平行線機能不全   作:キユ

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第四章「復讐の旋律⑩」

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 広間に集まった面々は誰もが暗い顔でソファに腰掛けている。

 

「もう、警察も到着するんだろ。いまさら……いまさら、なにを話そうって言うんだ」

 

 最初に口を開いたのは星川だった。

 彼は荒谷地の遺体を目にしてからずっと項垂れたように自分の手元を見つめている。ハジメの位置からは星川の表情を窺うことはできないが、その疲れ切った声から彼の心情は簡単に推し量れた。かすかに震えるその手はきっと氷のように冷たいのだろう。

 

「星川の言うこともわかるけど……僕は、知りたい。自分たちがいったいなにに巻き込まれたのかを。だって、警察は捜査でわかったことなんて一々僕らには教えてくれないだろう」

「俺も津島と同意見だ。金田一探偵。こうして俺たちの前に立つってことは、君には今回の事件の犯人がわかったのか?」

 

 近倉の問いかけに、藤堂に寄り添われるように座っていた舟木がピクリとその肩を震わせる。意識を取り戻してからも彼女の顔は色を失ったままだ。血色の悪い唇が戦慄き、そこから悲鳴じみた言葉が漏れた。

 

「犯人? 犯人ってなに!? これは“サークル棟の幽霊”の仕業でしょう!? もうそれでいいじゃないっ!!」

 

 叫んだ舟木自身も「幽霊の仕業だ」などと信じていないに違いない。自分たちのなかに犯人がいると思うからこそ恐ろしいのだ。

 いま隣にいる人が、これまでともに笑い合ってきた仲間が……三人もの人間を手にかけた殺人者かもしれない。その恐怖は、しょせん部外者に過ぎないハジメなどよりもずっと強く彼らのなかにある。殺人は事故や病死とは違う。残された人にただ被害者の死を悼ませてはくれない。

 舟木の押し殺した嗚咽が響くなか、この場でひとり立っていたハジメはゆっくりと全員の顔を見回した。

 

「まず最初に言っておきます。今回の事件は怪奇現象や外部の第三者による犯行なんかじゃなく、れっきとした計画殺人です」

「ちょっと待って、金田一さん。そりゃあ、私だってこの事件の犯人が幽霊だなんて言うつもりはないけど。千葉さんのときも、相澤さんのときも、ここにいるみんなにはアリバイがあるんじゃないかしら?」

「そうよ! 君だって相澤先輩の事件のとき、外に出たなら髪や服が濡れてるはずだって言ってたじゃない。あのときそんな人はいなかったはずでしょ」

「ええ。でも……第一の事件も、第二の事件も、それぞれにあるトリックを使えばアリバイを確保することは可能なんだ!」

 

 そうはっきりと断言すれば、藤堂も舟木も戸惑ったように黙り込んだ。

 

「計画殺人ってことは、犯人はもともとあの三人をこの合宿で殺すつもりだったってことか?」

「そうです。さすがに雪崩が起きたのは偶然だろうけど、この犯人はもし警察が到着していても、残りの殺人が実行できるように綿密な準備をしていた」

 

 ハジメが荒谷地の部屋にあったミネラルウォーターのことを説明すると、ようやく顔を上げた星川はその顔をさらに強張らせた。彼は喘ぐような藻掻くような息をして、再び先ほどまでよりも深く顔をうつむける。うつむく前に見えたその唇は強く強く引き結ばれていて、ハジメには叫び出しそうななにかを必死で押さえつけているように感じられた。

 近くに座った津島がそんな星川を心配と不安の入り混じった目で見つめる。

 

「この貸別荘はあらかじめ犯人によって整えられた恐ろしい連続殺人の舞台だったんだ。そして、ここで三人もの人間を殺害した犯人“冥府の使者”は――このなかにいる!!」

 

 強く言い切ったハジメに反論するものはいなかった。

 あるものは疑い、あるものは気づかないフリをしていた事実。こちらを見る誰の顔にも驚きは浮かんでいない。この場に漂うのは動揺と不安、そして拭い切れない恐怖だった。

 たぶん、これからハジメが暴く真実は誰にとっても優しくないものになる。

 警察や探偵ではない自分に、こうして『推理』をする資格なんて本当はないのかもしれない。それでも、関わってしまった以上は精一杯自分にできることをしたいと思う。きっと謎を解いた先にこそ、救いはあるのだから。

 

