永久炉の低い唸りは、地下の静寂を切り裂くように続いていた。
ドクター・ゲロの自律コンピューターは、宇宙への調査の拡大を望んでいた。魔界、天使、神、それらを直接調べるには、地球を飛び出す手段が必要だった。だが、現在の地球には、宇宙船を調達する術がない。
そんなとき、地上のカプセルコーポレーション周辺の観測網が、宇宙からの飛来者を捕捉した。来訪者の名はジャコ。銀河パトロールの隊員であり、地球に強い戦士を求めてやって来たという。
地下のコンピューターは、調査用人造人間、ラーネに接触を命じた。
彼女は幼稚園で、登園する子どもたちを迎えている最中だったが、早退し任務に向かう。
復興してからしばらく経つカプセルコーポレーションの広い敷地には、小型宇宙艇が着陸し、その中から銀河パトロールの制服を着た小柄な男が姿を現した。そのジャコとブルマの数十年ぶりの再会。
「ブルマ、久しぶりだな」
「ジャコ、あんた!?久しぶりねー!あんた、全然見た目変わらないじゃない!」
「ブルマはすっかりおばさんになったな」
「うるさいわね!何十年も経てば地球人はそうなるのよ!」
二人のやり取りは、軽口で始まったが、ジャコの口から出た言葉は深刻だった。銀河に突如現れたフリーザ級の脅威により、各星系が危機にさらされていると言う。そしてジャコは、地球に強者が残っていないかを確かめに来たのだ。
ブルマは答えた。
「いるわよ。孫くんの息子の悟飯くんがね」
ジャコは腕を組み納得する。
「ほう、フリーザを倒したというサイヤ人の息子か」
ブルマは続ける。
「それと私の息子のトランクス。トランクスも、サイヤ人の血を引いてるの」
ジャコの目が見開く。
「なんだと!?それも孫悟空の子か!?」
ブルマは笑って答える。
「いいえ、それは別のサイヤ人よ。あの人ももう死んじゃったけどね」
ジャコは驚き、問いを重ねる。
「ふむ…サイヤ人はそんなに数が残っていなかったはずだが…まあいい、その二人は今どこへ?」
ブルマは、空を見て答えた。
「二人は今、界王神界に行ってるわ」
ジャコは首をかしげる。
「かいおうしんかい……どこだそれは?迎えに行く」
ブルマは軽く笑い、説明する。
「無理よ。神様の領域。瞬間移動でしか行けないの」
ジャコは眉間を寄せる。
「なんだそれは、地球流のジョークか? 全然面白くないぞ!」
ブルマは笑って答える。
「冗談じゃないってば。いつ帰るか分からないから帰ってきたら伝えとくわ」
ジャコは怪訝に息をつく。
「ふーむ…」
ブルマは思い出したように言葉を続けた。
「そうだ、戦士なら、魔人ブウがいるわね」
ジャコはまた、眉をひそめた。
「…またつまらない冗談か……おとぎ話の怪物の名前なんか出して……しかし意外だな、こんな辺境の地球にも、魔人ブウの伝説が伝わっていたとはな」
ブルマは反論する。
「だから冗談じゃないってば」
ジャコは、まるで取り合わず、腕を組み、地面を見つめながら考え込む。
「うーむ、どうしたものか…」
ジャコは小型艇のコクピットで、計器の微かな光を眺めながらどうしたものかと考え込んでいた。すると地球人の少女が近づいてきた。小柄な普通の少女。ジャコはちらりと顔を向け、地表に降り立つ。
「なんだ、エリートの私のサインがほしいのか?」
少女は、真面目な声で言った。
「強い戦士を探しているんですよね。私、ちょっとは強いのですが…」
ジャコはその言葉を聞いて、さっきのブルマとの会話を聞いていたのかと思った。彼は言葉を返す。
「悪いが、地球人の、ちょっと強い少女などでは役に立たん」
次の瞬間、少女は、超高速でジャコの背後に回り込み、無音で手刀を彼の首筋に当てる。
「このくらいでは、お役に立てるでしょうか…?」
その声は落ち着いていた。ジャコは身体が硬直し、目が大きく見開かれる。
「お、お前…何者だ…?」
驚愕と警戒が混ざった声。少女は冷静。首筋に当てた手刀を下ろす。
