平行線機能不全   作:キユ

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第一章「再会②」

 

 彼はそろそろ白狐岳についた頃だろうか。

 殺した者と殺された者、そしてその罪を暴いた探偵。六年後に起こる惨劇を止めるために、ハジメは今回もカブスカウトに参加していた。どんな気持ちで友人たちに会うのか、彼の心情を想像するだけで妙に気分が高揚してしまう。

 犯していない罪は裁けないと言いながら、起きていない事件に胸を痛めている彼のなんと滑稽なことか。

 

『遙一?』

 

 電話口からの訝しげな声に自身の平行線へと飛ばしていた思考が戻ってくる。

 

「ちゃんと聞いていますよ、お母さん。心配しなくても僕は大丈夫です。家政婦(ナターシャ)もいるし、生活には支障ありませんから」

『でも……』

「友人もいるし、このまま秀央高校に通いたいんです」

 

 一回目と同様に先日義父が亡くなったが、今回高遠はマジックの修行に行く予定はない。

 ハジメとの関係を今後どうしていくのかという問題はまだ答えが出ず保留にしているが、いますぐに殺せない以上、ほかの誰かに奪われないためにはそばにいるしかない。

 

『楽しくやってるのね』

 

 どこかホッとした様子に、母には聞こえないように苦笑を漏らす。

 近宮玲子とは、高遠の十歳の誕生日に再会してからぎこちないながらも母子としての交流を続けていた。前回のことから、彼女は母親としてではなくマジシャンとして生きたいのだろうと理解してはいたが、あの卑しい弟子たちを排除するにはどうしても関係を持たざるをえなかったのだ。

 高遠自身子どもらしさの欠片もないため、再会して七年経ったいまでは親子というよりは師弟のような関係に落ち着いていると思っていたが、彼女は意外と息子のことを気にかけているようだ。

 正直母親としての彼女を求める気はいまも昔もないので、あまり自分のことは気にせずマジシャンとしての道を邁進してほしい。

 

『じゃあ、何かあったら連絡しなさいね』

「はい。お母さんも身体に気をつけて」

 

 もう天井裏の渡し板が外れ転落することはないはずだが、これから先なにも事故が起こらないとはかぎらない。マジックショーに事故はつきものだ。まして、人の悪意はどこにでもある。身の安全には気を配ってもらいたいと、お馴染みの別れの言葉を口にしてから電話を切った。

 

「金田一君は大丈夫でしょうかね」

 

 前回の金田一一は小学五年生のときに参加したカブスカウトで遭難事故に遭っている。もっともその遭難自体は彼が原因で起きたものだったらしいので、いまの彼が同じ行動をとることはない以上、遭難することなく普通にキャンプを楽しんで来るのだろう。

 いくら自他ともに認める事件体質とはいえ、小学生のキャンプで殺人などに巻き込まれるとは考えにくい。幸いキャンプ中に天候が崩れるということもないので、高遠も何も心配せずに待っていられる。

 ハジメのいない日常はいささかつまらないが、ひさしぶりに公園でマジックの練習をするのもいいかもしれない。一流のマジシャンになって母に会いに行くという前回の夢とは違うが、いまの高遠には彼女と同じステージに立つという目標があるのだから。

 

 

 

 金田一一を甘く見ていたとしか言いようがない。

 

「……なんです、その怪我」

 

 カブスカウトから帰ってきたハジメに会いに行けば、彼は左腕に白いギプスをつけ、左足に痛々しい大きなガーゼを貼っていた。

 

「あー、ちょっと」

「ちょっと?」

「崖から落ちたっていうか……降りようとして滑ったというか、降りたあとが問題だったっていうか」

 

 問い詰めると、カブスカウトのメンバーである鐘本あかりが今回は蛇に噛まれるのではなく、地面が泥濘んでいたところから滑落したらしい。落ちた高さはさほどではなく、少女もかすり傷程度ですんだのだが、助けに行ったハジメが思わぬ現場に遭遇してしまい、この怪我を負うことになったという。

 

「いや、だって死体を埋めてるとは思わねぇじゃん。山道からははずれてたけど真っ昼間だったし」

 

 つまりハジメの話を要約するとこうだ。

 鐘本あかりを助けるため持ち前の運動神経のなさで不格好に崖を滑り降りた結果、左足を盛大に擦りむいた。落ちた先が藪だったため、とりあえず開けた場所に出ようと歩いた先で死体を埋めている男に遭遇し、なんとか大人のいるキャンプ場まで逃げたがあと一歩のところで追いつかれ、少女を庇って左腕を負傷した、と。

