西の都に移住して半年。
ビーデルの生活はようやく落ち着いてきた。
診療所の仕事にも慣れ、街の人々とも顔見知りが増えた。
夜に眠るとき、ようやく明日を想像できるようになった。
だが、胸の奥にあるあの空白だけは、まだ埋まっていない。
人造人間を倒した戦士。
その青年に、まだ会えていない。
本当に実在するのか…
生活の落ち着いてきた今、ビーデルは決心した。
「…カプセルコーポレーションに行ってみよう」
街の復興の中心。
技術者、作業員、物資、情報、すべてが集まる場所。
噂の戦士が関わっているという話も、何度か耳にした。
広い敷地に近づくにつれ、ビーデルは圧倒された。
半壊した建物の周囲には、新しい鉄骨が組まれ、クレーンが動き、作業員たちがせわしなく行き交っている。
「すごい…」
瓦礫の街の中で、ここだけが異様なほど活気に満ちていた。
手足のついたボールの様な青いロボットが、まるで生き物のようにせわしなく動き回っている。
それをその内部で操縦するのは、ピラフ。
瓦礫をつかみ、運び、積み上げ、時には器用に溶接までこなしている。
「おい、そっちはまだだ! 先に鉄骨を運べ!」
そしてそのボール型の機体より、大型の人型の二機、ピラフの部下、マイとシュウが操縦している。
「ピラフ様、なんだか私たち充実してますね」と、マイ。
そして、シュウが続ける。
「めっちゃ疲れるけど、夜気持ちよく眠れるんだよなあ」
人型重機が動き続ける。
だが、さらにビーデルの目を奪うものがあった。
一人の男が巨大な鉄板の前に立っていた。
作業員たちが距離を取り、見守っている。
男は、腰に差した刀を静かに抜いた。
ビーデルは思わず息を呑む。
「え…刀で? まさか……」
次の瞬間。
音もなく、分厚い鉄板が、まるで紙のように、スパッと切断された。
「…嘘」
切断面は驚くほど滑らかで、まるでレーザー加工でもしたかのようだった。
作業員が感嘆の声を上げる。
「さすがだな、ヤジロベーさん!」
「これで補強材が作れる!」
その男、ヤジロベーは、刀を鞘に戻して言った。
「オレは腹減ったから飯にするぞ」
ここには、噂話が現実として目の前にある。
ビーデルの胸が高鳴る。
この世界のどこかに、本当に、噂の戦士がいる。
その期待が膨らんだ。
仮設テントに近づくと、若い女性スタッフが笑顔で声をかけてきた。
「こんにちは。お仕事の相談ですか?」
ビーデルは少し緊張しながら答える。
「えっと……この街に、人造人間を倒した戦士がいるって噂、それを知りたくて…」
スタッフは小さく笑った。
「時々いらっしゃいますよ。みなさんの噂のまとです」
「…本当に、いるんですか!?」
「ええ。いらっしゃった時は、復興作業を手伝ってくださいますよ」
ビーデルの心臓が跳ねた。
「どんな人なんですか?」
スタッフは少し考え、言葉を選ぶように答えた。
「…静かな人、ですね。派手でもないし、偉そうにもしない。
一見普通のような、でも、深みがあるような、そんな雰囲気の青年ですかね」
スタッフの言葉に、ビーデルの胸が熱くなる。
「……会ってみたい」
思わず漏れたその言葉は、半年間ずっと胸に溜めていた願いそのものだった。
ふいに、上空から風が降りてきた。
ビーデルは反射的に顔を上げる。
「え…?」
青空の中に、人。
少年が、空を飛んでいる。
「……嘘、本当に?」
少年は軽やかに着地した。
紫の髪。
背中には剣。
作業員たちが声を上げる。
「おーい、トランクス! 例の部品、持ってきてくれたのか!」
「助かるぜ、あんたが飛んでくれると早いんだよ!」
トランクスは微笑み、肩に抱えていた金属パーツを軽々と降ろした。
ビーデルは、胸がざわつく。
この人が、噂の戦士?
