メティー&ベルのアトリエ ーオラリオの錬金術士ー 作:斎藤 晃
しばらくシリアスが続いたけど、この作品はコメディなんです。コメディにします。
待ちに待った総勢8人でのダンジョン探索の日。バベル前の広場で待ち合わせを終えた僕たちは、まっすぐに18階層へ向かった!
という訳にはいかなかった。
「では、これから始めたいと思います。」
「分かった。おい、誰もここに近づけるなよ!」
「はっ!」
5階層のある行き止まりのルームで、僕は長身の女性に実験を始めると伝えた。この女性はガネーシャ・ファミリアの団長である
そして、今回の実験の参加者はガネーシャ・ファミリアだけじゃない。パーティーを組んでいる僕達8人に加えて、ディアンケヒト・ファミリアからアミッドさんが参加していた。
ガネーシャ・ファミリアはアリーザさんが参加を要請して、アミッドさんは僕から誘った。彼女にはこの実験を見る権利があるだろうと思ったからだ。
「それではいきます。」
皆が見守る中、実験の開始を宣言し、僕は瓶に入った液体を垂らす。垂らした先には“生きてるナワ”でグルグル巻きにされてジタバタ足掻いているコボルトが居た。必死に抜け出そうと足掻くけど、生きてるナワはその都度、縄の締付をキツくしたり緩めたりして、逃げ出さないようにしている。
液体をすべてコボルトへとかけ終えた僕は、瓶を放り投げてゆっくりと後ずさる。ルームの入口から離れて、観察できるギリギリの距離まで離れる。
既に皆武器を構えており、戦う準備は出来ていた。実験で何故武器が必要かと言うと、この実験は“モンスター化の呪い”を検証するためのものだからだ。
先ほどコボルトに掛けた液体は、以前倒したミノタウロスのドロップアイテムを材料に作った“不幸の瓶詰め”だ。その特性は1つだけ。『ミノタウロス化の呪い』だ。効果は“スロウを与える・強”のみを発現させた。
そして、呪いの効果は劇的に現れた。
最初は苦しむ素振りを見せていたが、そのうち体躯がどんどん膨れ上がっていった。黒かった体表は茶色くなり、胸と腹の体毛も短くなっていく。頭は大きく変形して角が生え始めていた。
「信じられない…。」
「俺達は一体何を見ているんだ…。」
ガネーシャ・ファミリアの人たちが、コボルトだかミノタウロスだかわからない存在を凝視しながら呟いた。僕もそれには同感だった。ここまで劇的な変化が起きるなんて思っても見なかった。
僅か数分ほどでコボルトの原型は留めず、ミノタウロスの形に近くなっていた。形も大きさも。
「グモォォォォッ!!!」
変化を完了したミノタウロスは立ち上がろうとするが、生きてるナワはなおもミノタウロスの動きを封じている。ミノタウロスの難易度はレベル2相当。あの時戦った個体はレベル3くらいだったらしいけど。このミノタウロスがどれほどの強さなのかはわからない。
生きてるナワは、小人族ながらレベル4の実力者であるライラさんですら自力で脱出出来なかったという実績がある。多分大丈夫だと信じたい。
アストレア・ファミリアでは犯罪者の捕獲などで活躍していて、ガネーシャ・ファミリアでもその存在は知られているはずだ。うねうね動いているから、モンスターと間違えられることがあるらしいけど。
そして、ライラさんと比べると遥かに格下なミノタウロスでは、到底ナワを引きちぎるなど出来ないのだ。
ちなみに、生きてるナワの材料で必須のぷにぷに玉は、お母さんから有料で譲ってもらった。*1
どうも、ぷにぷにはダンジョンに生息していないらしく、今の僕では手に入れることができなかったからだ。
「私って、あんなふうになるかもしれなかったのね…。」
セシルさんは、ミノタウロスと化したコボルトを見て、自分の体を両手で抱きしめながら呟いた。顔も青ざめていて、カタカタと震えているのが僕からも見えてしまった。
「未だに自分の目が信じられません。このような呪いがあるなどとは…。」
アミッドさんも目の前の出来事に恐怖を感じているようだった。もっとも、恐怖を感じているのはこの場にいる全員だったけど。僕も、呪いの恐ろしさを垣間見たことで、セシルさんが元に戻れたのはどれほど奇跡的なことだったのか心から理解できていた。