「だ、誰が……あたしたちのなかの、誰が犯人だって言うの?」

「そもそも警察みたいに指紋だなんだって証拠があるわけではないんだろう。どうやって犯人だって立証するんだ」

「――証拠ならありますよ」

「え?」

「でも、まずは順番に第一の千葉さんの事件から説明しましょう」

 

 全員の視線が自分に集中するのを感じながら、ハジメは共鳴振動による自動殺人トリックについて語る。荒谷地の部屋にあったミネラルウォーターを見て気づいたが、千葉の部屋にも同じようなものが置かれていたのだろう。それが犯人の狙い通り効果を発揮したかはわからない。どういう方法を用いたにせよ、犯人は首尾よく千葉を眠らせてその首の上に恐ろしい殺人装置をセットしたのだ。

 犯人は自分にとって都合のよいタイミングで音楽を鳴らすだけで、千葉をどこからでも殺すことができた。

 

「そのトリックだと誰にでも実行可能なんじゃないか?」

「事前に部屋を荒らしたりする時間はいるから……そのアリバイがない人が、怪しいってこと?」

「その時間って、ちょうどあたしたちが夕食の準備をしてた頃じゃないですか?」

 

 話の流れからスッとみんなの視線が星川へと集まる。

 単独行動が多い自覚はあったのか、ほかのメンバーからの疑いを含んだ視線にも星川はそれほど取り乱すことなく、言葉少なに「俺はやってない」とだけつぶやいた。

 

「カーテンやシーツを破るくらいはこっそりできるけど、花瓶なんかをあんな風に割ったらそこそこ大きな音がすると思いません?」

「え、でも、割れる音とかは事前に録音していたんでしょう?」

「あたし、この別荘についてすぐのときに、千葉さんに荷物を運ぶようにお願いされて、彼女の部屋に入ってるんです。そのとき、部屋の花瓶なんかはもちろんどれも割れてなかった」

 

 もしも、事件前に千葉の部屋に入っていなかったら。

 ハジメはもっと早くこのトリックを暴けていたはずだ。部屋にあった陶器類をどうやって人に気づかれずに割ることができたのか――この考えに囚われているかぎり真相には辿りつけなかった。

 そこにあったものが壊されていたから、そこで壊したのだろうという先入観。

 だが、そうではなかった。

 事件現場にあった陶器類ははじめから壊されていたのだ。

 

「初めから壊されてた……?」

「そう。犯人はあの部屋の中で陶器類を壊したんじゃない。事前に割っていたものと、部屋にあったものを交換したんだ。その証拠に、あの部屋の床には傷一つなかった」

 

 客室の床はフローリングだ。

 木質系の床材は意外と柔らかく、なにかが割れるほどの衝撃が加われば、そこにはしっかりと傷ができてしまう。

 たとえどんなタイミングで陶器類を割ったとしても、本当にあの部屋の中で破壊工作が行われたのなら、床のどこにもそれらしい傷跡がないのはありえない。

 

「犯人は事前に千葉さんの部屋に飾られていた陶器類と同じものを手に入れて、どこかべつの場所で粉々に砕いてトリックの下準備をしていた」

「そ、それって誰かに罪をなすりつけるために?」

「いいえ。たぶん単純に時間の短縮が目的でしょう。もし警察が到着していても、トリックが見破られなければ捜査の目は外部犯のほうにいくし、仮にトリックがバレても今度は偽装工作ができる時間があったかが焦点になる」

 

 ぱっと見で執拗に荒らされたように感じられる部屋は、それだけ時間がかかったように見せるための犯人の心理的な誘導だ。星川でなくてもこのトリックを実行することはできる。

 ハジメの推理に誰も口を挟まなかった。

 

「犯人にとって一番のイレギュラーは警察を足止めした雪崩だった。これはあたしの想像なんですが、犯人は警察が来て捜査が始まったら、相澤さんに罪を着せるつもりだったんじゃないでしょうか」

 

 だから相澤の死体を隠していた。

 この雪山で警察が相澤を犯人だと考え、彼が生きているものとして探したのなら、その死体を隠す場所にはさほど困らない。千葉と荒谷地を殺したあとで相澤の死体が見つかっても、死体の発見に時間がかかれば死亡推定時刻に猶予ができ、相澤犯人説の矛盾はなくなる。

 しかし雪崩が起きたことで、犯人にはどうしても避けなければいけないことが出てきた。

 

「外部犯を警戒して、警察の到着まで全員で一緒に過ごす――犯人は、それだけは避けたかった」

 

 ミステリ小説のようにこのクローズドサークルが数日続くというなら話は違ったかもしれないが、警察は翌日の昼にはここに到着してしまう。

 当初の予定とは違ってきたこの状況で、警察の到着後に荒谷地を殺すのはリスクが高すぎる。

 ならば、どうする?

