メティー&ベルのアトリエ ーオラリオの錬金術士ー 作:斎藤 晃
彼女はベルが(ヘラ的な意味で)大好きすぎるだけです。
私の息子の成長具合が信じられない件について。
1週間に設定した第2の課題はわずか4日で達成されてしまった。
しかも、私すら使えなかった錬金スキルまで使いこなしてしまうというオマケすら付けて。
私は当初、3つの課題をベルがすべて終わらせるのは半年ほどかかると思っていたのに、気づけばその内2つをわずか1月で終わらせてしまっていた。
「やばいかも。もしかして、私ベルにもうすぐ追い抜かされるかもしれないの?」
はっきり言って、ベルの錬金術士としての腕はかなり低かった。錬金術の勉強自体は5年間もしていた。始めたきっかけは、私に引っ付いて離れない息子が一緒にいる口実として錬金術をしたいと言い出したという、とても子供らしいものだった。けれど、ベルにはより高みを目指す為のモチベーションに欠けていた。
しかし、冒険者になると言い出してからのベルの成長速度は、これまでと比較してあまりにも異常だった。昔先生に聞いた事のあるヘルミーナさんに匹敵するのではないかという成長具合だった。
ヘルミーナさんはフリッツ先生の初めての弟子で、私の姉弟子でもある。私の10歳年下でありながら、9歳の時には既に賢者の石の調合できていたという信じられないほどの天才児だ。
それに匹敵する成長速度を見せつけた、自分の息子に嫉妬を覚えるのは間違っているのだろうか?
ベルが錬金術を学び始めてから5年ほど。私が錬金術を学んで5年目には確かに今のベルよりは上の錬金術の腕を持っていた。
しかし、14歳の頃の私が何をしていたかと言うと部屋から出られないほどの病弱だった。日がな一日中早から出ることもできず、時折尋ねてくれる姉やファミリアの仲間を楽しみに待つ程度しかできなかった。
幸運にも先生に助けられて錬金術士として旅の仲間にしてもらって、世界中を旅して回った。でもそれはベルも同じ。1歳から12歳までの重要な時期を世界を巡る旅に費やしたベルは、もしかすれば世界最高の錬金術士になれる素質を持ってるのかも知れない。
先生に大成できないと言われた私を、息子が超えていくのは分かっていたことだった。だけどこんなに早く超えられてしまうのかもとは思わなかった。
今はまだ私のほうが上だろう。でも、1年後は? 2年後は? おそらく5年後には確実に私を超えてしまっているだろう。その時、果たして私は息子を素直に祝福できるだろうか?
…先生ですらヘルミーナさんに嫉妬を覚えたと言う。ならば、私も嫉妬してしまうかも知れない。だけどベルが私を超えるのは誇らしいとも思う。そんな両ばさみの感情を持ちながら、私はつい力説してしまう。
「だから、ベルはとっても凄いのよ!」
「一体何度その話をすれば気が済むんだ?」
「ベルってそこまでやばいやつだったのか。」
アーシャは私の話にやれやれといった様子で肩を落としながら答えた。
錬金術士ではないアーシャにはわかりにくい話だったかも知れない。だけど、先生やヘルミーナさんと一緒に5年も旅をしていたので、錬金術士の力を理解したかと思っていたが、まだまだだったらしい。
「そもそも錬金術士とそれ以外の力の差が酷すぎるだろう。普通の冒険者はモンスターの力を奪ったり、時を止めたり、空間を広げたり、環境を変えたりできないぞ。絵の中に入るなんて以ての外だ。」
「隕石落としたり、死んだ人間を蘇らしたり…。天界の神々からよく天罰受けないよな、本当…。」
アーシャとイクセルの言葉は的確だった。とは言え、錬金術士にとってはそれが普通のことだ。発想力こそが錬金術士最高の武器であり、それを実現するのが錬金術なのだ。
「このまま成長していけば、数年で私を追い越すでしょうね。そうすればヘルミーナさんに並ぶ錬金術士になれるかも知れないわよ。」
「ヘルミーナ並みって、賢者の石作ったり*1、無限に湧き出すスープ*2作ったり、動き回るパイ*3作ったりすんのか…。」
「あの子があの頭おかしい女みたいになるとか嫌すぎる…。」
イクセルもアーシャも私が語るベルの成長速度に驚いているようだった。
ヘルミーナさんはわずか1年で賢者の石を調合できるようになったと言う。それと同程度とは言わずとも、数年先には賢者の石をベルは作ることができるかも知れないのだ。
それに負けたくない私がいる。息子に追い抜かれたくない私がいる。息子にはいつまでも私が目標で居てほしい、という私の勝手な我儘に付き合ってもらいたい。
だから。
