筆者がポカをしてなぜか事件が起きたのが原作軸から三年前の冬だと勘違いしていたので、原作では回想で半袖姿なのでたぶん夏~秋くらい(?)のはずですが、今作では冬とします。
1
不動山署にほど近いその喫茶店は、ドアを開ければレトロな外観に相応しいドアベルがカランカランという素朴な音色で来客を出迎えてくれる。
暖房が利いた店内はどこか懐かしいようなほっとするにおいがした。
カウンターの向こうから「いらっしゃい」と深みのある低い声がかけられる。老年の店主はハジメの連れが見慣れない少女だったことに少しだけ意外そうにその眉を上げたが、それ以上言葉を続けることはせず、途中だったハンドピック作業に意識を戻した。
ハジメはそんな店主に簡単なあいさつだけを返し、店の中を見回して待ち人がまだ来ていないのを確認したあと、適当なテーブル席を選びそちらへと足を向ける。
「なんだかノスタルジックで素敵なお店ね、はじめちゃん」
「なにが素敵なお店ね、だよ。勝手について来やがって」
かけられた声に顔だけ振り返って文句を言えば、美雪は「なによ」と目を三角にして怒ってみせた。
「はじめちゃんが悪いんでしょ。今日という今日は、絶対に諦めませんからねっ!」
「だーから、明日ちゃんと提出するってば」
「ウソばっかり。どうせ、まだ名前もなにも書いてないんでしょ」
「ゔ。美雪には関係ねぇだろ」
「関係なくないわよ。先生から提出させるように頼まれてるんだから」
テーブル席につくなり、美雪は自分の学生カバンから一枚のプリントをとり出し、ハジメの前へずいっとそれを差し出す。そのプリントにはっきりと印字された『進路希望調査』の文字に苦い顔をして、ハジメは相手の勢いにちょっと身を仰け反らせた。
年季の入った椅子がハジメのその動きにギシリと抗議の声をあげる。
七瀬美雪は金田一一の幼馴染で、同じクラスの学級委員。しかも本人は絵に描いたような優等生だ。担任教師が美雪にハジメのことを任せるのも仕方がない。進路希望調査の本来の提出期限が冬休み前だったことを加味すれば、ハジメにがみがみ説教をするよりも美雪を介したほうが話が早いと学習したとも言える。
「と、とりあえず、なんか注文しようぜ。美雪はなんにする?」
「もー。調子いいんだから」
呆れたような顔をしながらも美雪はハジメが渡したメニュー表を受けとり、どれにしようかとそれに目を走らせた。
美雪や同世代の友人たちと入る店はたいていがファストフードやチェーン店なので、こんな如何にもな個人の喫茶店は物珍しいのだろう。美雪は何種類も書かれているコーヒー豆の説明を真剣に読んでいる。
「あー、コーヒーはあんまりオススメしねぇぞ。とくにブレンドはやめとけ」
「えっ、どうして?」
「ここの店長、コーヒー淹れるのうまくねぇから」
いわゆる下手の横好きで始めた店らしいが、下手の割合がだいぶ大きいように思う。既製品の豆をごく普通に淹れても「ん?」と若干首を傾げるレベルの腕なので、完全オリジナルブレンドの出来は当然ながらひどいものだ。
ハジメは初めてブレンドを出されたとき、一口飲んでから一緒にいた高遠にそのままスライドしたが、あの男はにおいを嗅いだだけで口をつけることすらしなかった。
「……じゃあ、ホットココアにしようかな」
「そうしろ、そうしろ。店長ー! ロイヤルミルクティーとホットココアちょうだい!」
カウンターへ向かって大声で注文を伝える。店主ひとりで回しているこの店にウェイトレスなんていう気の利いたものはいない。もっとも、客席も少ない上に常時閑古鳥が鳴いている店なので、人手はそれで充分足りている。
「珍しいね。はじめちゃんが紅茶飲むなんて」
「そうか? べつに嫌いじゃねぇけど」
「でも缶コーヒーとかジュースは買うけど、紅茶は全然買わなくなったじゃない。あたし、好きじゃなくなったんだと思ってた」
美雪の指摘には心当たりがあった。
たしかにハジメはある時期から、コンビニやチェーン店など出先で飲み物を選ぶときその選択肢のなかから紅茶がなくなった。家でもインスタントコーヒーを飲むことはあっても、ティーバッグで紅茶を淹れたりはしない。
