平行線機能不全   作:キユ

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第四章「復讐の旋律③」

 

「なあ、なんだよ!? 誰のいたずらだ!?」

 

 耐えきれなくなったかのように声を張りあげたのは荒谷地だった。その語気の強さとは裏腹に、彼の顔色は情けないほどに青くなっている。

 いたずらだと言いながらも、荒谷地がこの状況になんらかの恐怖を感じているのはその態度から明らかだった。現に彼は、いたずらを仕掛けた誰かを探るようにほかのメンバーを睨みつけながらも、問題のスマホには視線一つ向けていない。

 

「氏輝じゃない? いまの曲って冥府の使者でしょ。あいつ、今度は“サークル棟の幽霊”を題材にするとか趣味の悪いこと言って笑ってたし」

 

 千葉がどこか吐き捨てるようにそう言えば、みなの中に納得したような空気が流れた。ハジメがまだ見ぬ相澤氏輝という男はなかなかに問題のある人物らしい。

 しかし、自己紹介のときにちらりと相澤は映研でホラー映画を撮っていると耳にしたが、サークル棟の幽霊を題材にするのが「趣味が悪い」とはどういう意味だろうか。

 ハジメには話の詳細はわからないが、幽霊と名がつくものをホラーの題材にするのはさほどおかしなことには思えず、千葉の言葉に内心首を傾げる。

 ふと視線を向ければ、星川が震えるほど強くこぶしを握り締めているのが見えた。そのままなんとなく彼を観察していると、ぱちりと目が合った。こちらを向いた能面のような無表情に背筋がゾッとする。それは、感情を押し込めたこぶしとはあまりにも対照的な表情だった。

 

「星川、相澤からは先に行くって連絡が来たって言ってたよな?」

「ああ」

「じゃあ、やっぱりこのいたずらの仕掛け人はあいつかなぁ」

 

 近倉に声をかけられ、星川の視線が自分からはずれたことにハジメはほっと肩の力を抜いた。まだドキドキしている胸を宥めながら合宿メンバーたちの様子を窺う。

 先ほどの“いたずら”に顕著な反応を見せたのは、荒谷地、千葉、星川の三人だ。近倉は少し気味悪そうにスマホを持ってはいるが、そこまでそれを気にした様子はない。津島も近倉と似たような反応だ。ハジメとしては、津島がときおり自分と高遠をちらちらと見てくることのほうが気になる。

 藤堂や舟木はどこか不安そうにお互いの顔を見合わせているが、このふたりからも恐怖というほどのものは感じられない。

 合宿に集まった面々の中の、相澤が仕掛けたと思われているいたずらに対する温度差のようなものにハジメは眉根を寄せた。それは相澤氏輝という人物に対する感情の違いなのか、それともいたずらそのものに対するものなのか。

 

「相澤ってどんなやつ?」

「さあ? 私も個人的な面識はほとんどないので」

「……これが、あんたの言ってたなにかなのか?」

「それを解き明かすのが君の役目でしょう、素人探偵君」

 

 確実になにかを知っているであろう高遠とのなんの役にも立たない会話にどっと疲れが増す。事件らしい事件も起きていないうちからなんでも疑ってかかるべきじゃない。そうは思うのだが、この男がハジメをこうして誘い出す以上、それなりの警戒はしておく必要がある。

 

「まあまあ、相澤が来たらみんなでとっちめてやろう」

 

 場の雰囲気を明るくしようと近倉がやや大仰な手振りでそう提案すれば、ほかのメンバーたちもそれ以上はその話題を続けようとはしなかった。

 とりあえず相澤のものと思しき黒いスマホは彼が来るまで広間の棚に置かれることになり、まずは事前に決められた部屋割り通りに自分たちの荷物を片付けに行こうということで落ち着いた。

 わざわざひとり一部ずつ作ったらしい『合宿のしおり』を近倉から受けとり、ハジメも自分の部屋を確認する。

 しおりの通りなら、この貸別荘は一階にエントランス、広間、食堂、キッチン、トイレ、風呂、シアタールーム、そして四部屋の客室がある。一階の客室は女子が使うことになっているようで、いまいる広間から出て一番手前の部屋からハジメ、舟木、藤堂、千葉の順で客室が割り当てられていた。

 千葉と一番部屋が離れていることになんとなくほっとする。

 別荘の中へ入る前に彼女から受けた強い敵意を含んだ視線は、ハジメに苦手意識を植え付けるには充分な威力を持っていた。

 

「おや、君の部屋は一階なんですか」

「あんたは二階だろ」

 

