「おかえり兄さん、ご飯は炊けてるよ」
「ただいま、留守番は大丈夫だったか?」
「心配しないで、近所の人達はすごく親切でよくお裾分けをくれるんだ。今日は煮物をもらったから夕飯で食べようよ」
「そうか、今度お礼を言わないとな」
仕事から帰ってきた双子の兄である時透有一郎を出迎えた無一郎は夕飯の用意を始める。弟が手際よく用意を進めるのを兄の有一郎は満足気に見ていた。
「随分手際がよくなったなぁ。昔は一人で米も炊けなかったのにさ」
「近所のおばさん達が色々と教えてくれたんだ。ここに住む街の人達ってみんないい人だよ」
「それはよかった、やはりいい所に住んでる人達は余裕があるんだな」
「うん、東京って本当にいい街だと思う」
時透兄弟はかつて山奥にある山小屋で木樵として暮らしていたが、とある出会いによって現在は東京に移住していた。山小屋暮らしの双子は当初こそ大都会東京での生活に戸惑っていたが、今ではすっかり慣れて平和な日常を過ごしていた。
「東京はスゴいよ、お金があればなんでも買えるしご飯も美味しいものばかりだ」
「そうだな、以前の山小屋暮らしに比べれば雲泥の差だ。ここでの生活に慣れたら木樵なんてもうできないね」
「母さん達も生きていればなぁ、一緒に都会生活を送れたのに」
「……俺達が元気に暮らしているのを見て母さんと父さんもあの世できっと喜んでるさ。俺の想像だけどな」
「そうだね、そうだといいね」
両親の位牌に手を合わせる無一郎を見て有一郎は苦笑する。東京での満ち足りて平穏な生活は有一郎の態度を軟化させ、以前の彼では考えられない程穏やかな態度を取るようになっていた。
「でも僕達の為にここまで色々と用意してくれるなんてあの人達には頭が上がらないよ」
「ああ、あの人達は恩人だ……いやまあ、人じゃないけど」
ふと無一郎が零した言葉に有一郎は微妙な表情を浮かべつつ当時の事を思い返すのであった。
"いかがでしょう黒死牟殿、こちらの子供達は恐らく貴方の末裔ではないでしょうか?"
"おぉ……なんと……一目見てわかった……彼等は確かに我が末裔なのだろう……しかし……この子供達の事をどうやって知ったのだ……?"
"鬼狩りの方が山奥に出向いているのを知り不思議に思い探ってみたのです。そしたらこの子供達と出会い何やら黒死牟殿と縁があるように見えましたので貴方にお伝えしようと"
"なるほど……教えてくれて感謝する……………そこの子供達よ……我が末裔よ……そう怯えなくてもよい……見たところお前達の両親はもういないようだ……今更だが先祖の私が……お前達を援助しよう……幸いにも私には使い道のない金が……幾らでもあるからな……"
"それはいい事だと思います。こんな山奥では野生の鬼に襲われるかもしれませんし、都会に移り住むべきかと。弟さんの方は多少剣の才能があるようですが平穏に暮らせるのならそれが一番ですよ"
"いや、人間の中では……上澄みと言ってもいい程の……かなりの素養があるように見えるのだが……まあ、貴様から見れば……誤差にすぎない……か"
「この世には神様や仏様はいないと思ってたけど、まさか鬼がいるとはなぁ」
「うん、ビックリしたよね」
当時の事を思い出した双子は当時細々と暮らしていた自分達を助けたのが神仏ではなく鬼であった事に何とも言えない顔をしていた。
「いつか恩返しできたらいいな」
「別にいいんじゃないか?御先祖様は気にしなくてもいいって言ってただろ。それに恩返しって言っても何をするんだよ」
能天気な弟の発言を聞いて有一郎は呆れてしまう。
「ええと、御先祖様の仕事を手伝うとか」
「お前わかってるのか?御先祖様の仲間になるというのは鬼になるって事だぞ?呑気でお人好しなお前が人食い鬼としてやっていけるわけないだろ?」
「そ、それはそうだけど」
ジト目で見ながら話してくる兄にタジタジになりつつも無一郎は頑張って言葉を続ける。
「じゃ、じゃあ御先祖様の剣術を学んで道場を開くとか。僕には剣の才能があるみたいだしそれを活かしてみようと思うんだ!」
「へぇ、目を開けたまま寝言を言うなんて面白い特技だな。無学のお前が道場経営なんて無理だろ……というかこの御時世に剣術道場なんて流行るわけないだろうが世間知らず」
「う、うぅ」
ズケズケと物を言ってくる兄に無一郎は思わず涙目になってしまい、それを見た有一郎は言い過ぎたと気付く。
「あ、悪い。言い過ぎたよごめんな……まああれだ、今のお前には金も余裕もあって無限の可能性があるんだ。そんな焦らなくても将来についてはじっくり考えたらいいさ。まずは学校を無事卒業する事を目指せばいいんじゃないか?なんなら大学に行くのもありだな」
「うん、わかった。そうするよ兄さん。でも兄さんは学校に行かなくていいの?」
自分を励ましてくれる兄の言葉を嬉しく思いつつも、無一郎は兄も学校に行くべきではないかと問うが、弟の言葉を聞いた有一郎は気にしなくてもいいと笑う。
「俺はいいんだ、お前みたいに飛び抜けた才能があるわけじゃないようだし地道に汗水流して働くよ。身体を動かす仕事は得意だしな」
「そんな自分を卑下しなくてもいいのに」
「卑下してるわけじゃない、身の丈を知っているんだよ。それに今の仕事は気に入ってるんだ」