この喫茶店で注文するのも、いつもは美雪と同じようにココアやジュースばかりだった。
その理由はわかっている。
わかっているのに、今日はロイヤルミルクティーを注文してしまったのは……たぶん、もうひと月もあの男の淹れたそれを飲んでいないからだ。
こたつに潜り込む自分へと差し出されるミルクたっぷりの紅茶は、いつだって温かくて美味しかった。冬のマストアイテムの仲間入りをしたそれがないこの一か月は例年よりもほんの少しだけ寒さが厳しく感じられる。
なにが違うのだろう。
コトリと店主が言葉少なに置いていったロイヤルミルクティーが入ったカップを見つめながら思う。カップからは茶葉のいい香りが立ちのぼっている。
そっと口をつければたしかに美味しいと感じるのに、ハジメはそれ以上飲むことができずにカップをソーサーへと戻した。
「なあ美雪、ココアとミルクティー交換しねぇ?」
「えー。やっぱり好きじゃないんでしょ。なんで注文したのよ」
「ゴメンって! ね、美雪ちゃん、お願い!」
「仕方ないなぁ、もう」
渋々というように自分のカップと交換してくれる美雪は優しい。ひょっとしてまずいのかと訝しげな顔でミルクティーを一口飲んだ彼女は「あら、美味しい」と意外そうにつぶやいた。
幼馴染からまずいものを押しつける奴だと思われていたのは大変遺憾である。
そう、ミルクティーはちゃんと美味しいのだ。
ただハジメが飲みたかった味ではなかっただけで。それがどうしようもなく悔しくて、美雪からもらったココアをぐいっとあおる。
「高遠さんとなにかあったの?」
「……なんで?」
「なんとなく、なんかあったのかなぁって。最近会ってないんでしょう」
高遠とはあのミス研の合宿以降会っていない。
あの男が地獄の傀儡師として行動するのを止めたいのなら、本当はこうして距離を置くべきではないのかもしれない。むしろ、高遠のそばに張りついて逐一その行動を邪魔するくらいするべきなのだろう。
そんなことで止められる男ではないけれど。
高遠は自分たちは平行線だと言う。
自らが定めた関係性に縛られ固執している男はどこか哀れで滑稽だ。この二回目の人生において、高遠がハジメに執着する理由なんてなに一つない。なくていい。
人を欺くことに快感を覚えるのならば、その運命が示すままにマジシャンとなってしまえばいい。それが本来の高遠遙一の姿のはずだ。
あの男が一回目の記憶を持ってさえいなければ、きっとハジメと関わることなく、真っ当なマジシャンとしての人生を歩むことができたのに。
(……なんで、あんたなんだ)
何度となく繰り返してきたその疑問に答えなどないとわかっている。
それでも、ハジメはほかの誰でもなく高遠遙一にだけは、すべてを忘れていてほしかった。
「そんな顔して……会いたいなら、会いに行けばいいじゃない」
「べつに会いたいわけじゃねぇよ」
「ふ~ん。ここ最近、進路そっちのけで悩んでるのは高遠さんのことなんじゃないの?」
さすが、付き合いの長い幼馴染は鋭い。
たぶん美雪が考えているような方向性の悩みではないが、ハジメが自身の進路を決めることから逃げ続けている要因の一つが高遠にあるのはたしかだ。
いっそ自分がまったく違う選択をすれば、一回目の金田一一と同じ道を進まなければ、あの男はハジメが自身の平行線であることを諦めるのではないかという考えが頭から離れない。これから先に起こる不動高校での諸々の事件を思えば、一回目と同じように進学するほうが都合がいいとわかっているのに、そんなどうしようもない考えに囚われている自分が嫌だった。
「……高遠が悪いんだよ」
そうだ。
全部、全部、高遠が悪い。
冬休みは温泉に行ったり、牡蠣やカニを食べたり、したいことがいっぱいあったのに、高遠のせいでなに一つできなかった。
人のことを甘やかすだけ甘やかしておいて責任もとらないつもりか、あの男は。薄情すぎる。
(いまさら……いまさら、元に戻れると本気で思ってんのかよ?)
