メティー&ベルのアトリエ ーオラリオの錬金術士ー 作:斎藤 晃
今回はグダグダなつなぎ回です。
この話を挟まないと先へ進めないので。
ベルの誘拐が解決した翌日。私はベルとアーシャやアミッドさんと共にガネーシャ・ファミリアのホームへと向かっていた。
ところで、ガネーシャ・ファミリアのホームって何でこんな形をしているのかしら。ヘラ・ファミリアにいた頃から疑問に思っていたけど、今に至るまで明確な答えを得た試しはなかった。
「あなたがメーテリア・クラネルか。7年前は世話になったな。私はシャクティ・ヴァルマ。ガネーシャ・ファミリアの団長を務めている。
「よろしくお願いします。」
「メーテリアです、よろしくお願いします。ところで7年前……? あなたとは会った覚えはないのだけど。」
「ああ、誤解をさせる言い方をしてしまい申し訳ない。対面で会うのはこれが初めてだが、あなたのことはアリーゼたちから聞いている。あの時にあなたがアルフィアを倒してくれたことで、今のオラリオがあるのだ。だから、あなたには感謝している。」
「なるほど。そういうことだったのね。7年前のことはあまり覚えていないのだけど、そういうことなら受け取るわ。」
私の記憶違いかと思ったけど、初対面だったのね。アリーゼさんから聞いているということは、私が姉さんの双子の妹という事も知っているでしょうに、それを一切表情にすら出さずに感謝するなんて。この人はガネーシャ様の眷族にふさわしい、公平な人なのかもしれないわね。
「それからこの間の戦争遊戯では、あなた達に味方できずに申し訳なかった。私たちも攻撃を受けたが、公平を期するためにもあなた達に味方することは出来なかったのだ。」
「あなた達の立場は理解できるから、それは気にしないで。」
「しかし、あなたも娘さんもやはりアルフィアに似ているな。娘さんなど瓜二つだ。よく見れば息子さんの方も似ているな。」
「オラリオに来た当初はそれで苦労しました……。」
「もし何かあったなら、私に言って欲しい。必ず力になる。だから、隕石を降らせたりレベル1にするのは遠慮して欲しいな。」
シャクティさんが、姉とアーシャについて話し始めたのでドキッとした。だけど、続いた言葉が私たちのことを思いやる言葉だったので、つい頬が緩んでしまいそうになる。
まあ、最後に釘を差されたけど。メテオールや暗黒水は、オラリオの人々にとっては非常にインパクトがあったらしい。気付かない内に、錬金術士の価値観でものを見ていることも多いので、こういう助言はとてもありがたい限りだ。
一方で、アーシャは居心地悪そうにしているのが見て取れた。他の人が見ても、表情からは何も見て取れないかもしれないけれど私には分かった。
あれは、過去の自分の行いを省みて、居心地が悪くなってしまっている顔だ。姉さんがしようとしていた、次世代の英雄を育てるための薪になるだなんて言う行いは、ただの独りよがりだったわけだし。その証拠に、黒竜を倒したのはレジーさん以外は全員錬金術士だった。
それはともかく、以前のアーシャならこんな表情をすることはなかったけど、成長してくれたようで嬉しく思う。
「メティー先生って昔オラリオにいたんですか?」
私とシャクティさんの会話を聞いて、アミッドさんが疑問を投げかけてきた。それを聞いた私たちはつい軽く笑い合ってしまった。シャクティさんは恐らく私がヘラ・ファミリアだった頃から、私のことを知っている。というよりも調べたのだとは思うけど。
「私は一応15年前まではオラリオに住んでいたのよ。7年前にオラリオに来たのは、闇派閥に取り込まれた姉を連れ戻すためね。」
「メーテリアがいなかったら、今のオラリオはなかっただろう。それほど彼女は活躍してくれた。勿論、【女帝】の存在も大きかったが。」
「そうだったんですね。って、闇派閥と戦ったんですか! まあ、メティー先生なら何の問題なく切り抜けられそうですけど。」
アミッドさんの言葉に、私はついムッとしてしまった。こんなにか弱い女性に対するものにしては、余りもの言葉に感じたのだ。戦いそのものに関してなら、レジーさんのほうが私の何倍も活躍していたはずだ。知名度自体もレジーさんが圧倒的なわけだし。
「先の戦争遊戯を見る限り、あなたに勝てる冒険者はそうそういないと思うが。それはともかく、仕事の話をしよう。」
