アカッゴは絵を描いていた。
ヤードラット星の草原、昼の光は柔らかく穏やか。
その中で、アカッゴは腰を下ろし画板を胸に抱え、紙に鉛筆で線を引く。
「こんなにも上手く描けないなんて…」
野の花の絵。その仕上がりはまるで幼児の落書き。
「こんな事に…何の意味が…」
本来なら、今この時間も修行に充てたい。
気の流れを読み、制御し、技を磨くべきだ。
師匠たちは言った。
『君はスピリットコントロールを理詰めだけで考えすぎる。演算だけでなく、感性を磨く訓練が必要だ』
意味が分からなかった。今も分からない。
分からないまま、鉛筆だけが空しく紙を擦る。
楽器の練習もした。
地球のオカリナに似た笛。
当然上手く演奏出来ない。
「習得には相当時間が必要…こんな事に時間を割いている場合では…」
絵を描くこと、楽器を演奏する事、どちらも、戦闘力の向上に繋がるとは思えない。
師匠のハムムとムスターはアカッゴの絵を見て言った。
「これはいい!」
「うん、これは演算ではない」
アカッゴは理解できない。
どう見ても下手だ。どう見ても失敗だ。
「それは…おせじ…というものでは…」
困惑が声に滲む。
だが、二人の表情は真剣だった。
「これはコピーではない、君の揺れが生み出した線だ」
「君は計算ではない線を引いた。それは大きな一歩だよ」
アカッゴは納得できず困惑する。
そしてムスターが紙をそっと返しながら言った。
「アカッゴ。君ならいつか、僕たちが習得できなかった、あの技を会得できるかもしれないと思っている」
アカッゴは瞬きをした。
「あの技…?」
ハムムが続ける。
「正直に言うとね、これは君のためというより……僕たちの指導者としての欲だけどね」
ムスターは語る。
「この技は、昔、ヤードラット星を訪れた異星人から伝えられたものだ。
高度なスピリットコントロールだけでなく、生まれ持っての圧倒的な強靭な身体を必要とする」
ハムムが言う。
「だから、残念ながら僕たちには扱えない」
ムスターが告げる。
「アカッゴ。君の身体は、強靭さという条件を満たしている。君になら、いつかは届くかもしれない。僕たちが諦めた領域に」
ハムムが微笑む。
「そのための第一歩が、この下手な線なんだよ」
アカッゴは紙を見つめた。震えた線は、まだただの失敗にしか見えないが、彼女は二人の師匠を信頼していた。
その時、草原の空気がわずかに震えた。
二つの影が草原に現れる。
瞬間移動。だが、ヤードラット特有の瞬間移動とは別の術式。
ハムムとムスターは身構え驚愕する。スピリットの質が違う。
そして問う。
「まさか…あなたがたは、神界の存在でしょうか…?」
二人の声は震えていた。
現れた二人のうち、一人が一歩前に出た。
赤い肌、鋭い眼光、そして神官のような衣装。
「そうだ。こちらのお方は、界王神様だ」
その言葉を聞いた瞬間、ハムムとムスターの顔色が変わった。
スピリットの波形で冗談でも嘘でもないと分かる。
「界王神様…!?……実在……されていたのですね……」
ムスターの驚き。
伝承に語られる神話の存在。
宇宙の秩序を司る神。その本人が、今、目の前に立っている。
界王神は静かに頷いた。
「はい…突然の不躾な訪問、申し訳ありません。しかし、事態は逼迫しています」
アカッゴも急な未知の存在の出現に息を呑む。
ハムムが恐る恐る口を開く。
「事態…とは、いったい…?」
界王神はアカッゴの方へ視線を向けた。
「アカッゴさん。あなたに伝えなければならないことがあります。宇宙の存亡に関わる、全覧試合、という武道大会が開かれます」
突然すぎる言葉に、アカッゴは反芻する。
「武道大会…宇宙の存亡…?」
界王神は続ける。
「これは、神の頂点に立たれる全王様が、宇宙の価値を見極めるために設けた前哨戦です。もしつまらないと判断されれば……その時点で宇宙は消滅します」
ハムムとムスターの顔が青ざめた。
アカッゴは理解が追いつかず、ただ界王神の言葉を待つしかなかった。
キビトが一歩前に出て、淡々と告げる。
「そして神々の決定により、その全覧試合に出場する三名のうちの一人として、そなたが選ばれた」
アカッゴの心臓が跳ねた。
「……私が、ですか!?」
界王神は静かに頷く。
ムスターが震える声で言った。
「か、界王神様……アカッゴはまだ修行の途中で……」
ハムムも続ける。
「あまりにも……大役すぎる……」
だが界王神は続けた。
「全覧試合は、明日です」
界王神の静かな宣告に、ハムムとムスターは息を呑んだ。
アカッゴの胸も、強く跳ねた。あまりにも急すぎる。準備も、覚悟も、何もできていない。
界王神は言った。
