16
「話すことなんてなんもねぇよ!!」
ドア越しに返された言葉はまさに取り付く島もないもので、ハジメは相手のその頑なさに唇の端を引きつらせた。
正直言って、この荒谷地という人間にいい印象はまったくない。出会ってまだ半日ほどだが、それでも彼の横柄な態度や口の悪さは目についたし、こうして部屋に閉じ籠る程度には自身に後ろ暗いところがあるのだろうとも思う。
荒谷地は明らかに瀬々尚也に、あるいは冥府の使者に怯えていた。
閉じられたままのドアからは不安をかき消そうとばかりに明るいJ-POPが聞こえてくる。
「荒谷地さん」
「うるせぇ!」
何度目かの呼びかけへの返答は、音楽に負けない大きさの罵声とゴンッとなにかがドアに当たる音だった。部屋にある調度品でも投げつけたのかもしれない。
かなり警戒している様子なのでこれなら大丈夫か、とその場でしばし思案する。
ハジメとしては荒谷地から瀬々尚也の自殺や相澤たちとの関係について話を聞きたいという思惑もあるが、なによりも狙われる可能性が高い人物をひとりにすることに抵抗があった。しかし、確実に今回の事件の部外者であるハジメに対しても、ここまで頑なにドアを開けないのならば、そう易々と犯人に殺されることはない気もする。
どちらにせよ、これ以上自分にできることはなにもない。
仕方なく立ち去ろうとしたハジメの足を止めたのは、隣の部屋からひょっこりと顔を出した藤堂だった。
「大丈夫? なにか揉めてる?」
「あ、いや……みんなで過ごしたほうが安全じゃないかなって思って声をかけたんですけど」
言葉を濁したハジメに、藤堂は荒谷地の部屋を横目で見ながら「ああ」と納得したような顔をする。気にしないほうがいいと続けた彼女の声にはかすかな呆れが滲んでいた。
藤堂は一度後ろを振り返って部屋の中を確認してから、音を立てないようにそのドアを閉め、廊下へと出てくる。彼女がいたのは舟木の部屋だ。彼女のその様子から舟木は寝落ちでもしたのだろうと予想がついた。
「みんなで集まって過ごすことにしたの? 舟木ちゃん、ちょっと前に泣き疲れて眠ちゃったんだけど、起こしたほうがいいかな」
「いえ、近倉さんたちも自分の部屋にいるって言ってるんで大丈夫です。あっ、でも一応戸締りだけは気をつけてください」
「そうなんだ。近倉部長も……でも、そうだよね。なんかみんなで過ごすのも怖いよね」
それは取りも直さず、藤堂も自分たちの中に犯人がいると考えているということだ。
「藤堂さんは、千葉さんや相澤さんが殺された動機ってなんだと思いますか?」
「さあ、わからないわ。私はそんなにふたりと交流もなかったし」
「舟木さんはなにか言ってました?」
「だいぶ取り乱してたからちゃんと聞けたわけじゃないんだけど、舟木ちゃんが言うには、千葉さんはずいぶんサークル棟の幽霊を気味悪く思ってたみたい」
千葉もなかなか交友関係が広く――それはおもに男性に限定されたものではあるが――よく東大に顔を出していたのだが、噂を耳にしてからはサークル棟はおろか大学に近づきもしなかったらしい。
舟木の目には普段強気な先輩のそんな姿はひどく珍しく映った。
らしくない千葉の気分転換になれば、と今回の合宿に誘ったのは舟木なのだという。だからこそ、こんなことになって彼女は怯えているのかもしれない。千葉が死んだのは自分のせいだ、と。
「誘わなきゃよかったって……舟木ちゃん、泣いてた」
それはハジメにも覚えのある感情だった。
悪いのは殺人に手を染めた犯人だとわかっていても、自分が巻き込んでしまったのではないかという後悔はずっとついて回る。
