トリニティ総合学園
言わずと知れた三大学園の一つ。世間一般で言う、お嬢様校と呼べる学園であり、所属する生徒も名門や財界の有力者の子女が多い。学園内もそれに合わせてか、庶民では手が出せないような値段を出す店舗がチェーン店のようにそこかしこで見かけることも珍しくない。とは言え、全部が全部そういうわけでもなく、極々普通の店も当然のようにあるので、完全に世界が違うと言うわけでもない。実際、そう言う生徒が多いと言うだけで、極々普通の生徒も多数所属しているのだ。これは、どこぞの元マンモス校の砂山とは違って母数が違うのが要因の一つである。
ここまで説明したところで、彼が今いる場所を一言で表すなら
(場違い、だな。)
明らかに高級店とわかる豪奢な店の、明らかに特別とわかる奥の一室。目の前に置かれているのは、これはまた高いと一目で分かる芸術的な料理。どう考えてもアウトローの機械人が居ていい場所ではない。そもそも、彼は摂食が必要でも可能でもないタイプの機械人だ。呼び出されでもしない限りこんな場所にはいない。
「それで?」
なので、必然的にそれらの料理を食している目の前の人物が、彼を呼び出した本人に他ならない。堂に入った所作で、優雅に食器を扱いながら、たった一言問いかけてくる。
一つ結びにした東雲色の髪。嘗ての輝きを思い起こさせる金色の瞳は、今では褪せて久しい。渦を巻く蒼いヘイローは、太陽を無くしても尚周る星々を思い浮かばせる。何より目を惹くのは腰から生えた翼であり、完璧と形容できる彼女の容姿の中で唯一つ、明確に大きな傷跡を見せていた。
左右の翼は半ばで歪に曲げられ、羽根も所々抜け落ちて痛々しい姿を晒している。隠すことも出来るそれを隠さずにいるのは、その程度で揺らぐことはない自信の現れか、或いは過去への戒めなのかもしれない。
トリニティがトリニティとなる以前から存在する名家の出であり、トリニティ総合学園の元ティーパーティー。かつては三大派閥の一つ、パテル分派の代表にもなれた傑物であったが、とある事件により分派の代表候補から外された過去を持つ。
現在は、トリニティ随一の企業であるホワイト・メタトロノスのCEOであり、アウターヘイヴンの実質的な責任者でもある。
「それで、とは?」
「分からないわけはないでしょう。察しなさいな。」
感情の読めない瞳が、咎めるように彼を射抜く。大企業のトップは暇ではないのだ。
「……大ハズレを引いた。思ったより後ろ盾が大きかった。」
基本的に、アウターヘイヴンは独立した組織となっている。なので、余程のことがない限りは、ただの資金提供者であり太客に過ぎない彼女に組織に関する事柄を聞かれることはない。それを聞かれると言うことは、一傭兵組織ではどうしようもないことが起こったということである。
「所属は?」
「サンクトゥス」
「よりにもよってあそこですか……」
事の顛末は簡単だ。
喧嘩を売ってきた組織を潰したら、トリニティの一角が出張ってきた。
鼠を狩ったら九尾が来た形だ。
「……裏取りは取れてるのでしょうね?」
「これだ。」
持ってきた証拠資料を渡す。そこには、サンクトゥス所属の人間と彼が潰した組織の繋がりが克明に記されている。
「トリニティでも比較的中立の派閥が、まさかマフィアと繋がりを持っているとは思わなかったな。」
「くだらないですわね。」
だろうな
予想通り過ぎる答えにそんな感想を抱く。
組織力も個人の能力も技術力も情報力も全てにおいて価値のない組織。そんな弱小組織に態々派閥を危険に晒してまで協力する義理も益もない。あまりにも合理を彼方に投げ出した行為に流石におかしいと思って調べれば、分かった範囲でも怪しい証拠の数々。具体的には、派閥全体が動いている気配がない証拠が次々出てきた。だが、相手はトリニティの一角である。下手に深入りすることも出来ない。
「家柄も経歴も語る所なし。大方、上手く端役として入れた成り上がりが、のぼせ上がって勝手に行動したと言うのが現実でしょう。」
なので、確認の為にトリニティ内の情報に詳しい彼女に集めた情報を渡したのだが、その答えがこれである。キッパリ言い切ると言うことは、今渡した資料からある程度人物が割れたのだろう。今からその人に振りかかる不幸を思うと同情心が湧いてくる。
「心配して損をしました。こちらの資料は、サンクトゥスの知り合いに渡すことに致します。」
「使わないのか?」
木っ端とは言え、サンクトゥスの一員が醜態を晒したのだ。上手く利用すれば、トリニティの派閥の一角に対して優位な交渉を行える可能性もある。そう考えての問いかけだったのだが――――
「この程度が使えるのは、トリニティでは小学生まででしてよ?」
「……恐ろしいことで。」
思ったより
「さて、面倒が解決したところで、本題に入ってもらおうか。」
関わり合いになりたくない世界から離れるように話を切り替える。先ほどの件も呼び出された理由にはあるが、意味合いとしては呼び出す理由でしかない。どちらかと言うと今から出される『依頼』が本題であることは、長年の付き合いで理解している。その証拠に、丁度彼女の食事は終わっていた。