 二階は一階と比べると吹き抜けなどの加減か少し小さく、トイレ、風呂、遊戯室に客室が八部屋という造りになっている。男子は全員二階だ。

 トイレや風呂の都合で男女を分けているのだろう。

 

「うわっ、あたしの部屋一番奥じゃん。サイアク! 誰よ、この部屋割り決めたヤツ! 近倉君!?」

「千葉、それは冤罪だ。たしかにしおりを作ったのは俺だけど、部屋割りを決めたのは相澤だから、文句なら自分の彼氏に言いなさい」

 

 宥める近倉に、千葉はそれ以上食ってかかったりはしなかった。

 ほかのメンバーが自分の荷物を持って割り当てられた部屋へと向かうのを見て、千葉も二泊三日分の荷物が入っているとは思えないほど大きなキャリーケースに手をかける。彼女はそのキャリーケースとはべつにハンドバッグまで持っているのでかなりの大荷物だ。

 

「荷物を整理したら、みんな適当にこの広間に集まってくれ」

 

 近倉の言葉を合図に男子は広間を出て二階へと上がり、ハジメたちは彼らとは反対のドアから客室へと向かう。

 ひとり遅れて絨毯の上を重そうにゴロゴロとキャリーケースを引く千葉に声をかけたのは、ハジメなりの親切心からだった。それに美人からよくわからない敵意を向けられているというのは居心地が悪い。

 

「あの、手伝いましょうか?」

「え? ……べつに、平気だけど」

 

 話しかけられるとは思っていなかったのか少し驚いた顔をしつつも、千葉はハジメの申し出をすげなく断った。若干の不愉快さが滲むその声音に内心たじろぐ。千葉がきつい性格なのはほかのメンバーとのやりとりからもわかっていたが、やはりハジメは彼女に嫌われているらしい。

 自分の態度でハジメの腰が引けたのを見て、千葉はふんっと鼻で笑ってから、なにか思いついたというようにその口元を意地悪く歪めた。

 

「金田一さんだっけ? じゃあ、せっかくだからお言葉に甘えてこれ運んでもらえる? あたし、トイレに行きたかったのよね。ありがと。助かるわ~」

 

 ドンッと身体にぶつけるようにキャリーケースを渡される。その衝撃でたたらを踏むハジメなどお構いなしに、千葉は「これもよろしく」と手に持っていたハンドバッグをキャリーケースの上へと置いた。

 千葉はそのままこちらの返事も聞かずにハジメの横をすり抜け、トイレのほうへと歩いていく。

 その場にひとり残されたハジメは、無駄に大きなキャリーケースとハンドバッグを前に、ポカンとした顔で千葉が歩いていった方向を見つめることしかできない。

 

「え、これ、俺がひとりで運ぶの?」

 

 それは手伝いの範疇を超えているだろう。

 

 

 

 豪勢なことに廊下まで絨毯が敷かれており、キャスターがついているとはいえ、千葉の大きなキャリーケースを運ぶのには骨が折れた。

 死体でも入っているんじゃないかと疑ってしまうくらい重い。

 そんな荷物の重みと千葉の自分への態度も相まって、彼女の部屋のドアを開けたとき、ハジメの機嫌は地を這っていた。彼女の敵意の理由がわからないのも、ハジメの苛立ちに拍車をかける。

 

「むっかつく!」

 

 いくら美人でもああいう態度はいただけない。

 ハジメは感情のままに部屋の入口から、あとは知るかとばかりにキャリーケースを力任せに押し出した。部屋はさすがにフローリングだったため、キャリーケースは先ほどまでの動きの悪さが噓のようにツルツルと床を滑っていく。

 そして、そのまま結構なスピードでベッドのサイドチェストへと激突した。

 

「やっべ!」

 

 運悪くというべきか、サイドチェストの上にはこれまた立派な花瓶が飾られており、キャリーケースがぶつかった衝撃でその花瓶がぐらりと傾くのが見えた。

 視界の中でスローモーションのように床へと落ちていく花瓶を間一髪でキャッチできたのは、運動音痴のハジメにしては上出来だろう。残念ながら落ちるときにチェストの引き出しの取っ手にあたってしまったようで無傷とはいかなかったが、花瓶のふちが少し欠ける程度の被害ですんだことにほっと息をつく。

 

「ったく、空の花瓶なんて置いとくなよなー」

 

 花が生けられていれば、キャリーケースがぶつかったくらいでは倒れなかったはずだと、ハジメは自分の行動を棚に上げてぶつくさと文句を言う。

 まだ手に持っていた千葉のハンドバッグは腹立ちまぎれにベッドの上へと放り投げておいた。キャリーケースはこのままだとハジメの犯行がモロバレになるので、ベッドの足元側に移動させる。