シャクティさんが会話を切り上げて、私たちを彼女たちのホームへと案内してくれた。
私たちがガネーシャ・ファミリアにいる理由は、先日捕らえたフリュネという冒険者の呪いを解くためだった。現在もモンスター化の呪いを解けるのは、私ただ一人だけなのだ。ベルもアミッドさんも頑張ってはくれているけど、今すぐ呪いを解けるまでにはいたっていない。
ホームの中を暫く歩いていくと、オラリオの医療系ファミリアの神や人たちが集まっているのが見えた。流石に、何度も呪いを治療していると隠したくても隠せなくなるものだ。人の口には戸を立てられないと言うけれど、今の私はオラリオで唯一モンスター化の呪いを解く薬を作れるということで、どうやら時の人になりつつあるらしい。
「今日は現在オラリオで、唯一モンスター化の呪いを解くことが出来るあなたの技術を見るために、これだけの人が集まったのだ。出来ることなら、彼女たちにあなたの力を見せて欲しい。」
シャクティさんの話を聞いて、私は少し縮こまってしまう。こんなにも注目されるなんて、今まで無かったことだ。感謝を受けたことはある。称賛を受けたこともある。だけど、これほどの人にギラついた目で見られたことなど1度も無いのだ。
そう、集まった彼女たちは私の作った万能厄除け香の秘密を暴こうと、この場に集まっていた。その目は私だけではなく、ベルやアミッドさんにも向けられていたけど。別に断ってもいいけれど、向上心のある人たちのやる気を削ぐのも問題だ。それが特に医療関係者ともなると尚更だと思う。
そんな人達に、私は軽く挨拶をしたうえで、私の作る薬について少しだけ説明をした。
「私は薬などを錬金術で作っています。なので、薬師の皆さんが私の薬を再現できるかどうかわかりません。それでいいなら、ついてきてください。」
錬金術という単語を聞いて、幾人かは動揺したようだった。どうも、私のことを治癒師か薬師と思っていたらしい。だけど、錬金術士が作ったということで納得した人も居るようだった。戦争遊戯で使ったメテオールを思い出したのかもしれない。
「多分ですけど、これまでの薬師の常識を打ち破った理由が理解できたんだと思います。そもそも技術体系が違うからだと。」
アミッドさんにそう言われて、そういうものなのかと思う。残念ながら、私は普通の薬師や治癒師がどういうものなのか詳しくは知らないので、十分に理解できているわけではないけれど。
「準備が整ったと連絡が来た。治療の方をお願いしたい。」
シャクティさんが先導して、私たちを患者の居る独房へと連れて行ってくれる。今回の患者は、完全にモンスター化してしまっているために、安全のため檻の着いた病室、つまりは独房に入れられているという。他の見学者の方たちも、私のあとに続くように移動していく。
程なくして、
私がモンスター化の呪いに冒された患者を見るのはこれで4回目だけど、今回の患者は余りにもこれまでと違っていた。
「なにこれ……。」
「これは、リドさんと違う方向で完全にモンスターになってますね……。」
「僕ってこんなのに飲み込まれかけたんだよね……。」
「何なんだこいつは……?」
私とアミッドさんは、余りにも想像を超えた患者の姿に絶句してしまった。ベルに至っては、顔を青ざめさせている。食べられかけたのだから当然だけど。普段はすました表情のアーシャも全く困惑を隠せていない。
それはともかく、この患者の外見は完全にカエルのモンスターに見えるのだ。かろうじて顔は人っぽいし髪の毛もあるけれど。今は薬によって眠らされている状態らしい。
アミッドさんが口にしたリドさんというのは、先日アリーゼさんたちが連れ帰ってきた、モンスター化の呪いにかかったと思われる人のことだ。見た目は完全にリザードマンと呼ばれるモンスターになってしまっていたけど、知性自体は人間のそれだった。
以前にフェルズさんから聞いた、知性を持つモンスターとはこの人のことだと理解できたけど、リドさんの自己認識はモンスターだった。なので治療に関して理解してもらうのが非常に面倒だった。
何とか理解してもらって、万能厄除け香を使ってみたけど、どうも呪い自体は持っていなかったらしい。アミッドさんは「完全にモンスター化した時点で呪いは消え去るのでは?」と推測していたけれど。
