春野サクラ君のデュエル忍伝   作:鯖缶詰

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第三話:演習開始、冷徹なる観測者

1. 宣告の重圧

 

 演習場に設置された目覚まし時計が、無機質な金属音を立てて置かれた。

 カカシの指先に揺れる二つの鈴。その小さな銀色の塊が、朝日に反射して刺すような光を放つ。

 

「ルールは簡単。正午までに、俺からこの鈴を奪うこと。……鈴は二つしかない。つまり、三人のうち少なくとも一人は、強制的に丸太行き。挙句に不合格……アカデミーに逆戻りだ」

 

 その言葉が発せられた瞬間、ナルトの呼吸が激しく乱れ、サスケの足元から殺気が陽炎のように立ち上った。

 仲間内での「奪い合い」を強いる、あまりに悪趣味な宣告。だが、サクラの心は凪(なぎ)のように静まり返っていた。

 

(……稚拙だな、カカシ先生。一人を落とすのが目的なら、最初から三つ用意して一つを隠せばいい。わざわざ『二つしかない』と見せびらかすのは、僕たちの動揺を誘い、判断力を奪うための餌に過ぎない)

 

 サクラは懐のカードに指を添え、その冷たい感触に意識を集中させる。

 この試験の本質は、個の武力ではない。その裏側にある「忍の真意」をいかに早く見抜けるかにある。サクラはそう確信していた。

 

2. 潜伏と観測

 

「用意……スタート!」

 

 号令と共に、サクラは地を蹴った。

 ナルトとサスケの気配が左右に散る。サクラは最短距離で巨樹の影へと滑り込み、音もなく枝を跳ねて上層の茂みへと身を隠した。

 

(呼吸を整えろ。チャクラの波を周囲の葉擦れに馴染ませる。……この世界での『隠密』は、前世の隠れん坊とは次元が違う)

 

 樹上の影から下界を見下ろせば、カカシは動く気配もなく、悠然と懐から一冊の本――『イチャイチャパラダイス』を取り出していた。その一見無防備な姿が、逆に周囲の空間を「死域」へと変えている。

 

 そこへ、我慢しきれなくなったナルトが正面から躍り出た。

 

 

1. 暴走する太陽

 

「真っ向勝負だってばよー!」

 

 静寂を切り裂くナルトの叫びと共に、演習場の中心で砂塵が舞った。

 潜伏という忍の鉄則をかなぐり捨て、最短距離でカカシへと突っ込むオレンジ色の影。サクラは樹上の影から、その光景を瞬き一つせずに見守っていた。

 

(……無策だ。けれど、無価値ではない)

 

 サクラは懐から抜き取った一枚のカードを指先で弄びながら、カカシの動きを網膜に刻みつける。

 カカシは本から目を離すことすらしない。ナルトの放った大振りな正拳突きを、紙一重の回避と最小限の重心移動だけで受け流していく。その動作には、研ぎ澄まされた刃のような無駄のなさと、相手を赤子のように扱う残酷な余裕が同居していた。

 

「忍術その三、体術!」

 

 カカシの指が、ナルトの背後で印を結ぶ。

 ――木ノ葉隠れ秘伝奥義、千年殺し。

 あまりに馬鹿げた、しかし抗いようのない屈辱的な一撃がナルトを吹き飛ばし、水場へと突き落とした。

 

2. 上忍という深淵の測定

 

(……今の身のこなし。予備動作が完全に消えている)

 

 サクラは、冷徹にカカシの身体能力を数値化しようと試みる。

 ナルトの突撃は、確かに稚拙だった。だが、九尾の器としての爆発的な瞬発力は備わっている。それを指一本触れさせずに手玉に取るカカシの反応速度は、サクラの想像を遥かに超えていた。

 

(僕の『エルフの剣士』のATKは一四〇〇。……物理的な剣速であの男を捉えるのは不可能に近い。少なくとも、単体での召喚(コール)はリソースの無駄遣いになるだろう)

 

 ナルトが水の中から這い出し、再び影分身を繰り出して挑みかかる。数に物を言わせた包囲網。だが、カカシは変わり身の術を織り交ぜ、ナルト同士を同士討ちさせることで、その物量を無に帰した。

