界王神界の空は、どこまでも澄んでいた。
悟飯は一人、散歩をしていた。
静かにただ歩くだけという行為を贅沢だと思う。
この静けさは、かつての荒廃した世界では決して味わえなかったものだ。
当時は常に気を張り、一瞬たりとも気を抜けなかった。
「良い空気だ…」
ふと、視界の端に異物が映る。
地面に突き刺さった一本の剣。
悟飯は近づき、観察した。
「珍しいな。界王神界に武器なんて」
悟飯は剣に触れず、そのまま散歩を続けた。
散歩を終え、界王神のもとへ戻った悟飯は、軽く尋ねた。
「界王神様。地面に刺さっていた剣を見つけたのですが」
界王神は目を丸くし、すぐに嬉しそうに説明を始めた。
「ゼットソードを見たんですね!あれは、古代から界王神界に伝わる聖剣でしてね、幾人もの界王神が引き抜こうと挑戦しましたが、誰一人として抜けなかったのです!」
悟飯は興味深げに頷く。
「へー、そんな剣が…」
界王神はさらに身を乗り出した。
「伝承では、引き抜いた者には凄まじい力が与えられるとか!悟飯さん、挑戦してみませんか!」
その目は完全に少年のように輝いていた。
悟飯は少し考えて提案した。
「…剣なら、トランクスに挑戦させてみてはいかがでしょうか」
界王神は、すぐに手を叩いて喜んだ。
「なるほど!トランクスさんは剣士ですからね!では早速キビトに連れてきてもらいましょう!」
キビトがトランクスを連れ到着する。
トランクスは、目を輝かせて言った。
「伝説の聖剣なんて物があるんですね!めっちゃかっこいいですね!」
そして、トランクス、悟飯、界王神、キビトの四人は、ゼットソードの刺さった場所へ向かう。
道中キビトは冷静に言った。
「トランクスといえども、流石に人間には抜けますまい」
界王神はワクワクしながらキビトの言葉を完全に否定した。
「いえ!わかりませんよ!トランクスさんならば!」
トランクスは苦笑いしながら答える。
「はは、とりあえず全力で挑戦してみます」
そしてゼットソードの前。
トランクスは剣に近づき、角度を変えて眺めたり、柄の形を興味深そうに見つめたりしている。
「伝説の聖剣か…」
そして「ふうっ…」と息を吐き。
「では…挑戦してみます…」
トランクスは、ゆっくりと両手で柄を握りしめた。
界王神は期待に満ちた目で見つめ、キビトは腕を組んだまま出来るわけがないと思い、悟飯は静かにその背中を見守っていた。
トランクスは力を込める。
剣は微動だにしない。
「うっ……固い……」
腕に力を入れ、足を踏ん張り、全身の筋肉を総動員して引き上げようとするが、剣はまるで大地と一体化しているかのように動かない。
キビトが言う。
「やはり……人間には無理です。」
界王神がすぐさま反論する。
「いえ!まだです!トランクスさんはまだ全力じゃない!」
悟飯は無言で見守る。
トランクスは息を整え、目を閉じた。
静かに、深く、気を高めていく。
気が限界まで高まり、身体の周囲に淡い光が揺らめく。
トランクスは目を開き、全身の気を剣へと流し込むようにして、再び柄を握りしめる。
「うおおおおおおおっ!!」
大地が震え、剣が揺れた。
界王神が息を吞む。キビトも目を見開く。
トランクスはさらに気を高め、限界を超えるようにして引き抜く。
人造人間との戦い、悟飯との日々、地球での修行、そのすべてが、彼の中で一本の線になる。
「オレの全開…!」
スーパーサイヤ人のエネルギーをただ一点に集中させる。
「おおおおおおおおおおおお!!!!!」
そして。
光が弾け、ゼットソードが大地から抜け上がった。
トランクスは剣を両手で掲げ、息を荒げながらも笑った。
「……やった……!……抜けた……!」
界王神は歓喜し、キビトは信じられないという顔で固まり、悟飯は静かに微笑んだ。
次の瞬間。
「うわっ!こ、これ……めちゃくちゃ重いです!!」
腕がガクンと下がり、トランクスは慌てて両手で支え直す。