 

「う~ん」

 

 欠けた花瓶を手に、ハジメは唸った。

 どうやって誤魔化そうか。

 最初と同じ向きに花瓶を置けば、欠けたふちがちょうど正面にきてしまう。ならば、と花瓶をくるりと回し欠けたふちを壁側へと向ければ、ぱっと見はわからないが、近づけばやはりその欠けた部分は目についた。

 比較的きれいに欠けているのでワンチャン、と床に落ちていた花瓶の欠片を拾い、ふちへと合わせるとパズルのようにぴったりと一致する。しかし、当然ながらハジメが支える手をはずせば、欠片はぽろりとそこから落ちてしまった。

 その欠片を見つめ、もう放っておこうかなと思っていたハジメは、あるものを持っていたことを思い出し、自分のボストンバッグの中をごそごそと漁る。

 

「あっれー? どこだ?」

 

 目的のものはサイドポケットの奥から出てきた。

 いわゆる『チューインガム』だ。

 歯によい感じのやつではなく、駄菓子屋などで売っているような膨らませて遊べるフーセンガム。たしか、高遠がガムを膨らませたことがないというから、コンビニかなにかで買わせて、膨らませるところを見せてやった覚えがある。

 あれはオリエンタル号に乗り込む直前だったので、このガムは数か月間ボストンバッグの中に入れっぱなしになっていたことになるが、ガムには賞味期限がないから大丈夫だろう。

 ハジメはガムの包みを開けて、一つぽいっと口の中へ放り込んだ。

 

 

 

 

 あまり人には言えない方法で花瓶の応急処置をしたハジメが、自分の部屋へと荷物を置いたあと広間へと顔を出すと、すでに何人かはソファに座り寛いでいるようだった。

 ハジメに気づいた高遠が「遅かったですね」と声をかけてくる。

 

「あー、ちょっとな」

 

 なんとなく言葉を濁してその隣に腰掛けながら、ハジメはほかの面々へと視線を向けた。人に荷物を押し付けた千葉の姿が見えないなと思ったところで、食堂のほうからきゃあきゃあと楽しげな声が聞こえてきて、女性陣で飲み物でも淹れに行っているのだろうと合点がいく。

 ハジメの予想に違わず、千葉、藤堂、舟木の三人はそれぞれコーヒーカップを載せたトレーを手に広間へと入ってきた。

 千葉の顔が高遠の隣に座るハジメを見て小さく歪む。

 

(だからなんだよ、その態度は!?)

 

 いったい自分がなにをしたというのか。

 ひょっとして知り合いだったかと記憶をさらうが、千葉優芽乃という名前に心当たりもなければ、彼女の顔に見覚えもない。

 一回目の人生と比べれば落ち着いているが、元来ハジメは負けん気の強いほうである。こうも身に覚えのない敵意をぶつけられれば、それなりに反発心のようなものが湧くのも仕方なかった。

 

「はい、高遠君。コーヒー入ったわよ」

「ありがとう」

 

 千葉は語尾にハートマークでもつきそうな声音でそう言い、高遠の前にコーヒーカップを二つ置いた。「お砂糖とミルクはいる?」と甲斐甲斐しく声をかけ、可愛らしく笑う顔は先ほどまでと同一人物だとは思えない。

 少し屈んだ千葉の襟ぐりの深いセーターから見える魅惑の双丘よりも、そのあまりの変わり身に意識がいってしまう。つまり、彼女は……。

 

「そこ、あたしが座ってたから、どいてくれる?」

 

 疑問符こそついていたが、ハジメを見る目は外のとけかけた雪よりも冷たい。

 ほとんど反射的に席を譲っていた。

 ハジメと替わり高遠の隣に座った千葉は、もうこちらには興味ないとばかりに、甘えの混じった笑みを浮かべて男へとしな垂れかかる。推定でDカップはありそうな胸がむぎゅっと高遠の腕に押し付けられているのを見ても、なぜかハジメの中に羨ましさは微塵も湧かなかった。

 ただただ、千葉の男の趣味の悪さにびっくりする。

 そんな物騒で面倒臭い男のなにがいいのか。いや、ハジメ以外の人間にとっては、高遠遙一という男は有名大学に通うマジックのうまい青年でしかないのかもしれない。

 高遠だって男なのだし、スタイルのいい美人からアプローチされれば……とそこまで考えて、誰かと交際している高遠遙一の姿がまったく思い浮かばないことに気づいた。

 

(どういう子がタイプなんだろ?)