 

「犯人は相澤さんの遺体を使って、荒谷地さんを孤立させることを思いついたんです」

 

 千葉と相澤が殺され、荒谷地は誰に言われなくとも「次は自分だ」と理解していた。そして、クローズドサークルという容疑者がかぎられた状況は、彼を疑心暗鬼にさせるにはうってつけだった。

 

「相澤は千葉よりも前に殺されていたんだよな?」

「ええ。相澤さんの遺体は死後硬直が全身に及んでいた。あたしたちがこの別荘につく前に殺されていたのは間違いありません」

「相澤は合宿当日の朝に、星川に先に行くと連絡をしてきた。つまり……犯人は午前中に相澤をこの別荘に呼び出して殺し、そのあと一度戻ってほかのメンバーとともに再びここにやって来たってことか」

 

 近倉の言葉にハジメは小さくうなずく。

 

「ねぇ、でもチャイムが鳴って相澤先輩の死体を見つけたとき、あたしたちみんな玄関に集まってたじゃない」

「そうだ、あのとき津島の指摘を否定したのは君じゃなかったか?」

「金田一探偵。君たちはチャイムが鳴ったとき広間にいたんだったな。外に出ずに玄関へ行くには広間を通るしかないし、外から回ったのなら君が言っていたように濡れた痕跡や足跡が残る。いったい犯人はどうやったって言うんだ」

「その仕掛け自体は、そう難しいものじゃないですよ」

 

 第二の事件のトリックは至極簡単だ。

 用意するのは輪ゴムとそれなりの強度を持った糸。

 まず玄関ポーチの二本の柱に糸を回す。そして糸の両端をそれぞれ輪ゴムに結び付け、相澤の死体の首にその輪ゴムをかける。そして、チャイムに当たる寸前で死体が止まるように糸の長さを調整し、ドア側へ倒れ込むように身体を傾け、その足元を雪で固定する。

 

「――時間が経てば寒さで劣化速度の早まった輪ゴムが切れて、支えを失った相澤さんの身体はそのままドア側へと倒れ込んでチャイムを鳴らす。証拠の輪ゴムや糸なんかは風がどこかに飛ばしてくれるから、わざわざ回収する手間もかからない」

 

 事件当時の雪や風の影響で輪ゴムが切れる早さは多少前後するだろうが、この方法なら誰にでもチャイムが鳴ったときのアリバイを確保することができる。

 ハジメが玄関ポーチで見つけた柱にある溝のようなものは、あらかじめ犯人が死体を固定しやすいようにつけたものだ。

 

「そんな方法が……」

「難しい技術や準備はなにもいりません。輪ゴムや糸くらいは、この別荘の中を探せばあるだろうしね。これがとっさに考えついたことなのかはわからないけど、機転の利く頭のいい犯人だよ」

 

 実際、この犯人はいくつもの準備をしてきている。

 千葉の部屋の陶器類しかり、荒谷地のミネラルウォーターしかし、部屋割りしかり。一階の客室で事件が起これば、必然的に全員が二階へと集められるのは想像がつく。容疑者がしぼり込めない状況なら、下手にトリックを使う必要はない。だから、犯人は自分が容疑者からはずれる方法ではなく、全員が疑わしいこの状況を作り出した。

 

「じゃあ、こんなトリックを使ってまで、三人もの人間を殺した犯人はいったい誰なんだ?」

「その答えは……最後の犠牲者である荒谷地さんが残した、ダイイング・メッセージが教えてくれましたよ!」

 

 

 

22

 

 ハジメの言葉にその場はしんっと静まり返った。

 

「そ、それって……荒谷地が握ってたっていう指輪のこと?」

「ええ。死の淵で荒谷地さんが握り締め、犯人が犯行後に彼の指に戻した指輪ですよ」

 

 荒谷地の死体に残った不可解な痕跡とその理由を説明すれば、みな一様に難しい表情を浮かべる。指輪と言われてもぴんと来るものがないのだろう。

 そして、それは犯人も同じだった。

 もしも犯人が荒谷地のダイイング・メッセージに気づいていたのなら、どれほどリスクがあろうとあの指輪は回収したはずだ。

 