 

 ……ふざけているとしか思えない。

 

 このいまいましい少年はまたしても高遠の知らないところで命を落としかけたというのだろうか。それも、どうでもいい他人を庇って。

 

「高遠?」

 

 指の先が冷たくなっている。

 心臓が鉛を呑み込んだかのように重い。

 彼の細い首に手をかけへし折ってやれば、この息苦しさは消えるだろうか。

 

「……っ!?」

 

 気づいたら衝動的にハジメの首に手をかけていた。

 冷たかったのか驚いたように首をすくめるだけで、なんの危機感もなくこちらを見つめる瞳が憎い。温かい肌と少し早い脈動が、彼が生きていることを伝えてくる。

 あと少し、力を加えるだけでこんな感情から解放されるというのに、高遠の手はなぜだかそれ以上ピクリとも動いてくれない。

 

「金田一君」

「……なんだよ」

「私以外に殺されないでください」

「ヘッ、あんたにだって殺されてやんねぇよ」

 

 怯えのない目が高遠を射抜く。

 その生意気な顔を歪ませてやりたいのに、いつもと変わらないハジメの様子にひどく安堵している自分がいる。それがどうしてなのかなんて考える必要はない。

 ただ彼を殺すのはいまではない。……そう、いまではないのだ。

 

 

 

 

 義父が亡くなってから家での振る舞いを気にする必要がなくなったため、なんとなくハジメを招いたのだがいつの間にやら入り浸るようになってしまった。

 ゲームや雑誌、彼の好んでいるスナック菓子のみならず、学校からの書類や採点済みの答案用紙に至るまで持ち込んでは置いていくのは如何なものか。ちなみに答案用紙はときどき彼のポケットへと気づかれないように返している。

 

「金田一君、そろそろ帰らなくてもいいんですか?」

「んー。このステージクリアするまで」

 

 携帯ゲーム機から顔もあげずに答えたハジメに呆れながら、高遠は夜の帳が下り始めた窓の外へと視線を向けた。まだ昼間は残暑の厳しさを感じるが、日が陰るとどこからともなく涼やかな虫の声が聞こえてくる。

 この家の中で、こんなにも穏やかな気持ちで過ごしている自分を不思議に思う。以前は息苦しい監獄のような場所だと感じていたはずなのに。

 いまの高遠遙一の毎日は、本人が驚くほどに平穏だった。

 

「たかとー」

「なんですか? 帰る気になりました?」

「いや帰るけどさ」

 

 別に帰らなくともいいし、なんなら監禁する準備も実はあるのだが、まだ実行には移していない。

 

「親父さんが亡くなったから、あんたいまひとりじゃん」

「そうですね」

「……メシとか、ひとりで食うのって味気なくない?」

 

 その言葉に目を丸くする。

 会話の流れとハジメの性格から彼が言いたいことは理解できるが、自分を食事へと誘う意図がわからなかった。義父と楽しく食卓を囲んだ経験はないし、ひとりの食事を味気ないと感じたこともない。

 いつものハジメとの食事も、高遠の感覚でいうと餌付けだ。

 

「だーっ! だから、うちにメシ食いに来ないかってことっ!」

 

 無言の高遠に、ハジメはガシガシと頭を掻きながら叫ぶ。

 

「私を食事に誘う意図は?」

「ほんとめんどくせぇヤツだよな、あんたって。……別に意図なんかねぇよ。いっつも奢ってもらうし、まあ普段の礼?」

 

 礼なら別のものが欲しいと言えば怒るだろうか。

 不機嫌そうな顔が照れ隠しなのはその赤く染まった耳を見ればわかる。馴れ合うような関係は不快なはずなのに、ときどきこのぬるま湯に慣れきってしまいそうになる自分がいた。

 

「家族団欒を味あわせてやろうと? そんなものを私が望んでいると本気で思っているんですか?」

 

 あえて彼の善意を踏み躙るような言葉を選ぶ。

 だから、高遠が浮かべた嘲るような表情は本心からのものでなければならない。

 

「はあぁ」

「……なんです?」

「なんでもねぇよ、高遠のバーカ!」

「は?」

 

 本当になんだ、その小学生のような罵倒は。

 怒りながらもトゲのない声音になぜか居心地の悪さを覚える。だが不快ではなかった。その理由は考えないようにしている。正直、最近見ないようにしている問題が多いことは自覚せざるをえない。