「しかし、地球の神殿には、外界とは時間の流れが異なる空間があります。そこで三ヶ月分ほどの修行をしていただきます」
アカッゴは思わず瞬きした。地球、その言葉が胸の奥を震わせる。
界王神は深く頭を下げた。
「有無を言わさず申し訳ありません。ですが、従っていただきたい…!」
アカッゴの胸の奥で、何かが強く揺れた。
地球。
それは、アカッゴの初めての友達、ラーネが暮らす星。
ヤードラットでの修行の日々、アカッゴはずっと感性というものを理解できずにいた。絵も、音楽も、揺らぎも、意味が分からなかった。
だが今、胸の奥で、演算ではない何かが動いた。
界王神界に到着し、アカッゴの全身が震えた。
そこにいたのは、常識では測れない者たちだった。
破壊神ビルス。
天使ウイス。
老界王神。
そして、悟飯とトランクス。
アカッゴは息を呑んだ。
まったく解析不能な存在達。
そしてアカッゴは気づけなかった。
悟飯の気が、あまりにも静かすぎたため。
その悟飯こそが、アカッゴが求道者となるきっかけを作った人物であることに。
ウイスが微笑む。
「面白い素材ですね。まだまだ未成熟ですが、良い伸びしろをお持ちのようで」
困惑と緊張の様子を見せるアカッゴに悟飯は声をかける。
「実のところ、僕達にとってもかなり急な事で、とても困惑しています。大変ですが、一緒にがんばりましょう」
そのスピリットは柔らかく、アカッゴは幾分か落ち着くことができた。
アカッゴが界王神界で圧倒された後も、事態は容赦なく進んでいく。
ラーネに連絡を取る余裕などない。
地球の神殿。その奥にある、外界とは時間の流れが異なる空間。
精神と時の部屋。
そこへは、同時に二人までしか入れない。
だからまず、悟飯とトランクスが先に入ることになった。
外界ではほんの一瞬。
だが、扉の向こうで二人は三ヶ月分の修行を積んだ。
ビルスが腕を組み問う。
「どうだ、手応えはあったか」
トランクスは力強く頷く。
「はい!」
ウイスが穏やかに微笑む。
「ほほほ……だいぶ力が馴染んで来たようですね。気の流れが以前よりも滑らかになっています」
悟飯も頷く。
そしてウイスが言った。
「では、次は、アカッゴさんの番ですね」
精神と時の部屋の扉が閉じると、アカッゴはブウと向かい合った。
最初の三日間、アカッゴは驚愕し続けた。
ブウの動きは読めない。
アカッゴの常識を全て逸脱している。
殴れば伸びる。蹴れば曲がる。気弾を放てば弾きかえされる。
アカッゴの演算は、ブウの前では意味を失う。
アカッゴは何度も吹き飛ばされながら、その想定外の連続に、むしろ胸が震えていた。
しかし、二人は予定より早く部屋から出てきた。
ビルスが眉をひそめる。
「……早いな。一体どうした」
アカッゴは答えた。
「その……ブウさんが、三日ほどで飽きてしまって……残り四日は、部屋にあった粉の食料を魔術でお菓子に変えて、一緒に食べたり、お昼寝したりしていました……」
ビルスの額に青筋が浮かぶ。
「くっ……このピンク……!」
ブウは悪びれることもなく笑っている。
だがアカッゴは、言葉を続けた。
「ですが……ブウさんの魔術を間近で観察できたのは、とても有意義でした」
ビルスの怒りが、わずかに収まる。
「……ふむ。まったくの無駄ではなかったか……」
ビルスは言った。
「まだ時間はある。残り時間はウイス、お前が稽古をつけてやれ」
悟飯が思わず声を漏らす。
「ええ……羨ましいな……ウイスさんに稽古つけてもらえるなんて……」
ウイスはアカッゴに向き直り、穏やかに告げた。
「ではアカッゴさん。残りの時間は、私がみっちりとお相手いたしましょう。揺らぎを扱う感性、あなたにはまだ、それが足りません」
アカッゴの胸が高鳴った。
未知の扉が、静かに開こうとしていた。
幼稚園での仕事を終え、帰り支度をしていたラーネは、ふと胸の奥がざわつくのを感じた。
「……え?まさか……アカッゴさんが……地球にいる……?」
16号に確認してみると、彼も頷いた。
「そのようだな。微弱だが、アカッゴのエネルギー反応が地球圏にある」
ラーネは一気にソワソワし始めた。
そして意を決してアカッゴに連絡を取った。
ウイスとの修行を終え、アカッゴは精神と時の部屋から出てきた。
ビルスが問う。
「どうだ、成果は」
ウイスが微笑み答える。
「はい、まだ頭はちょっと固いですが、少しづつほぐれつつありますよ」
アカッゴは頭を下げる。
「とても有意義でした。ありがとうございました」
そんな中、アカッゴは、自分のデバイスが、着信で光っている事に気づく。
「……ラーネ」
着信されていたメールを読む。