 

 空いていた一人用のソファに腰掛けながら、ハジメはいままで想像もしたことがない“高遠の好みタイプ”について考えを巡らせる。そんなハジメの視線の先では、高遠が表面上は穏やかに、内心はいっさいの興味がないだろう態度で千葉の話に付き合っているのが見えた。とりあえず、わかりきっていたことではあるが、千葉のことは好きではないらしい。

 高遠はあれで好き嫌いがはっきりしているタイプだと思う。好き嫌いというより、興味のあるなしといったほうが正しいだろうか。

 高遠の好きなものと聞かれてパッと浮かぶのは、マジック、薔薇、母親の三つくらいだ。謎とか惨劇とか芸術犯罪はハジメが入れたくないので却下しておく。

 

「う~ん」

 

 しかし、どれだけ考えても恋愛をしている高遠というのが想像できない。少なくとも母親に対する愛情は持っているし、一回目のときには幽月来夢という友人もいたので、別に彼が誰かを好きになってもおかしいことはないはずなのだが。

 ただしハジメへの執着具合を見るに、高遠がそもそも世間一般に当てはまる真っ当な恋愛観を持っているのかは不明である。

 

「はい、君もコーヒーで大丈夫? オレンジジュースとかもあるけど」

 

 ハジメのある種不毛な思考を断ち切ったのは、気遣いの言葉とともにコーヒーカップを差し出してくれた藤堂だった。

 

「千葉さんの態度が悪くてごめんね。あの人、この合宿で高遠さんを狙ってるから」

「いやー、ははは。……あれ? でもあの人って、相澤って人のカノジョじゃなかったですっけ?」

「さあ、乗り換える気なのかも。もともと上手くいってないみたいだし」

 

 そう答える藤堂の顔にはかすかな嫌悪が浮かんでいる。

 自分を見つめるハジメに中学生にする話ではないと気づいたのか、藤堂はとり繕うような笑顔で「君のお祖父さんの話が聞きたいな」と話題を変えた。

 

「こらこら、藤堂君。フライングは禁止だぞ。本物の名探偵の話なんてみんな聞きたいんだから、いまは我慢しなさい」

「じゃあ、近倉部長はいつならいいんですか? 我らミス研メンバーはみんな準備万端みたいですけど」

 

 藤堂の言葉に近倉が後ろを振り返れば、津島も舟木も星川も興味津々といった様子でこちらを見ていた。かくいう近倉も名探偵の孫に話しかける機会を窺っていたひとりなので、その気持ちはよくわかる。だが、この緩い合宿にも一応予定というものがあるので、近倉はサークルの長として自身の欲望をぐっと堪えた。

 

「まだ相澤も来てないし、あと一時間もすれば夕食の準備を始めるんだから、お楽しみは食後にとっておきなさい」

「相澤さん、本当に遅いですよね。どうしたんでしょうか」

「あの人、自分勝手だしドタキャンじゃないんですか?」

「えー、でも優芽乃先輩もなにも聞いてないみたいですよ?」

「電話にも出ないんだよなぁ。……まあ、便りがないのは元気な証拠。子どもでもないんだし、そのうち自分でやって来るだろう。あいつ、イベントごとは好きだしな」

 

 ミス研のやりとりを眺めながら、ハジメはこのまままったり広間で過ごすのかと思っていのだが、どうやら合宿の予定としてはこの時間には『映画鑑賞』が組み込まれているらしい。

 

「藤堂君や舟木君も見たことないって言っていたし、相澤の『首くくりの家』をシアタールームで上映しよう」

「あれ? 学祭でも上映してたのに、藤堂さんは見なかったの?」

「ええ。気にはなってたんですけど、ちゃんと見れてなくて」

「あたしも~。サークルに入る前だったから、真奈美のコンサートのほう見にいっちゃった」

「津島さんは見たんですか?」

「うん。まあ……内容はよかったよ」

 

 彼らが話しているのは、昨年の日本アマチュアシネマ祭でグランプリを受賞した映画だそうで、例の相澤氏輝が監督・脚本を務めたものなのだという。

 映画のタイトルからして正直嫌な予感しかしない。せめてゾンビやモンスターが出るパニックホラーなら、と一縷の望みをかけたいところだが、『首くくりの家』なんてどう考えても和製ホラーだろう。それも、ハジメが苦手なじっとりとした恐怖演出があるやつ。

 

「えっ、いまから見るのって氏輝の映画なの!?」

「氏輝のって、主演女優がなに言ってるんだ」

「……あたし、見たくないし部屋にいるわ。高遠君も一緒にどう?」

「僕はみんなとこのまま映画を見るよ」

 