「アミッドさん、この人……でいいのよね? なんだか禍々しさを感じるんだけど、アミッドさんはこの人が呪いにかかってる感じはする?」
「異様な力を感じます。念のために検査キットで調べてみます。」
アミッドさんはショルダーバッグから検査キットを取り出すと、患者さんへと近づいていく。ガネーシャ・ファミリアの団員の方が、患者さんの口を開いてくれたので無事に粘液を採取することが出来た。
ちなみに、最近になってベルはガネーシャ・ファミリアにエンゼルリボンを卸し始めたらしい。アストレア・ファミリア経由でガネーシャ・ファミリアに話が伝わったらしく、団長直々にお願いに来たからだとか。確かに、さっき患者さんの口を開けていた人もエンゼルリボンを着けていることが確認できた。
「陽性です。間違い有りません、この人はモンスター化の呪いにかかっています。」
「じゃあ、さっさと治してしまいましょう。アミッドさん、お願いね。」
「分かりました。【癒しの滴―――」
私の言葉にアミッドさんが魔法の詠唱を始める。フィルヴィスさんの時の失敗から学んだ対策が、モンスター化の呪いを解くと同時に回復するというものだった。フィルヴィスさんの場合は魔石が皮膚から露出していたけど、今回の場合は外見からでは魔石が形成されているかは分からないし、調べることは危険が伴うということで出来なかった。
本当なら生命の蜜を使いたいと思ったけど、こんなにもギャラリーがいるのでは早々使えない。蘇生効果というものはオラリオにとっては劇薬なので、アストレア様からは使用するのは最後の手段にして欲しいと厳重に注意されているためだ。そのため、次善の策として考えたのが、アミッドさんの魔法を使う案だった。
アミッドさんの詠唱の進み具合を聞きながら、私は万能厄除け香を使う。すると、周りのギャラリーが息を飲む音が聞こえてきたけど、それを無視して目の前の患者さんを治すことだけに集中する。
今回の患者さんは灰になってしまうことはなかったけど、やはり苦しむように身体をジタバタと激しく動かそうとしている。ベッドに拘束されている状態だから殆ど身動きが取れていないけど。
時間が経つにつれて、患者さんの姿がモンスターから人間っぽい姿へと戻っていくのが分かった。皮膚の凹凸や水かきが消えてるのは分かるけど、体型がそのままなのは何でだろうか?
「凄まじいな……。」
「
「聞けばすべての病気や呪いを治せるとか。真の万能薬とでも言うべき薬だな。」
見学している人たちのざわめきが耳に入ってくるけど、私は気が気ではなかった。もしかして失敗したのだろうか、という疑問で頭の中でいっぱいだったからだ。
「アミッドさん、これって治ったと思う?」
「治ってると思いますよ。この人って、元々こういう体型らしいですし。」
アミッドさんの答えに、私は唖然としてしまった。これでは元からモンスターのような姿ではないか。こんな人がいるなんて想像もしていなかった私は、混乱してしまっていた。
「あ、うん。僕も初めて見た時はモンスターだと思ったしね。」
私の呟きに、ベルが賛同してくれたのが唯一の慰めだと思った。その後は、元イシュタル・ファミリアの他の人達も診察をしたのだけれど、幸いにも呪いにかかっている人はいなかった。もしかしてこの呪いって、人から人には伝染らないのかしら?
彼女たちはしばらくガネーシャ・ファミリアで様子を見ることになるそうで、シャクティさんには何かあれば連絡してもらうことになった。こうして私の4人目の患者さんの治療は終わった。
4人目の患者の呪いを治療した2日後、アリーゼさんたちに連れられて私とアーシャはバベルに向かうことになった。なんでも、モンスター化の呪いに関する会議が行われるので、私にも出席してほしいのだという。
「私ってただのお菓子屋の店主だったのに……。」
「申し訳ありません。私たちもそうして欲しかったのですが、あの呪いを治療できるのはクラネルさんだけですので。」
私のボヤキに、同行してくれているリューさんがそんな事を言ってきた。別に責めているわけではない。世の中はままならないものだなと、ついぼやいてしまっただけだ。
「私たちができるだけサポートするわ。決して不利益を被らないようにするから、大船に乗った気分で私たちを信じてくれていいわよ。バチコーン☆」
