メティー&ベルのアトリエ ーオラリオの錬金術士ー 作:斎藤 晃
冒険者を苗床にするモンスターもいるから、多分あってもおかしくないよね。
「お母さん、僕に万能厄除け香をください。」
目の前で息子が土下座をして私に懇願している。
ベルが冒険者になっておよそ1ヶ月。
ベルは不幸の神様に愛されているのかと思うほど、様々な不運に見舞われている。ソーマ様の弟子入りに始まり、今回は余りにも恐ろしい出来事により、オラリオ全土が恐怖に包まれてしまうのかもしれない出来事。
「モンスター化の呪いが本当にあるなんてね…。」
今回ベルが遭遇した問題は、モンスター化の呪いだった。
先生からモンスターになってしまうという呪いがあることは教わっていた。*1遥か昔、ソフィーという錬金術士が、呪いによってモンスターになりかけた騎士を助けたという話は今でも覚えている。
ただ、それは昔話、お伽噺の類だと今の今まで思っていたのだ。*2それが現実のものになってしまったのだという。
「セシルさんを助けるために、万能厄除け香が必要なんです!」
ベルは考え事にふける私に、必死になって頼み込んでいた。
万能厄除け香。それはモンスター化の呪いを治療するアイテムの名前だ。その効果は、状態異常の緩和と消滅だ。これより上位の回復アイテムとなると、神秘の霊薬位しか思いつかないほどの、調合の難しい回復アイテムだ。
眉唾物だと思っていたお伽噺が、今や現実の出来事として私達の前に現れていた。
「アストレア・ファミリアの人だからねぇ。助けるのは吝かではないけれど…。」
私はあえてベルに対して、彼女を助けるのを渋ってみせた。セシルさんという方と、私は直接会ったことはなかった。アストレア・ファミリアとは7年前からの付き合いだけど、彼女は最近ファミリアに入った眷属らしく、直接の面識はなかったのだ。
とは言え、アストレア様やアリーゼさんたち経由で、彼女の存在自体は知っていた。
曰く、家出少女。
曰く、プライドが強い。
曰く、アストレア様の熱心な信奉者。
そんな彼女がモンスターになるかも知れない。
もし、アリーゼさんたちが私に話を持ってきてくれていたら、すぐさま薬を持って向かっていただろう。
だけど、今回アリーゼさんたちが話を持っていったのはベルの所だった。以前、私が冒険者向けの依頼は息子にして欲しいと言っていたのを律儀に守ってくれたのだろう。
だから、私はそれを利用することにした。ベルが錬金術士として成長できるきっかけとなると思って。
「そうね。条件があるわ。ベルに課題を与えます。」
あれから一月ちょっと前のことだと言うのに、ベルに課題を与えるのが凄く久しぶりな気がした。ベルはゴクリと喉を鳴らして私が課題を言うのを待っている。
「私が与える課題はーーー。」
私たち親子は、現在ディアンケヒト・ファミリアの治療院の中にあった。
セシルさんが入院しているのがこの治療院内なのだ。病室の前に着いた私たちを待っていたのは、アストレア様とアリーゼさんだった。
「正直何が何だかわからない状態なの。右腕が酷く肥大化して、まるでモンスターのように…。」
アストレア様は憔悴した顔を隠さずに、私になんとか治して欲しいと縋り付いてきた。彼女がここまで追い詰められているというのは、それほどセシルさんの状態は悪いということなのだろう。
「分かりました。最善を尽くします。」
私たちは病室の中へと入っていった。病室内にはマリューさんと輝夜さんが待っていた。マリューさんはベッドの側で椅子に座っていて、輝夜さんは壁に寄りかかりながらこちらを見ていた。
2人のことで気になるのは、共に武器を持っていることだろう。
最悪の想定。モンスター化したセシルさんを、せめて仲間である自分たちで葬れるように、武器を持っているのだろうと思った。
そして、ベッドの上では右腕が肥大化して赤黒く変色した女性が横たわっていた。意識はあるのかないのか分からないが、時々うめき声をあげているのが聞こえてくる。
思っていた以上に酷い状況だ。初めて見るモンスター化の呪い。その厄介さは一目みただけでも見て取れた。
「貴女がメーテリアさんですね。初めまして、アミッド・テアサレーナと申します。」
病室にはもう1人の女性がいた。
彼女の名前は私も聞いたことがあった。オラリオ最高の
そんな彼女がいるということは、彼女の魔法でもセシルさんを治すことは出来なかったということだろう。