脳裏に浮かぶのは、無遠慮にカメラを向けてくる後輩の姿。
この二回目ではまだ出会ってもいない彼は、自身の死の瞬間にハジメを恨んだのだろうか。いっそ恨んでいてほしいような気もするが、思い出の中の後輩はいつだって「ほら、僕のカメラが役に立ったでしょう」とその弟とよく似た笑顔を浮かべている。
ハジメは消えることのない痛みを吞み込むようにゆっくりと息を吸った。いまは感傷に浸っている場合ではない。
「サークル棟の幽霊についてはなにか知ってますか?」
「うちの大学でそういう噂が流れてるのは知ってるけど」
藤堂の知る噂も、近倉や津島から聞いた内容とほとんど変わらなかった。
「この事件に噂がなにか関係あるの?」
「たぶん。どうつながるのかはまだわからないんですけど。でも冥府の使者は犯人からのなんらかのメッセージなんじゃないかと思うんです」
「う~ん。地獄から聞こえてくる曲って言われるくらいだし、それはあるかもしれないわね」
病の末に自身の死期を悟った作曲家が死の淵で事切れるそのときまで書き続けた曲だという。
迫りくる死の恐怖と己の身を蝕む病の痛み、苦しみからの解放を願う気持ち、自分を救わない神への恨み……そういった暗い感情がこの曲には込められていると藤堂は続ける。
「この作者の曲って一般受けしなかったのか、いまに残ってるのは冥府の使者くらいしかなくて、それも作者の最期が悲惨だから、そのエピソード込みで評価されてるって感じなんだけど」
「悲惨って、病気で亡くなったからですか?」
「いいえ。売れない作曲家だったから貧乏で、亡くなる前にはろくに紙やインクも買えなくなってたらしいわ。冥府の使者はその曲の半分以上が作曲家が亡くなった部屋の壁に血文字で書かれていたそうよ」
「うわぁ」
「ふふ。うわぁって感じのエピソードでしょう」
ずいぶんくわしいと思ったら、藤堂は高校までピアノを習っていたらしい。教えてくれていた先生が薀蓄好きで、この手の雑学は比較的豊富だと笑った。
冥府の使者も弾けるという藤堂に「好きなんですか?」と問いかけたのは、彼女がホラー好きだったからだ。曲の話をする彼女はどこか楽しそうだったし、あの不気味でおどろおどろしさのあるピアノは聞く人を選ぶかもしれないが、藤堂は好きそうだと思ったのだ。
「……好きじゃないわ」
それなのに、彼女は一変して暗い顔になって否定する。
事件現場に度々流れる曲だから、という雰囲気ではなかった。藤堂の顔に嫌悪や恐怖の色は浮かんでいない。あえて言うなら、苦々しさだろうか。
ハジメには彼女のそれがなにに起因するものかはわからない。ただ藤堂にとっても冥府の使者という曲はなにか意味があるもののように感じられた。
「ほら、ね。不吉な曲だし」
どうしてか少し悲しそうな顔で笑った藤堂は、自分も部屋で休むことにするとハジメの横を通り、突き当たりの部屋へと向かう。荒谷地の左隣が彼女の部屋だ。
ドアを開ける前にこちらを振り返って「おやすみなさい」と小さな挨拶を口にしてから、藤堂は部屋の中に消えていった。
自分に宛がわれた部屋のベッドに寝転がり、ハジメは見るともなしにその天井を見つめていた。
頭に浮かぶのは、このまま部屋にいてもいいのか?という疑問だ。犯人は警察が来るまでに荒谷地を殺そうとする可能性が高い。警察が介入すれば、誰もがその行動を制限される。ならば、やはりどうにかして目的を達しようとするのではないだろうか。
(犯人が相澤の死体を隠していた理由はわからないけど、ああして発見させたのは俺たちを疑心暗鬼にしてそれぞれが部屋に閉じ籠る、この状況を作り出すためだったとしたら……?)