「荒谷地さんがダイイング・メッセージに込めた意味を知るには、彼がたびたび言っていた“謎かけ”を解かなければいけなかった」

「謎かけってあの“津島(ぼく)は仲間はずれ”だとか、“一番ダメなのは星川”とか言ってたヤツ?」

「そうです。あたしも最初は全然意味がわからなかったんですが……荒谷地さんのスマホにそのヒントがあったんです」

 

 高校時代の荒谷地たち三人が映った写真。そこにつけられたフォルダ名。

 

「みなさんは、メダルって聞いてなにを思い浮かべますか?」

「え、オリンピックとか?」

「ですよね。あたしも最初に想像したのはそれでした。そして、そういうメダルには種類がある」

 

 金、銀、銅。

 あの三人はそれぞれが、その三つのメダルを示している。

 ハジメのヒントで一番早く正解へと辿りついたのは津島だった。彼はしばらく「金、銀、銅」と三人の名前を口の中で繰り返していたが、ハッとしたように叫んだ。

 

「そうか! 元素記号!!」

「元素記号って……化学とかで習うあの周期表の?」

「ああ、やったな。“水兵リーベ僕の船”ってヤツな。一番が水素で、二番がヘリウムだったか」

 

 藤堂と近倉は苦手だったと言いたげに顔を顰めてみせる。星川と舟木は津島の言葉で答えがわかったらしく、舟木の方は取り出したスマホで検索したのか、画面を見つめながら「ホントだ」と小さくつぶやいていた。

 

「相澤氏輝、荒谷地弦太、千葉優芽乃――この三人の名前をイニシャルに置き換えると、相澤さんはAuで金。荒谷地さんがAgで銀。そして千葉さんはCuで銅になる」

 

 だから彼らは“メダルトリオ”だったのだ。

 ハジメはどうしてか、知らないはずの彼らの楽しげな高校時代が想像できて、胸がツキンと痛んだ。自分たちの名前の共通点に気づいて「運命だな」なんて笑い合ったりしたのだろうか。

 

「荒谷地さんがあたしと高遠を部外者だって言ったのは、あたしたちふたりのイニシャルが元素記号には当てはまらないから。調べてわかったけど、津島さんの仲間はずれは分類の違いみたい。ほかのみんなは遷移金属で、津島さんは希土類ってのになるらしい」

 

 ダイイング・メッセージの意味に気づいて一瞬明るい顔をした津島はいま、その先にあるものを理解して愕然とした表情でハジメを見つめてた。その縋りつくような視線は、なにかの間違いであってほしいと雄弁に語っている。

 ハジメはそんな津島の視線を正面から受け止めた。

 暴き出した真実が優しかったことなんて一度もない。ハジメがこれから告げる真実に、ひょっとしたら津島はこの場の誰よりも傷つくのかもしれない。でも、だからこそ、ハジメは津島から視線をそらさなかった。

 彼はハジメのその態度で、自分の導き出した答えが正しいことを理解して、小さく唇を震わせる。

 

「荒谷地さんは金属アレルギーで、彼がつけていた指輪の材質はアレルギーが起こりにくいと言われる“チタン”」

 

 チタンは元素記号でTiと表される。

 そして、このなかでそのイニシャルを持つのはたったひとり。

 

「そう、あの三人を殺した“冥府の使者”は――あなただ! 藤堂伊依里さん!!」

 

 ハジメに犯人だと指摘されても、藤堂は顔色を変えなかった。しかし、身体の前で行儀よく組まれ膝の上に置かれた彼女の手は色をなくし、その爪は肌に食い込まんばかりに力が込められている。

 それでも、ハジメに見据えられたまま、藤堂は困惑したように小さく笑って首を傾げてみせた。

 

「――私?」

「う、嘘よ。伊依里ちゃんが犯人だなんて……そんなこと……」

「藤堂君が犯人……?」

「金田一さん。君が言っていた証拠っていうのは、荒谷地のダイイング・メッセージのことなの?」

 

 動揺するほかの面々を尻目に、ソファから立ち上がった津島は彼女を守ろうとするかのようにハジメと藤堂の間に割って入った。その瞳に先ほどまでの弱々しさはない。

 

「荒谷地が死ぬ前に指輪を握ったっていうのは君の推測だし、そもそも死後に犯人がした偽装工作かもしれない。それだけで藤堂さんが犯人だって断定するのは無理があるんじゃない?」