「アリーゼさん達のことは初めから信じているわよ。だからお願いね。」
私を元気づかせようとおどけてくれたアリーゼさんの言葉に、私は軽く笑いながら答えた。アリーゼさんたちが信じられなかったら、オラリオで信じられる人など皆無になるだろう。
それだけ、彼女たちとの関係は長く強くなっているのだ。これまでは一方的に守られるだけの存在だったけど、この辺りで恩返しするのもいいだろう。それくらいには、私も覚悟を持てていた。
それから程なくしてバベルにたどり着いた私たちは、ギルド職員の案内のもと今回会議が行われる部屋へと入った。円形に机が並べられた会議室の中には、既に幾つかのファミリアが着席している。ベルとリリルカさんも既に到着していたので、私たちはベルのいるヘスティア・ファミリアの席に座った。右隣はアストレア・ファミリアで、左隣にミアハ・ファミリアが座っていた。
ちなみに、主神たちは臨時の神会を行うようで、この会議には参加していない。神々も今回の騒動には色々と危機感を覚えているようで、ある程度の状況の説明と意思の統一が必要だと判断したらしい。
ちなみに、ディオニュソス様はバベル内で軟禁状態にあるらしい。モンスター化の呪いという、特大の問題を把握していたにも関わらず公表せずにいたことから、他の神々にかなりの疑念を持たれているらしいのだ。まあ、私にはあまり関係ない話だけど。
暫くすると今回会議に参加するすべてのファミリアが揃ったと、ギルド職員の人が皆に聞こえるような大きな声で語り、会議の開始が告げられた。
今回の会議に参加する派閥は、ヘスティア・ファミリアとアストレア・ファミリアは当然として、ヘルメス・ファミリア、ロキ・ファミリア、ガネーシャ・ファミリア、そしてミアハ・ファミリア、ディアンケヒト・ファミリア、ダミアー・ファミリアなどの複数の医療系ファミリアも参加しているらしい。
これほどの派閥が一堂に介するのは珍しいらしく、ギルドもオラリオの冒険者たちも、呪いについて深刻に考えている証拠なのだろう。
これほど多くの派閥が合同に会する会議ということで、出席者たちは緊張している面持ちだった。私も、こんな場所に来ることになるなんて思ってもみなかったから、つい場違いではないかと思ってしまう。
「今日の議題はモンスター化の呪いというものについてだ。」
全員が揃ったことで会議が始まった。会議の進行は小太りで年配のエルフの男性、ロイマンという人が取り仕切るらしい。どうやらギルド長という役職についている人みたいだけど、何となく好きになれそうもない人ね。
その時、ロイマンさんの隣に座る女性を見て驚いた。フェルズさんだった。あのクソダサローブは脱いで、私が以前プレゼントした服を来ている。それだけで私は少し嬉しくなってしまった。きちんと女の子をしてるじゃない。*1
どうやら、彼女はギルドの幹部としてこの会議に参加するらしい。軽く会釈したら、あちらも小さく頷いてくれた。
「――――と言う訳で、現在確認されている呪いの患者は4名。1名は早期に発見したことで完治し、1人は経過観察中。残りの2名も全て快方に向かっている。また、呪いの潜伏期間が極端に短いタイプと、非常に長いタイプの2種類が存在するものと思われるので注意が必要となる。」
「すぐに治った1人目は良い。2人目はダンジョンで暮らしていたというから仕方ない。だが3人目4人目は、呪いを隠して何年も過ごしていたというではないか。しかも主神がそれを隠していたのだ。これは余りにも問題だぞ! 何よりも、モンスターと化した
モンスター化の呪いについてのあらましをフェルズさんの説明し終わると、今度はロイマンさんが怒鳴り声を上げ始めた。確かにフィルヴィスさんとフリュネさんは危険な状態だったと思う。
特にフリュネさんに至っては突如としてモンスター化した挙句に、主神を送還してしまったのだ。他にも、居合わせた冒険者の人達を攻撃して死傷者すら出しているという。
つまり、モンスター化の呪いがファミリアを1つ滅ぼしてしまったのだ。
「もし他にもモンスター化の呪いを持っている者がいれば、余りにも危険だ。聞けば、
ロイマンさんが言っていることって、凄く正論な気がするけど、冒険者の人たちの反応はイマイチなのはどうしてかしら?
