13
「ふわぁ〜。……眠ぃ」
寝たのは日付が変わってずいぶんと経ってからだったというのに、空腹でいつもより早く目が覚めてしまった。
眠気と天秤に掛けてわずかに勝った空腹を宥めるため、ハジメはのそのそとした足取りでダイニングへと向かう。
時刻は午前八時。
ちょうど朝食時ということもあって、廊下やエレベーターはハジメと同じようにダイニングへ向かう乗客たちでそこそこ騒がしい。この様子ではメインダイニングはかなり混んでいそうなので、六階のダイニングを使おうと、エレベーターを待つことなく階段を上がる。
さすがのハジメでもたかが二階分の距離で息が切れるようなことはなかったが、どこか頭の芯がぼーっとしているように感じるのは、昨夜高遠から奪って飲んだワインのせいだろうか。
度数が高かったのか、飲んだ量の問題か、アルコールが抜けきらない身体は妙に気怠かった。
「酒に弱くはなかったと思うんだけどな〜」
とは言っても、前回も今回も未成年なので、ハジメは自分の正確な酒量を把握してはいない。ただビールやチューハイなどは人並みに飲んでいたし、自分が酒に弱いと思ったことはなかった。しかし女性になったことでアルコールへの耐性が変わっている可能性もある。もし幼馴染のように酒癖が悪いのなら今後の飲酒は控える必要があるな、と昨夜の記憶を掘り起こしてみることにした。
昨夜はたしか――。
デッキから部屋へと戻ったあと、なんとなく眠る気にはならず、七月二十七日が終わるのを待っていたのだ。そんなハジメになぜか高遠も付き合って起きていた。
ハジメはゲーム、高遠は読書という、いつもの彼の部屋での過ごし方と変わらない空間。それはここ数日遠のいていた自分たちの日常で、乗船する前からあったある種の緊張のようなものがようやく解けていくのを感じた。
「ひまだし、トランプでもしねぇ?」
カードルームでしたポーカーを思い出して、そう提案したのはハジメだった。
そこから『セブンブリッジ』や『戦争』などふたりでできるトランプゲームを始めたまではよかったが、ちょっとした悪戯心でイカサマをしてハジメが勝ったあたりから高遠がムキになってイカサマの応酬へと発展。マジシャン相手にイカサマなんて仕掛けるものじゃないと思い知らされる羽目になってしまった。
そのあとは、腹を空かせたハジメがルームサービスを要求して、高遠がそれと一緒にワインを頼んだのだったか。負けが込んでいた腹いせにそのワインボトルを半分ほど飲んで、そのまま寝落ちした……気がする。そして、起きたら自分のベッドにいた。
「…………」
ワインを口にしてからの記憶が恐ろしいほどに曖昧で、しばらく飲酒はやめておこうと心に誓う。
昨日のゲームで賭けなどしていなくて本当によかったと思いながら、回想を振り払うようにハジメは足を早めた。
「あー、やっぱ混んでるよな」
六階のダイニングもかなりの客入りで、座席も粗方埋まってしまっているようだ。
メインダイニングとは違い、ここでの朝食はビュッフェ形式ではないらしく、入り口で少し待たされたあとウェイトレスが空席へと案内してくれる。
ハジメが通されたのはふたり掛けのテーブル席で、周りの客もみな落ち着いた大人ばかりのせいか、なんだか自分がとても場違いに感じられて居心地が悪かった。
会話の邪魔にならない程度に絞られた上品なピアノの音と、ジーンズにTシャツ姿のハジメはひどくミスマッチに違いない。
これならばすぐに食事にありつけなくてもメインダイニングに行くべきだったか、とお高そうな品名が書かれたメニューから顔をあげると、斜め向かいの席に座る人物と目があった。
「おや、君は……」
「あっ、夏帆さんの?」
混んでいるから一緒に座ろうとかと相席を提案され、そのまま夏帆の夫――泰田政則のいる席へと移動する。
