1
高遠遙一には現在とは別の一回分の人生の記憶がある。
これがいわゆる前世と呼ばれるものなのか、あるいは過去への逆行ともいうべき巻き戻りなのかはわからない。とくに知りたいとも思わない。
ただ、前回と相違なく進んでいくこの人生には二つの目標がある。
一つは天才マジシャン・近宮玲子の死を阻止すること。
そして、もう一つは――。
◆
不動山市某所。
高遠はある種の確信を持って、その人物を待っていた。
前回の自分と彼の年齢差は六歳。いまのところこの二回目の人生は意識して変えなければ、一回目と同様の道筋を進んでいる。つまり、彼は現在不動小学校三年生のはずだ。
「はじめちゃん! 今日は掃除当番だって言ったじゃない。なに帰ろうとしてるの!」
幼馴染の言葉に、声をかけられたその少年はあからさまに顔を顰めてみせた。
ボサボサの髪にギョロッとした目とゲジゲジ眉毛。
高遠の記憶のなかにある姿をそのまま縮めたような彼は、追いかけてきた少女へと顔を向け、ぱちんと両手を合わせて拝むようなポーズをとる。
「あー、ほら、今日はちょっと用事があってさ。次! 次はゼッテーちゃんとするから!」
「ウソばっかり! 先週も同じこと言ってたくせに!!」
言動まで高校生のときと変わらないのには少々呆れてしまう。いや、呆れるべきは高校生のときの彼に対してか。高遠の平行線は、今回も私生活ではオチコボレをしているらしい。
まだ三年しか使っていないはずの茶色のランドセルはずいぶんと草臥れていて、彼の生活態度が透けて見えるようだ。
この、平穏を愛する善良な彼がもっとも輝くのが惨劇の上だとは、なんという皮肉だろう。
……金田一君。
音にならなかった声は無様に震えていた。
生きている。
金田一一が生きて、動いている。
幼馴染の少女に変わらない笑顔を向けて、退屈だとしか思えない日常をさも楽しそうに生きている。
ああ、歓喜と呼ぶには暗く、憎悪と呼ぶには少し甘い、この感情に相応しい言葉はなんだろうか。執着? 妄執? あるいは“愛”と呼ぶこともできるかもしれない。
高遠遙一は、たしかに金田一一の存在に喜びを感じているのだから。
そして、同時に胸の奥深いところからどろりとした何かが溢れ出してくる。絶対にいると信じていた。二度同じ後悔などするものか。今度こそ、この私の手で――。
「!」
殺意が漏れていたわけでもないだろうに、絶妙なタイミングで彼が振り返ったため、高遠は一瞬身を強張らせた。いまこの場で彼を殺害するためのいくつかの方法が脳裏をよぎる。
正直、彼をこの手にかけるのならば、とびきり美しい惨劇を用意したい。
できれば九歳の彼ではなく、平行線として相対していた十七歳の金田一一に相応しい舞台を。
高遠の用意した舞台で、その罠に嵌まり、絶望のなか命を落とす彼はきっとなによりも美しい。
もういっそ、安全な場所に監禁してしまいたいくらいだ。
しかし如何に地獄の傀儡師としての記憶を保有していようと、いまの高遠遙一はただの十五歳の少年にすぎない。行動に制限が多すぎる。
そんな埒もない逡巡は、こちらの顔を見て、人懐っこいどんぐり眼を大きく見開いた彼の口が、自分の名前の形に動いた瞬間に吹き飛んだ。
「ちょ、おい!」
気づけば、暴れる平行線を抱えて走り出していた。どこへなのかなんて高遠自身も知らない。
「え!? は、はじめちゃん!!」
「美雪! 母さんには夕飯までには帰るって言っといて!!」
「えーっ!?」
確信があった。
金田一一にも自分と同じように一回目の記憶があるだろうと。
だから会いに来たのだ。運命を捻じ曲げてでも、一分一秒でも早く、ほかの誰かが彼の生命を奪ってしまう前に。惨劇の上でなくても、そこに解かれるべき謎がなくても、どんな悲劇も生まれていなかったとしても。
ただ、金田一君。君に会いたかった。
2
「で、お前は地獄の傀儡師・高遠遙一なわけ?」
とりあえず入ったファミリーレストランで、二つ目のパフェに手を伸ばしながらハジメは目の前に座る高遠を見た。今回も食べ物は彼を懐柔するのに非常に効果的な手段であるようだ。
「いまはまだそう名乗ってはいませんよ」
「もう二度と名乗んなよ。前は言わなかったけど、二つ名とかいまどきチョー痛々しいからな」