「すごい!すごいですよトランクスさん!本当に抜いてしまうなんて!!」
界王神は大喜びで手を叩いた。キビトは目を見開き、信じられないという顔で呟く。
「……まさか……本当に人間が抜くとは……」
界王神はワクワクが抑えきれない様子で言った。
「では!早速!試し斬りをしてみましょう!!」
界王神は両手を広げ、神術を発動する。
そして巨大な金属の塊が出現した。
カッチン鉱。宇宙で最も硬いとされる金属。
界王神は誇らしげに言う。
「さあトランクスさん!このカッチン鉱を、試しに斬ってみてください!」
トランクスはゼットソードの重さに腕を震わせながら構える。
「…わかりました…やってみます…!」
足を踏み込み、ゼットソードを大きく振りかぶる。
重さで体が引っ張られながらも、バランスを崩さず、ゼットソードをカッチン鉱へ振り下ろす。
「はっ!!」
甲高い金属音が界王神界に響き渡った。
そして。
ゼットソードの刃が、根元からあっさりと折れた。
折れた刃は地面に転がり、トランクスは呆然と柄だけを握ったまま固まる。
界王神とキビトは目をひんむき、言葉を失う。悟飯も驚き困惑している。
界王神界の空気が一瞬で凍りついた。
トランクスは折れた柄を持ったまま、どうしていいかわからず固まっている。界王神もキビトも、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
そんな中、折れた刃の内部から、光がふわりと立ち上がった。
そして、ひょろりとした老人が姿を現した。
界王神は驚き尋ねる。
「え!?あ、あなたは一体…!?」
老人は答えた。
「わしゃあよ、おめえのよ、15代前の界王神なんだな~これが」
界王神は混乱したまま言葉を続けた。
「ご、ご先祖様!?では……その……引き抜いた者には凄まじい力が与えられるという言い伝えは、一体どういう意味なのですか!?」
老界王神はひげを撫でながら答えた。
「ああ、それはわしの能力のことだな」
「能力…?」
老界王神は続ける。
「わしは、相手の能力を限界以上に引き出すことができる」
界王神は混乱冷めやらぬまま答える。
「限界以上ですか…それは凄い…」
老界王神はトランクスを指差した。
「というわけで、おぬし。わしが力を引き出してしんぜよう。引き抜いたのはおぬしじゃからな」
トランクスは折れた柄を握ったまま、驚きと戸惑いで固まっていた。
「…えっ…オレですか……?」
老界王神はにやりと笑う。
「うむ、わしの封印を解いてくれる者は、界王神の誰かだと思っておったんだがの」
界王神は頭を下げる。
「め、面目ないです…」
老界王神はトランクスの前に立って言った。
「よし、では始めるぞい。そこでじっとしておいてくれ」
トランクスは緊張しながら姿勢を正す。
老界王神はトランクスの周囲をぐるりと回り、妙なステップを踏みながら手をかざしたり、突然歌い出したり、意味のわからない踊りを始めた。
界王神は困惑しながら見守る。悟飯とキビトも黙ってその様子を眺めている。
トランクスは緊張しじっとしている。
老界王神のステップが延々と続く。
悟飯は最初の30分ほどは、興味深げに、静かにその場に立って見守っていた。だが、一時間経っても儀式は終わる気配がない。
「え…と……じゃ、僕は勉強があるのでこの辺で、皆さん失礼します」
「え!?悟飯さん!?」
トランクスが、おいて行かないでという目を向ける。
「じ、じゃ、がんばって!トランクス!」
「ちょ、ご、悟飯さん!」
そして悟飯はその場を離れていった。
しかし界王神とキビトは、目上の老界王神の儀式に背を向けるわけにもいかず、その場に残り続けるしかなかった。
老界王神は踊り続ける。
トランクス、界王神、キビトは困惑しきっていた。
「……な、長い……」
三人は泣きそうな顔で、老界王神の終わらない踊りを見続けるしかなかった。
老界王神の儀式が始まってから、すでに数時間が経っていた。
