 カカシは後頭部を掻きながら、適当な言い訳を口にする。

 

「いやあ、道に黒猫がいてね……。あ、サクラくん。君、なんだか随分と顔色がいいね?」

 

 カカシの独眼が、不意にサクラを捉えた。

 他の二人が空腹と疲労で「削られている」中で、一人だけ肌の艶も良く、呼吸も整っているサクラの異質さ。カカシはそれを瞬時に見抜いた。

 

2. 合理的な叛逆

 

「カカシ先生。先生の言葉には『信義』がないと判断しました」

 

 サクラは立ち上がり、服に付いた土を払う。

 その声には、上忍に対する畏怖(いふ)よりも、対等な契約者としての冷徹な響きがあった。

 

「先生は時間を守る気がない。そして、演習前に戦力を低下させるような命令を出す。……実力を発揮するための『燃料』を自ら捨てるのは、僕の規律に反します。ですから、しっかりと朝食を摂ってきました」

 

 カカシは一瞬、きょとんとしたように目を丸くした。

 その後、マスクの下で「くくっ」と喉を鳴らすような低い笑い声が漏れる。

 

「……面白い。命令違反を堂々と『合理的な判断』だと言い切るわけだ。忍の世界じゃ、ルールを守れない奴はクズ扱いされるんだけどね?」

 

「状況を正しく分析し、最適なコンディションを維持することも忍の資質ではありませんか? 僕をクズと呼びたいなら、まずこの演習で僕を屈服させてからにしてください」

 

 サクラは微笑を湛えたまま、懐からカードを一気に引き抜いた。

 深緑のチャクラが、彼の指先から霧のように溢れ出す。カカシはその異質なエネルギーの胎動に、わずかに眉を動かした。

 

3. 開戦の鐘

 

 カカシは懐から、カチャリと音を立てて小さな鈴を二つ取り出した。   「……よし。ルールは簡単。正午までに、俺からこの鈴を奪うこと。取れなかった奴は不合格……。おまけに、丸太に縛り付けて目の前で弁当を食って見せる」

 

 その宣告を聞いた瞬間、サクラの脳内では計算が完了した。

 二つの鈴。三人の生徒。

 この状況が意味するものは、あまりに明白だ。

 

「用意……スタート!」

 

 カカシの声が合図となり、ナルトとサスケが瞬時に姿を消す。

 サクラもまた、流れるような動作で背後の茂みへと飛び込んだ。

 

(まずは個々の実力の査定(アセスメント)か。……カカシ先生、あんたの上忍としてのチャクラ、僕のLP(ライフポイント)でどこまで買い取れるか、試させてもらうよ)

 

 サクラは樹上で息を潜め、指の間に挟んだ『エルフの剣士』のカードを構える。

 

「……幻想召喚」

 

 静かな囁きと共に、森の中に異世界の戦士の影が落ちる。

 第七班としての、そしてサクラの「生存戦略」としての真の試練が、今、幕を開けた。

 

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