犯人の思惑通りにことが進んでいるのなら、荒谷地を殺すための手段はすでに用意されているのかもしれない。
「ああ、もうっ!」
ここでぐだぐだと悩んでいても仕方がない。
ハジメはベッドから勢いをつけて起き上がり、足早に廊下へと出た。次に狙われるのが荒谷地弦太であるというのは半分くらいはただの勘だ。まだハジメの知らない関係や事情が隠されている可能性もあるし、全員の動向を窺うのなら遊戯室が一番いいとそちらに足を向ける。
一晩過ごすならキッチンからなにか飲み食いできるものを持ってこようかと考えながら歩いていると、音もなく開いたドアから伸びてきた手に口を塞がれ、その部屋の中へと引きずり込まれた。
「……っ!?」
相手の手の冷たさに知らず身体が震える。
とっさに上げかけた悲鳴は口を覆う手に阻まれ、くぐもった小さな呻き声となって消えていった。こちらを押さえつける腕の力は決して強くないのに、その拘束は巧みでハジメはろくに身動きすらできない。
身の危険を感じたのは一瞬だった。
自分の隣の部屋にいるのが誰か、自分が誰の腕の中にいるのかを理解して、ハジメは抵抗しようと動かしかけた手足から力を抜く。ど、ど、とまだ驚きと緊張で激しく脈打つ鼓動を感じながら、自分を拘束する男をじろりと視線だけで睨めば、「はぁ」と呆れたようなため息が返ってきた。
ため息をつきたいのはハジメのほうだ。
ことさらゆっくりと解かれた拘束になんなんだと憤慨し、ハジメは改めて対峙した相手に小声で怒鳴った。
「なにすんだ、高遠!」
「それはこちらのセリフですよ。どうして抵抗をやめたんです?」
「はぁ? あんただってわかったからだろ」
高遠はハジメの返答がお気に召さなかったのか、少し不快そうに眉根を寄せてからもう一度ため息をついた。そんな態度をとられる理由がわからず、ハジメとしてはただただ腹立たしい。黙っていないでなんとか言え。
「なんだよ?」
「……いえ、もういいです。それで? 君はこんな夜更けに、殺人犯と閉じ込められているこんな状況で、いったいどこへ行こうと?」
今度はハジメが黙る番だった。
別に悪いことをしようとしているわけではない。それでも、自分のこの行動を目の前の男が肯定しないだろうことは間違いないので、ハジメはただ沈黙を貫くしかない。
迂闊なのはわかっている。自分の行動に少なからず危険が伴うということも。
「君は懲りないですよね。諦めが悪いというか」
「……ほっとけ」
高遠は少し思案するような顔をしてから「まあいいです」とハジメを部屋から追い出した。
強く反対されるとは思っていなかったが、たぶんなんだかんだ言いながらもこの男はいつも通り自分に付き合うはずだとは思っていたので、ぱたんと閉じたドアを前にしばし固まる。
いや、まあ高遠に付き合ってもらう必要はないし……と心持ち重くなった足を動かし、まずはキッチンへと向かう。ハジメが飲み物やスナック菓子を腕に抱えて二階へと戻れば、高遠は遊戯室で素知らぬ顔をして寛いでいた。
その姿に実はちょっとだけほっとしただなんて、きっと気のせいに違いない。
17
部屋に備え付けられた時計の針がチクタクと規則的に動く音がひどく耳につく。いつもなら気にもとめないそれを振り払うように寝返りを打てば、思ったよりもベッドが大きな軋みを立てて、津島はびくりと身体を震わせてからゆっくりとその目を開けた。
(……寝れない)
枕元に置いたスマホを手にとれば、画面に表示された時刻はすでに丑三つ時に差し掛かろうとしていた。しばらくスマホの明るすぎる画面をそのままぼーっと見つめる。こういうとき、SNSやソシャゲの一つでもしていれば、時間を持て余すこともないのだろうか。
普段ならば眠れないときにすることなど読書一択なのだが、実際に殺人事件に巻き込まれている状況で、さすがに推理小説を読む気にはなれない。
時間経過でスマホがスリープ状態になると室内は再び暗闇に包まれた。深夜独特の、このなんとも言えない空気に息苦しさを感じる。
暖房の効いた部屋は決して寒くはないはずなのに、足元から冷気が忍び寄ってくる気がして、自然と布団のなかで身体を丸めていた。ぎゅっと目を瞑れば、瞼の裏に千葉や相澤の変わり果てた姿がちらつく。
(ダメだ。水でも飲みに行こう)
津島は寝るのを諦めてがばりと起き上がった。
スリッパを履き、なるべく音を立てないようにそろりそろりとドアへと向かう。ドア越しに廊下を窺うが、小説のようにはいかないのか人の気配などはわからなかった。