「教えてください。あれは何なのですか?! どうすれば治せるのですか?!」
彼女は半ば狂ったかのように早口で疑問を口にした。
でも、私だって全てを知っているわけではない。前例を知っている、それを治す方法も知っている。だけど、それが絶対であるとは私には到底言えなかった。
「落ち着いてアミッドさん。まずはどういう状態なのか教えてください。」
私は彼女から情報を得ようと尋ねた。それを聞いたアミッドさんはハッとして落ち着きを取り戻そうとしたのか、深呼吸を一つした後にどういう状況なのか教えてくれ始めた。
「昨日、セシルさんが倒れたと言うのでここに運ばれてきました。その時にはまだ腕はあそこまで腫れ上がっていませんでしたが、赤黒く変色していました。その時は意識はあったのですが、今日になってからは意識が混濁しているようでこちらの問いかけにも反応しません。」
はっきり言って何も分かっていないのです。というアミッドさんの表情はとても悔しそうなものだった。私は人差し指を顎に当てて、暫く考えにふけった。
先生の話では、件の騎士は数年ほど掛けて症状が悪化したらしい。様々な薬や魔法を試したものの、症状を改善することは出来ず、藁にも縋る思いでまだ少女だったソフィーという錬金術士を頼ったらしい。
騎士は錬金術士の作った薬で治療され、再び人間として表立って生きていくことができるようになった。だけど変化した腕は治らなかったとか。
私が知っているのはそれくらいだ。先生もそれ以上は知らないはずだ。知っていれば私にも教えてくれたはずだし。
だから、その話との差異が余りにも気になった。
そう、どうも話を聞く限りでは、セシルさんの症状はここ数日で現れたらしいのだ。余りにも症状の進行が早すぎる。
「私の師匠に聞いた話だけど、なんでも昔ーーー。」
私はアミッドさんに騎士と錬金術士の御伽噺を語った。モンスター化の呪いと聞いて、病室内にヒュッという恐怖に満ちた声が響いた。
アミッドさんの顔は、恐怖と驚愕がないまぜになった表情をしていた。人がモンスターになるという、常識はずれの恐怖がそこにはあった。
「ベルもメティーも同じ事を言っているということは、信じたくはないがセシルがモンスターになってしまうのは避けられないことなのか…?」
輝夜さんは私の隣に立つベルを見ながらそんな事を言ってきた。。
ベルがセシルさんの症状をモンスター化の呪いではないか、と推測できたのはほとんど奇跡みたいなものなのだろう。ハニーシロップ*3では治らない状態異常。オラリオ最高の治癒師でも治せない呪い。
それらが行き着く先がモンスター化の呪いしかないと至ることは、私でもかなり難しいと思う。
「モンスター化の…呪い?」
そんなのあり得ない、という声が聞こえたけどそれくらいしか考えつかないのだ。
その時、病室の扉が開いて1人の男神が入ってきた。
「アミッド! 例の錬金術師とやらは来たのか。」
入ってきたのは医神ディアンケヒトその神だった。懐かしい神に出会った。かつては私を癒そうと、ヘラ様たちと共に方々を駆けずり回ってくれた神だった。最も、その分多額の金銭を要求されたようだけど。
振り返った私を見たディアンケヒト様は固まった。口と目を大きく開いて驚愕している様子に、何故か笑いが込み上げてきた。
「お久しぶりです、ディアンケヒト様。」
「お前…メーテリアか? 生きていたのか!?」
掠れた声で尋ねてくるディアンケヒト様に小さく頷いてみせた。それを見たディアンケヒト様は深呼吸をした後に、自分の頬を手で叩いた。
「正直聞きたいことはたくさんあるが、それは後回しだ。とにかくこいつの症状が何なのかわからん。症状がわからんから治しようがない。メーテリア、お前なら知っているんだな? と言うかお前が例の錬金術師なのか?」
矢継早に出てくる言葉に、ああ確かにディアンケヒト様だと思ってしまった。
「ディアンケヒト様、先程メーテリアさんから教えてもらったのですが。」
アミッドさんが、モンスター化の呪いについてディアンケヒト様に説明をした。それを聞いたディアンケヒト様は余りもの話に、嘘ではと疑ったようだけど、私は何一つ嘘は言っていない。
それが理解できたのだろう。眉間にシワを寄せて深刻な形相となった。
「それが本当だとするならば、もはや助ける方法は…。」
「いや、ありますから。助ける方法はありますから! ね、お母さん。」
ベルの言葉に私も頷いて肯定を示した。