「津島さんの言う通り、もしもあのダイイング・メッセージが藤堂さんに罪をなすりつけるための犯人の偽装工作なら、指輪は握らせたままにするはずですよ」

「……っ、そ、そう思わせるために裏をかいたのかも」

 

 その言い分が苦しいことは津島自身わかっているのだろう。彼はなおも必死な顔で言い募った。

 

「だいたい、今回の事件の動機は去年の映研部員の自殺に関係があるんじゃないの!? 藤堂さんは去年はまだ入学もしてなかったし、三人を殺す理由なんて……っ」

 

 事件の動機については、ハジメもまだ確証を持ててはいない。

 ただハジメが手に入れた『証拠』は明確に藤堂を犯人だと示しているし、彼女が犯人だとするなら、この別荘についてからの彼女の少々おかしな行動にも説明がつく。

 それまで黙って津島とハジメのやりとりを聞いていた藤堂はそこでようやく口を開いた。

 

「ひどいな、金田一さん。私ってそんな人を殺しそうな人間に見える?」

「…………」

「あっ、ホントひどい。違うって言ってくれないのね」

 

 藤堂はいっそ場違いなほど穏やかな声で、まるで幼子に言い聞かせるように言葉をつむぐ。

 

「ねぇ、ミステリだとダイイング・メッセージってよくあるネタだけど、本当に死にそうなときにそんなことって考えられるものなのかな? たしかに荒谷地さんは死の間際に指輪を握り締めたのかもしれないけど、それに意味があったのかなんて、もう誰にもわからないことじゃない?」

 

 高遠がハジメに「証拠が弱い」と指摘した理由がこれだ。

 荒谷地のダイイング・メッセージについてはいまここでどれほど議論したところで、当の荒谷地自身が死んでしまっている以上本当の答えなんてものはわからないし、水掛け論にしかならない。

 ハジメも藤堂の言葉に反論する気はなかった。

 

「藤堂さんはこの別荘に来るのははじめてですか?」

「え? はじめてだけど……それがどうかした?」

 

 唐突な話題転換に戸惑いながらも藤堂はうなずく。

 ハジメがほかのメンバーにも同様の質問をすれば、誰もがこの話の先がどこに向かっているのかわからないままに「はじめて来た」と答えた。

 

「じゃあ……そうだな、近倉さん。この広間の電気を消してもらえますか?」

「えっ!? いまか?」

「ええ、そうです」

 

 指名された近倉はハジメの意図がわからず首を捻るが、必要なことなのだろうと自分を納得させ、辺りをきょろきょろと見回してから、ドアから少し離れたところにある照明スイッチを見つけそれを押した。

 照明が消えた室内はカーテンが開いていることもありそれなりに明るい。

 なんの意味が、と全員から困惑の視線が集まるが、ハジメはそれには答えず、近倉にもう一度照明をつけるように伝える。

 

「え、いまのってなんだったの?」

「ちょっとした確認ですよ。舟木さん、次はあなたにお願いしようかな。――ブレーカーを落としてきてくれますか?」

「ええっ!? ……ブレーカーって、そんなのどこにあるの?」

 

 舟木の反応からハジメの言わんとすることがわかったのか、藤堂は一瞬厳しくハジメを睨み据えた。その瞳には押し殺した憎悪がちりちりと炎のように燃えている。

 ハジメは臆することなく、そんな彼女の視線を受け止め言葉を続ける。

 

「フツーの家とかだと、ブレーカーって玄関やキッチン、洗面所なんかにあることが多いんですけど、ここは貸別荘だからなのかな? ちょっと変わってて、一階のブレーカーは階段下の収納スペースみたいなところについてるんですよ」

「……なにが言いたいの?」

「わかってるでしょう? 藤堂さん、あなたははじめてこの広間に入ったとき、自分から電気をつけると言った。まあ、照明のスイッチはドアのわりと近くにあるし、探すそぶりもなくつけたのはそれほどおかしなことじゃないかもしれない」

「…………」

「でも、さすがにはじめて来た場所のブレーカーの位置を知っているのは、おかしいんじゃないですか?」

 

 藤堂はなにも答えない。

 しかし、それは彼女が追い詰められているからではなかった。その証拠に、藤堂は一呼吸おいただけで見事に自身の動揺を抑え込み、その顔に微笑すら浮かべてみせた。

 

「ブレーカーの位置、ね。たしか別荘についてすぐにキッチンでコーヒーを淹れたときに、階段下にあるのを見つけて、珍しいなって覚えていただけよ」

 

