子供とは、大人の真似をしたがるものだ。
5歳になったパンにとってのおままごとは、ブウと組手を取ることだった。ある意味、常識外れの英才教育。その環境で、パンの才能はみるみる開花していく。相手の強さも推し量れるほどに。
そしてある日、パンはふと思った。
「ラーネ先生って強いの?」
訊ねられたラーネは驚愕した。
普段は、普通の人間として振る舞い、自分の身体能力は決して見せないようにしている。
「え!? な、な、なんで!?」
5歳のパンの語彙力では上手く説明できない。
「んー、なんかそんな感じがする」
「へー、そうなんだ、ふーん……」
ラーネはそのまま話題を流そうとする。
しかしパンは純真そのもの。
「強いの?」
ラーネは困惑した。
「え、えーと……」
ラーネには、誰にも言えない不安があった。
ラーネは復興後に生み出された人造人間。破壊には関わっていない。だが…
自分の素性が知られれば、今のように人々と普通に暮らすことは許されないだろう。
パンの問いは、その不安を鋭く突いてしまった。
ラーネの表情が曇る。パンはそれを見逃さない。
「どうしたの? ラーネ先生……なんだか悲しそう……」
そして、感のいいパンは、自分のせいだと思ってしまう。
「パンのせい……?」
ラーネは慌てて首を振った。
「ううん! そんなことないよ!ごめんね! ちょっと考え事しちゃって!パンちゃんは何も悪くないよ!」
パンはほっとしたように微笑んだ。
パンに「強いの?」と問われた日の夜。
ラーネは、重い胸のまま16号のもとを訪れた。
「パンちゃんに……私の力……見抜かれた……もう、普通に暮らせないかもしれない……」
16号はしばらく黙って考え、静かに問い返す。
「ふむ……お前は、孫悟飯には会ったことはあるのか?」
ラーネは驚き、答える。
「え……? うん……何度か……パンちゃんの送り迎えの時とか、参観日の時とか……」
16号は淡々と告げた。
「では、孫悟飯には既にバレているのではないか?」
ラーネは跳ねるように声を上げる。
「え!? そ、そんなまさか!?」
16号は冷静に言う。
「5歳の子供に見抜かれたんだ。孫悟飯に悟られていても不思議はない」
ラーネは言葉を失う。
「そ、そうだけど…パンちゃんとは長い時間一緒にいるけど……孫悟飯さんとは一瞬、何度か会っただけだから……」
しかし、不安は高まる。悟飯の洞察力は、パンの比ではないだろう。
それから数日、ラーネはひどく沈み込んだ。
その数日間の沈み込みを見て、16号は静かに決断した。
16号が向かった先は、孫悟飯の家。
「孫悟飯」
名を呼ばれた悟飯は、玄関先で16号を見据えた。
その目は、異質な存在に対しても、剣呑さは見せず落ち着いている。
「はい。あなたは…?」
16号は一歩前に出て名乗る。
「オレは16号。ドクター・ゲロの作った人造人間だ」
悟飯は息を呑む。しかし構えは取らない。ただ、冷静に状況を見極めている。
16号は続けた。
「敵意はない。破壊活動を行うつもりもない」
悟飯は静かに問い返す。
「僕に、何の用ですか」
16号は淡々と、しかしどこか切実に言った。
「復興後に生み出された人造人間が居る。彼女は自分の素性に悩み、かつてなく苦しんでいる」
悟飯の表情がわずかに揺れる。
16号は核心を突いた。
「お前は、かつて人類を破滅させた人造人間の眷属である彼女を憎むか」
悟飯は一瞬黙り、そしてゆっくりと首を振った。
「いいや。僕は、枠で物をみない」
16号はわずかに目を細めた。
「そうか……」
そして深く頭を下げる。
「彼女を救いたい。力を貸してほしい。彼女はただの、優しい一人の人間だ」
悟飯はすべてを察した。
「ええ、そうでしょうね」
ここ数日、パンが言っていた。
『ラーネ先生、なんか元気ないの……』
悟飯は優しく微笑む。
「そうでなければ、うちの娘があれほど懐くわけがない」
16号は悟飯の言葉を聞き、驚く。
「やはり、既に気づいていたのか」
悟飯は首を横に振る。
「いいえ、詳細までは」
悟飯は落ち着いたまま、続ける。
「でも……今あなたに会って、線がつながりました」
悟飯は優しく微笑む。
「ラーネ先生は、きっと優しい人なんでしょうね」
16号は短く答える。
「ああ」
翌朝。パンは悟飯に手を引かれ、元気いっぱいに幼稚園へやってきた。
「おはよう!ラーネ先生!」
パンはいつも通りの明るさで挨拶する。
ラーネは、ここ数日の沈んだ様子のまま、無理に笑顔を作って返した。
「…おはよう」
その笑顔は、パンにも無理をしていると分かるほど弱々しい。
悟飯も軽く会釈する。
「おはようございます」
そして、悟飯は静かに続けた。
「昨日、16号さんに会いました」
「!?!?」
ラーネの頭が真っ白になる。
膝が震え、その場で倒れそうになる。
何も考えられない。呼吸すら忘れそうになる。
悟飯は優しい声で続けた。
「僕は、あなたに恨みなんてありません」
悟飯はまっすぐに言葉を重ねた。
「いつもパンに良くしてくださって、感謝しています。だから……どうか元気を出してください」
ラーネの目が揺れる。
悟飯はさらに言う。
「パンも、ここ数日……あなたのことを、とても心配していました」
パンは横で大きく頷く。
ラーネの胸が締めつけられる。
悟飯は微笑んだ。
「あなたが優しい人だってことは、パンを見ればよくわかります」
ラーネは、その場で泣き崩れそうになるのを必死にこらえた。
パンは、そんなラーネを心配そうに見つめる。悟飯はそっとパンの頭を撫でた。
「先生はちょっとお疲れなんだよ。きっと明日からは元気な先生に戻ってるよ」
悟飯の声は優しく、ラーネを責める気配は一切ない。
ラーネは涙がこぼれそうになるのを必死にこらえ返事をした。
「は、はい!」
その声は震えていたが、パンの前ではどうにか笑顔を保とうとしていた。
パンがラーネの手を引きながら園内へ入っていく。
ラーネはまだ完全ではないが、昨日より少しだけ元気を取り戻していた。
悟飯は二人の背中を見送り、ほっと息をついたその瞬間。
キビトが瞬間移動で現れる。
悟飯は振り返る。
「キビトさん……?」
キビトは深刻な表情のまま告げた。
「孫悟飯。界王神界で、界王神様とビルス様がお呼びだ」
悟飯の表情が一変する。
「お二人がご一緒に……?……ただ事では無さそうですね……」
キビトは重く頷いた。
「かつて無い脅威だ……」
悟飯の背筋に冷たいものが走る。
パンの送り迎えの直後とは思えないほど、空気が張り詰めていた。