「私はラーネ。地球人ベースの人造人間です」
ジャコは警戒は解かずに答えた。
「人造人間!?」
ジャコは問う。
「お前が強いのはわかった…だが、本当に来るのか、命の保証はないぞ」
ラーネは落ち着いて答えた。
「無理そうならすぐ逃げます」
ジャコはすこし平静を取り戻し答える。
「ふむ、賢明だな、だが戦場ではそうそう上手く逃げられるとは限らんぞ」
ラーネは頷く。
「確かに…戦いには自信はありませんが、防御には少し自信があるので、なんとか逃げてみます。それでもダメな時は諦めます」
ジャコはその言葉を聞いて呆れる。
「戦いに自信ないのか…本末転倒ではないか…」
「しかし…こんな遠くまで来て、手ぶらで帰っては、無能と思われるのはエリートのプライドが許さん…この娘は確かに強い、連れて行ってみるか」
そして言った。
「いいだろう。君をスカウトする。だが、命の保証はできん。よく考えろ」
ラーネは一瞬だけ目を閉じ、しかし表情は揺らがない。
「はい。同行します」
そしてジャコは改めて挨拶する。
「私は銀河パトロール隊員のジャコだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
軽い挨拶を終え、前々から魔人ブウを間近で観察したいと考えていたラーネは、今がその絶好のチャンスだと思い、彼女は、ぽつりと提案を口にした。
「魔人ブウもスカウトしてみてはどうでしょうか」
ジャコは、呆れたように肩をすくめた。
「なんだ?その冗談、地球で流行っているのか?全然面白くないぞ」
「え?冗談…?」
「それにだな、仮に魔人ブウが本当にここにいたとして、宇宙の大脅威を、一つ増やして持って帰ってどうするんだ」
銀河の一般常識を持たないラーネにはいまいち意味が分からなかったが、食い下がる言葉も持たなかった。
「そうなんですか…?」
魔人ブウのスカウトを却下されたラーネは、ふと思い出したように口を開いた。
「あっ、そうだ」
それは、何ら普通の少女と変わらない。
「戦士なら一人います」
ジャコは、計器の光をちらりと見やりながら問い返す。
「本当か? その戦士は強いのか」
ラーネは頷き、答える。
「はい、強いと思われます」
「思われますとはなんだ」
ラーネは説明した。彼女の言う戦士は人間ではなく、ロボットだという。深く封印され、長く眠り続けている存在。
「ロボットか…」
ジャコが呟く。
「使えるとは思えんが…一応確認してみるか」
ジャコとラーネは、ジャコの小型艇で、ドクター・ゲロの研究所へ向かう。ラーネが岩肌を指さし言った。あそこはホログラムです、入れます。
ジャコは機器の小さなスクリーンを覗き込みむ。
「確かに、センサーの位相に違和感がある」
ラーネは驚く。
「え?わかるんですか?宇宙の技術ってすごいですね」
「当然だ」
小型艇を降り、洞窟内の扉を抜けると、二人は狭い隠しエレベーターに乗り込んだ。降下するたびに、外界の音が遠ざかり、冷たい空気と機械の低い振動だけが残る。エレベーターの扉が開くと、広いホールが現れた。機器のランプが点滅し、厚いガラスで覆われたカプセル群が整然と並んでいる。
ジャコは驚く。
「なんだここは…怪しすぎる施設だな…」
ラーネは一歩前に出て、一つの大型カプセルを指差した。ここに封印されているのが、さっき言った戦士だと説明する。
「人造人間16号です」
ジャコは近づき、問うた。
「起動できるのか?」
ラーネは、メインコンピューターのインターフェースに触れ、認証を入力した。
カプセルのハッチがゆっくりと開き、眠り続けていた男がゆっくりと瞼を開ける。半身を起こしたその姿は、機械というよりは人間そのものだった。屈強な体躯、鎧めいた胸部装甲、そして開かれた瞳が、今は冷静に周囲を見渡している。
ラーネは挨拶した。
「おはよう、16号」
16号はゆっくりと頭を動かし、入力された最新情報を反芻するように答えた。
