第三試合、全覧試合の最終戦。
場内の空気が張り詰める。
第六宇宙の代表として歩み出たのは、静かに、しかし圧倒的な存在感を放つ男。
対する第七宇宙の代表は、トランクス。
悟飯やアカッゴ、ビルスたちが見守る中、二人は武舞台の中央で向かい合った。
第六宇宙の選手は無駄な動きを一切せず、ただ静かにトランクスを見つめていた。
その視線だけで、トランクスの背筋に冷たいものが走る。
トランクスは息を整え、剣を持たない素手の構えを取った。
大神官の声が響く。
「第三試合。第六宇宙代表、ヒット選手。第七宇宙代表、トランクス選手」
「はじめ!」
大神官の手が静かに振り下ろされ、全覧試合の最終戦が始まった。
ヒットは微動だにせず、ただ静かに構える。
対するトランクスは、深く息を吸い込み、気を静かに立ち上らせながら前傾姿勢を取る。
先に動いたのはトランクスだった。
一気に距離を詰め、拳を繰り出し、蹴りを重ね、ヒットの懐へと踏み込んでいく。
ヒットは最小限の動きでそれらを受け流す。
ヒットの瞳がわずかに細められた。
「…速い、そして重い…」
ヒットは、ただ受け流し続ける。
トランクスは攻撃を止めない。むしろ加速し、気を高め、隙を探り続ける。
アカッゴは静かに分析する。
「トランクス…強い…油断できないサイヤ人…」
攻防は続く。
トランクスの拳がヒットの頬をかすめ、ヒットの肘がトランクスの腹に軽く触れる。
どちらも決定打にはならない。だが互いの力量を測るには十分だった。
ヒットは初めて一歩、前に出た。
「悪くない。だが……ここからは、俺の領域だ」
トランクスとヒットの攻防は、拮抗していた。
だが、次第に、トランクスの表情に焦りが浮かび始める。
「な……なんだ……!? 速い……!」
ヒットの動きが捉えられない。
観客席でも、悟飯とアカッゴが同時に違和感に気づいた。
アカッゴは眉をひそめ、スピリットの波形を読み取るように目を細める。
「スピリットの軌跡が……極一瞬、消滅している……?」
その言葉に、ウイスが楽しげに微笑んだ。
「ほう……そこに気づきましたか。では、何故消滅しているのか、お分かりですか?」
アカッゴは一瞬考えたが、すぐに首を横に振った。
「……わかりません……」
そこで悟飯が静かに口を開く。
「……どうやら……時空を操作しているようですね……」
ウイスは嬉しそうに目を細めた。
「ほほほ……相変わらずお気づきになるのが速い」
悟飯は苦笑しながら答える。
「昔、似たような能力を持つ相手と戦ったことがあるので」
ウイスは興味深そうに悟飯へ視線を向けた。
「ほう!そうでしたか。その時はどのように勝たれたのですか?」
悟飯は少しだけ目を伏せ、静かに言った。
「いいえ……助けが入らなければ、殺されてました」
ウイスは驚き、問い返す。
「それは、意外ですねぇ、いつ頃の話なのですか?」
「五歳頃の話ですね」
「あらあら……五歳の頃にそんな強敵と命のやりとりをしていたとは。苦労されたのですねえ……」
悟飯は照れくさそうに笑ったが、視線はヒットの動きを追い続けていた。
そして武舞台では、ヒットの気配が一瞬だけ跳躍し、トランクスの頬に新たな衝撃が走る。
ウイスは、楽しげに目を細めながら言った。
「さて……お二人は違和感の正体に気づかれましたが、肝心の対戦相手のトランクスさんはどうでしょうねぇ」
悟飯はその様子を見ながら、確信を持って答えた。
「トランクスには、僕の戦いの経験をすべて伝え、叩き込んでいます。彼なら……なんとかするはずです」
それは悟飯の、弟子としてのトランクスへの信頼。
彼は知っている。トランクスがどれほど努力し、どれほどの絶望を乗り越えてきたかを。
ウイスはその悟飯の言葉に、嬉しそうに微笑んだ。
「ほほほ……それは楽しみですねぇ」
武舞台ではまだ、トランクスが劣勢を強いられ続けている。