「君は本当に失礼ですね」
そして危機感がない。
元とはいえ連続殺人犯が目の前にいるというのに、まったく警戒した素振りがないのは如何なものか。これではまた誰かにあっさりと殺されてしまうかもしれない。
その細い首は女性でもへし折ることができそうで落ち着かないし、トランクに収まってしまいそうな小さな身体はなぜだか高遠の不安を煽る。
「……なんだよ?」
高遠の不穏な視線に気づいたのか、ハジメがいくぶん警戒を孕んだ顔でこちらを睨んだ。相変わらず勘が鋭い。ただパフェを食べる手が止まっていないあたり、いくぶんの警戒などでは足りないとは思ってもいないのだろう。
ハジメは以前から高遠遙一が自分を殺すことはないと信じているふしがある。
まあ、それはあながち間違ってはいない。
いまいましい彼を跪かせ、敗北を認めさせることが目的だったのだ。それを達成するまではむしろ死んでもらっては困る立場だった。そう……前回は。
金田一一が死んだあと、高遠がなにを感じ、どう行動したかなど、彼には想像もつかないだろう。
「ねぇ、金田一君。君、ちょっと監禁されてみたりしません?」
だが、彼の死に相応しい舞台は用意したい。
地獄の傀儡師としては宿敵との最期のときに妥協はしたくないのだ。
「はぁ!? あんた……その話が通じないとこ直さないと社会に出たとき困るんじゃねぇの」
「社会に出たこともない子どもにそんなことを言われるのは心外です」
「あんたもろくな社会経験ねぇだろ! 有名マジシャンのもとで修行して、幻想魔術団でマネージャーやって、あとはずっと地獄の傀儡師じゃねぇか!」
「君よりはあります」
地獄の傀儡師は完全犯罪コーディネーターとして働いていたとカウントしてもギリギリ大丈夫なはず。依頼人から金銭は受け取っていないが、別口で収入は得ていたわけだし。
「つーかなんだよ。近宮さんの事件を回避したんだから、フツーにマジシャンすんじゃないの?」
「……知ってたんですか」
「どっかで見たマジシャンが四人ほど事件起こして捕まってたからな」
ポツリと「殺さなかったんだな」とつぶやいた彼は、あんな卑しい連中にも生きる権利があると言うのだろう。
「殺したほうがよかったですか?」
「ヘッ、どうせあんたのことだから“同じキャストを使うなど美しくない”とか頭のおかしい理由なんだろ」
「さすが金田一君。私のことをよく理解してくれていてうれしいですよ」
「俺はちっともうれしくねぇよ!」
実際、殺してもよかったのだ。
餌をちらつかせて罠に嵌め、くだらない罪状で刑務所に送るより、そのほうが簡単で後腐れがない。疑心暗鬼にさせお互いを殺し合わせたってよかった。
そうしなかったのは、金田一一が自分の平行線のまま二回目を生きていると知ったからだ。
「……なんで、あんたなんだろ。美雪でも、剣持のオッサンでも、明智さんでもなく」
「六角村の事件はずいぶんとセンセーショナルでしたね。イギリスでも報道されていましたよ」
殺されてミイラ化した六人の少女たち。村ぐるみの犯罪に、隠された大麻畑。
本来であれば六星竜一が起こす惨劇が引き金となり崩壊するはずの悪徳の村が、名探偵・金田一耕助の活躍によりその罪を白日の下に晒され別の終焉を迎えたとき、高遠はハジメが自身と同じであると気づいた。
そして、彼がなにをしようとしているかも。
「もう一度青春を謳歌しようとは思わなかったんですか? 七瀬さんと幸せな家庭を築くことだってできるかもしれませんよ」
「…………」
「君がなにをしなくても事件は起こるし、人は死にますよ」
「それでも……それでも、少しでも誰かが救われるなら、悲しい思いをしないですむなら、行動するべきだって思ったんだ。それが、俺が記憶を持ってる理由なんじゃないかって」
あんな形で一度目を終えて、どうして人のために生きようと思えるのか理解できない。
事件になど関わらず、悲劇に目を瞑り、泣き声に耳を塞ぎ、自分の幸せのためだけに生きればいいのに。
「なら、私がここにいる理由は君が退屈しないように別の惨劇を用意するためなんですかね」
「!」
「ああ……いいですね、その表情。とてもやる気が湧きます」
深い悲しみと、強い怒り。