 高遠の返事がお気に召さなかったのか、千葉は少しだけムッとした顔をしつつも、それ以上食い下がることなく広間から出ていった。バタンッと大きな音で閉まったドアが、彼女の機嫌を物語っている。

 

「おー、こわ。あいつ、年々ヒステリーがひどくなるよな」

「相澤がなかなか来ないからじゃないか」

「近倉ってこういうのホントにぶいね。あそこはもうとっくに破局してんじゃん。優芽乃がここに来たのは新しい男を漁るためだろ」

 

 そこまで言って、荒谷地は手にしていたスマホをズボンのポケットへとねじ込み、ぐっと伸びをした。彼はこの広間ではほとんどスマホをいじるか、藤堂にからむかくらいしかしていない。千葉のことを馬鹿にしたように笑っているが、あちらが高遠狙いなら、荒谷地は藤堂狙いといったところで、ハジメからすると五十歩百歩に見える。

 

「じゃ、俺も部屋に戻るかな」

「なんだ、お前も見ないのか?」

「あの映画の撮影と編集、誰がしたと思ってんだ? もう嫌ってほど見たってーの」

 

 千葉にしても、荒谷地にしても、自己顕示欲が強そうなタイプなのに、自身が関わった作品に対してずいぶんと淡白なその反応が意外だった。

 一同に背を向けた荒谷地は言葉通り自室へと引きあげていく。

 

「自分たちの映画を見るのが恥ずかしいってタイプでもないだろうに……どうしたんだ?」

「まあまあ、いいじゃないですか部長。それよりあたしシアタールームって初めて! 早く行きましょう!」

 

 部屋へと戻ったふたりとは打って変わって、舟木は近倉の手を引いて歩き出しそうなはしゃぎっぷりだ。ラウンドフレームの眼鏡がズレるのも構わず早く行こうとミス研メンバーを急き立てる姿は、ハジメから見ても子どもっぽい。

 ほかの面々はとくに映画鑑賞に否はないらしく、舟木に先導されるような形で広間からシアタールームへと移動する。そんな彼らのあとをノロノロと追いながら、ハジメはなんとか映画を見ずにすむ方法はないかと頭を悩ませていた。

 別に「ホラーは怖いから見たくない」と素直に伝えれば解決するとわかってはいるのだが、それを口にするのは少々ハジメのプライドが邪魔をする。素人が作った映画だし、そこまで怖くないかもしれないし。

 ハジメの悪足掻きもむなしく到着したシアタールームはミニ映画館といっても差し支えない造りで、先についていたミス研メンバーはすでに思い思いの場所に座っていた。スクリーンの近くで機械をいじっていた近倉が、ハジメが入ってきたことに気づき、視線で座るように合図してから室内の照明を落とす。

 暗がりの中、ハジメはとっさに高遠の横を選んで座っていた。

 

「金田一君? どうかしたんですか?」

 

 ハジメの行動に、高遠が少し意外そうな顔をする。ほかにも席が空いているのにわざわざ自分の隣に来たからだろう。高遠はなにか用でもあるのかと心持ち身体をこちらへと寄せてくる。そんな男から「べつに」と顔をそらしながら、ハジメは肘掛けへと置かれていた高遠の腕をぎゅっと掴んだ。

 察しのよい男はそれだけでハジメの心情を理解したらしい。

 

「君、ひょっとして怖いんですか?」

「……わりぃかよ」

「なぜ?」

 

 心底不思議と言わんばかりに問い返されムカッとする。

 

「だって、俺たちっていう科学では説明できない存在がいるわけじゃん。一回目のときよりこえーよ」

 

 幽霊や超常現象的なものがいないとどうして言い切れるのか。

 死んだはずの自分がこうして二回目を生きているのだ。無念のうちに死んだ人間が幽霊となってこの世にとどまり続けている可能性だってゼロではないはずだ。

 

「死んだ人間にはなにもできませんよ」

「そういうんじゃねぇんだよなぁ。なにかされるから、とかじゃなくてさ。いや、なにかされたら嫌だけども。ただ幽霊とかがいるっていうことそのものが怖いんだよ」

 

 高遠はハジメの説明ではあまりピンと来なかったのか、「そういうものですか」とつぶやいて視線を正面のスクリーンへと戻した。

 こういうとき、こちらを馬鹿にしたりしてこないところは高遠の長所だと思う。まあ、そこまでの興味がないだけかもしれないが、ハジメなら揶揄いの言葉一つくらいは言ってしまう気がする。

 上映中ハジメがずっと握り締めていたせいでシワになりよれてしまったカシミヤのセーターを見ても、やっぱり高遠はなにも言わなかった。

 あと、映画は普通に怖かった。

 

 

 

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