 

 それもこれも全部、金田一君が悪い。

 

 高遠は地獄の傀儡師として、金田一一のたった一人の宿敵としてありたいのに、彼があまりにも危なっかしいから以前のように惨劇を準備するひまもない。いっそ二回目をただの平凡な子どもとして過ごしてくれれば、高遠も平行線を諦められたかもしれないのに。

 燃えるような正義感も、類まれな推理力も、その優しさすらも欠くことなく存在されては堪らない。

 彼の死を前にして抱いた後悔は澱のようにこの胸に溜まっている。いまその生命を奪わないのは、ハジメの死に相応しい舞台が整っていないからで、彼の身の安全のためにはそばにいるしかない。そのくせ、この生意気な子どもはこちらの気も知らないで勝手に事件に遭遇し怪我までするのだ。

 

 高遠遙一の金田一一に対する感情は変わっていない。

 

 なのにふたりの関係だけが意図しない形に変わっていっている気がする。……高遠の望まぬ方向に。

 

 

 

 

 八咫烏村のダム開発は中止に終わった。

 ニュースでは自治体と建設会社の癒着が報道され、コメンテーターらしき男性が訳知り顔で事件の詳細を話している。

 

「なあ、聞きそびれてたんだけどさ」

 

 人知れず悲劇の芽を摘んだ名探偵の孫は納得いかないと言いたげな顔でこちらを見た。

 

「なんで俺の関わった事件にそんな詳しいんだよ」

「だって、もしトリックが同じなんてことになったら興醒めでしょう?」

「そういう気遣いはいらねぇから! てか事件起こすなっつーの!!」

「まだ起こしてもいないことを責められてもねぇ」

「じゃあ“まだ”ってつけんな!」

 

 文句が多い子どもだ。

 こちらは彼との関係に頭を悩ませているというのに、当の本人は唯一の協力者たる高遠に対してこの物言いである。順応力が高すぎる。

 しかし、ハジメが当たり前のような顔で接してくるので、最近では悩むのがバカバカしくなってきているのも事実だった。

 

「はぁ。もうあんたは大人しくマジシャンしてろよ」

「おや、私の協力は必要ではないと?」

「ゔ」

 

 一回目の記憶を持っていようとハジメはまだ小学生にすぎない。高遠以上にその行動は制限が多く、事件の存在がわかってはいても手の出しようがないことも多々あった。

 なりふり構わず自分の事情を人に話すには彼は理性的すぎる。

 こちらの言葉に苦虫をかみ潰したような顔をするあたり、ハジメ自身もひとりで行動することの難しさは痛感しているはずだ。 

 なにせ地獄の傀儡師たる高遠遙一とて、未成年という制約のなかで四人もの人間を罠に嵌めるのは骨が折れた。ようやく十一歳を過ぎたばかりの少年にできることなど知れている。

 

「へーへー、助かってますよ」

「もう少し感謝してくれてもいいんですよ」

「あんたの顔見ると感謝する気が失せるんだよなー」

 

 過去に招待した惨劇でも思い出されるのだろうか。

 マリオネットのつまらないミスで台無しになったものもあったが、ハジメのなかに少しでもシコリが残っているのなら悪くないと思う。

 

「言葉だけの感謝はいりませんが、そろそろなにか報酬を頂きたいですね」

「へ?」

「こんなに尽くしているのにお礼の一つもくれない気ですか」

「なっにが尽くしているだっ! 面白がってるの間違いだろ!」

「ひどい言いがかりだ」

「自分で“面白そうだから協力する”って言ったんだろーが!」

 

 いちいち細かいことを覚えている。

 どういう理由であれ高遠が彼に協力しているのは事実なのだから感謝くらいはしてほしいものだ。まあ、ハジメの困った顔が見たかっただけなので構わないが。

 なぜか怒った様子のハジメに、高遠は二杯目の紅茶を淹れながら話を続ける。

 

「私に大きな貸しを作っている金田一君がなにを返してくれるのか楽しみにしておきましょう」

「……なんか、困ってることでもあんの?」

「ふむ」

 

 君の扱いに困っていると、まさか本人に言うわけにもいくまい。

 

「とくにありませんよ。私は君と違って、事件に巻き込まれるのが趣味というわけでもないのでね」

「俺も趣味なわけじゃねーよ。人聞きの悪いこと言うな」

「でも、これから巻き込まれるのでしょう? 来年には和泉さくらの父親が行方不明になり、白神蓮月が殺害され、鬼戸村の吊り橋落下事故が起こるんですから」

 