「俺ら、あんな呪いを持ってるやつと戦っていたのかよ。」
ヴェルフも恐怖を感じているのか、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。あの時は幸い攻撃を受けることはなかったけど、もし攻撃を受けていたらどうなっていたのか、想像してしまったのだろう。
「よし、やるぞ!」
ガネーシャ・ファミリアの人たちが魔剣を構える。ミノタウロスと化したコボルトから、呪いが伝染るかはわからないけど、念の為に遠距離攻撃のみで倒すということになっていた。
僕としては魔剣は使えないものとしか思っていなかったけど、一撃でミノタウロスを吹き飛ばすのを見て、その認識が間違っているのではないかと思うようになった。フラムよりも何倍も強力な攻撃アイテムだなと思った。
ただ、いくら強力でも効果は発現しないし、特性も付与できない魔剣は、錬金術士としては面白くない存在だ。とにかく試行錯誤の余地がないので、作ろうという意欲がわかないのだ。ヴェルフは違う理由から魔剣を嫌っているけど、そういう意味では僕とヴェルフは似た者同士なのだろう。
ミノタウロスが灰となって消えたのを見届けた後、僕はアミッドさんにウエストポーチから1つの瓶を取り出した。先ほどコボルトに掛けた物と同じものだ。ドロップアイテムから作った“不幸の瓶詰め”はもう1つあったのだ。
「アミッドさん、あの呪いを抽出したものは、実はもう1瓶あるんです。これをアミッドさんに託します。僕も頑張って“万能厄除け香”を作るつもりですけど、上手くいかないかも知れません。だから、あなたにはこれで治療薬を開発してほしいんです。」
これは保険だ。はっきり言って、自分でも情けないと思うけど、“万能厄除け香”をそう簡単に作れるとは思えないのだ。もし、また被害者が出た時にお母さんに泣きつくのはみっともないので、もちろん頑張るつもりだ。
だけど、治療薬を作れる人は多いほどいいだろう。ということを言い訳にして、僕はアミッドさんにミノタウロス化の呪いの特性が付いた“不幸の瓶詰め”を手渡した。
アミッドさんはキリッとした表情で、それを両手でしっかりと受け取ってくれた。
「これを託してくれたベルさんの願いを、決して無駄にしないようにがんばりますね。」
僕達はしばし見つめ合ったあと一つ頷くと、それを合図にしたかのように彼女は帰っていった。ガネーシャ・ファミリアの人たちも、ミノタウロス化の呪いの毒薬を持っているということで、アミッドさんをディアンケヒト・ファミリアの本拠地まで送っていってくれるらしい。
「さてと、私たちも行きましょうか!」
いざ18階層へ。僕は不安と興奮がないまぜになりながら、アリーゼさんたちの後をついて行くのだった。
レベル5とレベル4がいるパーティーが、18階層までの道程で何かに躓くわけもなく、僕達の行程は順調に進んでいった。アリーゼさんたちのような高レベルの冒険者がいればそれも当然だった。
もっとも、僕とアーシャにヴェルフにセシルさんは、モンスターとの戦闘を幾度となくこなすことになったけれど。基本的に、よほどのピンチにならなくてはアリーゼさんたちは助けてくれないのだ。*2
この4人の中で、僕が一番足を引っ張っていた。唯一のレベル1ということで、負けるものかと必死になって戦ってはいたけど、やはり他の3人には戦闘力では劣ってしまうのだ。上層では僕も十分に戦えたけど、
なので、僕は敵と直接戦うのを諦めて、3人の支援に切り替えていた。ガードブレイクで敵の防御力を下げ、強化の術式で味方のステータスを上げる。でもそれだけでは僕は満足できなかった。
「とりあえずクラフト! 次はフラム! 止めにレヘルンだー!!」
その結果、僕の戦闘スタイルは爆弾をひたすら投げ続けるというものになってしまった。今回のダンジョン探索に際して、僕はいつもの何倍もの攻撃アイテムを用意し、それを持ち運ぶために
それでも爆弾の数は有限なので、敵が集まっているときだけ使うようにしているけど。
「なあベル、お前の使うフラムとかって、アタシたちが使ってるのとなにか違うのか? 威力が段違いに見えるけど。」
ライラさんが、僕の使った爆弾類の威力を見て疑問を投げかけてきた。