 よどみない言葉はまるで真実のようだ。

 この程度では揺らがない、と藤堂はその態度でハジメに伝えてくる。実際、それは決してただの虚勢ではないのだろう。彼女には自分が決定的なミスをしていない自信があるのだ。

 ハジメの持つ証拠に彼女は気づいていない。そして、それこそがハジメの勝機だった。

 

「藤堂さんって、真面目できっちりしてるタイプでしょ? トリックに直接関係なくても、別荘の間取りやものの置き場所を把握してるくらいですもんね」

「……金田一さんはどうしても私が犯人だって言いたいんだね」

 

 表情こそ変わらないが、その声にはわずかに苛立ちが混ざっている。

 

「でも、今回はその性格が裏目に出たと思いますよ」

「…………」

「さっきあたしが、犯人は千葉さんの部屋にあった陶器類を事前に割ったものと交換したって言ったの覚えてます?」

「ええ、覚えてるわ。ミステリの名探偵ばりの推理だったもの」

「じゃあ、犯人は交換した壊れていない陶器類をどうしたと思いますか?」

「さあ? どこかに隠したんじゃないかしら」

「それも一つですよね。でも、あとから事件で割れたのとまったく同じ陶器類がほかの場所から出てきたら、さすがに怪しくありませんか? あたしはこの頭のいい犯人はそんなリスクは犯さないと思うんです」

 

 花瓶、飾り皿、陶器の人形……千葉の部屋にはいくつもの調度品が置かれていた。事前に割ったものは袋にでも詰めてひとまとめにしてしまえば一回で運ぶこともできるが、割れていないものはそうはいかない。

 では、犯人は花瓶だの飾り皿だのを一つずつどことも知れない隠し場所に運んだのか? 人目につくかもしれないのに?

 

「部屋の位置関係から考えても、千葉さんの部屋の隣……少なくとも一階の客室のどこかじゃないと難しい」

「……千葉さんの部屋の隣は私ね。なら、私の部屋にそれが隠されてるって言うのかな」

「隠してなんかいないでしょう。だって、一階の客室の調度品はすべて同じものなんだから」

 

 実に合理的だ。

 事前にまったく同じ調度品を四セット用意し、自分が使う予定の客室を除く三部屋にそれを置いておく。残りの一セットをトリック用に壊して、偽装工作のときに千葉の部屋のものを自分の部屋へと運ぶだけで、このトリックの証拠を消す必要がなくなる。

 そして万が一トリックが見破られても、ほかの部屋にも同じ調度品があれば、そこから容疑者をしぼり込むことはできない。

 

「金田一さんの言う証拠っていうのは、私の部屋に置かれてる調度品なわけね。なに? そこに千葉さんの指紋でもついてるって言うの?」

 

 たぶん、仮に千葉の指紋がついていたとしても証拠としては弱い。

 藤堂に「千葉が自分の部屋を訪ねてきたときに触った」とでも言われてしまえば、ハジメにそれをうそだと断じることはできない。そう、できない――はずだった。

 

「指紋なんかよりも、もっと動かぬ証拠がついてるんですよ。あなたの部屋の……花瓶には」

「え、花瓶?」

「そうです。千葉さんに頼まれて彼女の荷物を部屋に運んだとき、ちょっとしたアクシデントがあって、あたしサイドチェストの上にあった花瓶を落としかけたんですよ」

 

 花瓶は床に落ちはしなかったが、サイドチェストの取っ手にぶつかりそのふちが欠けてしまった。

 

「恥ずかしい話なんですけど、なんとかバレないように直せないかなーっと思って、持ってたガムを使ってくっつけたんです」

「うそ……」

「同じようにふちが欠けた花瓶は探せばどこかにあるかもしれないけど、ガムで応急処置された花瓶なんてこの別荘にはたった一つしかありません」

 

 藤堂はしばし信じられないと言いたげな顔で呆然とハジメを見つめていた。思わぬ証拠を突き付けられ二の句が継げないのかもしれない。

 全員の視線が藤堂に集中する。

 広間にはしばしの間沈黙が落ちた。

 藤堂はなにか考え込むように一度顔を伏せ、大きなため息を一つつくと、ゆっくりとその顔を上げる。

 

「あんな奴ら、死んで当然よ」

 

 ぽつりと独り言のように落とされたその言葉はどこまでも静かで、しかしそこには隠し切れない憎しみが滲んでいた。

 

 

 

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