 そしてすべてがのちに連続殺人へとつながるわけだ。

 うち一つは高遠が関わっているにしても、金田一一の事件遭遇率は異常としかいえない。その事件すら、高遠が意図して呼び寄せたものではないのだ。

 名探偵の祖父から受け継いだ宿命は、ハジメが平穏な生活を送ることを許さないらしい。

 

「ああ、そういえば冒険クラブで怪人島姥やらどくろ桜やらに関わるのも六年生でですか。忙しい小学生だ」

「いや、さすがにそんなことまで知ってんのはおかしいだろ!」

「君は私の平行線ですから」

「なんでもその言葉で片付けようとすんな!」

 

 プライバシーの侵害だと叫ぶ子どもは、高遠の自身への執着ともいうべき感情に気づいているのだろうか。

 先日ようやくギプスがはずれた左腕の、名残のようなその肌の白さを苦々しい気持ちで見つめる。

 

「あんたにも手伝ってもらうからな」

「初めから協力すると言っているでしょう」

「ヘッ、せいぜい扱き使ってやるぜ」

 

 おかしな怪我をされるよりはよほどマシだ。

 腕の骨くらい推理には関係ない、とはもう思えない。悲劇を回避しようと藻掻くハジメを傍観者として眺めていられなくなった時点で、高遠のとるべき行動は決まっている。

 六年後の彼と、また平行線として相対するその日まで高遠はよき協力者としてハジメのそばにいよう。

 どんな惨劇も、どんな謎と怪奇に満ちた芸術犯罪(マジック)も、彼という最高の主役がいなければはじまらないのだから。

 

 それに――君が私以外に傷つけられるのは我慢ならない。

 

 

 

 

「珍しいものをつけていますね」

 

 尻尾のように後ろで一つにまとめられた髪は彼のトレードマークだ。いつだって味気ないヘアゴムがついていたそこになぜか可愛らしいリボンが巻かれている。

 高遠の視線の先に気づいたハジメはくしゃりと髪をかきまぜた。

 

「体育の時間にゴム失くしてさ。美雪につけられたんだよ」

「そういうものをつけているとまるで女の子のようですね」

「…………」

「ああ、いとこの少女とそっくりなことを思えば意外でもないのかな」

「あんた……フミに会ったことあったっけ?」

「いいえ」

 

 じゃあなんで知ってんだよと言いたげなハジメは年齢のわりには小柄なほうだろう。

 高校生の彼も決して大きなほうではなかったが、再会してからあまりにも見た目が変わらない気がして、本当に成長するのかと少し心配になる。

 栄養が足りていないのかもしれない。高遠からするとありえない量を食べているのに太る様子もないし。

 

「早く大きくなってくださいね、金田一君」

「あんたってほんと会話がかみ合わねぇよな。で、近宮さんは元気だった?」

「ええ。とくにトラブルもなく素晴らしいマジックショーを披露していました」

「よかったな」

 

 そう言うハジメは実の息子よりもよほどホッとした顔をしている。

 前回近宮玲子が死んだのと同じ日に、高遠は事件の現場である死骨ヶ原ステーションホテルへと赴いていた。母がショーのために帰国しているタイミングで会いに行くのはいままでにもあったが、あえてその日にしたのは、卑しい弟子たちを排除したとはいえなにかが起こる可能性を捨てきれなかったからだ。

 結局、その心配は杞憂に終わったわけだが、母の素晴らしいマジックを堪能できたので問題はない。

 

「いつか君にも彼女のショーを見せたいですね」

「おー、楽しみにしてるよ。そんときはあんたもショーに出てるんだろ?」

「……そうですね」

 

 ニカッと笑うハジメの言葉に、自分のなかの矛盾を突きつけられたような気がした。

 マジシャンとして母と同じステージに立つという目標と、地獄の傀儡師として目の前の少年と相対するという目標は両立しえない。

 いや、謎と怪奇に満ちた完全犯罪でこのいまいましい素人探偵を跪かせ、その敗北を認めさせてからただのマジシャンに戻ればいい。探偵の美しい死をもって、地獄の傀儡師も終わる……そういう計画だったはずなのに、なぜだかその想像は高遠の胸を少し重くする。

 無性に十七歳の金田一一に会いたかった。己の誇りにかけて高遠遙一をその手で捕まえると誓った彼に。

 