ここ最近僕の錬金術の腕が上がったのは事実だし、素材もダンジョン産のそこそこいいものを使っているけど、アストレア・ファミリアに納品している攻撃アイテムも僕が使っているものと大差はないはずだ。恩恵を貰う前に作ったものは、既に使い切っているようだからそれが原因でもないと思う。
だから、威力の差が出る原因は…。
「それは当たり前だ。フラムなどは錬金術士が作ったもの。錬金術士が使えば、最大限の威力を発揮する。逆に言えば、錬金術士以外が使えば威力は下がってしまうぞ。」
「マジで? アタシたちじゃあの威力を出せないっていうのかよ!」
「私たちが使っていても、安物の魔剣よりも攻撃力はあるのに、本来の性能はあれほどだっていうの?」
「もはや魔法を投げているようなものですね。」
アーシャが僕の代わりに答えると、ライラさんたちは感嘆したり気落ちしたりしていた。何故か錬金術士以外が使うと、アイテムの性能が落ちてしまうことがあるのだ。装備品や装飾品は別だけど、回復アイテムや攻撃アイテムではそれが顕著だ。
「じゃあ、アーシャちゃんも同じってこと?」
「私の場合は使いこなすためにさんざん練習したからな。それに、錬金術士の血縁だとそれなりに威力を出せるようだ。」
「練習したら威力が上がるのですか?」
「コツをつかめればな。フラムを使う前に魔力を通せば威力が上がるが、できるか?」*3
「むむむ。魔力だけを引き出すのって難しくない?」
「私は何とか出来ますが⋯。」
「エルフでもないのに、なんでお前らはできるんだよ。」
モンスターたちの波が途切れた所で、僕達は話をしながら前に進んだ。さっきの戦闘の音は辺りに響いているだろうから、何故モンスターが途切れたのかはわからないけど。
「…少し先で、モンスターが固まってる場所があるな。それと、モンスターどもの中に冒険者らしき反応がある。」
アーシャはコンパスを眺めながら注意を促した。それと同時に、僕達にどうするかを投げかけてきた。
「本当にメティーって何でもありなんだな。」
「本当に便利よねー。ベル君、早く作れるようになってね。」
「が、頑張ります…。」
アリーゼさんに言葉を返しつつ、件の冒険者についてどうするのかをヴェルフとセシルさんに尋ねた。
「基本的に他のファミリアやパーティーとは不干渉だな。下手に関わって問題になることもあるらしいし。」
「モンスターを押し付けてくるパスパレードってのもあるから、近づかない方が良いでしょ。」
2人とも関わらないという方針なようだった。僕もそれに同意した。そういった不文律があるというのなら、それに従ったほうがいいだろうと思ったのだ。
「それは無理なようだぞ。連中こっちに近寄ってくるぞ。」
「ふざけろ! 俺達になすりつけるつもりかよ。」
「1人だけモンスターの中に残っている奴がいるな。そいつを囮にして逃げてるのだろう。追っているモンスターも少数だな。」
既に逃げてくる人たちの姿が見える所までやって来ていた。仕方なく僕達は武器を手に取り、臨戦態勢を取る。彼らが僕達にパスパレードを仕掛けるのか、ただ逃げているだけなのか、そんなのはもう考えるだけ無駄だった。戦うしかないのだ。
「とりあえずフラム!」
僕はフラムを逃げる冒険者たちの背後を追いかけているヘルハウンド目掛けて投げた。大きな爆音と爆炎が多数のヘルハウンドを包み込みんだ。続けざまにレヘルンを投げてまだ生きているモンスターを氷漬けにする。
「取り合えず死にさらせ!」
ヴェルフが大剣を振るいモンスターたちを薙ぎ払う。セシルさんも槌を振るって、ヘルハウンドの頭部を叩き潰した。口から炎を吐こうとしたヘルハウンドもいたけど、ヴェルフの魔法で魔力の暴発が起き、周りのモンスターを巻き込んで爆発を起こした。
これでこっちにやって来たモンスターたちはすべて倒した。だけど、一番の問題は解決していない。
「お願いします! 仲間が、桜花殿がまだ残っているんです! 助けてください!」
「ふざけろ! それで俺達にモンスターを押し付けようとしてたのか!」
「あんたら、私たちにパスパレードしようとしてたでしょ! それで仲間を助けろって? ふざけんじゃないわよっ!」
