界王神は、訪れた建物を見て思わず呟いた。
「パン屋……ですね。本当にここで合っているのですか……?」
キビトは看板を見て、真面目な顔で頷く。
「ブロリーのパン屋さん、と書いていますな。間違いないかと」
二人は店内へ入る。
「いらっしゃい!」
カウンターから女性店員の元気な声。
界王神達は店先に並ぶパンを見て、ポップを読む。
「おすすめは、健康野菜パン…ですか…。ビルス様は美味しい物に目がない。
お土産として、全種を三つずつ買っていきましょうか」
キビトが同意する。
「それがよろしいかと。ビルス様の機嫌は、食べ物で大きく左右されますからな」
界王神は店員に注文した。
「ええと……では、こちらのパンを全種類、三つずついただけますか?」
店員、チライは目を丸くした。
「えっ!?そんなに買ってくれるの?ありがとうございます!今日はパンの焼き上がりがすごくいいよ!」
チライは嬉しそうに袋詰めを始めた。
そして界王神は、本題を切り出す。
「ここに、ブロリーさんというサイヤ人がいらっしゃるんですよね?」
大量のパンを袋に詰めながら、チライは少し怪訝そうに答えた。
「え?もしかして便利屋の方の仕事?それならパン屋じゃなくて、ネットのフォームから依頼してほしいな。それに……ブロリーがサイヤ人という事を知ってるって……アンタ達何者……?」
界王神は申し訳なさそうに答えた。
「すみません……事態は急を要しておりまして……。信じてもらえないとは思いますが……これは、宇宙の存亡に関わることなのです……」
余りに大げさに聞こえる言動に、チライは一瞬目を瞬かせた。
だが、彼女の野生の勘は、その言葉がただの悪ふざけではないと察する。
「……マジ?」
界王神は頷いた。
「マジです」
チライは厨房からブロリーを呼び、二人揃って界王神の説明を聞いた。
力の大会、全王の存在、全宇宙の消滅の危機。そして時間の流れが違う空域で、選手候補の修行を行う事。
どれも荒唐無稽で、普通なら笑い飛ばすような話だった。
だがチライは、真剣に受け止めた。
彼女の勘は、これまで何度も彼女の命を救ってきた。
界王神の声色、気配、空気、どれも嘘をついている人間のものではなかった。
そしてチライは言った。
「じゃあ、私も行く。ブロリー一人を、そんなわけのわからないところへ行かせられないよ」
界王神は驚いたが、拒否はしなかった。
「……分かりました。同行を許可します」
そのあとチライは端末で、配達中のレモへメールを送った。
『緊急。パン屋を二日ほど休む。宇宙が消滅の危機なんだってさ。ブロリーとちょっと行ってくる』
突拍子もないチライの発言に慣れているレモも、そのメールの内容には流石に困惑した。
「はぁ…?……いつも以上にわけわかんねえ事言ってんな……アイツ……」
チライは厨房へ戻り、オーブンの火を完全に落とし、パン生地を冷蔵庫へしまい、店内を素早く片付けた。
ブロリーは静かに店の前へ出て、「臨時休業」の札をかけた。
界王神が問う。
「準備はよろしいですか?」
チライとブロリーは頷いた。そしてチライが軽い調子で言った。
「サクッと宇宙救って、またパン焼こうぜ!」
ブロリーも微笑み頷く。
キビトが二人の肩へ手を置いた。
「では、修行場へ瞬間移動する」
界王神は大量のパンの袋を抱えながら立ち位置を整える。
キビトが瞬間移動を発動させ、パン屋から四人の姿が消えた。
修行空域には、悟飯、トランクス、アカッゴが既に集まっていた。
界王神はパンの袋を抱えたまま言った。
「ブロリーさんをお連れしました!それと、お付きのチライさんです!」
悟飯はブロリーを見て感慨深げに思った。
「…おそらく…純粋種のサイヤ人。だとしたら、何歳くらいなんだろう…サイヤ人って年齢が読めないな…」
トランクスも自分たち以外のサイヤ人を興味深げに見つめる。
「なんか…意外に穏やかそうな人だな…」
アカッゴは前に出て挨拶する。
「お久しぶりです。ブロリーさん。チライさん」
チライはパッと顔を明るくして答えた。
「あっ!アカッゴちゃんじゃん!」
「え?ちゃん?」
アカッゴは初めての呼ばれ方に一瞬面食らう。
チライは気にせず続ける。
「そっか!アカッゴちゃんも、メタルクウラと戦えるほどの凄い戦士だもんね!ここに呼ばれてても不思議はないか!」
そして悟飯とトランクスも次いで挨拶をする。
「僕は孫悟飯です」
「オレはトランクスです」
ブロリーは不器用そうに答え、チライは元気に答える。
「あ…オレは…ブロリー…です」
「あたしはチライ!よろしく!」
悟飯は付け加える。
「僕たちも、サイヤ人の血を引くものです。半分は、地球人なんですが」
ブロリーは少し驚いた様子で答えた。
「サイヤ人…」
ブロリーにとって、それは、父と自分自身以外で、初めて出会うサイヤ人であった。
そんな中、修行の準備が整うまで昼寝をしていたビルスが、焼き立てパンの香りを嗅ぎつけやってくる。
「なんだ!この香ばしい美味しそうな匂いは!」
「焼き立てパンですよ~。う~ん、これは、非常に美味ですね~」
界王神が持ち帰ったパンを既に食していたウイスが満足げに呟く。
「あ!こら!ウイス!なに一人で食べてるんだ!ずるいぞ!」