「賢者の石の調合。また挑戦してみようかしら。」
そうして、私の挑戦の日々が再び始まったのだった。
挑戦するとは決意したものの、賢者の石の調合は失敗の連続だった。失敗作の灰ばかりが積み上がっていく。これはこれで、賢者の石の材料になるので全くの無駄にはならないのだけど、肝心の賢者の石が作れないのだ。当然気持ちも沈んでいってしまう。
一方で、ベルに課した第3の課題は1週間ほどであっさりと達成されてしまった。
第3の課題として出したのは、錬金釜の調合だった。錬金術士にとって最大の商売道具である錬金釜は、自分で作る以外に手に入れる方法はない。
とは言っても、使い捨て覚悟なら普通の鍋でも調合できるのが錬金術士だ。恐らくかつての錬金術士の祖は、そういった日常用品から現在の錬金釜へと進化させていったのだろう。*4
これまでベルが使っていたのは私が調合した錬金釜だったけど、これからはベル自身が作った錬金釜*5で調合することになる。
錬金釜の性能はお世辞にも良いとは言えないけれど、少しずつ改良していくことであの子にとって最高の錬金釜へと変わっていくだろう。
少しずつ私から飛び立っていくベルを見るのは、自分で意図したこととは言え寂しさを感じていた。
「先生はなんで私が大成できないと見抜いたんだろう?」
ところで、ベルの成長を見ているうちに、今更ながらの疑問が湧き出てきた。ヘルミーナさんの才能は誰が見ても凄まじいと思うだろう。誰もそこに疑問を挟む余地はないと思う。
私には錬金術の素質があった。だからこそ、ここまで私は歩んでこれたのだ。だと言うのに、私には天井を突き破ることはできなかった。錬金術士は賢者の石を調合できて、初めてスタートラインに立てるという。*6
私は未だスタートラインにすら立てていないのだ。
「飲食物の調合は多分先生並に作れてるはずよね。特にお菓子とか。逆に言えばそれ以外はかなり劣ってる。」
そこから導かれる答えは、私は食品類に特化した錬金術士であるかも知れないという事だった。そこに、私が頂きに至るための突破口があるかも知れなかった。
とは言え、賢者の石を食品として作るのは非常に困難だ。宝石でもあり、神秘の力を内包し、エリキシルでもある。そんな食品など無いのだ。
とは言え、全く光明が見えないというわけでもなかった。
とろける宝石というものがある。宝石でありながらお菓子と調味料のカテゴリも持つ物がたしかに存在するのだ。お菓子のカテゴリを持つ賢者の石を作ることも、決して夢物語ではないはずだ。
だからこそ諦めるという選択肢はない。ベルに負けたくない。私をいつまでも追いかけてほしい。師としても母親として尊敬してほしい。
そんな思いを抱きながら、今日も賢者の石へと挑戦するのだ。
波乱に満ちた1ヶ月半が終わった。
ベルは私の課した3つの課題をすべてこなしてみせた。
ベルが冒険者になりたいと言った時は、性格的にも能力的にも無理だろうと思ったけれど、ベルは私の課した難題を全てクリアしてみせた。だから、私はそれに対してなにか言えることはなかった。
とは言え、まだ14歳の子供だ。アーシャをベルの傍につけて*7知識不足と経験不足を補うとともに、ヘスティア様にも話を通して冒険者としてだけではなく、錬金術士としても成長できるよう手伝ってもらうようお願いした。
そして、ベルは晴れてヘスティア様から恩恵を貰い、冒険者としての第一歩を踏みしめたのだった。
ベル・クラネル
<ヘスティア・ファミリア>
レベル1
力 :I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【】
《スキル》
【錬金術士】
調合時、発展アビリティ『調合』の一時発現。
調合時、発展アビリティ『神秘』の一時発現。
錬金スキルの強化。
特性枠解放+1。
調合により錬金術士としての経験値を得る。
【霊魂収奪】
敵からレベルやステータスを奪う。(装備依存)*8
基礎アビリティーに次の数値を均一に分配する。
”351”
ベルが恩恵を刻んでもらったその日、私たちはささやかながらもベルが冒険者になったお祝いをした。場所はイクセルが修行している近所のレストラン「サンライズ食堂」。ヘスティア様も参加してくれた上に、アストレアファミリアからも、ゴジョウノ・輝夜さんとリュー・リオンさんが駆けつけてくれた。…最近女性との付き合いばかりが増えているけれど、ベルの将来が少し不安になったのは内緒だ。
それはともかくとして、ベルの得た恩恵についての話になった時、2人は顔を見合わせた後に忠告してくれた。