 

 サクラの視線は、翻弄されるナルトではなく、常にカカシの「影」を追っていた。

 変わり身を放つタイミング。気配を断つ瞬間のチャクラの揺らぎ。

 

(見えてきた。……あの男は、僕たちの『心理的な死角』を突くのが異常に上手い。ならば、死角そのものを幻想(モンスター)で埋め尽くすか、あるいは……)

 

3. 吊るされた生贄と好機

 

 結局、ナルトは食欲に負けて見え透いた罠に飛び込み、無様に逆さ吊りとなった。

 カカシは満足げに本を閉じると、気配を消して次の獲物――サスケの潜伏先へと姿を消す。

 

 サクラは音もなく枝を降り、腐葉土の湿った匂いの中を、ナルトの元へと接近した。

 

「ちくしょー! 放せってばよ! 離しやがれー!」

 

 空中で足をバタつかせ、真っ赤な顔で喚き散らすナルト。

 サクラはその真下まで歩み寄ると、影の中から滑り出すように姿を現した。

 

「静かに、ナルト。……今の君は、カカシ先生にとっての『見張り台』でしかない」

 

「サ、サクラ……! 笑いに来たのかよ!」

 

「まさか。……君は最高の囮だったよ。おかげで、先生の癖がいくつか見えた」

 

 サクラは懐から、一粒の小さな丸薬――自作の特製兵糧丸を取り出し、ナルトの口元へ放り投げた。ナルトが反射的にそれを飲み込むと、サクラは微笑みながら、懐のカードに指を添える。

 

(ナルト。君のその無尽蔵のチャクラを、僕の『盤面(ボード)』の燃料に使わせてもらうよ。……一人で勝てないなら、この世界を『ゲーム』に書き換えてやるまでだ)

 

 サクラの瞳の中で、幻想の紋章が怪しく、そして静かに輝きを増していた。

 

 

2. 禁断の投資

 

 サクラの手元で、小さな丸薬が転がった。

 それは彼が私財を投じ、二代目火影の記述を参考に独自に調合した、高純度の兵糧丸だ。

 

「……? なんだよ、これ」

 

「僕特製の『燃料』だ。これを飲め」

 

 サクラは躊躇うナルトの口に、強引にそれを放り込んだ。

 瞬間、ナルトの瞳が大きく見開かれる。腹の底から湧き上がる急激な熱。空腹で萎縮していた経絡系が、強制的に活性化され、全身の細胞が息を吹き返す。

 

「うお、おおお……! なんだこれ、すげー! 力が湧いてくるってばよ!」

 

「当然だ。ただの食料じゃない、君のチャクラ効率を最適化するように調整してある。……ナルト、一対一でカカシ先生に勝つのは不可能だ。それは君も、さっき身を以て理解したはずだね?」

 

 サクラは、解放されたナルトの視線を真っ直ぐに射抜いた。

 その瞳には、慈愛ではなく、冷徹なまでの「取引」の意志が宿っている。

 

「君のその無尽蔵のチャクラを、僕に貸せ。僕の指示通りに影分身を展開すれば、鈴を手に入れる確率を四〇パーセントまで引き上げられる」

 

3. 戦略的提携の成立

 

 ナルトは頬を赤らめ、喉を鳴らした。

 里の誰からも「化物」と忌避され、あるいは「落ちこぼれ」と蔑まれてきた自分。だが、目の前のサクラは違う。彼はナルトの中にある異質な力を「資源」として正当に評価し、それを最大限に活かすための盤面を提示している。

 

「……サクラ、お前。俺のこと、利用しようとしてるのか?」

 

「ああ。利用価値があるからね。そして君にとっても、僕と組むことがアカデミー卒業への最短ルートだ。……不服かい?」

 

 サクラは薄く微笑んだ。

 その微笑みに、ナルトはどこか奇妙な高揚感を覚えた。誰かに必要とされることの、歪で、しかし確かな充足感。

 

「へっ……。面白れーじゃねーか。乗ってやるってばよ、その作戦!」

 

「交渉成立だ。……さあ、次はあの『傲慢な天才』を拾いに行こうか。彼もそろそろ、自分の限界を知る頃だろうしね」

 