「エデン条約を、ご存じありませんか?」
「ある程度は……」
エデン条約
連邦生徒会長が提唱したゲヘナ・トリニティ間に結ばれる不可侵条約。雷帝を抑えるための枷になるはずだったが、その当の本人がキヴォトスから去っているため、有名無実となった無用の長物。少なくとも、そう考えるものが大多数を占めている。かく言う彼も、
「それが関係あるのか?」
「こちらを……」
手渡されるのは、少し厚みのあるA4サイズの無地の封筒。開けてみれば、中には紙の束が入っていた。
(こいつは……)
そこには、『百合園セイア襲撃事件』の内容とそれに関係した様々な情報が記載されていた。ティーパーティーの、それもホストの情報となると早々表に出てこない。ましてや、ヘイローが砕かれたと言うものになれば、記録に残す事事態ありえない話だ。
(百合園セイアが襲撃された。っということは、そろそろ連邦生徒会長が失踪する時期か…)
「……よく、こんなものを仕入れられるな。」
これからの予測を立てながら、違和感を持たれないように驚いた様子を見せる。
「現パテル派代表の遠戚ですから。もっとも、個人的に懇意にさせて頂いているのが理由の大半ではありますが。」
それに対してミスラは、疲れたような口振りで話し口の端は笑みを溢した。例えるなら、世話の焼ける妹からの頼みごとを、断り切れなかった姉のようだ。
パテル派の現代表 聖園ミカ。
彼女とミスラの関係、もとい聖園家と聖篩家の血縁関係は、ティーパーティー創設時期まで遡った親戚筋と言うほぼ他人同然の関係ではある。だが、家同士の関係で言えば、切っても切れないほどに深い関係にあり、半ば勢力的に独立した今でも情報を共有出来るほどには良好な関係が続いている。
もっとも、彼女が言っている通り、個人的に仲が良いのが理由の大半ではある。実際、姉妹と勘違いされたことも何度もある程度には大の仲良しである。その度にミカが、姉妹ではなく自身の遠戚のオバサンであることを主張して頭に
「具体的に何をすればいい?」
「現状は有事の備えだけしていただければ結構です。此方も、まだ情報を集めている段階ですので。」
疲れたように息を吐く。今度は先ほどと違って、進展の悪い現状に対する憂慮があった。
「どの程度を想定すればいい?」
何が起こるかは識っている。ミスラの立場から依頼が来るのも想定していた。そのための備えはある程度している。
「貴方が経験したことのない、最悪を」
それでも、見たことがないほどに深刻な彼女の顔を見て、『識っている』だけで慢心できるほど、ヤワな人生は送っていない。
「……わかった」
簡潔な了承の一言。彼女との契約は、これだけで充分だ。
「話はこれで終わりか?」
エコーの質問に、ミスラが目を泳がせる。それだけでなく、頬には薄っすら赤みが差し、翼も微かに震えている。元から表情等が乏しいので非常に分かりづらいが、長い付き合いの人間にはすぐ分かる変化だ。
「……時間はありますか?」
「今日一日分の予定は空けている。心配するな。」
大企業のトップになってから、彼女とプライベートで会う機会は極端に減っている。意外とストレスをため込みやすい彼女のガス抜きは、個人としても組織としても絶対に外せない項目である。実際、大丈夫だろうで放置して企業が機能不全手前になって、大仕事の途中で拉致された経験もあるので侮れない。やはり、ミカの親戚であるということである。
「なら、付き合いなさいな。今日が終わるまで」
他人が見れば淡々とした態度。だが、エコーの目には喜色を隠しきれていない、彼女の笑顔が映っていた。
「コウさん。貴方はどちらがよろしいと思いますか?」
場所は移りトリニティ内の洋服店。二種の服をエコーに見せながら、ミスラは楽しそうに問いかけてくる。コウと言うのは、エコーの外行きの名前であり、無駄な諍いを避けるための処世術である。
(何が楽しいのやら……)
エコーには分からない。ミスラの感情がではなく、何故自分にそんな感情を抱けるのかがだ。一応、自分が元々は生身で体を探しているのは伝えているが、今の自分は機械人だ。そうなる理由がまるで見当たらない。
「……どちらも買えば良いのでは?金はあるのだろう?」
「………もういいです。」
身も蓋もない言葉に、ただでさえ感情が薄い表情から完全に喜色が消し飛んだ。心無しか黒いオーラを纏っているようにも見える。
『エコーさん。流石にその言い方はよくないですよ。』
背後から聞こえる批難の声。頭に直接響く声に、頭に言葉を思い浮かべることで会話する。
『何時から居た。』
『ついさっきです。それより!』
最近は見慣れ始めた緑が目の前に現れる。頬を膨らませ、私怒ってますな表情をしているが、元が優しいせいか全く恐怖を感じない。むしろ、愛らしさが増している。
『あの答え方はダメですよ!ミスラさんが可哀想です!』