「金田一さんだね? 夏帆から話は聞いているよ。一昨日のショーはとても素晴らしかった。あの助手役は君だったんだろう?」
「ええ、まあ」
「私はマジックにはあまり詳しくないんだが、一緒に出ていた彼は有名なマジシャンなのかな?」
「いやー、有名かは知らないですけど……一流のマジシャンですよ」
どんな劇場でもその客席を満員にしてしまえる腕があるくせに、なぜかろくにマジシャンとして活動していない男を思い、ハジメは苦い顔をする。
さっさと近宮玲子との共演という夢を叶えて、華々しいマジシャンとしての人生を歩めばいいのに。
「君も将来は本格的なマジシャンを目指しているのかい?」
「まさか。あたしはただのバイトですよ」
「それは残念だ。なら、今回可愛いアシスタント姿を見れた私は幸運だな」
ハジメの父親と同世代であろう政則はオジサンという言葉が似合わない、紳士的で不思議な魅力を感じさせる人物だった。特別目を引く容姿ではないが、その言動や立ち振舞にはどこか品がある。
話し好きではなさそうなのに、ハジメを気遣ってか色々と話題を振ってくれ、決して過剰に子ども扱いをしないその姿勢が、十八も年下の妻を得る秘訣なのだろうか。
そっと彼の左手を見れば、その薬指にはきちんと指輪が嵌っていた。
政則の口から出る夫婦の話は一見仲睦まじいものに聞こえる。しかし、結婚二周年の記念で乗った豪華客船で、なぜこの夫婦は行動を共にしないのだろうかという疑問が消えない。
政則の話は「ふたりでなにかをした」というものではなく、ほとんどが「夏帆はこういうことをした
「昨夜は霧で、今夜は雨か……あまり天気が荒れないといいね。雨の日は甲板が滑りやすい。ときどき転落事故なんか、が……っ!?」
お互いの食事が終盤に差し掛かった頃、ふと窓のほうを見た政則がなにかに驚いたように立ち上がった。その勢いで身体がテーブルにぶつかり、グラスが倒れ中身が零れるわ、端に置かれていたスマホや小物入れは落ちるわの大惨事となる。
「大丈夫ですか、お客様!」
「あ、ああ……」
事態に気づいたウェイトレスが慌ててタオルを持ってやってくるが、当の本人はなにかを凝視したまま覚束ない反応をするばかりで、自分の服が濡れたことにも気づいていない様子だ。
政則が見ているものが気になったが、慌てるウェイトレスが気の毒で、まずはこの事態を収拾するため彼女を手伝うことにした。
テーブルの上の対応は手慣れているウェイトレスに任せ、ハジメは床へと落ちたスマホと小物入れを拾おうとしゃがみ込む。
「あれ?」
床にはいくつもの薬が散らばっていた。
どうやらハジメが小物入れだと思ったものはピルケースだったらしい。不透明なプラスチックのケースは中身が三分割されており、そのなかに適当に拾った薬を放り込んでいく。
拾いながら気づいたが、薬は全部で三種類あり、五錠・六錠・九錠と不思議な割合となっていた。
「ああ、金田一さん、すまないね」
「いいえ。はい、これで全部拾えたと思うんですけど」
スマホと一緒にピルケースを差し出せば、政則は申し訳なさそうに頭をさげてそれを受け取り、中身を確かめてから「大丈夫だ」と頷く。
「どこか悪いんですか?」
「ははは。恥ずかしいが、四十も過ぎるとなにかと薬が必要になってしまってね」
ピルケースに入っていたのは降圧薬と睡眠薬だと教えてくれた。九錠あるのは頓服として使う追加の睡眠薬で、環境が変わると眠れないのではないかと持ってきたが、思ったよりも船上の生活が快適で使わずにすんでいるのだと笑う。
「夏帆のように運動して、少しは健康的にならないといけないとは思うんだが、これがなかなか難しくてね」
「夏帆さんがインドアだって嘆いてましたよ」
「彼女の好きなマリンスポーツもウィンタースポーツも、私はどうも肌に合わないんだ。事故なんかも怖いだろう?」