 サクラは懐のカード――『エルフの剣士』の絵柄をなぞりながら、森の奥を見据えた。

 ナルトという巨大なバッテリーを手に入れた今、サクラのLP(ライフポイント)管理は劇的に安定する。

 

(一人で勝てないなら、この世界を『ゲーム』に書き換えてやる。……先生、次は僕のターンの番だ)

 

 夕闇が迫る森の中で、サクラの桜色の髪が、怪しく、そして美しく揺れていた。

 

 

1. 天才の限界

 

 森の深部、土が抉れ、樹々が焦げた臭いを放つ一帯。

 うちはサスケは、膝をつき、荒い呼吸を繰り返していた。全身は土に汚れ、誇り高い青の装束も綻びている。目の前の地面には、首まで埋まった自分の「首切り役」を待つかのような無様な光景――心中斬首の術の残滓があった。

 

(……上忍。これが、本物の忍の格差か……!)

 

 サスケは震える手でクナイを握り直す。火遁も、手裏剣術も、天才と呼ばれた彼の研鑽は、カカシという巨大な壁の前では児戯に等しかった。

 カカシはすでに姿を消している。だが、森全体が彼の殺気に包まれているかのような錯覚が、サスケの思考を麻痺させていた。

 

「……随分と、深い穴を掘ってもらったね、サスケ」

 

 頭上から降ってきたのは、冷たく、しかし透き通るような声だった。

 

2. 獅子の招聘

 

 サスケが顔を上げると、太い枝の上にサクラが立っていた。その隣には、先ほどまで絶望的な顔をしていたはずのナルトが、どこか昂揚した表情で並んでいる。

 

「サクラ……ナルト。逃げろと言ったはずだ。貴様らのような足手まといがいても、結果は変わらん」

 

「足手まとい、か。一人で土を噛んでいる君が言うと、なかなかに独創的な冗談に聞こえるよ」

 

 サクラは音もなく地へと降り立ち、サスケの喉元に突き刺さるような鋭い視線を向けた。

 

「プライドを捨てろ、サスケ。君が復讐を果たすために必要なのは、一人で死ぬ矜持ではなく、生き残って目的を果たす執念のはずだ。……一対一で勝てないなら、僕というリソースを使え」

 

 サクラは懐からカードを抜き放った。

 指先から溢れ出す、既存の理(ことわり)を否定するような異質のチャクラ。サスケはその波動に、肌が粟立つような戦慄を覚えた。

 

「ナルトという巨大なチャクラ、そして僕が呼び出す『幻想』。これらを組み合わせれば、あの男の死角を突ける。……君のその鋭いセンスを、僕の盤面の一部として貸してくれないか?」

 

3. 第七班、開戦

 

 サスケは唇を噛み、サクラの差し出した手……ではなく、その背後にある「勝利への可能性」を見つめた。

 屈辱。だが、それ以上にこの少年が描こうとしている「盤面」への、抗いようのない興味が勝った。

 

「……フン。貴様の駒になるつもりはない。俺が奴を捉える、その隙を作れ」

 

「交渉成立だ。……さあ、ナルト」

 

 サクラの合図に、ナルトが印を結ぶ。兵糧丸によって強制活性化されたチャクラが、数十体の影分身となって森を埋め尽くした。

 

「いっくぞおおお! サクラちゃんの指示通り、暴れまくってやるってばよ!」

 

 サクラは指の間のカードを弾いた。

 

「幻想召喚――『エルフの剣士』、そして『砦を守る翼竜』」

 

 光と共に、森に異世界の戦士と翼竜が舞い降りる。

 カカシの「死角」を埋めるための物量と、その隙を突くサスケの刃。

 サクラはLP(ライフポイント)が削れる微かな痛みを感じながら、月光を思わせる冷ややかな瞳で森の奥を睨みつけた。

 

「さあ、カカシ先生。……僕たちの『ターン』を始めよう」

 

 三人の少年。それぞれが異なる牙を持ちながらも、サクラという冷徹な観測者の手によって、一つの暴力的なユニットへと形を変えた。

 演習場を揺らす幻想の胎動。それは、木ノ葉隠れの里に刻まれる、新たなる歴史の産声だった。

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