ハジメには自分が変わった自覚がある。少なくとも、もうハジメは祖父の名前にかけて謎を解くことはない。祖父にすべてを打ち明けられなかった自分にはそんな資格はないと思っているし、運命を捻じ曲げてでも悲劇を止めたいというのはほかでもないハジメの意志だからだ。
そして、高遠遙一もたしかに一回目とは変わってきている。
もちろんこれから先、あの男が「改心して、悔い改める」なんて日はきっと来ないだろう。元より高遠は自分がしていることをしっかり“悪”だと理解している。理解した上でやっている行為に反省も後悔もない。
それでもハジメは高遠が変わったと感じる。
変わったから、高遠は藤堂伊依里をマリオネットにはしなかった。いくらあの男が「舞台を整えた」と嘯いても、それは決して地獄の傀儡師のいう芸術犯罪ではないのだ。
「あーっ、もう知らん!!」
「は、はじめちゃん!?」
乱暴に自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き回して、ハジメはテーブルに置かれていたプリントをひったくるように手にとると、第一志望の欄に『私立不動高校』と書き殴った。そのままの勢いで第二、第三志望にも同じ高校名を書いていく。
ん、と書き終えたプリントを差し出せば、美雪は少し呆気にとられた顔でこちらを見つめてから、「名前書いてないよ」と冷静な指摘をくれた。
ちょっと気まずい思いで名前を記入して美雪へとプリントを渡す。
「いいの?」
「なにがだよ?」
「――あたし、はじめちゃんは秀央高校に行きたいのかと思ってた」
「へ? なんで??」
「高遠さんの母校だから?」
「……冗談だろ。あんなお勉強ばっかの学校なんでごめんだよ。俺……ゴホン。あたしは不動高校でしたいことあるし」
言葉の途中で美雪からの鋭い視線を感じて慌てて言い直した。最近この幼馴染はハジメの言葉遣いに厳しくて困る。
ハジメが同性だからなのか、美雪の口煩さは明らかに以前よりも上だ。幼馴染からの細かな注意に辟易してしまうこともあるけれど、それほど嫌な気分ではない。
高遠との関係だけじゃない。美雪との関係だって、こうして一回目とは変わっていく。でも、それはべつに悪いことではないのだと思う。
ハジメにはするべきことがある。
高遠がどういうつもりかなんて考えるのはもうやめだ。
ハジメはただ信じればいい。自分がこれまで高遠との間で築いてきた関係がたしかにあることを。それは一回目のときのような『平行線』だなんて一方的なものではないのだから。
カランカランとドアベルが来客を告げる。
店内へと入ってきた人物を見て、ハジメは軽く手を上げた。
2
高遠は孤独というものを感じたことがなかった。
一回目の、それこそ記憶の彼方にある幼少の頃ならば、あるいはそういった感情もあったのかもしれない。
自分と他者の、薄い膜で覆われたような隔絶も。
母という目指すべき夢の先を失った落胆も。
感傷というほど、高遠のなかで明確な形を作ることはなかった。自分にとって間違いなく“特別”だった母親ですら、高遠に純粋な喪失の悲しさを教えることはできなかった。
だから、高遠は自分がいま感じているものがなんなのか気づくのに……いや、認めるのに、ずいぶんと時間がかかった。
「…………」
がらんとした部屋はひと月前となにも変わっていない。
彼女が「寒い、寒い」と騒ぐから出したこたつもリビングに置かれたままだ。彼女用のクッションも、ゲーム機も、マグカップも、すべてこの部屋に残されているのに、彼女――ハジメだけがここにいない。
そのことに寒さのようなものを感じている自分がいる。
少し暗くなった気がする空虚な部屋はどうしてか息がしにくい。
寝て起きて、食事をして、大学に通う。ときどきマジシャンとしての依頼を受けたり、千景のもとでバイトをしたり。その生活はハジメの存在以外なに一つ変わっていないのに、高遠は自分の不安定さを、その理由を嫌でも自覚してしまう。