「錬金術士についてはよくわかりませんが、恐らくそれらはレアスキルの類のはずです。あまり吹聴しないほうがいいでしょう。それに、神秘のアビリティを持つ人は、オラリオでも3、4人ほどだったはず。それだけでも狙われる理由になりかねません。」
「私が悪意ある人間だったとしたならば、ベル・クラネルを誘拐監禁して永遠とアイテムを調合するだけの道具として利用するでしょう。貴方様はそれだけ自分の置かれた状況が危険だと理解しなさい。と言うか、【霊魂収奪】ってなんなんですか? 何で恩恵を授けられたばかりなのに各アビリティにプラス効果が付いてるんですか?」
ベルは恩恵を貰えたことに余りにも喜びすぎて、アストレアファミリアの眷属に自分の得たスキルについて教えてしまっていた。冒険者にとってステータスは絶対厳守の秘密なのだが、ベルはそれを十分理解していなかったようだった。
そんなベルに対して、リューさんと輝夜さんは親切にも厳しい忠告をしてくれたので、ベルは「あわわわわ。」と今更ながらに慌てている様子だった。ヘスティア様もそれに同意見なようで、何度も何度もベルのスキルがバレないように注意するように言っていた。
それと、「霊魂収奪」についてはノーコメントだ。これについて触れてしまえば、神時代の安定を破壊してしまう恐れがある。少なくとも開示するのは今ではないはずだ。
「ところで、アーシャさんも一緒に冒険者になったとか? 戦い方などは知っているのでしょうか?」
「これでもオラリオに来るまではずっと旅をしてきたのだ。モンスターと戦った経験などいくらでもある。」
輝夜さんはアーシャにも質問を浴びせてきた。アーシャは流石に他ファミリアにスキルや魔法について喋るようなことはせず、2人もそこまで深く追求はしなかった。
ただ、今のやり取りでアストレアファミリアは、少なくともこの2人はアーシャについて、少し疑わしく思っているのかも知れないと分かった。
ここ最近成長期に入り、成長著しいアーシャは、かつてアルフィアだった頃の顔立ちにとても似通ってきているのだ。*9
もしかすると、アーシャの事を姉の忘れ形見だとか思っているのかも知れない。
また、今日は修行をお休みしてお祝いの席に座っているイクセルに、冒険者にならないのかと2人は尋ねたが。
「俺は料理人になるんだ。冒険なんてしないさ。」
というはっきりとした答えを聞いて、それ以上2人は何も言うことはなかった。菓子職人よりも料理人を取ったことを知り、私は地味に傷ついたけれど。
それはともかく、私は彼女たちに頼まなければならないことがあるのだ。
「それで、アストレアファミリアの皆さんへの提案なのだけど、これからはベルに冒険で欲しいものを色々と注文してほしいのよ。ゆくゆくは冒険者向けの商品は全部ベルに任せるつもりよ。」
現在、アストレアファミリアからは時折回復アイテムの注文が来ることがある。これまでは私が対応してきたけれど、それをベルに任せようと思っているのだ。
ベルが冒険者になって実情をよく理解できるようになるだろうし、ベルの成長のためにも調合の回数をこなさなければならないことなど、提案した理由を話していくと2人は納得してくれた。
「たしかにクラネルさんよりも息子さんのほうが、冒険者として私たちの助けになりそうなアイテムを作ってくれそうですね。それに、息子の成長を願うあなたの思いは、とても素晴らしい。」
「…と言うことは、あの時、18階層*10であなたが使っていた攻撃や支援アイテムを、将来的に息子さんが提供してくれるかもしれないというわけですね。」
「ちょ、ちょっと待ってください。僕はお母さんほど錬金術の能力は高くないので、同じレベルのものを求められても困ります!」
2人の期待する声に、ベルは慌てて無理だと主張する。
だけど、それは謙遜でしか無いのだ。ベルの実力は私がよく理解している。錬金スキルの発現、恩恵を受けたことによる調合技術と能力の向上、何よりもその異常な成長速度。
今は無理でも数年以内には私を超えるかも知れない。そのことをベルに少しばかり教えると、ベルは驚いた顔をした後、照れた様子だった。
「僕ってそこまで成長してたんだ…。」
「むしろ私を超えてもらわなければ困るわよ。」
私は先生に大成できないとすら言われた落ちこぼれだ。その息子が私を超えることで、私は心のなかにある、このもやもやした暗い気持ちを捨て去ることができるかも知れないのだ。
…いや、やっぱりまだまだベルには負けたくない気持ちのほうが強い。私はまだやれる! まだ挑戦したい!