悟飯はメモリーアーカイブで勉強を進めていたが、儀式はもう終わっているだろうと様子を見に戻ってきた。
まだ踊っていた。
「……え…嘘でしょ!?」
悟飯は思わず声を漏らした。
老界王神は歌い、踊り、トランクスは微動だにせず耐え続け、界王神とキビトは困惑しながら固まっている。
界王神は悟飯に気づき、涙目で小声で訴える。
「ご、悟飯さん……まだ……終わらないんです……!」
キビトも同じく疲れ切った表情で耐えている。
悟飯は心の中で思った。
(……自分が引き抜かなくて、本当に良かった……)
しかし同時に、自分がトランクスを呼んだ手前、このまま放置して帰るのはあまりにも気の毒だと感じた。
悟飯は小さく息を吐き、静かに腰を下ろした。
そして持ってきていた本を開き、その場で読み始める。
(……せめて、そばにいてやらないと……)
トランクスは儀式の最中で動けないが、悟飯が戻ってきたことに気づき、ほんのわずかに表情が緩んだ。
老界王神は、そんな四人の心情などまったく気にせず、相変わらず奇妙な踊りを続けていた。
老界王神の奇妙な踊りと歌は、果てしなく続いた。
界王神は途中から完全に無言になり、キビトは立ったまま魂が抜けたような顔になり、トランクスは微動だにせず耐え続けていた。
悟飯は横で本を読みながら、時折ページをめくる音だけが静かに響く。
そして、老界王神が突然、ぴたりと動きを止めて言った。
「……よし。終わったぞい」
その瞬間。
「はあああああ……!」
トランクス、界王神、キビトは、心の底から安堵した。
総勢25時間。
いつ終わるか分からない儀式に耐えること自体が、力を引き出すための修行だと言われたら信じただろう。
三人は、本気で涙が出そうなほど安堵していた。
「本当に……終わったんですね……!」
悟飯は本を閉じ、三人の反応を見て小さく苦笑する。
老界王神だけは、まるで何事もなかったかのように満足げに頷いていた。
「ふむ。これでおぬしの潜在能力は、しっかりと引き出されたぞい」
そう言われてトランクスは思い出す。
「そういえばこれ……潜在能力を引き出す儀式でしたね…」
あまりにも長すぎて、本来の目的を忘れていた。
トランクスは自分の体を見下ろし、腕を回したり、軽くジャンプしてみたりする。
「…特に…変わった感じは、しないような……?」
老界王神はそんなトランクスを見て言った。
「ほれ、気を込めてみろ。」
「え……あ、はい……?」
半信半疑で、いつものように気を練り上げてみる。
その瞬間、空気が爆ぜた。
悟飯も驚愕し、界王神は尻もちをつき、キビトは思わず後ずさる。
トランクス自身も驚愕した。
「これ…オレの気!!?」
周囲の大気が渦を巻き、地面が震え、まるで嵐の中心に立っているような圧力が生まれる。
界王神は震えながら叫ぶ。
「す、すさまじい……!これが…トランクスさんの…潜在能力……!」
キビトも声を失っていた。
トランクスは自分の手を見つめ、震える声で呟く。
「……あの儀式……意味あったんだ……」
老界王神は満足げに頷く。
「当たり前だ。わしの力を甘く見るでないわい」
自分の力に驚きつつ、トランクスは、ふと老界王神の言葉を思い出す。
「…確か……限界以上の力を引き出すと……仰っていましたよね……」
老界王神は胸を張り、誇らしげに答える。
「そのとおりだ」
トランクスは表情を曇らせた。
「それじゃ……オレにはもう、伸びしろがなくなってしまったということですか……?」
自分が既に老成してしまったのだとすれば、それは余りにも寂しい。
老界王神は顎に手を当て、少し考える。
「うむ……普通はそうだな」
トランクスは言葉を聞き逃さなかった。
「……普通は?では、例外もあるということですか……?」
老界王神は頷く。
「うむ、ある」
トランクスは身を乗り出す。
「それはいったい……?」
そこで悟飯が静かに口を開いた。