「そうじゃないんです! ただ、助けを求めようとっ!?」
冒険者たちのリーダーらしい少女が、僕達に助けを求めてきたのだ。彼女は僕達にパスパレードをするつもりはなく、助けを呼ぶためにこちらに向かってきていたと言う。それが本当だとしても、彼女の仲間を助けるのはリスクが高すぎた。
「アーシャ、一人だけ残ってる人ってどうなってるの?」
「まだ生きているようだな。こちらから離れていきながら戦っているようだ。」
どうやら囮になった人は、彼女たちが無事に逃げられるようにモンスターと戦いながら離れていっているらしい。それだけ仲間を大切に思っている人なのだろう。
ヴェルフたちは助けるつもりがないようだけど、僕は助けられるなら助けたいと思う。
だけど、「助けに行こう」なんて言葉は、僕の口からはどうしても出せなかった。
僕の言葉で激昂している2人の意見を覆せるなんて思えなかった。この中で1番の若輩者だし、まだ冒険者になって1ヶ月強の僕の言葉で納得できるほど、冒険者というものは生易しいものではないということぐらいは理解できている。
何よりも、僕の我儘で皆を危険に晒すわけにも行かない。
かと言って、僕が一人で中層の奥へ飛び出したところで、桜花さんを救う前に自分がモンスターの餌食になるのがオチだろう。
だから出来ないことは仕方がない。諦めよう。
それは至極当然のことなのだろうけど、それがどうしようもなく悔しかった。誰の顔色を伺うこともなく、「僕が助ける」と言い切れるだけの力が欲しい。僕は切実にそう思った。
「お前ら落ち着け。ここでギャーギャー喚いてもモンスターを呼び込むだけだぞ。」
「そうね。それで、どうするの? 進むか引くか。セシルあなたが決めなさい。」
ライラさんとアリーゼさんは、セシルさんにこれからどうするか尋ねる。2人はセシルさんの成長のために、ここでどうするべきか考えさせようとしているのだろう。
それに、セシルさんは僕達のパーティーのリーダーだ。これからも様々な問題をどう解決するか、判断しなくてはいけない立場なのだ。
セシルさんもそれを思い出したのか、怒りで染まっていた顔が落ち着いた顔になっていく。冷静になったセシルさんは、あたりを見渡した後、腕を組んで考え込んでいた。逃げてきた冒険者たちは祈るように手を組んで、黙ってそれを見守っていた。
「よし、助けましょう。」
「おい、いいのかよ!」
「彼女たちにパスパレードをする意思はなかったみたいだし。もしするつもりだったら、立ち止まらずに逃げ去っているはずでしょ。それに、仲間が1人だけ残って戦い続けている上に、モンスターをこちらに来ないようにしているみたいだし。それで、囮になってるやつは誰なの?」
「私たち、タケミカヅチ・ファミリアの団長です…。お願いします! 桜花殿は私たちに逃げろって、自分が囮になるからって…。」
「団員を助けるために、自ら囮になって残ったのかよ。はぁ…。そりゃ、まあ仕方ないか。」
セシルさんは意外にも助けようと判断したようだった。ヴェルフも最後には折れて、渋々ながらも助けようという気持ちになったようだ。
「それでこそ正義の眷属よ。成長したじゃないセシル! バチコーン!」
「悪意を持ってパスパレードをしようとしたのでないならば、助けないという選択肢は無いでしょう。」
「お前は回りくどいんだよ。ま、後輩が頑張って答えを出したんだ。アタシたちも手伝ってやるさ。」
アリーゼさんたちもセシルさんの考えに賛成しているようだった。そして、セシルさんを含めたアストレア・ファミリアとヴェルフは、桜花という人を助けるために走り出していった。僕とアーシャとリリ、それにタケミカヅチ・ファミリアの人たちは留守番らしい。
「とりあえず、治療しようか。」
僕も僕でできることを考える。全身に怪我をして、血だらけの彼女たちをそのままにしておくのも忍びないので、僕は彼女たちに治療を施していく。
「どうしてこうも皆してお人好しばかりなんだか。」
「目の前に怪我している人がいたら治療するのは当たり前でしょ。」
「ベルがお人好しなのは昔から知ってるから今更だ。だが、せめて代価は取っておけ。ただで治療したとあっては、あとで有象無象の輩が集ってくるかもしれんからな。」