怪我が怖い、ではなく事故が怖いとは変わったことを言うな、と思った。
身近にそういった事故に遭った人がいるのかもしれないが、それにしては彼からは妻を心配している様子が感じられない。やはり、どこかチグハグな夫婦だ。
「そういえば、さっきはなにに驚いたんですか?」
「えっ?」
「なにかにびっくりしてたみたいだったんで。……なにを見ていたんですか?」
「……古い知り合いに、似た人がいただけだよ」
それであそこまで驚くものだろうか。
歯切れの悪い口調と暗い苛立ちを含んだ瞳は、先ほどまでの穏やかな紳士然とした印象とはまるで違っている。その顔には隠しきれない狡猾さや残忍さが浮かんでおり、彼の本質はこちらなのだと理解するには充分な変化だった。
「食事の最中に慌ただしくしてしまって本当にすまなかったね。私はそろそろ部屋に帰るが、君はゆっくりしていくといい。ここの支払いは迷惑料代わりに私に払わせてくれるかい?」
「……ありがとうございます」
「ではまた、今夜のミステリーナイトで」
去っていく男の背中を見送りながら、ハジメが考えるのは彼のいう「知り合いに似た人物」のことだ。
政則が見ていた窓側には何人もの客がいたが、その席は外の景色が見えるような形でソファが設置されているので、ここから見えるのは彼らの後ろ姿のみ。ソファはほぼ埋まっており、あのとき新たな客が来たりはしていなかった。その状況で政則が気がつくなら――。
「スタッフ、か?」
周囲を見回して、政則が豹変した原因かもしれないウェイトレスかウェイターを探すが、誰がその人物なのかはわからなかった。
いつの間にか、聞こえてくるピアノは暗く物悲しい曲調に変わっている。
大きく取られた窓へと視線を移せば、そこから見える空は昨日と変わらずの曇天だったが、その黒々とした雲は雨の予感を漂わせていた。
14
空腹が満たされたからか、起き抜けから感じていた気怠さはなくなっていた。
そうなると部屋でゴロゴロするのも勿体ない気がして、ダイニングをあとにしたハジメは、とくに目的もなく船内をブラブラと歩く。
終日航海の今日は、多くの人が船内で思い思いに過ごしており、そこかしこに楽しげな声と笑顔が溢れていた。雲行きが怪しい天気などものともしない明るい雰囲気に、ハジメの足取りも軽くなる。
さて、これからなにをしようか。
劇場ホールやシアタールーム、ジム、図書室、と時間を潰す場所はいくつもあるが、どれもさほど心惹かれない。
「あーあ、美雪がいればなぁ」
きっとなにをしても楽しかっただろう。
ここにはいない幼馴染の姿を思い浮かべ、ハジメは一抹の寂しさを覚える。なにしろ同行者が高遠なので、一緒に美味しいものを食べるだとか、ふたりでなにかアクティビティを楽しむだとか、そういった普通の旅行が恋しかった。
「ん?」
と、そこまで考えて自分の思考に疑問が浮かぶ。
オリエンタル号に乗ってからなんだかんだと高遠とは一緒に食事をしている。まあ、それ自体はいつものことでもあるわけだが、北海道ではハジメの希望通り函館朝市にも連れて行ってくれた。
マジックショーも見る側ではなかったが一緒にやったし、カジノやカードルームにも行った。
昨日寄港した佐渡島では『賽の河原』を歩いて、「俺もここで石積んだりしたのかな」というハジメの冗談に、「賽の河原で足止めされていたんですか……つまり、君を地獄に落とすにはご両親を先に殺すべきだと?」というドン引きな言葉が返ってきたりした。相変わらず意味がわからない。そして途中に寄った鮮度がピカイチと評判の寿司屋は旨かった。
「……わりと、ちゃんと旅行してるな」
しかし、では楽しかったのかと聞かれると素直にうなずけないものがある。