「――まったく。なんというざまだ」
苦々しさの滲む声は力なく部屋の空気へととけて消えた。
あの日。
高遠が彼女と平行線であることを選んだ日から、ハジメはこの部屋を訪れなくなった。わかっていたことだ。地獄の傀儡師が名探偵と惨劇という舞台の上以外で関わることなどあり得ない。
彼女の日常に高遠遙一は必要ない。
高遠の日常にだって金田一一は必要のないはずだったのに。
彼女がいない。
たったそれだけのことで、高遠はいままで自分がこの日常をどうやって過ごしてきたのかわからなくなっている。
見かけるたびに買ってしまう、ハジメが気に入っている茶葉は棚からストックが溢れ出し、ワークトップに積み上がっている。冷蔵庫の中には高遠の飲まない炭酸飲料やスポーツドリンクが収まっているし、最近は必要もないのにコンビニで新商品の菓子類を買って帰ってきてしまう。
ハジメはいないのに、彼女の痕跡だけが増えていく。
小賢しいあの少女は高遠がこうなることを予想していたのだろうか。
ともに過ごした時間は、元凶の彼女を切り離したというのに日々重みを増して、いずれ身動きすらもできなくなりそうだ。
「……金田一君」
こんな感傷を伴って彼女の名を呼ぶなど想像したこともなかった。
寂しい、なんて子どもじみた愚かな感情に囚われている自分が嫌で嫌で仕方がないのに、いまここにハジメがいないことがどうしようもなく受け入れがたい。
彼女は地獄の傀儡師・高遠遙一の宿敵で、決して交わることなく、それでいていつも隣にある平行線。
金田一一はこの二度目の生を女性として生き、人々を救うために行動してきた。それは一回目の人生ではなかったことだ。だが、彼女の本質はなにも変わっていない。燃えるような正義感も類まれな推理力も、その優しさすらなに一つ失うことなく、高遠の求める平行線のまま。
そして、自分もなに一つ変わっていないと思っていた。
高遠は自分は変わらず高遠遙一のまま、この二回目を生きていると思っていた。一回目と二回目はまるで地続きのようになっている、と。けれど、そうではなかった。いまの高遠は金田一一を、己の平行線を喪い、そしてもう一度手に入れた高遠遙一なのだ。
いま自分の胸を占めている筆舌に尽くしがたい喪失感を取り除く方法はわかっている。しかし、その道を選ぶということは、とりもなおさず金田一一の平行線であることを諦めるということにほかならない。
堂々巡りだった。
すでに幾度となく繰り返した自問自答。その答えが出ているからこそ、高遠はこうして犯罪計画を練るでもなく、マリオネットを探すでもなく、ぐだぐだとした思考をこねくり回し無駄な足搔きのごとく時間を消費している。
つまるところ、自分は地獄の傀儡師であることよりも、金田一一が大切らしい。
その『大切』が一回目のように完全犯罪における名探偵というピースの一つとして、ではないことは大変いまいましいが認めよう。
だが、高遠が求めているのが平行線としてのハジメであることもまた事実だ。なぜなら、ハジメへの喪失感に打ちのめされてはいるが、高遠には彼女を己のプロデュースする惨劇へと招待し、その舞台の上で宿敵として相対したいという欲求が変わらずにあるのだから。
そう、いまこの瞬間すら、あの燃えるような瞳で自分を追い求めてほしいと思っている。
(ああ……しかし、それだと目的と手段が逆転しているのか)
いまいましい素人探偵を跪かせ、敗北を認めさせるのが本来の目的だったはずなのに、いつの間にか彼女の平行線であるための手段として地獄の傀儡師であろうとしている。
ならば、自分はとうに地獄の傀儡師たり得なかったのかもしれない。
名探偵に自らが作り上げる『完全犯罪』よりも、自分自身を見てほしいなど、犯罪芸術家失格だ。
高遠のなかの天秤は、片方に金田一一という存在を載せた時点で、その役割を放棄しているに等しい。
“特別”とはどうやらそういうことで、それはもう高遠本人にも動かしがたい事実だった。