「あー、確かに。地上に戻ったら、ヘスティア・ファミリアの拠点に来てくれるかな。悪いけどただで治療するわけにもいかないしさ。」
「もちろんです! 必ずお代は払わせていただきます。あっ、私はタケミカヅチ・ファミリアのヤマト・命と申します。よしなに。」
「ありがとう、ありがとうございます…。」
タケミカヅチ・ファミリアの人たちは涙を浮かべながら、何度もお礼を言ってきてくれた。つい照れくさくなってしまうけど、黙々と治療を続ける。軽傷の人にはヒーリングサルブを傷口に塗り、重傷一歩手前の人にはリフュールボトルを飲ませた。みるみる傷が治っていくのを見て満足した僕は、バックパックからデニッシュを取り出して彼女たちに分け与える。
デニッシュも回復効果はあるけど、今回の場合の主な目的は疲労の回復だ。リフュールボトルでは傷は治せても、疲れは取れない。疲れが取れなければ悲観的な考えが出てくるだろうし、ダンジョン内で疲れて動けなくなるのは死んだも同然だ。
彼女たち5人はデニッシュを食べて、疲労がなくなり残っていた傷も癒えて驚いたのだろう。僕を見る顔つきが変わった気がする。
「これは、『青の薬舗』の回復薬やデニッシュ! 今日は不運にも買えなかった故にこんなことに…。」
「えっ? 僕のお客さん!」
「え?」
なんと、この人たちは僕の顧客だった!
話を聞くと、ダンジョンに潜る時には必ず買っているのだという。最近は人気が出てきて、中々手に入りづらくなってきてるということだった。ヒーリングサルブもリフュールボトルも『青の薬舗』で販売しているけど、それもこの人たちは買ってくれているらしい。
こんな所で僕の常連客に会うことが出来て、つい嬉しくなったけど、今の彼女たちの置かれている状況を考えると喜んではいられなかった。
なお、僕がこれらの回復アイテムの制作者だと名乗ると、彼女たちからとても感謝された。これまで幾度となくお世話になった上に、今日に至っては直接助けられたので、「あなたたちは私たちの英雄です。」とまで言われてしまった。
「おーい、連れてきたぞ。」
その時救出に向かっていた5人が帰ってきた。ヴェルフの背中には一人の大男が背負われていた。この人が桜花という人だろうか。
「桜花殿!」
「団長!」
タケミカヅチ・ファミリアの団員たちが駆け寄っていくけど、桜花という人はなんの反応もしなかった。ヴェルフは僕の前に桜花さんを下ろすと、流石に疲れたのか座りこんで僕に親指を立ててみせた。僕もお返しに親指を立てた。
「怪我が結構酷いけど、助けてみせる。」
この人の怪我もリフュールボトルを使って癒やしていく。リフュールボトルには、怪我や生命力の回復と魔力の回復の他に、気絶からの回復効果もある。今回使っているものには、残念ながら自動発動こそ付けられなかったけど、回復量自体はかなりのもののはずだ。
皆が見守る中、桜花さんは数分ほどすると意識を回復した。僕が事情を説明すると、意識を取り戻したばかりなのにも関わらず、土下座をして僕達に感謝と謝罪をしてきた。
「俺が判断を誤ったばかりに、団員を危険に晒し、あなた達の手を煩わせてしまった。この恩は決して忘れない。必ずこの恩を返させて欲しい。」
とりあえず、土下座を止めてもらって、アリーゼさんたちが軽い説教をした後に彼らとは別れることになった。のだけれど、ヴェルフは地上へ戻ろうとする彼らを呼び止めた。
「おいあんたら、結構武器が傷んでいるようだな。どうだ、俺の武器を買わないか?」
ヴェルフは営業スマイルを顔に浮かべながら、リリに預けていた予備の剣やナイフを地面に並べていった。よく見ると、タケミカヅチ・ファミリアの武器は結構傷んでいるし、桜花さんに至っては武器を失っていた。流石に防具まではヴェルフも持ってきていなかったみたいだけど、並べられた武器を見た桜花さんたちは立ち止まった。
「……買う。ツケでいいか?」
「毎度あり~。」
ヴェルフは満面の笑みを浮かべて、武器の詳細と値段を説明していった。片手剣が1本10万ヴァリスってボッタクリじゃ…。
ヴェルフってこの間まで軽鎧を一式9千ヴァリスくらいで売ってたはずだよね?