驚く2人を背にして、私はベッドへと近づいた。セシルさんの腕は細身の体からは想像できないほどに肥大化し、その赤黒い体表では血管が脈打っているのが見て取れた。
まだ腕だけで済んでいるのが幸いだった。そう言えば、件の騎士の話でも、最初に症状が出たのは腕だったらしい。
「この薬、万能厄除け香を使えばこの呪いは治せるはずです。」
正直治せるかわからない。だけど、この場では治せると言ったほうが良いだろう。もしこれで治らなかった場合は、エリキシル剤しか治す方法はないだろう。
だけど、私はエリキシル剤を調合できたことはない。
「使います。」
私は一言呟くとセシルさんに万能厄除け香を使用した。煙が辺りを漂うも、セシルさんの周りへと集まっていく。煙はやがて薄くなっていき、完全に見えなくなった。
数分はたっただろうか。病室にいる全員がセシルさんの腕を凝視している。赤黒かった腕は既に元の体色に戻っており、残すは肥大化した症状のみ。
それもやがては少しずつ少女らしい元の細い腕に戻っていっていた。私はそれを見ながら思わずため息を吐いた。ここまで治ったというのなら、とりあえずは一安心だ。
ただし、しばらく万能厄除け香は使い続けなければならないと思う。再発する可能性もあるのだ。とりあえず後3回分は手持ちであるから、それをマリューさんに託して私たちは病室の外に出た。
マリューさんなら、私の作った回復アイテムの取り扱いに習熟しているから、安心して任せられるだろう。ディアンケヒト様に託したら、金儲けのために駄目な使い方をするかも知れない、と思う程度にはこの男神を知っている。
「凄いものを見ました…。」
アミッドさんはすっかり私のことを尊敬の眼差しで見てくれていた。少しばかり優越感に浸っていると、ディアンケヒト様が声をかけてきた。
「おい、メーテリア。こっちに来い。アミッドもだ。」
ディアンケヒト様はそう言って私を連れて無人の一室へ連れて行った。応接間のような部屋には中央にローテーブルとソファーが置かれていた。
中央の一人掛けソファーにディアンケヒト様は座ると、両側の2人掛けのソファーに座るように指さした。
「うん? おいこの小僧は何だ?」
「私の息子です。この子がセシルさんの症状がモンスター化の呪いだと最初に気づいたんです。」
私の言葉にディアンケヒト様はジロジロとベルを見ると、やがて興味をなくしたのか私へと視線を向けてきた。
「メーテリア、何故生きている? オラリオにいた頃のお前を見てきたから分かるが、お前は長くはなかったはずだ。だが、今のお前は完全に健康体に見える。何があった?」
ディアンケヒト様の言葉に、アミッドさんは私をまじまじと見てきた。今の私にかつての病気の面影はない。至って健康な体つきをしているだろう。フリッツ先生が私に未来を与えてくれた。
「オラリオを出た後、私はしばらくゼウス様と一緒に暮らしていました。ですが、この子を産んだ後私の命はもう殆ど残されてはいませんでした。」
この話はベルも知っている話だ。小さい頃のベルにこの話をしたら、「お母さん死なないよね?」といって泣きながら抱きついてきたことをよく覚えている。
そして、私はフレッド先生との出会いと治療。先生たちについて旅に出たことなどを話していった。
けれど、今は先生と結婚して子供もいるという話をすると、目を見開いて驚いていた。皆驚くけれど、そんなにレジーさんが結婚したことが驚きなのかしら?
そして、7年前のことはディアンケヒト様も知っていたらしい。私も当時のオラリオにいて、姉さんと対峙したと言った時には呆れた声を出していたけど。
どうも、病弱だった頃の私の印象が強くて、私が戦ったという話を信じられないようだった。
「ま、まあそのへんは良い。それよりもだ、あの薬は何だ? いや、魔法薬か? ああいった物を作れるというのなら、うちで扱ってやってもいいぞ!」
多分これが本題だったのだろう。勢いよく立ち上がると、私の手を取り「さあ、さあ。」と私に催促してくる。
だけど、私にはそっちのほうで商売をする気はなかった。
「私は今お菓子屋を経営してるんです。だからお断りします。」
アストレア・ファミリアにはまだ納品しているけど、それはそれ。私の本業はお菓子屋なのだ。
「は? お菓子屋?」
アミッドさんは信じられないと言った顔でこちらを見ていた。彼女が治せない呪いを、治した私がお菓子屋を経営しているのが信じられなかったのだろうか?
