ビーデルは、瓦礫の隙間に作られた臨時診療所で働いていた。
消毒液の匂いと、乾いた血の匂いが混ざる空間。だが、それはまだ、生きている証だった。
父は、かつて世界チャンピオンと呼ばれた男。
だが、人造人間の前では、人間のチャンピオンは、無力だった。
最後に父が言った言葉は、ただ一つ。
「ビーデル……生き延びろ。それだけでいい…」
その言葉を胸に、ビーデルは今日まで生きてきた。
それが、父への唯一の親孝行だと信じて。
ビーデルも格闘技が好きだった。
殺し合うための技ではない、競技としての格闘技。
負ければ悔しくて、勝てば嬉しくて、自分が強くなっていくのが分かる、あの感覚。
だが夢は、世界と一緒に壊れた。
ある日、診療所に来た老人が言った。
「……人造人間が、倒されたらしい」
誰も信じなかった。
軍隊は壊滅し、戦闘兵器は残っていない。
人間にそんな力があるはずがない。
だが、噂は消えず、むしろ広がっていった。
一ヶ月が過ぎた頃、微かな希望が芽吹く。
この噂、どうも本当らしい。
人造人間の襲撃が止まり、空気が変わった。
人々の表情に、わずかながら希望が戻り始めていた。
「一人の戦士が倒したらしい」
そんな馬鹿な、とビーデルは思った。
だが同時に、胸の奥がざわついた。
会ってみたい。
どんな人なのか。
どんな戦いをしたのか。
どうして、そんな力を持っているのか。
そして
どうして、こんな絶望の中で立ち上がれたのか。
その戦士に会えば、何かが変わる気がした。
自分の中で止まっていた時間が、また動き出す気がした。
西の都は、かつての華やかさを失いながらも、確かに息を吹き返しつつあった。
瓦礫の山はまだ残っているが、人の声がある。
歩く人の数が増え、復興の匂いが漂っていた。
ビーデルは、肩にかけた小さなバッグを握りしめながら、道行く男に声をかけた。
「すみません……ここって、看護師の働き口、ありますか?」
男は振り返り答える。
「看護師か? あるんじゃないか。復興作業で怪我人も出るし、人も増えてきてるからな。ほら、病院はあっちにあるぜ。」
男が指さした先には、半壊しながらも修復された大きな建物が見える。
「ありがとうございます。それと……」
ビーデルは、胸の奥でずっと引っかかっていた疑問を口にした。
「この街に……人造人間を倒した戦士がいるって、本当なんですか?」
男は「ああ」と軽く頷いた。
「俺も知り合いってわけじゃないけどな。遠目から見たことはあるぜ。なんか……雰囲気のある青年だったな。」
ビーデルの目が大きく開く。
「本当ですか!? その人、そんな……すごい装備とか持ってたんですか?」
男は笑って首を振った。
「いや、生身で戦って勝ったらしい。」
「……え?」
ビーデルは言葉を失った。
生身で?
あの化け物を?
そんなこと、ありえるはずがない。
「ありえないですよ……そんなの。」
「まあ、最初はそう思うよな。」
「けど、この街で暮らしてると、信じられるようになってくるんだよ。」
「どういうことです?」
男は、言った。
「刀でぶっとい鉄や岩を紙みたいに切るやつとか、生身で空飛ぶやつなんかを見てるとな……常識外れなことも、だんだん普通に思えてくる。」
ビーデルは完全に困惑した。
「生身で……空を飛ぶ? って……どういう意味です? 小型の浮遊装置があるんですか?」
男は笑った。
「あはは、まあ普通はそう考えるよな。でも本当にただの生身らしい。舞空術っていうんだとよ。」
舞空術。
聞いたこともない言葉。
だが、ビーデルは、ますますその戦士に会ってみたくなった。
山の奥深く。
木々のざわめきと、遠くの川の音だけが響く静寂の中で、悟飯は一人座り、次の境地を模索していた。
試みるのは、魔族の気と、スーパーサイヤ人の気の融合。
「全然うまく混ざらないな…」
だが悟飯は、この試みを、思いのほか楽しんでいた。
武術というよりも学術に近い。
「まるで、化学の実験みたいだ…」
そう言って悟飯は微笑む。
手探りだ。正解も、道筋も、誰も教えてくれない。
けれど楽しい。
「クリリンさんは、勉強漬けの僕を見て、よく同情してたけど……」
「僕、勉強自体は楽しかったからな……」
今、悟飯がやっていることは、研究そのものだった。
気の性質を観察し、仮説を立て、試し、失敗し、また試す。
「あの頃に戻ったみたいだ」
魔族の気が静かに広がり、サイヤ人の気がそれに触れ、一瞬だけ、かすかな共鳴が生まれる。
「……今の……?」
ほんの一瞬。
でも確かに、二つの気が重なった。
悟飯は胸の奥が熱くなるのを感じた。
「やっぱり……できるかもしれない」
悟飯は、ただ静かに新たな境地を開こうとしていた。
ヤジロベーの気功斬を見てからというもの、トランクスは毎日のように木刀を振るようになった。
理由は単純だった。
「カッコいいから」
世界を救うための気負いもなく、義務でもない。ただの趣味だ。
それが功を奏した。
好きこそものの上手なれ。