「ご安心ください。まだこんなに沢山ありますから。界王神様が持ち帰ってくれたのですよ。そしてこのパンは、そこのブロリーさんがお焼きになったそうです」
ビルスは早速パンにがっつき賞賛する。
「美味い!やるじゃないか!界王神!長い修行に向けて、まずはパン屋をスカウトしてきたのか!」
界王神は困惑して答える。
「い、いえ…そういうわけでは…選手候補のサイヤ人のブロリーさんが、たまたまパン屋さんだったのです」
それを聞きビルスは一瞬動きを止め、黙り込み、神妙に言った。
「…くっ…何てことだ!……それは困ったな……!」
界王神は驚き不安げに尋ねる。
「え!?何か大きな問題が!?」
ビルスはパンを握りしめ答える。
「選手候補には、真剣に修行に打ち込んでもらわなければならない…」
そして本当に悔しそうに言った。
「だから!パンを焼いてもらう暇なんてないじゃないか!!!」
そう言ってビルスは激しくパンをむさぼり始める。
それを見たウイスが窘める。
「ビルス様!ヤケ食いはお止めください!勿体ないじゃないですか!ちゃんと一つ一つ味わって食べてください!」
だがビルスは手を止めない。
「うるさい!これがヤケにならずに居られるか!」
その状況に、悟飯がふと現実的な疑問を口にする。
「でも確かに、ここでの食料はどうなさるんですか?精神と時の部屋では、美味しくはないけど、栄養面はバッチリな粉の食料がありましたけど」
悟飯の言葉に、ビルスは顔をしかめた。
「むむ…美味しくないのは頂けないな…」
美味しくない食事は、彼にとっては宇宙の存亡と同等に重大な問題らしい。
ウイスは、いつもの柔らかな笑みを浮かべながらも、淡々と現実を告げる。
「しかし、もし優秀な料理人を連れてきたとしても、時間の流れが違う外界から、毎日の食材を調達するのはかなりの困難ですよ」
ビルスはパンをかじりながら不満げに唸る。
「粉食など論外だ。修行のやる気が削がれるぞ…」
すると悟飯は一つの提案をした。
「では、地球のドラゴンボールで、修行中、毎日の食材を提供してもらえるように願ってみてはいかがでしょうか。外界での残り時間は限られているので、かなり迅速にドラゴンボールを集めなければなりませんが」
老界王神はそれを聞いて目をひんむいて言った。
「何!?ドラゴンボールだと!?あれは真面目なナメック人にのみ許された反則技みたいなもんだぞ!それが何故地球にあるのだ!?」
ビルスはその疑問を遮り声を張り上げた。
「言ってる場合か!この宇宙の存続のために、この宇宙の使えるものは使う!当然の事だ!」
破壊神の叱責に対し、老界王神は素直に頷く。
「ごもっとも……今使わずに、いつ使うと言う話ですな……」
ビルスは満足げに尻尾を揺らした。
「よし!これで美味しい食事問題は解決した!」
チライは、そのやり取りを聞きながら、ぽつりと呟いた。
「誰なの?あのさっきから妙に食い意地の張った猫は?」
界王神は、慌ててチライの肩を押さえ、声をひそめる。
「お、お黙りなさい!あの方は破壊神ビルス様です!下手なことを言うと破壊されてしまいますよ!」
「え?」
冗談ではないと分かる。この空気、この緊張、この場にいる全員の反応が、それを証明していた。
「え!?は、破壊神……!?」
チライの背筋が凍りつく。
そして、ビルスがゆっくりと振り返る。金色の眼光がギロリとチライを射抜いた。
チライの心臓が跳ね上がる。
そしてビルスは、頬をぽっと赤く染め言った。
「……可愛いから許す」
「は?」
界王神は瞬きをする。
ビルスは照れ隠しのようにそっぽを向き、尻尾を揺らしながらパンをもう一口かじった。
チライは胸を撫で下ろしながら、まだ少し震える声でぽつりと呟いた。
「わ、私って結構猫に好かれるほうなんだよね…」
その言葉を聞いた界王神は、またしても心臓を掴まれたような顔になり、慌てて小声でいさめた。
「ビ、ビルス様を猫と呼ぶのをおやめなさい……!」
だが、チライを気に入ったビルスは、特に問題とはしなかった。
界王神がチライをいさめていると、ビルスの声が鋭く飛んで来る。
「界王神!お前はまだまだやることがあるだろう!選手候補集めとドラゴンボール集め!それに、料理人も連れてこい!」
破壊神の命令が雷のように界王神へ落ちる。
界王神はびくりと肩を震わる。しかし、その表情には怯えではなく、使命感が浮かんでいた。
「は、はいっ……!もちろんです、ビルス様……!」
宇宙存続のために自分が必要とされている。その事実が、界王神の胸に神としての誇りを灯していた。界王神はぎゅっと拳を握って言った。
「行こう、キビト!宇宙の未来は、我々の働きにかかっている!」
そして二人の姿は瞬間移動により、修行空域から消えた。
そしてビルスが宣言する。
「よし!では僕は、準備が整うまでもう一度昼寝する!パン、全部食うなよ!まだ食べてない種類があるんだからな!」
ウイスが忠告する。
「ビルス様。ちゃんと歯を磨いてから寝て下さいよ。虫歯の破壊神なんてかっこ悪いですよ」
トランクスは呆れることに慣れた様子で言った。
「よく何度も寝れるな…」
チライが呟いた。
「猫だからね…」