だが、トランクスの瞳は、確かに何かを捉え始めていた。
「…この違和感…何らかの方法で瞬間移動しているな……通常の方法で対応しようとしても無理だ……ならば……」
ヒットの動きは、途中で消える。軌跡が途切れ、気配が一瞬だけ消滅する。
それは悟飯やアカッゴが見抜いたように、時飛ばしによる時間操作の結果だった。
トランクスは、技の仕組みまでは理解できなくとも、何が起こっているかは直感で掴んでいた。
だから、彼は動きを、「ずらす」という選択を取った。
攻撃のタイミングを半拍遅らせたり、逆に早めたり、
フェイントを多用し、ヒットが飛ばす時間の狭間に入り込もうとする。
最初のうちは、それが確かに効果を発揮した。
ヒットの拳が空を切り、トランクスの反撃がわずかにヒットの頬をかすめる。
だが、ヒットもすぐに対応した。
トランクスが動きをずらせば、ヒットはそのずらしの癖を読み取り、さらにその上を行く。
トランクスの拳が届く前に、ヒットの姿がまた一瞬だけ跳躍し、次の瞬間には背後から衝撃が走る。
「ぐっ……!」
ヒットは心の中で静かに評価していた。
「時飛ばしに、この短時間で対応を見せるとは…」
歴戦のヒットにとっても、それは極めて稀な事だった。
「さて、どこまでついて来られる?」
トランクスは歯を食いしばりながら、その気配を追い続ける。
トランクスは完全に防戦一方へ追い込まれていた。
ヒットの時飛ばしは、反応しようとした瞬間にはすでに終わっている。
だが、トランクスの瞳はまだ折れていなかった。
ヒットはその様子を見て、静かに感心するように言う。
「ここまで持ちこたえられるだけでも大したものだ。そして……お前、何かを狙っているな?」
トランクスは苦笑しながら、口元を拭った。
「はは……バレてたか。あなたなら……あれを出しても死なないよね」
ヒットの瞳がわずかに細まる。
トランクスが手の内を隠していることは気づいていた。
トランクスはずっと攻撃を控えていた。
理由は一つ、その技は殺傷力が強すぎて、試合向きではないから。
だが、ヒットの時飛ばしに対抗するには、間合いを一気に変化させる技が必要だった。
トランクスは深く息を吸い、気を集中させる。
「気功剣!」
次の瞬間、気で形成された光の刀がヒットの胸元を切り裂いた。
ヒットは紙一重で致命傷を避けたが、胸に深い傷が走り、紫色の血が滲む。
ヒットは胸元を押さえながら、しかし口元にわずかな笑みを浮かべた。
トランクスは気功剣を構え直し、息を整えながら言う。
「さあ…ここからだ…」
ヒットは静かに構えを取り直す。
「面白い。では次は、俺が本気を出す番だ」
ヒットは胸元の傷に手を添えながら、動揺のない声音で言った。
「このチャンスは一度きりだ。オレはすでに刀の間合いを見切った」
戦いは、ここからさらに加速する。
激しい攻防が続く、トランクスは堪えていた、何故ならヒットも出血による体力の消耗、そして一撃必殺の刀に対する警戒により踏み込みきれなかった。
激しい攻防が続いた。
ヒットの時飛ばしは鋭く、トランクスの反応速度を上回っている。
だが、トランクスは倒れない。
ヒットの連打がトランクスを捉え、足元を揺らす。
それでもトランクスは踏みとどまり、構えを崩さない。
彼が倒れない理由は二つあった。
ひとつは、ヒット自身が出血によって体力を消耗していること。
そしてもうひとつ。
ヒットは「間合いを見切った」と言った。
だが、それは、実体剣を前提にした話だった。
気功剣は違う。
刃の長さも、厚みも、密度も、気の量で変化する。
トランクスが気を込めれば刃は伸び、抑えれば短くなる。
その変化は瞬間的。だからヒットは踏み込みきれなかった。
そしてトランクス自身、そこに勝機を見出していた。
ヒットは静かに息を吐き、胸元の傷を押さえながらトランクスを見据えた。