「トランクス。人は、一つの限界に達した時……また、今までは見えなかった新たな境地が見えてくる」
トランクスは目を見開く。
悟飯は続けた。
「君も、何度かそれを経験してるはずだよ」
トランクスは思い返す。
人造人間との戦い、修行、絶望と希望の繰り返し。
確かに、限界を越えた瞬間に見えた景色が何度かあった。
「……なるほど……でも、今はまだ……何も見えません……」
悟飯は優しく微笑む。
「そりゃそうさ。今はまだ、他人の力で急に引き出された力だ。きっとまだ、まともに使いこなすこともできないだろう」
そして、師としての言葉を添える。
「まずは自分自身の力に振り回されず、使いこなす練習をしないとね」
トランクスは拳を握りしめ、ゆっくりと頷いた。
「……はい。この力を……自分のものにできるように……頑張ります!」
老界王神は満足げに頷いた。
トランクスは悟飯に向き、頭を下げる。
「悟飯さん……あの、試しに手合わせしてもらっていいですか?」
悟飯は穏やかに頷く。
「うん、いいよ」
悟飯とトランクスは少し離れた広場へ移動した。
悟飯は軽く構え、トランクスは緊張しながらも気を高める。
老界王神、界王神、キビトは少し離れた場所から見守っていた。
トランクスが気を込めた瞬間、大地が震え、空気が揺らぐ。
悟飯も静かに気を上げ、二人の間に緊張が走る。
トランクスが踏み込む。悟飯が受ける。気の衝突が界王神界の空気を震わせる。トランクスの拳が鋭く走り、悟飯の蹴りが正確に返る。
互角と見える激しい攻防。
老界王神は目をひんむき、叫んだ。
「な、何もんだあいつ……!わしが力を引き出した青年と渡り合っとる……!」
界王神は答える。
「孫悟飯さんです。トランクスさんと同じく、サイヤ人と地球人を親に持つ方です」
老界王神は悟飯を凝視する。
「ふむ……信じがたい力を秘めておるな……」
界王神はさらに続ける。
「はい。悟飯さんは……ビルス様と戦ったこともあるのですよ」
老界王神は唖然とする。
「な、なにぃ!?では何故今、生きてここにおるのだ!?」
界王神は微笑み言った。
「そういう……不思議な方なんです」
老界王神は唸る。
「うむむ……それは不思議だ……不思議すぎるぞ……」
悟飯とトランクスは、さらに攻防を激しくしていく。
悟飯の動きは無駄がなく、トランクスの力は荒々しくも鋭い。
激しい攻防の末、悟飯がトランクスの動きを読み切り、最後の一撃を制した。トランクスは地面に手をつき、息を荒げながら悔しそうにため息をつく。
「はぁ……はぁ……力を引き出してもらったってのに……やっぱり悟飯さんには勝てないのか……!」
悟飯は息を整えながら答える。
「それはトランクスが、かなり力を抑えてたからさ」
トランクスは驚いて顔を上げる。
「いえ……そんな事は……オレは全力でしたよ」
悟飯は首を横に振る。
「君は、未知の力を全力で僕にぶつけることで、僕に大怪我を負わせてしまわないか……殺してしまわないかと、無意識に恐れていた」
トランクスは言葉を失う。
悟飯は続ける。
「それでも、とんでもなく強かった。僕も……置いてけぼりにされないように頑張らないとね」
その言葉を聞いたトランクスは呆れて言った。
「それは、オレのセリフですってば…!全く、悟飯さんは……!」
悟飯は笑い、トランクスも笑った。
老界王神は腕を組みながら、二人のやり取りを見て唸る。
「ふむ…これ程の人間たちが育っていたとは…」
界王神は胸を張って答える。
「はい、悟飯さんとトランクスさんは、未来を託せる人間たちです!」
老界王神は期待を込めて尋ねた。
「もしかして、宇宙ランク、随分上がったのか?」
「え!?え…と…」
界王神は目を反らし気まずそうに答える。
「し、下から二番目です…」
老界王神はため息をつく。
「そ、そうか…」
だが老界王神は天を仰いで言った。
「だが、この宇宙もまだまだ捨てたもんじゃないかもな…」