相手が高遠となるとただ楽しいでは終わらない。九割方あの男の非常識で不穏な言動のせいだが、ハジメ自身が彼を、二回目を生きている高遠を、どう扱うべきか決めかねていることも影響していた。
高遠遙一はたしかに変わった。
それでも、あの男の本質はハジメを"平行線”と呼んだあの頃と変わってはいないとも思う。高遠のなかに地獄の傀儡師はいる。いや、ひょっとしたら金田一一のなかにこそ、彼はいるのだろうか。
すべてを覚えている高遠を、その罪を許せる日は……きっと来ない。
その一方で、いつか、あの男が"平行線”と呼ぶこの関係に、別の名前が付けられたらいいのにとも思ってしまう。もちろん、宿敵やら闇と光の双子やら、物騒な感じのものはお断りだが。
気づけば、七階のサンデッキまで来ていた。
天気が悪いせいか、今日はスライディングルーフは閉じられている。しかし、日差しはなくとも蒸し蒸しとした夏特有の暑さは変わらない。
周りの乗客たちのようにプールに入れば気持ちいいのだろうが、水着など持ってきていないし、ひとりでストイックに泳ぐというのもハジメの趣味ではなかった。
やっぱり室内で過ごそうと引き返しかけたハジメの足を止めさせたのは、乗船してから知り合った美人の水着姿だった。
「あれ、夏帆さん?」
水から上がりプールサイドに腰掛ける夏帆はさながらグラビアアイドルのようだ。
プロポーズ抜群の彼女は扇情的な黒色の三角ビキニを身に着け、周囲の男性の視線を釘付けにしている。遠目にも素晴らしい谷間がとても眩しい。
夏帆はそのままスポーツデッキへと移動するつもりらしく、軽く身体を拭き、ハジメに背を向ける形で歩き出した。
どうせ夜は一緒にミステリーナイトに参加するのだし、声をかけようと夏帆を追いかけることにする。
あの水着姿を近くで見たいという邪な考えもあった。いまは同性なのだから、その気になれば同じ風呂にだって入れることはわかっているが、それとこれとはまた別という複雑な元男心。あと、美人は同性から見ても眼福だと思う。
「夏帆さ……げぇ、あいつ!」
ハジメが夏帆に追いつくより早く、前からいつぞやのナンパ男が歩いてきた。この間ゲットしたふたりは放流したのか、残念なことにその男に連れは見当たらない。
ここは自分がナンパ男から夏帆を守らねば、と駆け寄ろうとしたハジメの視線の先で、ふたりは何事もないかのようにすれ違った。
「え?」
思わず漏れたのは疑問の声。
男はなぜか夏帆に視線一つ向けなかった。前から人が来たら、興味云々以前に少しくらい注意を払うだろうに、その仕草はあまりにも不自然に感じられた。
夏帆を追うのも忘れ、ハジメは男の行動を注視する。
ナンパ男はそんなハジメの視線に気づくことなく、新たにプールサイドへとやって来た女性を口説き始めた。
二三言葉を交わすが、どうやら女性はパートナーがいるらしく、ナンパ男は食い下がることなく、近くにいた別の女性へと笑顔で声をかけている。
このナンパ男はなぜ夏帆には声をかけなかったのだろう。
好みではなかった? あるいは、すでに一度口説いて失敗している可能性も否定できない。
ただどうにも拭い難い違和感が、ハジメのなかに残った。
◆
二十時十分。
遅刻魔なハジメにしては十分遅れというまずまず約束通りな時間に来れたと思ったのだが、待ち人はそうは感じていなかったらしく、ミステリーナイトの会場である六階ダイニングについたハジメを見た夏帆はひどくほっとした顔をした。
「いや〜、あはは。遅れちゃってすみません」
「ううん。来れなくなったのかと思って心配しちゃった」
ダイニングは朝に来たときとは違い、窓側に小さなステージらしきものが設置され、そのステージを向いて参加者がグループなどでソファに座り、イベントを楽しめるようになっている。
夏帆と政則に遅刻を詫びながら、ハジメはふたりと同じソファに腰掛けた。