「冒険者からみたら、ギルドにいろいろと言われたくないんですよ。今回に限って言えば、ロイマンの言ってることは正しいんですけどね。あと、ロイマンってあの見た目と性格なので、めちゃくちゃ嫌われているんですよね。」
アリーゼさんが耳元で小声で説明してくれた内容に、私は小さくため息をついた。そういった政治的な問題は私には荷が重すぎる。ヒートアップしている太っちょのロイマンさんは、やがて医療系ファミリアにも矛先を向けた。ああ、なるほどね。こんな性格だったら嫌われて当然なのでしょうね。
「それに医療系ファミリアも問題だ。1人を除いて、誰もあの呪いの治療法を確立できていないではないか。その1人も薬の作り方を公開していないと聞く。」
私はその言葉にムッとした。私は平穏が欲しかったけど、ここまでの大事になった以上レシピの独占は考えていない。だけど、たとえレシピを公開したとしても作れる人は、今のオラリオでは皆無であろうことは容易に想像できた。
そのことばに、アミッドさんも我慢の限界に来たのだろうか。反論を始めた。
「お言葉ですが、私は既に呪いの特効薬である万能厄除け香の習得に向けて勉強を始めています。それに、ヘスティア・ファミリアのベルさんは私より何歩も先に進んでいます。」
「だが、その薬が必要なのは今なのだ。1人だけしか薬が作れないとなれば、そいつに何かあればどうするというのだ!」
ロイマンさんの言葉はたしかに正論だったけど、こちらの都合を全く無視する話なので、つい私は立ち上がってしまった。
「お前は……、その顔は例の錬金術師か。それで何か言いたいことでもあるのか。」
「私は技術の独占などするつもりは毛頭有りません。よって、万能厄除け香のレシピを公開しようかと思います。」
「それはいい考えだ。ぜひ公開して欲しい。」
「ただし、公開しても作れるようになる人は、現状ではいないと思います。」
「何故だ、材料も作り方も分かれば作れるものじゃないのか?」
ロイマンさんは何も分かっていないようだった。ロイマンさんの言葉に反論しようとした私よりも先に、アミッドさんが立ち上がって説明してくれた。
「理由は3つあります。1つ目は、この薬は錬金術で作っているので薬師が作ることは不可能だということです。」
「……なるほど、それは理解できる。だが、オラリオにも錬金術師は多くいるだろう。」
「それが2つ目に繋がります。万能厄除け香の調合は非常に難しく、私でも作成法を習得するのに何年も掛かりそうだということです。」
「そこまでなのか!」
「そして3つ目に、オラリオ周辺には材料となる素材が全く存在しないことです。現在はメティー先生が各地を旅していた時に採集した素材を使って調合している状態です。新しく素材を採集できなければ、いずれは底をついて作れなくなるでしょう。」
3つ目の理由をアミッドさんが言うと、会議室がにわかにざわめいた。技術系統の違いや作成難易度の高さは誰でも想像できたと思うけど、材料自体がオラリオ周辺にないというのは誰も考えていなかったらしい。
「そ、それは本当なのか。ダンジョンにもないのか?」
ロイマンさんが狼狽えた表情を浮かべて私を見てくる。それは他の人達も同様だ。私はそんな中、隣に座るベルに顔を向けて尋ねた。
「ベル、ダンジョンの中でもエリキシル素材は見つからなかったのよね?」
「錬金粘土とか栄養剤とかの素材は見つけたから、それを中間素材として作ればある程度は解決するとは思うよ。あと使えそうな素材って言ったら、……竜のつのやウロコ位しか思いつかないよ。」
「栄養剤や錬金粘土なんて、今の私じゃ作るのは夢のまた夢なんですけど……。」
「竜のつのやウロコなんてレア素材じゃな! そんなの医療系ファミリアに持ち込む冒険者なんて殆どいないわよ。」
ベルの言葉にアミッドさんや、他の医療系ファミリアの参加者たちが顔を引き攣らせる。オラリオ周辺にエリキシル素材のある採取地がなく、ダンジョン内でも入手が困難となれば研究や技術の習得も覚束なくなるからだろう。
それと、竜素材を得た冒険者はたいてい鍛冶系ファミリアに売り払うか、装備の材料にするために医療系ファミリアに流れてくることは殆どないらしい。エリキシル素材だけではなく、神秘の力素材も数が非常に少ないらしいので問題だ。先日、ディアンケヒトファミリアで見かけた竜のウロコは、アミッドさんがクエストを発注して何とか集めた代物だったみたい。