だから、私はベルにこう宣言した。
「前言撤回よ、ベル。やっぱり簡単に超えられてしまうのは悔しいから、私はもっと努力するわよ。」
「だから、ベルは今から私の息子で弟子であると同時に、ライバルになるのよ!」
私の言葉にベルは呆気にとられたようだった。ライバルというものは同格の者同士がなるものだ。だと言うのに今現在では遥かに格下のベルに対して、私はライバル宣言をしたのだ。
これにはアーシャもイクセルも驚いた様子だった。アストレアファミリアの2人も私の顔をまじまじと見てきている。彼女たちには私とベルの間には、とても大きな実力の差があると感じているのだろう。それは間違いではない。
だけど、そんな周りの心の内とは裏腹に、私の気持ちはとても晴れやかになっていた。
私はこれまで先生に錬金術を学び、10歳近く年下のヘルミーナさんに格の違いを見せつけられ、近い将来息子にすら追い抜かれそうになっている。
そんな落ちこぼれの私にも、ちっぽけだけどプライドはあるのだ。息子よりも早く賢者の石を調合する。それを目標に私はこれから頑張るのだ。
「分かったよ! お母さんに負けないように、僕頑張るから!!」
息子に私の気持ちがどれほど伝わったかはわからない。
だけど、その力強い言葉に私はとても嬉しくなった。
そして、幾日か過ぎてベルが初めてのダンジョンに行く日のこと。
ベルはヘスティアファミリアの拠点の廃教会へと、その内に引っ越しをする予定だ。ボロボロの拠点に案の定驚いたベルだったが、逆に自分で好きに改造してやると意気込んでいた。
「それじゃ行ってきます!」
「母さん、行ってくる。」
「2人とも気をつけるのよ。特にアーシャ、危険なことがあれば躊躇なくアイテムを使うのよ。」
「分かっている。それよりも、危険だというのなら私よりもベルのほうが危険だろう。」
「何でだよ!」
私のみを案じる言葉に、アーシャはやれやれと言った様子で目線をベルの方へ向ける。妹のそんな言葉に、ベルは抗議の声を上げるが、アーシャはそれを聞き流した。
「たしかライラさんが同行してくれるのよね? 失礼の無いようにするのよ。」
「分かっているよ! じゃあ、今度こそ行ってきます!」
ベルの元気な声を合図に、2人はダンジョンの入口のあるバベルへと向かって歩いていった。2人の姿が見えなくなるまで右手を大きく振っていた私は、姿が見えなくなった頃になって、さて今日も頑張ろうと呟きながら開店作業を始めようと店の扉を開けようとした。
その時だった。
「失礼。私はソーマという神なのだが、ここに祝福のワインを作ったベル・クラネルという方がいると聞いたが、会わせて貰えないだろうか?」
私に声をかけてきたのは雰囲気が少し暗い神物だった。
その声を聞いて、ベルの冒険は初日から大波乱に満ちているのかも知れない、なんてことは私はなんとなく予感してしまった。
だけど、此処から先はあの子の物語。私はそれを陰ながら見守らせてもらうだけよ。ね、私の可愛いライバルさん。
これで(プロローグの)最終話です。
今回、ベルが冒険を始めるまでの物語を書こうと思っていました。
ダンまちの原作は、冒険者になった後のベルの物語だったので、冒険者になる前の物語を書きたいなと思っていたもので。
実は、この作品の初期の構想では、先生(チートオリ主)と精根尽き果て心折れた女性冒険者とその妹の物語として書くつもりでした。
女性冒険者は片腕をなくしてファミリアを追放された落伍者という設定だったのですが、【女帝】が片腕を無くして逃走したという話を知り、現在の設定になりました。
また、初期の設定ではただの俺ツエーになってしまい、面白くならないと考えて今の話になりました。
久々に小説を書いたので、至らないところが多くあったと思いますが、ご精読ありがとうございました。
しばらくはマリーのアトリエリメイクやルルアのアトリエをやって英気を養うつもりです。
もうちょっとだけ続くんじゃよ。