高遠を糾弾するその正義感に燃える瞳に背筋がゾクゾクする。君はその苦しむさまが美しいのだと言ったら、この子どもはいったいどんな顔をするのだろう。
テーブルを越えて、いまにも掴みかかって来そうなハジメへとニッコリ微笑む。
「高遠っ!」
「冗談です」
「……は?」
「だから、ただの冗談ですよ。君が言ったように私にはもう地獄の傀儡師をする理由はありませんから」
ぽかんとする顔はなかなかに可愛らしい。
「おまえ……ほんと、おまえ」
「金田一君。君はもう少し年上に対する言葉遣いを身につけたほうがいいですよ」
「うるせー。もうヤダ。おまえなんて嫌いだ」
ペタンと頬をテーブルへと押しつけ、不貞腐れたように悪態をつくハジメは先ほどの高遠の言葉を信じたのだろうか。
彼が名探偵として舞台に上がるならば、その視線の先には宿敵たる地獄の傀儡師がいないはずがない。
決して交わることなく、それでいていつも隣にある平行線は――まだ、続いている。
3
高遠は一回目と同じように秀央高校へ四年ぶりの全教科満点合格者として入学した。キラキラした某警視は今回も順調にハジメのいうイヤミな人生を送っているらしい。
高遠遙一は自分がなんのために生きているのか――その答えを、もう知っている。
だから音楽室にはピアノを弾きに行かなかった。
入学式の新入生代表挨拶は辞退したほうが目立つことを学んでいたのでそつなくこなしたし、やはりというか、クラスメイトに霧島純平の姿があったが興味を引かないよう模範的な秀央生を演じておいた。
よって問題のマジック部にはそもそも誘われなかったわけだが、いまさら高校の部活動に参加する意味もないだろうと、起こるかもしれない問題はとりあえず放置している。
井ノ尾公園でマジックの練習はしていないので、藤枝つばきとの接点もない。
霧島はたぶん前回と変わらず自己申告通りの“生まれながらの犯罪者”だ。彼がまたマジック部の面々を殺すのかはわからない。高遠が関わらないことで、事件が起こらない可能性もある。
高遠としては自分の在学中に秀央高校で殺人事件など起こしてほしくないとは思っている。
自分の周りで殺人事件が起これば、必ずハジメの耳に入るからだ。霧島純平の犯す美しくもなんともない事件など彼に相応しくない。それに万が一、ハジメが霧島に目をつけられたら非常に面倒なことになる。
霧島には快楽殺人鬼として、高遠ともハジメとも関わらないところで、牢獄でも地獄でも好きなところに行ってくれることを願う。
「なあ、秀央の五月祭っていつ?」
自身の宿敵が犯罪の芽を思い切り放置しているとも知らないで、ノーテンキな顔でパンケーキを頬張る子どもの言葉に高遠は目を細めた。
「来るんですか?」
「美雪に誘われてんだよなー。でも、高校生してるあんた見んのもビミョーだし」
彼のいう微妙がどういう意味なのかよくわからない。
しかし、ハジメが来るなら事件が起こるかもしれない。非科学的と言われようと、これはいままでの経験に基づいた純然たる事実である。
やはり容疑者は霧島純平だろう。
「前のときはなんもなかった?」
「さあ? 私は参加しなかったので」
「……ふーん」
スッとハジメの目の色が深さを増し、いつだって真相を見抜く瞳が探るようにこちらを見つめてくる。とくにうそはついていないが、いったいいまの受け答えのなにが引っかかったのか。
心地よい平行線からの視線に自然と口角があがる。
「それで、来るんですか?」
「いかねーよ。来てほしくなさそうだし」
「……なぜそう思うんです?」
「なんとなく? あっ、俺に会わせたくないヤツでもいんじゃないの〜? 彼女とか!」
ニヤニヤと笑う顔が非常に腹立たしかったので、隙を見てハジメの皿の上に残っていた苺を自分の口へと放り込んだ。シロップ漬けされているのかやたらと甘い。
「あーっ!? 俺の苺!!」
「……よくこんな甘いものを食べられますね」
「人のとっといて文句言うなよ! 返せ!」
「返しましょうか?」
「……いらない」
それは残念。
恨めしげに「俺の苺」とつぶやくハジメにため息をついて、メニューを差し出す。途端に目をキラキラさせ喜ぶ彼とのいまの関係を不思議に思う。
再会してから二か月が過ぎた。
ハジメのなかで、高遠遙一はいったいどういう存在としてカテゴライズされているのだろうか。