「私からも言わせていただきますと、万能厄除け香は作成するのが非常に難易度の高いアイテムです。彼女にレシピを教えて貰い、挑戦してみましたが調合に失敗しました。」
そんな事を言ったのはアスフィさんだった。アスフィさんとは旅をしている時に何回も会ったけれど、いつも頭を抱えていたのが印象的な人だ。
そんなアスフィさんだけど、彼女も錬金術を扱う素質自体はある。だけど、自分がこれまで培ってきた技術に対するプライドがあるので、先生からの弟子入りのお誘いを断ったことがあった。
少し前に彼女と再会した時に、万能厄除け香について尋ねられたのでレシピを教えたのだけど、結局失敗したようだった。そもそも扱う技術が違うのだから、そうなるのは火を見るよりも明らかなんだけどね。
「
「“神秘”を持っている2人ともが失敗するなんて……。」
アスフィさんはオラリオでは有名な人らしく、彼女が作るのに失敗したとわかると、多くの人が驚きを口にしていた。“神秘”の発展アビリティを持つアスフィさんとアミッドさんが失敗したと聞き、医療系ファミリアの人たちが落胆しているように見える。私やベルも同じものを持っているって言ったほうが良いのかしら、なんてつい考えてしまう。
そんな事を考えていると、アーシャが小声で「絶対に言ったら駄目だ。」と注意してきた。私ってそんなに表情が分かり易いのかしら。
「そうなると、材料の錬金粘土を作れるのさえ、メティーとベルの2人だけしか出来ないわけか。いやー、まいったね。で、どうするよ。」
「私は錬金粘土までなら何とか作れますが。」
おどけたふうに声を出したのはライラさんだ。それにアスフィさんが抗議をするけど、ライラさんは彼女に一言謝った後に会議室を見渡しながら、ライラさんは言葉を続けた。
「なあ、オラリオ周辺には無いだけで他の場所には材料があるんだろ? そこから輸入できないのか?」
「なるほど、輸入か!」
ライラさんの言葉に、ロイマンさんだけではなく他の人達も声を上げた。ライラさんの意図は、不思議な絵について知られないようにするためだろうと思う。アストレア様からも絶対に他の神や人に知られては不味いと、何度も注意を受けているし。
それはともかく、オラリオ外での素材収集にも問題があるのだ。
「私は世界中を旅してきましたけど、エリキシル素材、薬の材料が取れる場所は2箇所しか無かったんですよね……。」
そう言ってから、私は採取地の名を2つ告げた。1つは
「アルテナは無理だな。だが、ゾーリンゲンと言えば、うちのセシルの故郷ではないか。距離も離れすぎてるわけでもない。何か問題が?」
「あの森には精霊が住んでいます。精霊の許可をもらった者以外が行けば、攻撃を受ける恐れがあります。」
輝夜さんの疑問に私は素直に答えた。それを聞いた輝夜さんは驚きに目を見開いている。精霊なんて、ほとんどおとぎ話の世界の住人だ。しかも、そんな精霊の許可を貰わないと、攻撃されるかもしれないというのだから、驚きは尚更だろう。
「ッ! あなたは許可をもらっているのだろうか?」
「ええ、まあ。ユーフィさんはいい子なんですけど、おもちゃで遊ぶように人に対していたずらを仕掛けてくるので……。」
精霊という言葉を口にした瞬間、会議室にいるエルフの人たちから厳しい視線が注がれてきた。エルフにとって精霊とは特別な存在だ。この話題になると、面倒な性格なエルフは更に厄介な性格となる。
その中で最初に口を開いたリヴェリアさんに、私は遠回しにユーフィさんが色々と面倒な子だと伝えた。地元の人達曰く、ユーフィさんは厄災型の精霊らしい。玩具や虫を壊して遊ぶ子どものような性格をしていたので、なるほどと思ったものだ。
そんなユーフィさんの許可を得るために、私たちは彼女と戦う羽目になった。世間一般では凄い強さだと思うのだけど、レジーさんの前にはそれも通用しなかった。結局、レジーさんにコテンパンに叩きのめされてユーフィさんは盛大に泣いてしまい、彼女をあやすのにすごい苦労した覚えがある。
その時に私たちは彼女に『精霊の宝玉』というアイテムをあげたのだけど、とても気に入ったらしく何個もおかわりを要求された。
その結果、ユーフィさんの精霊としての力が昇華したらしい。元は中位精霊だったのだけど、大精霊に近い力を持つ存在へと進化したというのだ。
ユーフィさんの他にも、『精霊の宝玉』によって下位精霊だった子たちも中位精霊クラスになるなど、ゾーリンゲン近郊の森では劇的な変化が起きた。