『アカッゴさん、地球にいるの?』
アカッゴは返信した。
「うん。実は居る。驚異的な任務中のため、連絡できなかった……ごめん……」
返信をすぐに受け取ったラーネは驚き問う。
『驚異的な任務?会えない?』
アカッゴは沈黙した。任務の重さが、胸にのしかかる。
アカッゴは恐る恐る口を開いた。
「ビルス様……地球の友達が、私に会いに来ても良いかと聞いているのですが……」
ビルスは即答だった。
「は?いいわけないだろ。ピクニックじゃないんだぞ……!」
アカッゴは肩をすくめ、しゅんとしながらも続けた。
「す、すみません……でも、その子も……かなり強いのですが……」
ビルスの耳がピクリと動いた。
「……強い?」
アカッゴはこくりと頷く。
ビルスは腕を組み、少し考え込んだ。
「ふむ……どうせ本大会の選手も探さないといけない……」
ビルスは鼻を鳴らした。
「……いいだろう。呼んでみろ。ただし、つまらん奴だったら即帰らせるぞ」
アカッゴの瞳がぱっと明るくなった。
「……!ありがとうございます、ビルス様!」
ラーネが神殿の白い床に足を踏み入れる。その後ろには、心配してついてきた16号の姿。ラーネは見慣れた顔を見つけて思わず声を上げた。
「え!?悟飯さん!?」
悟飯も同じく驚いた。
「え?アカッゴさんの友達って……ラーネ先生!?」
二人が驚き合う中、ラーネはふと視線を横に向け驚愕する。
「うわ……!?破壊神と天使……!?」
その瞬間、場の空気が凍りついた。
ビルスの鋭い視線がラーネに突き刺さる。
「……なんだと?なぜわかった……貴様、何者だ……?」
ラーネは一瞬で青ざめ、膝が震えた。
16号が一歩前に出ようとしたが、ラーネはそれを制し、震える声で言った。
言い訳が通用する相手ではない。ありのままを告げた。
「……わたしは……魔術、神、天使、それら未知の存在の残滓を学び、調査するために生み出された……人造人間です…」
ビルスは腕を組み、ラーネをじっと見つめた。
「……なるほど……この前、僕たちが地球に来た時に、僕たちを観測していたのか…」
ラーネは震えながら、答えた。
「はい…」
だがトランクスは別の理由で凍り付く。
「人造人間だと!?」
彼にとって人造人間という単語は、世界を滅ぼした悪夢そのもの。
トランクスは敵意を持って身構える。
だが、悟飯がすっと前に出て、トランクスの肩に手を置いた。
「よすんだ、トランクス」
その声は静かで、しかし強かった。
「彼女は彼女だ。世界を破滅させた人造人間とは別の存在だよ」
トランクスは息を呑み、悟飯を見る。
トランクスは拳を握りしめ、深く息を吐いた。
ラーネは自分に向けられた強い敵意に震え上がる。
その様子にアカッゴはトランクスへ激しく怒りを向ける。
「……ラーネは、わたしの友達…傷つけるのなら…許さない……」
トランクスでも油断できないほどの底知れぬ気が吹きあがる。
それはもはや演算ではなかった。
トランクスは身構え言った。
「君は、この地球で人造人間という存在が、何を行ったか知らないからそんなことが言える…!」
アカッゴは生まれてかつてない怒りを纏い反論する。
「種族で物事を語るというのであれば…」
神殿全体が震える。
「私は、サイヤ人に滅ぼされた種族の末裔…」
トランクスと悟飯は目を見開く。
アカッゴは続ける。
「私の当初の目的は、サイヤ人を滅ぼすこと…私はそれを履行するつもりなどなかった…だが…!」
トランクスは驚愕し完全に構えを取る。
アカッゴの気の圧力で床が抉れ沈み込む。神殿の建造物が震え亀裂が入る。
「そこまでだ…」
ビルスの一言で空気が締まった。
場の緊張がまだ溶け切らない中、ビルスは腕を組み、ラーネに冗談めかし口を歪めて言った。
「では、お前……破壊神の強さというものを少し学ばせてやろうか……?」
悟飯とトランクスは一瞬で青ざめた。
アカッゴも固まる。
だが、ラーネは目を輝かせた。
「え!本当ですか!」
「…………」
ビルスは目を細め、じっとラーネを見つめた。
「ふむ……破壊神にこう言われて喜ぶとは、お前もなかなかヤバい奴だな……」
ラーネは慌てて両手を振った。
「い、いえ……!私はただ学びたいだけで……!破壊はしないでいただけるとありがたいです!!」
悟飯は苦笑し、トランクスは呆れ、アカッゴは心配そうに見つめる。
「ラーネさんは知識欲が強いのですね。破壊神を前にしても恐れより好奇心が勝つとは……なかなかですね」
ウイスは楽しげに微笑んだ。
そしてビルスが言った。
「ふん……まあいい。面白い奴なら歓迎だ」
それは、ラーネにもアカッゴにも向けられた言葉だった。