自分たちの中に犯人がいる。
事件が起きてから何度となく耳にして、津島自身も口にした言葉が頭の中でぐるぐると回る。このドアの向こうに殺人鬼が……とそこまで想像して、浮かんできたのがまんま『ジェイソン』だったので、なんだか変に緊張感が抜けてしまった。
念のためかけていた内鍵を外し、ゆっくりとドアノブを回して少しだけドアを開ける。隙間からのぞいた廊下は、煌々と照明がつき不気味なほどに静まり返っていた。
左隣の星川の部屋を窺うが物音一つしない。
高遠やハジメも自分の部屋で寝ているのだろうか。
心細さから彼らの部屋を訪ねてみたい気もしたが、時間があまりにも非常識な上に、どう声をかけるべきかもわからず断念する。そもそも同性の高遠はまだしも、ハジメは女子中学生だ。いくらクローズドサークルという異常な状況でも、この時間に自分が彼女の部屋を訪ねるのは想像だけでも事案だなとひとりツッコミを入れる。
(藤堂さんは大丈夫かな)
舟木がかなり取り乱していたから、ひょっとしたら一緒に過ごしているかもしれない。藤堂は大人しそうな見た目のわりにしっかり者だし、津島よりもずっと冷静で頭もいい。そうとわかっていても、彼女が恐怖に眠れぬ夜を過ごしてはいないかと心配になってしまう。
まあ、それこそ「大丈夫?」と気軽に部屋へと行けるような関係ではないのだけれど。
自分の不甲斐なさにズンと肩を落とし、津島は一階に下りるために遊戯室のドアを開けた。この別荘は部屋の配置などはシンメトリーになっているくせに、階段だけは近倉たちが使っている部屋の廊下側にしかないのだ。
「あれ?」
てっきり真っ暗だと思っていた遊戯室は廊下と同じように明かりがついていた。暖房の効きが悪いのか、室内は少しばかり肌寒い。
ビリヤード台やダーツボードが少しばかり部屋の端へと寄せられ、空けられたスペースにどこからか持ってきたのかコンパクトな二人掛けのソファとミニテーブルが置かれている。そのソファに腰掛けていたのは高遠とハジメだった。
少女は眠ってしまっているのか、隣に座る高遠の肩へとその頭を預けている。ふたりの前のミニテーブルには飲み物やスナック菓子があり、部屋で過ごしているとばかり思っていたが、どうやらここで一夜を明かすつもりらしいと理解できた。
全員が二階にいるのなら、この遊戯室はたしかに監視にはうってつけかもしれない。少なくともどこかの部屋で大きな物音でもすれば気づくことはできそうだ。
ふたりにそっと近づくと、高遠が視線だけでどうしたのかと問いかけてくる。
彼はハジメがもたれかかっているのとは反対の手で器用に本を読んでいるようだった。それが少女を起こさないようにという高遠の配慮なのはにぶい津島にもわかった。ひそめた声で「寝ずの番?」と話しかける。
「金田一君はそのつもりだったみたいだけどね。津島はどうしたの?」
「なんか寝れなくて。水でも飲もうかと」
「この状況でひとりでふらふら行動するなんて、ホラーで序盤に死ぬ端役みたいなことするんだね」
「……あはは」
耳に痛い指摘には乾いた笑いを返すことしかできない。自分でもわりとそう思っていた。
高遠はとくに津島を追い返すことはなく、「座るならその辺にスツールがあるよ」と読みかけの本でごちゃごちゃと物が寄せられた一角を示す。
同席を許可されたのだと受けとり、少しほこりっぽいスツールを一つ引っ張り出して、ふたりの近くに腰掛けた。
「あー、えっと」
「テーブルの上のは好きにしていいよ」
「あ、ありがとう」
会話の糸口を探していただけだったのだが、高遠は違うように受けとったらしい。固辞する理由もないので、お言葉に甘えて近くにあったペットボトルのお茶を手にとる。
沈黙を誤魔化すためにぐびぐびとお茶を飲みながら横目で高遠を窺えば、彼は津島にはなんの興味もなさそうに手に持った本へと視線を落としていた。
こういう場合に適した話題がさっぱりわからない。
ここがミス研の部室なら「なんの本読んでるの?」と話を振ることもできたが、合宿メンバー内で殺人事件が起きた夜にするべき話ではないだろう。いくらなんでも、それは空気が読めなさすぎる。
だからといって、事件の話を振るのも……。
(せめて金田一さんが起きてたらなぁ)
年下の少女に頼るのは情けないが、彼女の明るさや人懐っこさは津島からするとありがたい。
