春野サクラ君のデュエル忍伝   作:鯖缶詰

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第七話:水たまりの刺客

木ノ葉の里を遠く離れ、街道を囲む木々の密度が一段と増してきた。

 湿り気を帯びた空気が肌にまとわりつく。時折、遠くで鳥の羽ばたきが聞こえるだけの静寂の中、タズナの口から語られる「波の国」の惨状は、どこか現実味を欠いた悪夢のように響いた。

 

「……大名様も、今じゃガトーの言いなりよ。金は吸い上げられ、逆らう者は見せしめに吊るされる。国中の職人も、物流も、奴に握られちまった。わしらはただ、飢え死にするのを待つか、あの橋を完成させて希望を繋ぐか……それしかねえんだ」

 

 タズナの声は、酒で焼けた喉の奥で震えていた。その悲痛な訴えに、ナルトは拳を握りしめ、サスケは無言で眉を寄せる。だが、サクラだけは歩みを止めず、淡々とその情報を脳内の「盤面」へと配置していった。

 

「大名すら金がない? ……おかしいですね。日和見主義の大名なら、ガトーと裏で繋がって私腹を肥やすのが定石(セオリー)だ。あるいは――」

 

 サクラは歩きながら、顎に手を添えた。

 

「僕がガトーなら、金と暴力で黙認しろと迫る。抵抗するコストより、黙認して配分(キックバック)を受け取るメリットを提示すれば、国家のトップなんて簡単に転びますよ。つまり、波の国の行政は既にガトーの『子会社』だ」

 

「……っ!」

 

 タズナが言葉を失い、目を見開いてサクラを振り返る。

 

「情報、輸送、エネルギー……。国家を動かす主要なインフラをすべて押さえる。ガトーという男、ビジネスマンとしては極めて有能で、かつ合理的(ロジカル)だ。……やだなー、そんな『完成されたシステム』にガタを入れに行くなんて。これ、下忍の任務じゃないですよ。ランク詐欺もいいとこです」

 

 サクラは大きくため息をついた。

 ナルトとサスケ、そしてカカシまでもが、呆気に取られたようにサクラの横顔を見つめる。

 

「……なぁサクラちゃん。有能って、あんな悪い奴を褒めてるのかってばよ?」

 

「褒めてるんじゃなくて、評価してるんだよナルト。敵を知るには、まずそのシステムの優秀さを認めなきゃ。……ああ、憂鬱だ。暴力で解決するしか道がないなんて、これだから忍の世界は効率が悪い」

 

 サクラはそう言い捨てると、懐から一枚のカードを抜き、無意識に指先で回転させた。

 その時、サクラの鼻腔を、微かな「水の匂い」が掠めた。

 雨など降っていない。それなのに、街道の脇には不自然な水たまりが一つ。

 

(……違和感。波の国の現状より、まずは目の前の『バグ』を処理しなきゃいけないらしい)

 

 サクラの瞳から、世俗的な倦怠感が消えた。

 

「カカシ先生。……足元、濡れますよ」

 

 サクラの警告と同時だった。

 水たまりから二つの影が、爆発的な速度で飛び出したのは。

 絡み合う鎖。殺意を乗せた金属音が、静かな森に響き渡る。

 

「第一段階(ファースト・フェーズ)……。迎撃(カウンター)開始」

 

 サクラがカードを突き出す。

 ――【LP:8000 → 6900】。

 虚空から顕現した光り輝く鎖が、襲い来る霧の刺客を迎え撃つべく、大気を引き裂いて奔った。

 

 

:封印と初陣

 

 それは、一瞬の出来事だった。

 金属が擦れる耳障りな音と共に奔った二筋の鎖が、カカシの身体を雁字搦めに捕らえた。次の瞬間、糸鋸状の刃が回転し、師の肉体は残酷なまでにバラバラに引き裂かれ、森の土にぶちまけられる。

 

「カカシ先生……!?」

 

 ナルトの絶叫。

 視神経を焼くような凄惨な死。その非日常的な光景に、ナルトは足を止め、身体を硬直させた。だが、その隣でサクラの思考は一秒すら停止していなかった。

 

(変わり身だ。――木片の匂い、チャクラの消失。先生は落ちた。なら、次の標的は)

 

「ナルト! 固まるな、影分身でタズナさんを守れ! サスケ君、一人任せた!」

 

 サクラの鋭い檄が、静止した空気を叩き割る。

 その声に弾かれたように、サスケが動いた。一瞬で距離を詰め、手裏剣とクナイを同時に放って鎖の軌道を逸らすと、巨樹の幹にそれを縫い付ける。

 

「フン……!」

 

 サスケの鋭い蹴りが、刺客の一人を後方へと弾き飛ばした。

 もう一人の刺客――鬼兄弟の弟が、標的をタズナへと切り替え、毒を塗られたカギ爪を振り上げる。

 

「第一フェーズ、捕捉(キャッチ)」

 

 サクラが右手を突き出した。

 ――【LP:6900】。

 虚空から顕現した光り輝く『封印の鎖』が、蛇のようなしなやかさで刺客に絡みつく。天使族特有の浄化の光を帯びながらも、その実態は敵の首筋と手甲を容赦なく締め上げる無機質な拘束具だ。

 

「ぐっ……!? なんだこの鎖は、外れぬ……っ!」

 

 霧隠れの刺客が悶絶し、自身の獲物であるはずの鎖に逆に縛られる皮肉な光景。

 その背後では、ナルトが震える手で印を結んでいた。

 

「く、来るなら来いよ! じーさんは、俺がボコボコにしてやる……じゃなくて、守ってやるってばよ!」

 

 膝は笑い、声は掠れている。だが、ナルトの瞳には逃げ出そうとする意志はなかった。何十という影分身がタズナを取り囲む。それは、恐怖を克服しようとする一人の忍の、泥臭くも尊い初陣の姿だった。

 

 なおも抵抗を試み、タズナを道連れにせんとカギ爪を振り回す鬼兄弟。

 だが、その背後に、死んだはずの「コピー忍者」が音もなく舞い降りた。

 

「そこまでだ」

 

 カカシの低い声。

 気づけば、二人の刺客はカカシの腕一本で無力化され、地面に押さえ込まれていた。

 サクラの展開した『封印の鎖』が、カカシの体術に連動してさらに強く敵を締め上げ、完全に沈黙させる。

 

 ――しん、と。

 森に静寂が戻った。

 サクラはカードの維持を解き、深く吐き出した。視界の端で明滅するLPの数字が、戦いの終わりを告げている。

 

「……ナルト、怪我はない?」

 

 サクラが声をかけると、ナルトは腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。

 これが、本物の忍の戦い。

 演習場の鈴とは違う、命の奪い合いの感触。

 

 サクラは自身の掌を見つめた。

 LPは削られていない。だが、敵を「縛った」時のあの嫌な抵抗感が、網膜の裏にこびりついて離れなかった。

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