トランクスの剣技は見る見る上達した。
トランクスは木刀を握り、息を整える。
「はっ……!」
トランクスは深呼吸し、ヤジロベーの真似をして木刀に気を流そうとする。
その瞬間。
乾いた音が響き、木刀が根元から折れた。
「うわ!」
破片が地面に散らばり、トランクスは呆然と立ち尽くす。
トランクスは折れた木刀を見つめ、悔しさよりも驚きが勝っていた。
「こんなにコントロールが難しいなんて… ヤジロベーさん、こんな難しいことやってたんだ……」
その目には、純粋な尊敬が宿っていた。
ヤジロベーはトランクスにせがまれ、仕方なく稽古をつけてやっていた。
「いきます、ヤジロベーさん!」
「おお」
トランクスが勢いよく踏み込む。木刀が唸りを上げて振り下ろされる。
しばらく攻防が続く。
そして。
ヤジロベーは最小限の動きで受け流し、そのままトランクスの懐に入り込み、軽く木刀の柄でトランクスの腹を突く。
「うぐっ!」
トランクスは、よろけながら叫んだ。
「うわー!また負けたー!なんで勝てないんだ……!」
ヤジロベーは木刀を肩に担ぎ言った。
「お前らサイヤ人ってのはな……身体能力が高すぎるんだよ。」
トランクスはきょとんと顔を上げる。
「え?」
「適当にやってても、バカほど強え。だからな、技がおざなりになるんだ。」
トランクスは言葉を失う。
「もっとも、おめえがパワー全開で向かってきたら、オレもどうしようもねえけどな。」
ヤジロベーは木刀を軽く振って見せる。
「もっと、細かい身体の使い方を覚えろ。
足の向き、腰の回転、肩の力の抜き方、どこで踏ん張って、どこで抜くか」
トランクスは真剣な顔で聞いている。
「お前は力でなんとかしようとしすぎだ。サイヤ人のパワーに甘えてる。」
その言葉は、責めるというより、ただの事実の指摘だった。
トランクスはぎゅっと木刀を握りしめる。
「なるほど… めちゃくちゃ参考になります!」
「もう一回お願いします!」
ヤジロベーは、あっさり断る。
「やだよ。めんどくせえ、今日はここまでだ。」
「ええ…」
トランクスは困惑するも、ヤジロベーさんらしいなと思った。
それから、2か月程が過ぎたころ、トランクスが木刀を振っていると、背後から静かな気配が近づいてきた。
「トランクス」
振り返ると、悟飯が立っていた。
山奥での修行を終えて、久しぶりに西の都を訪れた。
「悟飯さん! おかえりなさい!」
トランクスが嬉しそうに駆け寄ると、悟飯は微笑みながら言った。
「最近、剣術の修行をしてるって聞いたよ。ヤジロベーさんに教わってるんだって?」
「はい! すごく楽しいんです! 難しいけど、もっと上手くなりたいと思ってます!」
悟飯はその木刀を見つめ言った。
「僕と手合わせしてみてくれないか? 僕は素手で、君は、剣を使って。」
トランクスは驚く。
「えっ!? 剣を使ってですか?」
悟飯は頷く。
「うん。せっかくだから、剣を使う相手との距離感を学びたいと思ってね。」
トランクスは、自分の剣技が悟飯にどこまで通用するのか興味がわいた。
「……お願いします!!」
悟飯は静かに構えを取る。その姿勢には一切の隙がない。
「ああ、こちらこそ。」
トランクスは木刀を握りしめ、深呼吸する。
悟飯と向かい合うと、ヤジロベーとの稽古とは。また違う圧があった。
トランクスは、構えを低くする。
「力じゃなく、技で……!」
トランクスは木刀を握りしめ、悟飯へと踏み込んだ。
木刀が鋭く走る。
悟飯は紙一重でかわし、手の甲で軽く受け流す。
悟飯は、驚いた。
「速い……!」
ただ棒切れを振り回しているだけではない。
足の運び、腰の回転、肩の力の抜き方、どれも、剣術として成立している。
「ヤジロベーさん……すごいな……」
悟飯は思わず心の中で呟いた。
トランクスはさらに踏み込む。
木刀が縦、横、斜めと流れるように連続する。
悟飯は受け、かわし、時に指先で軌道を逸らす。
木刀と悟飯の前腕がぶつかり、火花のような衝撃が走る。
「本当に……強くなってる」
悟飯は感心しながらも、少しずつ圧を上げていく。
トランクスも必死だ。
汗を飛ばし、歯を食いしばり、何度も食らいつく。
やがて
悟飯が一瞬だけ踏み込み、トランクスの懐に入り込む。
悟飯の掌底が胸に入り、トランクスは、尻もちをついて試合は終了した。
トランクスは悔しそうに木刀を握りしめる。
「……やっぱり勝てないか……」
悟飯は息を整えながら、優しく微笑んだ。
「いや、トランクス。想像以上だったよ」
「ちゃんと剣術になっていた。
あぐらをかいていたら、すぐにでも追い抜かれそうだ。」
その言葉は、決してお世辞ではなかった。
悟飯は本気でそう思った。
「僕も、もっと精進しないとな。」
トランクスは胸の奥が熱くなるのを感じた。
確かに、今の試合には、手ごたえがあった。
「はいっ!!もっと強くなります!!」
悟飯は静かに頷いた。
夕暮れの風が二人の間を通り抜け、
その瞬間、師弟の距離がほんの少し縮まった。