「こんな所で武器を買えるのなら、高くはない値段だと思うけど? 命より高いものはないわけだし。」
「だな。それに、ヴェルフは
「ベルさん、ここはクロッゾさんの商魂の逞しさと慈悲を称えるべきでは?」
「ベル様、上級鍛冶師の武器は安くても10万ヴァリス単位で取引されてますよ。ヴェルフ様くらいの腕前だったら、普通は数十万から数百万ヴァリスの値が付いてもおかしくはないですよ。」
アリーゼさんたちはこれくらいの値段は妥当だと思ったらしい。これがオラリオの物価水準なんだ…。つまり、僕の金銭感覚がおかしいってことなのかな?
よくよく考えてみれば、僕たちはオラリオに来るまで基本的に自給自足の生活だったと思う。お母さんや先生達は、作った薬や道具を売ってお金に変えて、素材を買ったりしていたけど、まだ子供だった僕はそんなことしていなかったし。
そう言えば、自分のお金を持てたのもオラリオに来てからだっけ……。これからはお金の勉強もしっかりとしようと、僕は心に決めた。
結局桜花さんたちは、片手剣とナイフをそれぞれ1本ずつ買い、ヴェルフは15万ヴァリスを売り上げた。一瞬で10万ヴァリス以上を稼げる上級鍛冶師って凄いと思った。
「もしこれがナマクラだったら覚悟しろよ。」
「へっ、今度会う時にお前は俺に感謝するはずだぜ。こんないい武器を作れる鍛冶師に巡り会えた幸運にな。」
そんな軽口をたたき合いながら、僕達は別れた。彼らが無事に地上にたどり着けるのを祈りながら、僕達は再び18階層へ向かって進み始めた。
それからの行程は、何の問題もなく進んでいった。各階層でモンスターと出くわしては戦ってドロップアイテムを拾い、採取できそうな素材を記録していく。往路は素材を採取しないと決めていたので記録だけに留めている。荷物の関係もあり、本格的な採取は18階層と復路で行うと決めているのだ。
そうして、僕達は無事に18階層にたどり着いた。僕達の目の前に広がるのは、広大な草原だった。遠くには濃い森があるのが見える。空と言うか天井には、何かの水晶がびっしりと生えていて、なんとも幻想的な風景だった。何よりも、ダンジョンの中だと言うのに、地上のような明るさがあった。
初めての18階層の風景をボケーと見ている僕たちを見て、アリーゼさんたちは笑顔で僕達に言葉をかけてきた。
「ようこそ、
そう言って歩き出したアリーゼさんたちを僕達は追いかけた。後をついていきながらも、僕達の眼はつい周りの風景へと吸い込まれてしまう。何度も躓きそうになって、ようやく僕は真っ直ぐ前を向いて歩くようになれた。
しばらく歩いた先で、高台になっている開けた場所に僕達はキャンプをすることになった。眼下には森林が広がっていて、周りがよく見渡せる場所だった。
「確かここには街があるんですよね? そこにはいかないんですか?」
「リヴィラの街ってね、ボッタクリばかりなのよね。競争もないし、誰も咎める人もいないし。スネに傷がある人たちが好き勝手しているところだから、基本的には近づかないほうがいいわよ。」
「よほどのことがない限り、私たちもあそこには行きません。あなた達も行かないほうがいい。」
アリーゼさんたちの言葉には何とも言えない重みがあった。よほどの無法地帯なのだろう。正義の眷属が近づきたくないと言うほどなのだから。絶対に近づいたりしない、と僕は心に誓った。*4
それから、僕達は少し早めの夕食を取り早めに寝ることにした。素材の採集は明日以降やることにして、今日はしっかりと体を休めるようにとのことだった。アーシャは女性陣を連れて、アトリエテントへと消えていった。
旅をしている頃に、先生が作ってくれた
「あんなのがこの世にはあるなんてな。信じられねえぜ。」
ヴェルフが興奮しながら、アトリエテントのことについて話してきた。アトリエテントの内部は小さな外見とは裏腹に、非常に大きく広いし、色々な家具も備え付けられていた。
昔はあのテントで各地を旅して回っていたのだと、ヴェルフと昔の話をしながら、僕はいつしか眠りについていた。
ああ、明日がとても楽しみだ。
タケミカヅチ・ファミリアとの下りは省略しようと思ったけど、命ちゃんとの出会いが絶対に必要だったので書きました。
だって、命ちゃんって色んな才能があるので。