「現在状況を理解する……」
そして続けて言った。
「オレは、生まれた瞬間に目的を失った……孫悟空は、既に死んでいる……」
ジャコは眉をひそめ、怪訝そうに問う。
「何?どういうことだ?お前、孫悟空と知り合いなのか?」
16号は答えた。
「オレは、孫悟空を殺すために作られた存在…」
ジャコの疑念が深まる。
「なんだと!?な、なんなんだお前たちは一体!?」
16号は冷静に続けた。
「だが……状況は理解した。宇宙の脅威が存在し、放置すれば地球も危険に晒されると判断する。俺は、地球の自然を守るために動く。よって、お前たちに協力する」
ジャコは一瞬黙り考えた。
「ふむ、なるほど。お前を作った博士はきっと、とてもエコロジカルな人物だったのだな。だからサイヤ人の脅威から地球を守るために、孫悟空を殺すなどと言った命令をインプットしたのか」
16号はただ微笑をたたえる。
ラーネは、へえ…そうなのかな…?と思った。
しかしジャコは困惑した。
「デカいな…私の小型艇じゃ三人は乗れんぞ…」
16号は答えた。
「オレはロボットだ。船の外で牽引してくれればいい」
ジャコは腕を組み、冷静に答えた。
「いや、いくらロボットでも宇宙を甘く見るな。到着したときに壊れていては困る」
16号は一瞬考えるように沈黙し、やがて提案を出す。
「ふむ…確かに……では、こうしよう。オレはこの休眠カプセルに入る。カプセルごと牽引してくれ。カプセルはシェルターにもなる。剥き出しよりは、宇宙線などの防御力も高い」
ジャコは一考し了承する。
「分かった。ではカプセルをハードポイントにロックする。外まで運んでくれるか?」
「了解だ」
カプセルの接続が無事終わり、ジャコは言った。
「ではさっそくだが出発する。二人は準備はいいか?」
ラーネと16号はそれぞれ頷き、短い確認の声が返る。
「はい」
「問題ない」
機材の最終チェックが済むと、ジャコはふと別のことを訊ねた。
「ところで、美味いチーズとミルクを売っている店を知っているか?私は、地球に来たときはいつもそれを土産にするんだ」
ラーネはきょとんとした顔をして答えた。
「急いでるんじゃないんですか…?」
ジャコはモニターに目をやりつつ、誤魔化すように言った。
「う、うむ。まあ、急いでいるのだが…」
16号は言った。
「補給品の一部として栄養価と嗜好品の両方を考慮するのは合理的だ」
ジャコは笑顔で答える。
「そう!そういう事だ!」
「なるほど。勉強になります」
ラーネは純真に感心する。
そして三人は街へ行き、ミルクとチーズを買い込んでから地球を立った。
地球が青く丸く、遠ざかっていく光景は、ラーネには幻想的だった。窓の外に広がる星海を見つめながら、ラーネの目は輝いていた。
「地球を出たのは初めてです。すごい技術ですね」
その言葉には感動と敬意が混ざっていた。ラーネの手がキャノピーに触れ、冷たさを確かめるように指先を滑らせる。エンジンの低い唸りが体に伝わり、計器の光が淡く揺れる。任務とは関係なく彼女の目が、今はただ純粋に世界の広さに吸い込まれていく。
ジャコは横顔をちらりと見やり、胸を張った。彼にとっては日常の一部に過ぎない光景でも、ラーネの驚きが新鮮に映ったのだろう。操縦桿を握りながら、彼は言葉を添える。
「ふむ、確かに、地球人には珍しいかもな」
ラーネは宇宙の景色に感動して眺め続けている。そんな彼女を見てジャコは言う。
「すぐに飽きるぞ、こんな真っ暗な代わり映えのしない景色」
ラーネは窓に顔を寄せ、言葉がこぼれる。
「惑星の輪郭をこんなに近くで見られるなんて、感動します…」
ジャコはそっけなく返す。
「悪いが、今は観光している暇はない。最短ルートで行くぞ」
だが、続けて言った。
「まあ、任務が終わったら、観光案内してやらない事もない。君が、それまでに、宇宙の景色に飽きていなければな」
そして機体は静かに姿勢を整え、航路を修正して加速した。