なので、あの森で今から許可を得ようとする者は、強力な精霊となったユーフィさんと戦う必要が出てくるのだけど、オラリオの冒険者だと彼女に勝てるのか分からない。ゾーリンゲンの人たちはそれなりの人数がユーフィさんから認められているみたいだけど、それは腕っぷしじゃなくて技術とか心意気とかを認められているのだ。
ちなみに、上位精霊もどきとなったユーフィさんはレジーさんにリベンジ戦を仕掛けたけど、相変わらず叩きのめされていた。当時のレジーさんのレベルは12だったので、オラリオの冒険者では戦いでユーフィさんに認めてもらうのは難しいかもしれない。
細部をぼかして強力な精霊が森を守っている事を話すと、会議室の皆から胡乱な目で見られているのに気づいた。
「言っておくけど、メティーさんに嘘を言うメリットなんて無いからね。」
「だが、精霊だ。しかも意思の疎通が可能な中位以上の精霊だ。そんな話を信じるのはね。」
ロキ・ファミリアのフィンさんがアリーゼさんの言葉に反論した。それを聞いた輝夜さんは「セシルを呼んで話を聞くことにしよう。」と提案した。セシルさんって、ゾーリンゲンの出身だったのね。初めて知ったわ。
10分ほどして、セシルさんが会議室に現れて、精霊について質問を受けることになった。可哀想に、体が少し震えているのがここからでもわかる。
「た、確かに、ユーフィという精霊はゾーリンゲンの森に住んでます。ただでさえ強くて並の冒険者では太刀打ちできなかったのに、何年か前に更に強くなってしまったらしくて、私が街を出る頃には、あの森は少数の職人のみが入れる事実上の禁足地になっていました。」
セシルさんの証言により、とりあえずユーフィさんという精霊が住んでいて、とてつもなく強いということは分かってくれたらしい。それでも半信半疑の人はそれなりにいたけど。
「で、どうするんだこれ?」
ライラさんが顔を引き攣らせながらそんな事を言ってきた。不思議な絵の事を話せない以上、ユーフィさんに挑んで素材採集の許可をもらうか、ダンジョンで竜のウロコ目当てに潜り続けるかしか選択肢は無いらしい。
「と、とりあえず保留にしましょう。」
同じく引きつった顔でそう言ったアリーゼさんの言葉に、反論する人はいなかった。
素材の話は保留になったので、次の話題へと移った。
そして、これが1番頭の痛い話だった。
「オラリオには、モンスター化の呪いにかかった冒険者がどれほどいるか想像もつかんな。」
フィルヴィスさんとフリュネさんという、呪いを持ったまま何年もオラリオで過ごしていた人たちがいたという事実は、かなり重い話だったらしい。気づかない内に、オラリオ内で突如としてモンスターが発生してしまうのだから当然だと思い直した。
「もしかしたら、明日にも呪いを持った冒険者がモンスターとなって暴れ始めるかもしれない。しかも、第一級冒険者が4人がかりでも倒せないほどの強さときた。これは脅威だ。」
フィンさんの言葉に反論する人はいなかった。私もつい先程知ったのだけど、モンスター化すると凄まじく戦闘能力が強化されるらしいのだ。
そのために、オラリオでも上澄みである第一級冒険者と第二級冒険者6人も揃っていたというのに、相手にまともなダメージを与えられなかったと言う。決め手となったのは、ベルが作った暗黒水だったというのだから、一体どれほどの強さだったのか考えたくもない。
それに、もう一歩の所でベルが食べられていたかもしれないので、その話を聞いた時は私も背筋が凍る思いだった。
「リドさんが呪いを受けたのは本人の話によると恐らく20年以上前、フィルヴィスさんは5年前、フリュネさんはまだよく分かっていませんが、恐らく8年ほど前に呪いにかかったものと思われます。この数字の根拠は、セシルさんとフィルヴィスさんとフリュネさんに唯一共通するのは強化種と戦った記録があるということだからです。なので、強化種はモンスター化の呪いを持つ可能性があると見たほうが良いと思います。」
アミッドさんの分析を聞いた人たちは、強化種か、とか呟きながら隣の人達と話しあっている。ギルドの人達が調べてくれた限りでは、セシルさんたち3人の共通点は強化種と戦ったという記録だけらしい。
私にはアミッドさんの推測を覆すような見識はないので、今はアミッドさんの言った仮説が正しいことを前提にするしか無いだろうと思う。
「それから、ベルさんと皆さんに謝罪しなければならないことがあります。以前ベルさんが私に預けてくださった例の呪いの瓶ですが、紛失してしまいました。全ては、私の監督不届きによるものです。申し訳ありません。」
