メティー&ベルのアトリエ ーオラリオの錬金術士ー 作:斎藤 晃
ミノタウルスの呪いに関する騒動も終わって、セシルさんも無事退院した後のこと。
私の店には、連日と言っていいほどまでにディアンケヒト様とアミッドさんが私の店に来るようになっていた。
「一体何が作用して回復効果を出しているのだ。」
「ただのお菓子にしか見えないのですけど。」
この2人が私の店に来ている目的は唯一つ。私の作るお菓子が、どうやって回復薬としての効果を発揮しているのかを調べるためである。
最初に来店した時に、ディアンケヒト様は店のお菓子を買い占めようとしたので、はたきでボロボロになるまで叩きのめした後に、店の外へ放り出したりしたけど。
アミッドさんはそれを見て青ざめた顔をしつつも、ディアンケヒト様の悪行を必死に謝罪してくれたので、その時許したのが間違いだったのかも知れない。
「だが、効果は間違いなくある。パイやタルト*1を食べれば怪我は治り、この健康レーション*2なる焼き菓子なんぞ、毒も呪いも病気すら治してみせた。しかも精神力を回復するおまけまで付いておる。」
「これこそ
「あの、お二人とも他のお客さんの邪魔になるので、他所でやってもらえませんか?」
先程からソファーの半分*3を占領して、売上に貢献するでもなく、他のお客さんと交流することもない2人にいい加減出て行けと、注意した。
それでも実りない議論に熱中する2人を、私は今日も店から叩き出した。
しばらくして太陽が傾き始めた頃、店の片付けも終わり翌日に店に並べるお菓子の調合をしていると、家の扉を誰かが叩くのが聞こえた。来客かと思い、仕方なく調合を切り上げ、家の玄関の扉を開ける。
すると、そこにいたのは昼に主神ともども店から叩き出したアミッドさんだった。
「昼は申し訳ありませんでした。」
アミッドさんはいきなり頭を下げて謝罪をしてきた。彼女が悪い人間ではないのは分かっているけど、営業妨害まがいの事をされて、すぐさま許せる人など早々いるわけがない。
私も当然、彼女に小言を言うと、彼女は頭を下げたままそれを聞いていた。自分でも意地の悪いことだと思うけれど、こうでもしないと腹の虫がおさまらないのだ。
「申開きもありません。ここ数日の私たちの行動はあまりにも酷すぎました。」
ディアンケヒト様の眷属とは思えない潔い態度に、思わず私も意地悪を止めてしまった。
「その上で、お願いがあります。どうか、私を貴方に弟子入させてください!」
「あなたでは無理ね。」
やっぱりあのディアンケヒト様の眷属だなと思い、玄関の扉を閉めた。私から錬金術を手に入れて金稼ぎでもしたいのだろう。そんな事を思いながら、外で何事かを喚く彼女を尻目に、私は調合室へと戻っていった。
翌日も、その翌日も、彼女は私に弟子入りを懇願しに来た。ディアンケヒト様はあれ以降姿を見せておらず、アミッドさん1人だけでの弟子入り行脚だった。
彼女の態度にはお金を稼ぎたいだとか、名声を得たいだとかと言った感じは見られなかった。
ただ、真摯に私の弟子入りをお願いしている。語りかけてくる言葉もなく、ひたすらに頭を下げて弟子入りを懇願してくるのだ。私の方が罪悪感を感じるほどに。
その態度に私も対応を変えざるえなかった。イクセルは既にレストランへ行ってしまったので、アーシャにアストレア様を連れてくるように言って、アミッドさんを家へと招き入れた。
「さっきアーシャにアストレア様を連れてきてもらうように頼んだわ。神に嘘は付けない。あなたが何を考え、それが本当に正しいのかを神様に教えてもらうわ。」
「分かりました。私に異存はありません。」
アミッドさんの同意も得られたので、2人でアストレア様が来るのを待つことにした。無言でいるのも耐えられないので、軽い世間話をしながら待っていると、アーシャがアストレア様を連れて帰ってきた。
ついでに、他に神様が3柱ほど…。ミアハ様とヘスティア様は分かるのだけど、後の1柱の神は誰なのかしら?
「メーテリア君、ミアハは知ってるよね。こっちがヘファイストスだよ。3人とも天界の頃からの神友なんだ。それで、今日は弟子入りしたいって人がいるから僕たちの力を貸してほしいとか。」
「弟子入りって、
ヘファイストス様という女神が、アミッドさんを見て驚いた顔で叫んだ。ミアハ様もアストレア様も驚いた顔をしてアミッドさんを見ていた。ヘスティア様だけが彼女が誰なのかがわからないのか、不思議そうな顔をしていたけど、ヘファイストス様から説明されて驚いて間抜けな声を上げていた。
「予定より人数が多いけれど、何故私に弟子入したいのか、弟子入して何をしたいのか教えてくれるかしら。」
どうも酒場で飲んでいるところをアーシャは連れてきたらしい。ヘスティア様だけで良かったのに、他の3柱も着いてきてしまったのは誤算だったのだと言う。
椅子の数が足りないので、予定外の3柱には立ったままなのは仕方なかった。
アミッドさんは4柱もの神に囲まれて、居心地悪そうにしながらも話し始めた。チラチラとミアハ様へと視線を向けることが多いのは、何故なのだろうか?