 

 

 話をするために移動したファミリーレストランで、おやつ代わりに軽食をパクつく彼はどこにでもいる平凡な子どもそのものだ。

 どれほど凄惨な事件に巻き込まれても、二回目などというおかしな状況に陥っても、ハジメは変わらない日常のなかで生きている。

 

「ほれではくらのほやじはんのほとだけろ」

「和泉宣彦氏は無事保護され、蒲生剛三氏は現在その監禁容疑で青森県警に勾留中です」

 

 頬袋のように食べ物ぱんぱんに詰め込んで話すハジメの言葉を正しく汲み取り、高遠は母に会うついでに立ち寄った青森県での事件の顛末を簡単に説明した。

 

「じゃあ、あの匿名の通報だけで警察はちゃんと動いてくれたんだな」

「和泉宣彦氏の家族から捜索願いが出ていたことが効いたようですね」

 

 かなり詳細に監禁状況を伝えたのもよかったのかもしれない。

 ポンコツと名高い青森県警でもあの情報で蒲生剛三の罪を見逃すことはないだろう。ハジメが心配していた通報の信憑性も家族の訴えが補強してくれた。

 

「さくらは……あいつが望んだラベンダー畑に帰れたかな」

 

 それは、空気に溶けていくような小さなつぶやきだった。

 悲しみを湛えた瞳が和泉さくらの死を悼んでいる。悲劇を回避してなお、救えなかった前回に胸を痛めるハジメはどこまでいっても自分とは相容れない存在だ。

 

 それなのに、高遠遙一はそんな彼を美しいと思う。

 

 類まれな推理力と燃えるような正義感、そしてこの揺るぎない善性こそが金田一一の真価だ。そのことを誰よりも理解しているのは彼の宿敵たる高遠自身である。

 どんな謎も解き明かすその明晰な頭脳を愛し、事件の裏にある人の悲しみに苦悩する彼の柔らかな心を愛でている。苦しみながら推理という刃を罪人に振り下ろす彼が好きだ。

 そんなハジメだからこそ、自分の平行線に相応しい。

 

「そのうち“我が愛する娘の肖像”なんてタイトルの絵がなんちゃら展のスゲー賞とかとるかもな!」

 

 ハジメは先ほど自分の言葉を打ち消すような明るい声をあげた。

 

「ルノアール国際絵画展ですか」

「そー、それそれ」

「どうですかねぇ。あれは和泉宣彦が死の間際だったからこそ描けた最高傑作なのかもしれませんよ」

「そうだとしてもさ、なら別の名作ができるかもしれねぇじゃん」

「そして怪盗紳士に盗まれるわけですか?」

 

 高遠とは違った意味でのハジメのライバルの名を出せば、彼はどこかキョトンした表情でこちらを見た。高遠の口からその名前が出ることが不思議なのだろうか。

 かの怪盗もハジメの周辺人物として一応知っているが、同じ犯罪者でもジャンルが違うので一回目では接点すらなかった。

 

「あー、怪盗紳士ね」

「挑戦状を受けとったりする仲なのでしょう?」

「どんな仲だよ。怪盗を捕まえるのは警察のお仕事だろ。一般市民の出る幕なんてねぇよ」

「君、探偵のくせに犯罪者を放置するんですか」

「俺は探偵じゃねぇ! それに怪盗紳士は人を傷つけるマネは絶対しないし、やり方もスマートじゃん。どっかの殺人芸術家気取りの男とは大違いだよな〜」

「私の前で他の犯罪者を褒めるとはいい度胸ですね」

「褒めてまではいねぇよ! どっちかって言うとあんたを貶してんだよ!」

 

 嫌味が通じないと頭を抱えるハジメに気づかれないように小さく笑う。

 殺人芸術家気取りとはいただけないが、彼が自ら捕まえると誓ったのは地獄の傀儡師ただひとりだというのは気分がいい。

 

 やはりそうだ。

 

 彼とは一回目と同じように平行線として、惨劇の上で相対するのが正しいあり方なのだ。

 金田一一はなに一つ変わることなく高遠遙一の前にいるのだから。

 

 

 ◆

 

 

 あとにして思えば、気づくべきタイミングは多々あったのかもしれない。先入観とは恐ろしいものだ。それとも、この自分を三年以上欺き続けた彼を褒めるべきなのか。

 

 ねぇ、金田一君。君……女の子だったんですか?

 

 

 

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