「馬鹿なっ! あれを失くしたというのかっ!?」
アミッドさんの話にすぐさま反応したのは、シャクティさんだった。彼女もどうやら実験に立ち会っていたらしく、どれほど恐ろしいものか理解しているからこそ顔が青ざめていた。
私たちだけではない。ロイマンさんも目を見開いてワナワナと体を震わせていた。フェルズさんも頭を抱えてしまっている。
「あ。それの行方、私わかっちゃったかも……。」
「本当ですか!」
その時アリーゼさんがポツリと言ったことで、皆の視線が彼女へと向かった。
そして、アリーゼさんが語りだしたのは
それに隣接する階層でも、本来はミノタウロスが発生しないのだという。
また、
「あいつら本当にミノタウロスかよって思うくらい強かったからな。」
「一際強い奴もいて、私と輝夜の2人がかりでも倒せなかったくらいだし。皆で力を合わせて何とか倒せたけどね。レベル6相当はあったんじゃないの?」
「そのお陰で私たちはランクアップできたわけだがな。」
アリーゼさんたちは、ディアンケヒト・ファミリアにあった呪いの瓶が何らかの形で人工迷宮へと行き、イケロス・ファミリアの団員たちがミノタウロスに変化してしまったのでは無いかという推測を語っていった。
「それって、つまり誰かが呪いの瓶を盗んだということか?」
「そうとしか思えないでしょ。その後に、取り扱いを間違ってモンスター化したのか、他の誰かにモンスターにされたのかは分からないけど。イケロス・ファミリアの団員たちは何処にもいなかったわけだし。」
「とりあえず、
フィンさんの言葉で、とりあえず紛失した呪いの瓶と
話題が脇にそれたけど、モンスター化の呪いにかかっているかもしれない冒険者をどう見つけるかを話し合うことになったけれど、これに関してはロイマンさんが主導権を握ってしまった。
「強化種が呪いの元凶だとしても、冒険者の中には強化種と遭遇してもギルドに報告しない者もいる。中には経験値を得るために強化種を育てている者もいるかもしれない。まずはそんな連中を止めなければならないだろう。」
「それと同時にオラリオ中の冒険者が呪いにかかっていないかを調べる。これに逆らえば、ダンジョンへの進入禁止処分も視野に入れることとする。」
フェルズさんとロイマンさんの話に、冒険者の人たちは苦虫をすり潰したような顔をする人が多い。でも反論する糸口が見いだせない。そんなところだろうか。
「医療系ファミリアが今回の作戦の主力となる。ガネーシャ、ロキ、アストレアの各ファミリアは、彼らを守るために尽力して欲しい。」
そして、ロイマンさんが声を張り上げて宣言した。
「オラリオの全ての冒険者を対象とした、健康診断を実施する!」
こうして、ギルドの発案でオラリオ初となる健康診断が行われることになったのだった。何だか嫌な予感しかしないのは、私だけかしら。
健康診断ネタは結構前から考えていたので、これのためにフリュネにはモンスター化してもらいました。
また、フィルヴィスの救済も行いました。
フレイヤ・ファミリアは疑惑があるので会議には呼ばれませんでしたし、呼んでも来なかったでしょうが。
フェルズは肉体が復活したので、ウラノスに言われてギルドの幹部扱いで会議に出席しています。ウラノス直々に命じられたので、ロイマンは不満があっても表には出せないです。
またウラノスとフェルズは、モンスター化の呪いの被害者という形でなら異端児たちも受け入れやすいのでは、と考えています。
・モンスター化による被害のまとめ
イシュタル・ファミリア
モンスター化したフリュネに主神が送還され、ファミリアは壊滅した。
生き残った眷属たちは様々なファミリアへと割り振られた。大体は原作通りだが、春姫はタケミカヅチ・ファミリアへ。
歓楽街
フリュネが暴れまわりかなりの損害が出てしまい人通りが減少した。その上、モンスター化の呪いのことがオラリオに広がるにつれて、歓楽街に足を運ぶ人々は少なくなっていった。事実上経済活動が停止している状態。失業問題が迫りつつある。
ディオニュソス・ファミリア
団長のフィルヴィスがモンスターになりかけて、魔石まで形成されていた。(と思われている)
主神のディオニュソスは、神会でモンスター化の呪いを隠蔽していたことに対して責任を追求されている。
神々からは「こいつイシュタルみたいな腹に一物抱えてるやつじゃね?」と思われ始めている。
また、ファミリアは活動自粛をギルドから要請されている。
なお、酒造りを禁止された影響で、その内馬脚を現す予定。