少しうつむきがちで黙っている政則が気になったが、こちらを見て小さく会釈を返してくれたので別段怒っているわけではなさそうだ。あまりこのイベントに乗り気ではないのかもしれない。
まだミステリーナイトは開始の挨拶がすんだばかりで、これからイベントの詳しい説明があるのだと夏帆が教えてくれる。
「今宵お集まりの名探偵の皆様。あなた方にはこの私、『殺人二十面相』が起こした三つの殺人事件に挑んでいただく!!」
ステージ上の黒マントにタキシード、白いフルマスクの男が高らかにそう宣言した。
いわゆる『怪人二十面相』のパクリなのだろうが、正直この手の衣装――というかフルマスク――にいい思い出がまるでないハジメである。スカーレット・ローゼスとか、マスクマンとか、赤尾一葉とか。自分の周りで雑に顔を隠している怪しい男はだいたい高遠遙一という嫌な図式があった一回目の人生に遠い目をしてしまう。
ハジメ以外の参加者はとくに司会進行役の格好には抵抗がないらしく、ミステリーナイトの設定を興味深そうな顔で聞いていた。
殺人二十面相がどんな設定を持ったキャラクターなのかなどまったく興味がないハジメは、その話を右から左に聞き流しながら周りを見回す。
参加者のなかにはいつき陽介や香山三郎・聖子夫婦といった見知った顔が何人かいた。三人同じグループというわけではなさそうだが、席が近いからか簡単な挨拶を交わしているようだった。悲恋湖ではお互い面識がないと話していたが、あの沈没事故がなければ、彼らはこんなところで接点を持つ機会があったのかと、なんだか不思議な気持ちがした。
会場の出入り口付近では、船内で何度か見かけたあのナンパ男が、午前中に声を掛けていたのとはまた違う女性ふたりを侍らせていた。
「それでは、まずは第一の事件について考えていただこう」
いつの間にやらイベントの説明が終わっていたようで、スタッフが資料を配ってくれている。
ハジメたちの席には近くにいた殺人二十面相自らが資料を持ってやって来たので、通路側にいたハジメがとっさにそれを受け取ろうと手を出した。
「やる気はバッチリというわけだね、名探偵君」
ハジメ、夏帆、政則と一人ひとりに資料を手渡す姿は、恐ろしい怪人というよりは丁寧なイベントスタッフのそれで、見た目とのギャップが少し可笑しい。
「あら、これ二部あるわ」
「これは失礼」
余分な資料を夏帆から受け取った殺人二十面相は他のグループへとそれを配るために去っていった。やはり普通のスタッフが配るより彼が来るほうが盛り上がるらしく、資料を渡すたびに楽しげな声が響いていた。
一部一部渡すと時間がかかるからだろうか、次のグループからはひとりにまとめて手渡している。
「……すまないが、少し疲れているようだ」
「えっ、大丈夫?」
「ああ。飲みすぎたのかな。先に戻るよ。……金田一さん、悪いが妻に付き合ってあげてくれ」
本当に疲れた顔をして政則は立ち上がった。
泰田夫婦は十八時半頃から夕食をとりながら酒を嗜んでいたそうなので、彼の言う通り酔いが回ったのだろう。少し足元が覚束ないように見えた。
「ひとりで大丈夫ですか?」
「はは、大丈夫だよ。ふたりはこのまま楽しんでくれ」
政則が出入り口へと向かって歩き出すと同時に、会場の照明が落とされ、ステージの奥にあるモニターに画像が映し出された。
第一の問題となる殺人事件の現場らしき画像を見ながら、資料に載っている事件の概要が説明される。
モニターから視線をはずし、ちらりと後ろを振り返れば、政則がダイニングから出ていくところだった。その足取りは歩き出したときよりもしっかりしており、あれなら大丈夫かな、とハジメは問題を解くべく前を向いた。
それが――ハジメが見た、生きている泰田政則の最後の姿だった。