「お前錬金術師とか言ってなかったか?」
「はい、そうですよ。錬金術でお菓子を作ってます。」
「はぁっ!?」
今度はディアンケヒト様までもが顎を外さんばかりに大口を開けて驚いていた。
「でも、一応うちで作っているお菓子にも少しは薬効があったりするんですよ? 体力を回復したり、状態異常を緩和したり治したり、疲労を回復したり。」
ここでお店の商品の宣伝もついでにしておく。今でも昼前には商品が売り切れてしまうほど人気だけど、お客さんが多いに越したことはないのだ。子供たちが皆私の側から巣立った時には、全日営業をするのも悪くないかも知れない。
もっともその前にベルが成長して、私がアストレアファミリアに卸している回復アイテムの調合を引き継いでくれる方が早いかも知れないけど。そうなれば、私はお菓子屋の経営に全力を注げるようになるだろう。
「そう言えば、最近ポーションと同等の効果を持ったお酒やパンが売られていますけど、あれをあなたが? 私たちも真似しようとしましたが、無理でした…。」
「それはベルが作ってるわよ。こう見えても一端の錬金術士なんだから。それに、ベルは冒険者としても活躍しているのよ。」
そう言いながらベルの肩に手を置いた。それにベルは照れくさそうに手で頭を掻いた。
「なんとまぁ、親子でそんな凄いアイテムを作る錬金術師なんて。メーテリアさん、ベルさん、どうか困った時が来たら力を貸してくれませんか?」
「わかりました!」
「
アミッドさんの言葉にベルが元気よく返事をし、私はアミッドさんにベルのことを助けてやって欲しいと頼んだ。ベルがディアンケヒト・ファミリアと繋がりを持てば、様々な回復アイテムを作らなければならなくなるだろう。
それは必ずベルの成長になるはずだ。
「つまりこっちの小僧がうちに薬を納品すると?」
「ええと、僕はまだ未熟で万能厄除け香は作れないんですよね。それに、ミアハ様の店で僕の作った薬を置かせて貰っているので、こちらにまで納品する余裕は…。」
「何だと! ミアハの所に納品しているだと!!」
「ひぃっ!」
ディアンケヒト様は、ミアハ様の名前が出てきた途端に怒鳴り声を上げた。今のベルは『豊醸の女主人』にお酒を卸し、『青の薬舗』に薬を卸して生計を立てていた。そのうち自分の店も欲しいな、と少し前に言っていたので新しい目標が出来たようで何よりだ。
「あんな弱小ファミリアなんかに!?」
ベルはムッとしたようだけど、その気持を口にはしなかった。この医神は色々とめんどくさいので、もうこのまま放っておいたら良いだろう。
「それでは、今日のところは御暇しますね。ベル、これから何日かはセシルさんの所に通って症状を確認するのよ。」
「分かったよ!」
「では、その時は私も同席しますね。ベルさんよろしくお願いしますね?」
「は、はい。」
アミッドさんが笑顔で頼むと、ベルの顔が少し赤くなる。
なるほどぉ。ベルはこういう子が好みなのね、と心の中でメモを付けてみる。『豊醸の女主人』の鈍色の女の子と言い、可愛くて優しい笑顔の子に弱いと…。
ベルが女の子に興味を持つようになってくれて、お母さんはとても嬉しいわ。でも、最後まで行くのは止めましょうね?*4
最後に、私が薬で治療したという話は広めないでほしいとお願いした。今の私はお菓子屋の店主。周囲が騒がしくなるのは望んでいないのだ そのことを了承してくれたことで、私は心置きなく家に帰ることができた。*5
こうして、モンスター化の呪いの騒動は一旦終りを迎えた。
モンスターが寄生したり取り込んだりするダンまち世界なので、呪いもあってもおかしくないと思います。
メティーは過去に先生から教わって万能厄除け香を作っていて、今回それを使ったという設定です。
ベルが作ろうとすれば、失敗するか極端に品質の低いものしか作れず、マイナス効果がつくのでまともに使えないものしかできません。
それ以前に、材料の神秘の力が足りない上にエリキシルが皆無なので、まずは素材を見つけることからになります。