『このままではいずれ負ける』
出血による体力の消耗。気功剣という不確定要素。
「……仕方ない。ここで使うつもりはなかったが……」
トランクスの背筋に冷たいものが走る。
「……っ!? 何だ……気配が……二つ……?」
ヒットの姿がぶれた。
パラレルアタック。
時飛ばしをさらに発展させ、未来の自分と現在の自分の動きを重ねる技。
一瞬だけ、ヒットは二人になる。
トランクスが反応するより早く、背後に回り込んだヒットの拳が、脇腹に深くめり込んだ。
「ぐっ……!!」
トランクスの身体が宙を舞い、武舞台に叩きつけられる。
気功剣が霧散し、トランクスはそのまま動けなくなった。
大神官が静かに手を上げる。
「勝者、第六宇宙、ヒット選手」
観客席の悟飯とアカッゴは目を見開く。
ヒットは静かに構えを解き、倒れたトランクスを見下ろしながら言った。
「……強かった。本大会とやらも、油断できんな……」
その声には、彼の生業の暗殺者としてではなく、一人の戦士としての敬意があった。
トランクスはふらつきながら皆の元へ戻り、悔しさを隠しきれない表情で頭を下げた。
「すみません……負けてしまいました……」
その声には、敗北の痛みだけでなく、自分への失望が滲んでいた。
悟飯は首を横に振り、優しく、しかし真剣な声で言う。
「いいや、有意義な試合だったよ。僕たちは本戦に向けて、もっと多くのことを想定しないといけないようだ」
その言葉に、トランクスは拳を握りしめながら続ける。
「はい……オレは恥ずかしいです……正直……かなり自信あったんです。完全に驕ってました……」
悟飯は静かに頷く。
「僕も同じさ。あれほどの人がいるとはね」
アカッゴもそっと言葉を添える。
「トランクスさん……あなたは十分に強かった…対戦相手の奥の手を引き出した…恥ずかしくなどないです…」
トランクスは瞬き答える。
「意外だな…君にそんな風に言ってもらえるなんて…」
アカッゴは言った。
「私は、強い戦士を尊敬します。でも、ラーネには謝ってください」
トランクスは苦笑する。
「はは…ああ、今度会ったら謝るよ…」
そしてビルスは腕を組みながら、不器用な励ましを投げる。
「バカめ。落ち込んでる暇があると思うか?胸を張れ、トランクス」
ウイスは微笑みながら付け加える。
「本戦までに、まだ時間はあります。今日の経験は、必ずあなたを強くしますよ」
トランクスは深く息を吸い、悔しさを飲み込みながら顔を上げた。
「……はい……本戦までには、必ず……もっと強くなってみせます…!」
その瞳には、敗北の痛みではなく、次の戦いへの決意が宿った。
大神官が静かに手を掲げ、場内の空気が一気に収束した。
「以上をもちまして、全覧試合を閉会といたします。
全王様は大変満足されました。それでは……本大会の日時を宣言いたします」
その瞬間、悟飯もビルスも、そしてウイスでさえわずかに表情を動かした。
大神官が告げる本大会の日時、それは、宇宙の命運を決める戦いの開始を意味する。
そして、神界の暦で日時が告げられる。
全王が満足げに頷き、大神官と共に光の中へ消えていく。
その姿を見送りながら、悟飯はビルスに問いかけた。
「今言われた日時って……まさか……」
ビルスは腕を組み、渋い顔で答える。
「……48時間後だ……」
トランクスは目を見開き、声を裏返らせた。
「え!? たったの……!?48時間って……準備期間が短すぎる……!」
悟飯は深く息を吐きながらも、冷静に状況を受け止めていた。
「……でも、やるしかない。この短い時間で、どれだけ仕上げられるかが勝負だね」
アカッゴも静かに頷く。
ビルスは、覚悟を決めて言った。
「泣き言を言っても始まらん。全員、限界を超える覚悟を決めろ」
ウイスは微笑みながら杖を軽く振る。
「では皆さん、本戦までの48時間、濃密に過ごしましょう」
命運をかけた時間が始まった。