ビーデルは思わず一歩踏み出していた。
半年間探し続けた答えが、今まさに目の前にいるかもしれない。
「す、すみません!」
作業員たちの間をすり抜け、ビーデルはトランクスに駆け寄った。
トランクスは、驚いたように振り返る。
「はい? どうかしましたか?」
息を整えながら、ビーデルは言葉を絞り出す。
「あなた……今、空を飛んでましたよね?」
周囲の作業員がクスクス笑う。
「お嬢ちゃん、驚くだろ? でもこいつ、いつもああなんだよ」
「舞空術って言うんだとよ。慣れりゃ普通に見えるぜ」
トランクスは少し照れたように笑った。
「ええ、まあ」
ビーデルは、胸の奥の疑問を抑えきれなかった。
「あなたが……もしかして……人造人間を倒した戦士、なんですか…?」
その瞬間、トランクスの表情がわずかに揺れて、微笑んで言った。
「僕じゃありませんよ」
静かに、しかしはっきりと答える。
「僕は、その人の弟子です」
「弟子……じゃあ……その戦士は、本当に……?」
トランクスはゆっくり頷いた。
「今この街にはいないですけど」
ビーデルは思わず聞き返す。
「いない? どうしてですか?」
トランクスは空に目を向け言った。
「悟飯さんは、ここには、僕たちがいるから安心だって言って、今は別の町々を回って復興の手伝いをしてるんです」
初めて噂の戦士の名を知り、ビーデルの胸が強く脈打つ。
「悟飯さん…」
「…また、戻ってくるんですよね?」
「もちろんです。悟飯さんは、必ず戻ってきますよ」
その言葉は、ビーデルの胸に深く刺さった。
半年間想い続けた噂が、ついに、姿を持ち始めた。
トランクスと話してから、ビーデルは毎日のようにカプセルコーポレーションへ通った。
仕事が終われば向かい、休日には朝から顔を出し、復興作業の手伝いを申し出ることもあった。
スタッフたちも、次第にビーデルを見かけると笑顔で挨拶するようになった。
「今日も来たのね、ビーデルさん!」
「手伝い、 助かるよ!」
ブルマにも、すっかり顔を覚えられた。
そんな日々が、1ヶ月半。
悟飯は戻らない。
だが、ビーデルは諦めなかった。
いつか必ず会える。そう信じて。
その日は突然訪れた。
その日のカプセルコーポレーション周辺は、いつもと同じように活気があった。
ビーデルは医療班のテントで包帯を整理していた。
ざわついていた作業員たちが、ふと動きを止める。
トランクスが空を見上げ、表情を明るくした。
「悟飯さんだ!」
その言葉が、ビーデルの胸を貫いた。
ビーデルも空を見上げる。
高い空の向こうから、一つの影がゆっくりと降りてくる。
派手な気配はない。強者の威圧感もない。
ただ、穏やかで、静かな気配まとった青年。
地面に降り立った瞬間、作業員たちが口々に声を上げる。
「悟飯さん、おかえり!」
「久しぶりだな!」
青年、悟飯は、少し照れたように笑った。
「ただいま。みんな、元気そうでよかった」
その声は優しく、ビーデルが想像していた戦士とはまるで違っていた。
この人が……人造人間を倒した戦士……?
胸が熱くなる。
足が震える。
半年間追い続けた存在が、今、目の前に立っている。
いざ悟飯がこちらに歩いてくると、
ビーデルは完全に固まってしまった。
声が出ない。
悟飯は、そんなビーデルを見て、少しだけ首をかしげた。
「あの…どうかなさいました?」
優しい声。威圧感はまったくない。
それが逆に、ビーデルの緊張をさらに高めた。
(どうしよう……何も言えない……)
そのとき。
ブルマが、横からスッと悟飯の前に出た。
「悟飯くん、この子ね、ビーデルさん。看護師さんで、ここの医療班をずっと手伝ってくれてるのよ」
ビーデルは慌てて頭を下げる。
「は、はいっ……!あ、あの……いつも……お世話に……!」
何を言っているのか自分でも分からない。
ブルマは苦笑しながら悟飯に説明を続ける。
「それとね、悟飯くん。ビーデルさん、あなたのことをずっと探してたの。」
ビーデルは顔が真っ赤になる。
「え?僕を?」
悟飯は驚き首をかしげる。
半年以上追い続けた噂の本人が、今、自分の目の前にいて、しかも不思議そうにこちらを見ている。
言葉が出ない。
喉がつまる。
心臓が痛いほど跳ねる。
ビーデルは、ぎゅっと拳を握りしめ、震える声を押し出した。
「……はい。あなたに……悟飯さんに……会いたかったんです」
悟飯は驚いたように瞬きをする。
ビーデルは続けた。
「私……父を失って、生き延びて……自分だけ生き延びて……生き延びても……希望が見えなくて……」
悟飯は、静かな眼差しで黙って聞いている。
「人造人間が倒されたって噂を聞いたとき……信じられなかった。
でも、もし本当にそんな人がいるなら……その人は、どんな気持ちで戦ったんだろうって……どうして立ち上がれたんだろうって……」
ビーデルの声は震えていたが、その瞳はまっすぐ悟飯を見た。
「知りたかったんです。あなたが、どうやって絶望の中で前に進めたのか。どうして、戦えたのか」
悟飯は静かに微笑み答えた。
「仲間がいたから……父や、師から学んだことがあったから、だから……戦えました。僕が、一人で倒したわけじゃないですよ」
その言葉は、ビーデルの胸に深く染み込んだ。
噂の戦士は、まるで、想像しなかったほど優しく、そして、弱さを知っている人だと感じた。
そして強い。
ついに会えた。
ビーデルの世界が、静かに変わり始めた。