そして時透兄弟は自分達の未来について明るい表情を浮かべ会話を続けるのであった……その後双子はそれぞれ家庭を持ち、将来訪れる激動の時代を無事に乗り越え子や孫達に囲まれながら大往生を遂げる事になる。時透家は双子の死後も存続し現代まで残っており、時折時代錯誤な侍姿の男が子孫達の様子を見に来る事があったがそれはまた別の話である。
「へぇ、黒死牟殿の子孫がいたのか。先祖に似て剣の才能があるのなら鬼にしないのは勿体ない気がするけどなぁ」
「多少の剣の才能があるようでしたが、性格は穏やかで優しい子でした。あの子では今の無惨様が求めておられる基準には届かないかと思います」
「まあ比較対象が
「耳飾りの少年は離れていったようですね。私達も今すぐ身を隠さなければなりません」
「珠世様、よろしいのですか?」
「ええ、残念ですが諦めましょう」
珠世は悲しげな顔をしつつ浅草から逃げ出す準備をしていた。そんな彼女の従者である愈史郎は敬愛する人の判断に従い手際よく準備を進めていく。
「あの耳飾りの奴は何者なのですか?一目見ただけで珠世様がここを離れる御決断をするだなんて」
「いえ、彼が悪いわけではありません。あの耳飾りが問題なのです……可哀想に、あの少年は近いうちに死ぬでしょう」
「死ぬ?一体何が起きるというのですか?」
耳飾りをつけただけで死ぬと断言した珠世に愈史郎は思わず困惑する。彼の様子を見た珠世は愈史郎が知らないのも当然だと気づいて説明をする事にした。
「あの耳飾りは始まりの剣士が、無惨をあと一歩まで追い詰めた日の呼吸の使い手がつけていたものでした。まさか現代まで残っていたとは」
「なるほど、ですがそれがどうして彼が死ぬ事になるのですか?」
「……あの耳飾りをつけているという事は日の呼吸の使い手の可能性が高いでしょう。ならば無惨は
「ッ!?」
上弦の壱、圧倒的な強さを持ち鬼殺隊の精鋭たちを一蹴し続けている鬼が浅草に来ると聞いて愈史郎は珠世が急いで脱出しようとする事に納得する。
「無惨は、あの臆病者は自分を追い詰めた始まりの剣士を非常に恐れています。その関係者である日の呼吸の使い手を排除する為ならば上弦の壱を派遣する事に躊躇いはないでしょうね」
「アイツでは勝てないと?」
「無理です、日の呼吸が使えたとしても理外の存在である上弦の壱には到底対抗できないでしょう。
珠世は耳飾りをつけた少年……竈門炭治郎が上弦の壱に勝てるとは一欠片も考えていなかった。生まれながらの化物に対抗できるのは同じ化物だけだと理解していたからだ。脱出の準備をしつつ珠世は渋い顔で考え込む。
(
自分の命を脅かす人間が出てきたらその人間が死ぬまで無惨は表に出ず引き籠ると珠世は確信していた。自分の命を守る為ならあの臆病者は絶対にそうするだろうと内心で無惨を罵倒しつつ上弦の壱について考えが及ぶ。
(まさかあの人に匹敵する強者が鬼になるなんて、もはや
苛立ちを強めつつも珠世は絶対に諦めるつもりはなかった。
「いつか、いつかあの人や
いつか訪れるだろうチャンスを待ち続ける事にした珠世は急いで浅草を離れる……そして珠世はこの時の判断を酷く後悔する事になるのであった。
<人物紹介>
●時透無一郎
→黒死牟の子孫。この世界では黒死牟から援助を受けて東京で暮らしているので鬼狩りにはならず兄と仲良く一緒に暮らしている。兄と死別する事もないので性格は穏やかでお人好しな美少年である。黒死牟の事は少し怖がりつつも御先祖様と呼び慕っている。
類まれな剣の才能があるが第二の縁壱である
●時透有一郎
→無一郎の兄。現実主義者で口は悪いがこの世界では余裕のある生活が送れるようになったので大分態度が軟化しているツンデレ兄である。能天気な弟に呆れつつも頑張ってフォローしている。黒死牟の事は恩人だと思いつつも、自分達を助けてくれたのが神仏ではなく人喰い鬼だった事に何とも言えない顔をする。それと
弟と同じく鬼狩りには一切関わらず平穏な生活を送り、最期は大往生した。
●黒死牟
→自分の子孫が生き残っていた事に驚きつつ気まぐれで彼らが平穏に暮らせるよう援助していたあしながおじさん鬼。透き通る世界で無一郎の才能を見抜いてウキウキで鬼にしようか考えたが、
その後時折子孫の様子を確認するようになった。無一郎が剣術道場を開くと聞いた時は協力するのもやぶさかではなかったが、有一郎による「今時剣術道場なんか流行らないからやめろ」という説得に「確かに……」と納得する。だが少しだけ残念そうにしていたとか。
●無一郎の鬼化計画
→この世界では起こらないのでご安心ください。この世界の無惨様も戦闘要員の鬼はそこまで欲していない為鬼になる事はないだろう。つまり鳴女や響凱のような有用な血鬼術持ちでないと厳しいのだ。
今の無惨様の気持ちをゲーム的に例えるなら「いやもうアタッカーは十分程度揃っているから、後は有用なスキルを持ったサポーターが欲しいのだが……まあ一番欲しいのは太陽を克服した鬼だがな」という感じである。
●珠世
→無惨様の支配から逃れた鬼。無惨や
耳飾りをつけた剣士を見て「あっ、あの子近いうちに死ぬわ」と炭治郎を憐れみつつ急いで浅草を脱出した。
●愈史郎
→珠世によって鬼にされた男であり、珠世様ファンクラブの終身名誉会長である。珠世様いいよね……珠世の指示に従い浅草を脱出した。
今回は短めに終わると思います。今後は少しずつ投稿していく予定なのでよろしくお願いします。