『なら、どう答えれば良かったんだ?』
『それは、どんな君でも俺は好きだーとか、どれを着ても君は綺麗だーとか、相手を褒める感じで』
『カップルかよ!』『ひぃん!』
強めのツッコミにユメがたじろぐ。ミスラがどう思っているかは兎も角、エコーがミスラに抱く感情は何処まで行ってもLikeの範疇である。勘違いされるような言い回しをして火中の栗を拾う気はない。
『と、兎も角フォロー!フォローです!ほら、速く!』
色々と物申したい所だが、言いたいことは分かるしエコーが悪いことは彼自身自覚している。なので、ユメに押される形でミスラのフォローに入るのだった。
「ミスラ」
「……なんでしょうか?」
空気が、重い。
自分を見つめる眼光でさえ、物理的に重力を帯びているようだ。だが、今更この程度の機嫌の損ね方で尻込みするほど、浅い付き合いではない。
「お前は元が良い。それこそ、化粧や服装を気に掛けずとも良い程にだ。例えばお前がジャージ姿になったとしても、お前のことを悪く見る人間はいないと断言できる。それだけお前と言う素材の美は完成されているんだ。」
「……」
空気が、重い。
ありありと不快感を感じた先程と違い、今度のそれは呆れや達観が多分に含まれたものだ。ユメでさえ、そのフォローになっているんだかなってないんだか分からないフォローの仕方に微妙な表情になっている。
「だから、あれやこれやと悩む必要はない。どんなものであろうとも、お前を汚す要素にはなり得ない。何があったとしても、お前が綺麗だと言う事実は変わらない。」
「……」
空気が、重い。
意味合いとしては、ミスラがどう反応したものか迷っているからだ。エコーは、言いたいことは全部言ったとばかりに沈黙を貫いている。ユメは、やはり微妙な顔で二人を見守っている。
「……あなたは……」
ミスラが口を開く。
重かった空気が、少しだけ軽くなる。
「本当にそう、思っているのですか?」
言い回しは微妙、褒め方もうまくない。それでも、確かに言ってくれた『綺麗』という言葉。その言葉の真偽を、彼から目を逸らし、自身の翼を見つめながら問いかける。
「……世辞は言わないやつだと、知っているだろう。」
「……ふふ、そうでしたわね。」
どんなに口下手でも、どれだけ失言をしても、誰かを褒めるときに決して嘘は吐かない。
久しぶりに見せた不器用な思い人の姿に、ミスラは少しだけ安心したように微笑んだ。
「……さっきの2品だが、個人的には白の方が似合うと思った。シンプルで誤魔化しのない装飾が、お前の魅力を引き立てるのに適している。」
空気が軽くなったのを見て、改めて服に関する自身の意見を述べる。服の種類に詳しくないため彼の語彙力では、『決して小さくはない翼が目立たなくなるほどの装飾で彩られた黒』と『翼がはっきりと見える装飾が控えめな白』の二択。白を選んだ理由は二つ。一つは単純に彼女には白が似合うから、そしてもう一つは――――
「それに、装飾が無いほうが、ありのままのお前をよく見れるからな。」
ただ彼自身が、包み隠さない彼女の今を気に入っているからである。
「……もう、そういうところですわよ。」
「そういうところとは?」
「……なんでもございません。行きますわよ。」
ミスラはエコーの問いかけにそっけなく返すと、先ほど片づけた白を手に取りレジへと向かった。彼女にしては珍しく、誰が見ても分かるほどに顔を赤に染めていた。
『……これで良かったのか?』
『はい!』
背後のユメに問いかければ、嬉しそうに笑いながら肯定する。幽霊だというのに、全くそれを感じさせない彼女の底抜けの明るさには、最近元気をもらうことが多い。
(平和、だな)
青い空、白い雲
遥か昔の思い出となった、銃撃音のない外の景色
(もう、そろそろと言ったところか。)
22年
キヴォトスで目覚め、
変えられなかった過去があった。変えなかった過去があった。
全てが望み通りであったとはいえない。それでも、『今』を選択したことに、後悔はない。
(さて、ここに現れる『先生』は、一体どんなやつなんだろうな。)
自分が整えた舞台。勝手に整ってしまった舞台。
そこに訪れる、まだ見ぬ
ホワイト・メタトロノス
トリニティ第一の大企業であり、キヴォトス内に於いてもカイザーと並ぶ影響力を持つ。業種は多岐に渡り、その全てで競合する関係もあってカイザーとは不仲である。
最近のニュースはキャラクター部門の設立を計画し、モモフレンズを買収しようとするも当時の担当者が熱烈なファン達の怒りを買う発言(もっと美しいキャラクターに出来る、あんなキモいカバは今後一切登場させない等々)をした結果部署が塵一つ残らない憂き目にあったこと。この件は、CEOが公式に謝罪し、多額の出資や通常の倍額でのスポンサー契約の締結などを行なったことで沈静化した。
また、このCEOの一連の行動の後、同社の製品の売り上げが上がったことから、全て彼女の計画通りであったのではないかと言われているが、今のところは噂の域を出ていない。