一回目のように姿を見せて身構えられるということはない。餌付けしようと食べ物で釣ればホイホイとついて来る。遠慮なく奢られて、感謝さえしてみせる。
彼の性格を考えるに、高遠の犯した罪を許したわけではないはずだ。
「犯罪者と楽しく食事をする君、というのは解釈違いなんですが」
「はぁ〜? 誰が犯罪者だって?」
「おや、君は私の罪を許してしまうんですか?」
「――犯してない罪を許すも許さないもないだろ。……どうしようもない状況で人を殺してしまったとして、それは絶対に許されないことだけど、だからってやり直すチャンスすら奪われるのは違うだろ」
「正当な復讐すら許さない君らしい考えだ」
高遠遙一は死んで罪を償えと主張する。
金田一一は生きて罪を償うべきだと説く。
人の生死に対する価値観は、お互い死んでも変わらなかったらしい。笑えるくらい対象的なのに、どうしてこうも惹かれるのだろう。
「あんただって……殺さなかったじゃないか」
たったそれだけのことで、この子どもはいともたやすく絆されてしまったのか。
「人の本質はそう簡単には変わらないんですよ、金田一君」
「そうだとしても、変えられないわけじゃねぇぜ。現に、あんたは前回とは違う道を歩いてるはずだ」
「……君のせいでね」
「はぁ? なんで俺のせいなんだよ。てか、解釈違いってなんだよ! あんたのなかの俺ってどうなってんの!?」
「それはもちろん私のへいこ――」
「あーっ!! やっぱいい、聞きたくない!!」
「あまり騒ぐとお店の人の迷惑になりますよ」
「あんたのせいだろ!」
「騒いでいるのは君だけでしょう」
ぐしゃぐしゃと髪をかきむしり、威嚇するような声をあげるハジメを観賞しながら冷め切った紅茶をすする。香りの薄いこの味にもなんだか慣れてしまった。
このまま、この関係にも慣れてしまうのだろうか。
「……ゾッとしないな」
彼のなかで、ただのその他大勢と同じような存在に成り下がるなど耐え難い屈辱だ。
“絶対に許せない”と自身の誇りにかけて誓ってくれたように、その正義感に燃える強い瞳と類まれな推理力で、高遠を追い求めてほしい。
世界でただ一人、金田一一が許せない存在でいたい。
高遠の犯した罪ではなく、高遠自身を憎めばいい。
人の持つ心の闇の部分を知りながら、それでも誰の人生にも必ず光はさすなどという綺麗事を信じている彼が心の底から人を憎む姿が見たい。そして、その相手は高遠遙一でなければならない。
それともこのまま親しくなれば、相対したときの絶望や怒りはより深くなるのだろうか。
だとしたらこの関係を続けるのも悪くないかもしれない。
4
「ところで、なにか用事があると言っていませんでした?」
「ああ、そうそう。あんた、パソコン持ってない?」
本当に用事があったとは意外だ。
珍しくハジメの方から高遠に会いに来たが、どうせいつものように食事目当てだとばかり思っていた。
「持っていますが……なにに使うんですか?」
正直、高校のパソコンでいかがわしい画像をダウンロードしようとしてウイルス感染させた前科を持つ彼においそれと貸したいものではない。
そもそも高遠自身もまだ未成年なのだ。養育者に説明しにくいようなトラブルは困る。
「これを清書したいんだ」
そんな高遠の心配をよそに、ハジメは十七歳のときとあまり変わらない字で書かれた手紙を差し出した。
「これは……ああ、常葉瑠璃子の件ですか」
「なんであんたが知って……って、研太郎つながりか」
「正確に言うと邪宗館のことを知って、井沢君につながったんですけどね」
高遠の言葉にハジメの瞳が悔恨に陰る。
思い違いが生んだ誤解から仲間を殺してしまった少女。そのきっかけとなってしまった彼はどれほど激しい後悔を胸のうちに抱いているのだろう。
のちに起こる悲劇そのものを断ち切りたいと願うのはその後悔があるからなのか。
「この手紙はどこに送るんですか?」
「軽井沢マガジンの編集部と地方放送局」
「まあ妥当ですね」
常葉瑠璃子の両親と二人の弟は雑誌に掲載された誤った情報によりドクツルタケを食べて死亡した。
ハジメの言うように掲載雑誌に訂正記事を依頼し、地方放送局に注意喚起をしてもらえばとくに問題なく防げる事故だ。
「そういえば、井沢君のご家族も健在なようですね」