「ベルさんがミノタウロス化の呪いを抽出した毒を、治療薬を作るために役立てて欲しいと渡してくれたのですが、はっきり言って手詰まりなのです。私はオラリオ一の
4柱ともアミッドさんの言うことに嘘はないと異口同音に揃った。それを見て、私はため息を付いて彼女に口を開いた。
「…ディアンケヒト様があなたを金儲けの道具にする未来しか見えないのだけど。それにあの人のことだから、もっとあくどい事も考えてそうで不安なのよね。」
「そうだな。私もそう思う!」
ミアハ様も私の不安に大きな声で同意してくれた。他の神も微妙な顔をして私の懸念を理解してくれた。
「だ、大丈夫です。ディアンケヒト様がそういった事をしようとしても、私は絶対に拒否してみせます。」
アミッドさんの決意はいいのだけど、あの人の悪知恵が彼女の意思を上回りそうな気がするのは、気のせいかしら。
「うーん。」
私は腕を組んで視線を天井に向ける。彼女の思いは立派だけど、そもそも彼女は勘違いしているのよね。
「悪いけど、あなたを弟子にしても意味はないかも知れないのよね。」
「い、意味はないとはなんですか! 私の何が悪いというのですか!!」
「私の使う錬金術って、結構才能に左右されるのよ。私には、あなたに才能があるかどうかがわからないのよね。」
「っ!?」
私の言葉にアミッドさんは絶句した様子だった。店に来てお菓子を眺めたり食べたりしている時も、スカッシュティーを飲んでいる時も、彼女には特性も効果も全く見えている様子はなかった。
恐らく、持ち帰って何らかの実験をした結果から、どういった効果があるのかを把握しているのでしょうね。
そのために、彼女には錬金術を扱うための才能があるのか、私には判断できなかった。先生なら一発で才能の有無を見抜けるでしょうけど、私には無理なのだ。
そういった事を、私はアミッドさんに話した。恐らく学べば学ぶほど苦しくなるに違いないでしょうね。私やベルと見比べて、自分の才能の無さや不甲斐なさが恨めしく思うかもしれない。私がそうだったから、よく分かる気持ちだ。
「メーテリア君、錬金術は才能がないと絶対に使えないものなのかい?」
「絶対というわけではありません。だけど、使えるようになるまでどれほどかかるかは…。」
ヘスティア様の疑問に答える私の脳裏に浮かんだのは、かつて先生から教わった落ちこぼれの女性錬金術士の話だった。せっかくなので、この話を皆にもしてみようかと思いたった。
その女性の名前はマルローネ。遥か昔にあったという錬金術を教える学校で歴代最低の成績を記録し、卒業できないのを不憫に思った教師から街中の部屋を借りて、5年で一定の成果を出せば卒業扱いにしてくれるという救済措置を受けることになった。
紆余曲折の末に彼女は国一番とまで言える錬金術士に成長し、各地を旅して回って人々を助けたというサクセスストーリーだ。
私はこれを単なる御伽噺だと思っていたけど、ミノタウロスの呪いのことを考えると、実話だったのではないかと思うようになってきた。錬金術の学校ね。もしあったのなら、通ってみたかったなと思ってしまった。
「とにかく才能がなくても使える可能性はありますが、長期間の勉強と実践が必要です。下手をすれば10年以上かかるかも知れません。」
希望を持って話を聞いていたアミッドさんの顔に影がさした。年単位の修行を、使えるかどうかわからない錬金術の勉強をする覚悟はあるのか。
私が件のマルローネさんならば、彼女と同じ行動に出たはずだ。たとえ落ちこぼれだとしても、たとえ人に笑われようとも、私は結局のところ錬金術が好きで好きでたまらないのだ。子供たちの次くらいにだけど。
しばらくアミッドさんの返答を待っていると、彼女は顔を上げて語りだした。
「正直に言いますと、今でも迷いがないわけではありません。後悔はするでしょう。それでも、私は人を救いたいと思うのです。」
「……これは本物ね。」
本物の善人だ。この世の神も人間も、その大半がロクデナシなのにもかかわらず、彼女はまっすぐにそんな人達を含めて救いたいと願う、本物の聖女だった。
「アストレア様、ヘスティア様、彼女を私の弟子にしたいと思います。」
「本当ですか!」
「ただし、ディアンケヒト様を説得して、長期でいなくなってもいいようにしてくること。それと、ディアンケヒト様が私のお店で妨害行為をさせないようにすること。それくらいが弟子入りの条件かしらね。これでどうでしょうか?」
私は条件を言った後に、アストレア様に目を向けた。アストレア様は軽く頷いてくれたので、酷いことにはならないはずだ。そう信じたい。
「それと、弟子入するための試験というか課題を与えようと思います。着いてきてちょうだい。」