ちらりと見れば、少女は穏やかな表情で眠っている。事件現場での強い眼差しが印象に残っているせいか、そのひどく幼い表情を意外に思ってしまった。
ハジメに対する“ただの女子中学生”だという津島の感想は、このわずか数時間で一変したと言っていい。彼女はきっと『探偵』と呼ばれる才能を持っている。彼女の祖父である金田一耕助のように。あるいは、津島がいままで読んできた数々の推理小説の主人公たちのように。
「金田一君がどうかした?」
「へ?」
じろじろ見すぎていただろうか。
こちらを見る高遠の視線に非難の色はない。色素の薄い瞳はいつもと変わらず淡々とどこまでも凪いでいる。それでも、普段の彼よりはそこになんらかの感情が見えるような気がした。
「いや……どんな関係なのかなって」
だから、気づけばそんなことを口にしていた。
言った瞬間に激しい後悔に襲われたが、それは津島がずっと抱いていた疑問だった。高遠はハジメを「年下の友人」だと紹介し、ハジメは高遠のことを「腐れ縁」だと称した。正直、津島はそのどちらの説明にもしっくりきていない。
津島の中の高遠遙一という青年は、こんな風に誰かに自分の肩を貸すような人物ではない。高遠は無愛想なわけではないが、いつだって他人とは一定の距離があり、どこか周りから一線を引いているような印象があった。周囲にとけ込んでいるようでいて、薄皮一枚分津島たちとは違う世界で生きている、というのは少々言い過ぎかもしれないが、それぐらいいままでは遠い存在だった気がする。まあ、だからこそ彼は津島の理想の名探偵像だったわけだが。
なのに、ハジメのそばにいる高遠は不思議とそんな印象が和らいでいた。
気安い雰囲気があるわけじゃない。こちらに対する態度だっていつもとなんら変わらない。それでも彼の行動や言葉の端々に、普段感じることのない高遠の本質のようなものが見え隠れしている。そして、それはいまも隣にいる少女が引き出したものだ。
「――どんな関係?」
「あ、えっと変な意味じゃなくて……その、仲がいいなって」
「仲がいい?」
「う、うん」
不思議そうに聞き返されて、まさか自覚がないのかと戸惑いながらもうなずいた。どんな関係だったとしてもふたりの仲がいいのは間違いないと思う。それが友愛なのか、親愛なのか、はたまた恋愛なのかはわからないが。
珍しく悩んでいるような顔で黙り込む高遠に、津島は内心とても驚いた。どうせ、はぐらかされるか黙殺されるだろうと半ば予想していたのに、どうやら彼は津島の不躾な質問に答える気があるらしい。
「金田一さんは腐れ縁だって言ってたんだけど」
熟考しているのか、あまりにも沈黙が続くため助け舟を出してみる。
ちなみに腐れ縁とは辞書的にいうと「離れようとしても離れられない関係」を表す言葉で、本来は好ましくない関係に使われるのだが、ハジメの言い方からすると本当にただの「古くから縁のある相手」くらいの感じだった。
津島が伝えた少女の答えに「腐れ縁、ね」と高遠は小さく笑う。
「一度死んだくらいじゃ切れない縁であることはたしかかな」
高遠の言葉に眠っているはずの少女の頭がぴくりと動いた気がした。話していたせいで起こしてしまったのかとハジメの様子を窺うが、少女は先ほどまでと変わらず穏やかな顔で寝息を立てている。
なぜか高遠はしばらく面白そうな顔でハジメを見つめていた。彼の位置からは少女の頭頂部くらいしか見えないと思うのだが、なにが面白かったのだろうか。
ハジメの頭がかくんと落ちて、津島からも彼女の顔が見えなくなる。
高遠はなんでもないことのように少女の頭をそっと自分の膝の上へと移動させた。
いわゆる膝枕である。
リアルで初めて見た、と全然関係のない津島のほうがドキドキとしてしまった。もちろん、ふたりの間に色っぽい雰囲気などは微塵もない。それでもこのふたりにはなにか他人とは違う、特別な空気のようなものがある気がした。
体勢が変わって寝苦しかったのか、ハジメは小さく唸るような声をあげて、身体を丸めて顔を高遠の腹側へと押し付ける。小柄なハジメはそうするとすっぽりとソファに収まってしまう。高遠はそんな少女の髪をほんの一瞬だけ撫でてからぽつりとつぶやいた。
――平行線ですよ。……これからも、ずっと。
それはたぶんこちらに向けられたものではなかった。だから津島には、その言葉の意味するところはわからなかったけれど。
少なくとも高遠の表情を見るかぎり、それほど悪い関係ではないのだろうと漠然とそんなことを思った。