「調べたのかよ」
「彼はなかなか悪くないマリオネットだったのでね」
「……っ、あんたは、俺を怒らせて楽しいわけ!?」
「君の怒りに燃える顔が好きだと言ったらどうします?」
「通報する」
「手厳しい」
降参だというように両手をあげてみせる。
馴れ合うような関係はゴメンだが、協力者として高遠以外頼るものがいないという状況はなかなかにおいしい。七瀬美雪も、剣持勇も、明智健悟も、二回目を生きる金田一一の理解者にはなりえないのだから。
決して交わらないはずの平行線と共闘するのは、なぜかそれほど不快ではない。
「井沢君のときはどうしたんです?」
「あー、事故の日に地元の警察に“大雪のなか車内で眠り込んでる家族がいるけど大丈夫かな?”つって通報しただけ」
「自殺まで考えていた火祀の方々は生きていますかねぇ」
「あんたってホント性格悪いよな。知ってんだろ。三千万の強盗容疑で捕まってるよ」
誰も死なない結末を本気で模索しているらしい。
「まるで運命を操る神のようですね。嫌いではありませんが」
「神なもんか。……尾高山に旅客機は墜落したろ」
まったく、どうしてそう簡単に弱みを見せてくるのだろう。
真新しいその傷に爪を立てて血を吹き出させてみたくなるではないか。無力感に苛まれるハジメを見るのは嫌いではないが、その原因が天災にも近い事故では少々面白みにかける。
「不動高校の木造校舎がなくなっているのも君のせいですか?」
「俺が破壊したみたいに言うなよ。てか、イギリスから帰国して二か月くらいのくせに調べすぎだろ」
「君のことはなんでも知っておきたい質なんです」
「お巡りさ〜ん!」
一回目から収集していた情報はとても役に立っていた。
ハジメに教えるつもりはないが、高遠は彼が解決した殺人事件だけではなく、小学生のころ課外活動として冒険クラブに所属していたことも知っているし、その活動中に起きた事件も把握している。
やたらと広い交友関係もほぼ網羅できているはずだ。なんならその友人たちの状況などはハジメ自身よりも知っているかもしれない。
「ストーカーかよ」
「凝り性なんですよ」
「そういえば、あんた演出過剰でトリックを見破られたことあるもんな」
「…………」
「見破ったの俺だけど〜」
「なるほど。ここの支払いは自分でしたい、と」
「わーっ! それは卑怯だろ!?」
人懐っこいくせに、ハジメの生意気な態度は妙にこちらの加虐心をそそるときがある。彼が年上からやたらと構われるのはこれが原因だろう。
しかし、いつまでも彼をからかっていても話が進まない。
「ふぅ。パソコンは使わせてあげましょう。ただし私の監督下でですが」
「えー。別にちょろっと貸してくれたらいいんだけど」
「私は君のミス研での前科も知っているので同じ轍は踏みませんよ」
「うげぇ。どこで聞きつけてくんだよ。盗聴器でも仕掛けてたんじゃねぇだろうな」
「おや、気づいてなかったんですか?」
「……冗談だよな?」
ニッコリと笑って答えないでおく。
さすがにそこまでひまではなかったが、青い顔をして自身の記憶をさらい出したハジメが愉快なので誤解させたままにしておこう。
しかし彼は高遠をいったいなんだと思っているのか。
「まあ、盗聴器のことは置いておいて」
「待て! それはおいといていい問題じゃねぇ!」
「これを君にあげましょう」
「もうやだこいつ話通じない! ……って、なにこれ?」
高遠が差し出したのは一台の携帯電話だ。
盗聴器は必要ないが、これからのことを思えばGPSと連絡手段は持っていてもらいたい。
「いわゆるキッズケータイなので、ゲームはしないように」
「あんたから渡されるケータイにいい思い出ないんだけど」
「連絡手段がないと困るでしょう」
「困る……ん、かなぁ?」
「協力しますよ。これから君がすることに……しようとしていることに、ね」
「……なんで?」
なぜ?
そんなこと決まっている。
前回よりも倍速で生き急ぐように事件に関わる彼は、このままでは早晩命を落とすだろう。なにせ、ハジメの解決した事件の被害者の多くは殺されて当然のクズばかりだ。そんな連中と関わって無事でいられる保証などどこにもない。
「面白そうだからです」
君を失わないためですよ。