私はアミッドさんを連れて調合室へと移動した。後ろを神々がぞろぞろと着いてくるのが気になるけど、ここで帰れと言っても帰らないだろうから無視することにした。
調合室で火を入れっぱなしの錬金釜を前に立ち、水の入ったフラスコをアミッドさんに見せた。
「これはただの井戸水だけど、これからこれを材料に中和剤という薬品を作るわね。」
そう言うと、アミッドさんとミアハ様は身を乗り出すようにして、錬金釜を見てくる。錬金釜の中に水を差し入れ杖でかき混ぜる。視線から少しの困惑を感じたけど、それを気にせず錬金釜をかき混ぜる。
「これは? 魔力・・・ですよね?」
「恩恵なしだと聞いたが、魔力を扱えるというのか。エルフでもないのに…。」
いくら作り慣れた中和剤・青だと言っても、調合中は集中したいから黙っていて欲しい。今回は少量の調合なので、中和剤・青はあっという間に出来上がった。
錬金釜から中和剤の瓶を取り出し、アミッドさんに手渡した。
「あの、何で瓶に入った状態で出てくるんですか?」*4
「そういう技術よ。」
「は、はぁ…。」
「それはともかく、これは私たちの使う錬金術では基礎中の基礎の薬品、中和剤・青よ。材料は水だけ。これをあなたが作れるようになったら、弟子入りを認めましょう。」
私も先生に弟子入する時に通った道だ。これくらいは乗り越えてもらわないと、弟子入りなどは認められない。
どれほどの時間で中和剤が作れるようになるのかはわからない。私やベルの場合は1発で作れたけど。
呆然とした顔でフラスコを見ているアミッドさんだったけど、私の言葉に力強く頷いた。ミアハ様は私の使った錬金術に酷く驚いた様子だった。
「ミアハ、君から見てメーテリア君の錬金術ってどうなんだい?」
「わからん。こんな技術、私は知らない…。そもそも瓶は一体何処から来たのだ?」
「ソーマは結構錬金術でいろんな物を作れるようになってきたみたいだし、一応は神でも使える技術らしいんだけどなぁ。」
「うーむ。私もベル君に弟子入したほうがいいのかな。」
「今は止めておいてほしいな。アストレアの子とヘファイストスの子の面倒も見ているんだからね。」
「弟子が3人もいるのか…。」
ヘスティア様とミアハ様の会話を横目に、ベルは既に3人も弟子がいる*5のに、私はようやく2人目を受け入れる前段階だということに気づいて、少しショックを受けてしまった。
それはともかく、この日、私は2人目の弟子を受け入れる覚悟を決めたのだった。後はアミッドさんの頑張り次第だ。
その後、ディアンケヒト様がアミッドさんの弟子入りを知って、抗議のために私の家に押しかけて来るようになったけど、来る度にはたきで叩き出した。
また、アミッドさんに中和剤の作り方を何度か見せたりしているうちに、1週間が経とうとしていた。
錬金術の才能がない子に、いきなり中和剤を作れと言ったのは無謀だったかしら。などと思っていた矢先、アミッドさんが家にやって来た。その顔は溢れんばかりの笑顔に包まれていた。その腕には水色の液体の入ったフラスコが抱えられていた。*6
そう、あなたはとうとうやったのね。家に彼女を上げると、水の入ったフラスコを彼女に手渡す。
「さあ、あなたが中和剤を作れるようになったか、私に見せて頂戴。」
アミッドさんは、錬金釜の前に立ち水を入れるとかき混ぜ始めた。拙いながらも魔力が錬金釜に注ぎ込まれ、調合が行われているのが分かる。
錬金術の才能があったのか無かったのか、今となっては最早考えるだけ意味がない。アミッドさんは努力と情熱でそれを乗り越えた。なら、今度は私がそれに答える番ね。
その日、私は2人目の弟子を正式に受け入れた。ベルがこれを知ったらどんな顔をするでしょうね。自分よりも年上の妹弟子が出来たなんて。ヘルミーナさんもこんな気持だったのかしら。*7
なにはともあれ、これからよろしくね。アミッドさん。
モンスターの呪いの治療薬を作るためにアミッドはメティーに弟子入しました。
これ以降、アミッドは錬金術を学びながら治療薬の研究開発をすることになります。
ベルとアミッド、どちらが先に治療薬を早く作れるようになるのか。
ある意味ライバル関係となります。
才能なくても多分錬金術はある程度使えると思われます。
ザールブルグシリーズでは、学問としてアカデミーで教えていたりもしてましたし。入学試験で才能のない人はふるい落とされてる可能性もありますが。それを考えると、マリーはよく入学できたよね…。
最も、アーランドシリーズ以降だと錬金術を使える人は希少で、ほぼ才能ありきになっちゃってますけど。
黄昏シリーズでは例外的に(?)、新式錬金術(錬成)というものがあって、学べば誰でも使えるようです。