――金田一君。私は君がいないと、うまく息もできない。
◆
いつも隣にある――その意味合いが変わったのはいつだったのだろうか。
彼女と再会したとき? 彼女に協力することを決めたとき? それとも、彼女の温もりを知ったときだろうか。
案外、葬儀でハジメの静謐な顔を目にしたときから、高遠はとっくに金田一一という存在に囚われていたのかもしれない。
もっとも自分のハジメへと向ける感情を認めたからといって、高遠のなかでなにかが大きく変わったりはしなかった。彼女のそばにいると決めた以上、地獄の傀儡師に戻ることはできないが、ハジメが望むようなただのマジシャンでいてやるつもりは毛頭ない。
高遠はべつにハジメに好かれたいわけではないのだから。
もちろん嫌われたいわけでもない。ただ、彼女の苦しみでありたいとは思う。
美味しいものを食べたとき、誰かと笑い合っているとき、そんな日常のなかにあるたくさんの幸せの一つになるなんてごめんだ。
高遠はハジメの決して逃れ得ない苦しみでいたい。
彼女は哀しむ顔が……苦しむさまが、なによりも美しいのだ。美しいものを美しいまま手に入れたいと願ってなにが悪い。
この自分が地獄の傀儡師であることを、自らのプライドを放棄するのだから、元凶であるハジメにはその身すべてを差し出してもらわなければ割に合わないというのが高遠の主張である。当のハジメが聞けば憤慨すること間違いなしだが、高遠は彼女の怒った顔も気に入っているのでなんの問題なかった。
(さて、それにはそれなりの手土産が必要でしょうね)
これでも一応、ハジメを怒らせた自覚はある。
あの少女が地獄の傀儡師としてあると告げた自分をこのまま放置するとも思えないが、いまのハジメはそれなりに忙しい身の上だ。そして彼女は、あれほど情に弱いくせに冷徹で合理的な思考ができるので、不確定要素でしかない高遠よりも目の前に迫った確定している悲劇を回避するための行動をとるだろう。
この時期ならば間違いなく、十神まりなのために多間木匠や魚崎葉平を止めようと考えているはずだ。
ハジメは『女子高生死体遺棄事件』の詳細を把握している。当時の裁判資料まで見ているのだから、事件が起こる日時も正確に覚えている可能性が高い。あの子どもの性格的にこの事件を止めようとするなら、多間木と魚崎が十神まりなを浚う瞬間に介入するつもりだと考えていい。
あれでいて人を使うのがうまい彼女のことだ。そろそろ不動山署の佐藤刑事あたりに話を持っていっているかもしれない。
「――腹立たしいな」
そう、ハジメは高遠がいなくとも困りはしないのだ。
彼女は着実に警察関係の知り合いを増やしているし、その気になれば、地獄の傀儡師に負けず劣らずの手腕で他人を操ることができる。
いつか、あの生意気でいまいましい子どもに自分が必要だと言わせてみたい。
ふと頭に浮かんだ望みはなかなかに悪くない気がした。
高遠には高遠にしかできないことがある。あの人の善性をどこまでも信じている甘っちょろい少女には決してとれない手段も、高遠なら罪悪感一つ抱くことなく実行できる。
人は変わることができる、なんてくだらない幻想でしかない。
多間木匠が、魚崎葉平が、改心などしないことは毒島陸の事件で身に染みて理解しているだろうに。ハジメはそれでも、彼らに自らの行いを悔い改めることを望んでいる。
ならば、高遠はそんな少女に協力しよう。
結局のところ、それがハジメを手に入れる最善の方法だとわかっている。彼女が高遠を拒めなくなる魔法の呪文も知ってはいるが、それを口にすべきタイミングはまだ先だ。
幸い、待つのは苦手ではない。
高遠はハジメの余計な憂いが消えるその日まで、彼女のそばでこれまでと同じように協力者としてあればいい。
少女がただの金田一一としての人生を歩み出すときに、必ずや自分を、高遠遙一を選ばせてみせる。
そのためにも、まずはハジメの視界から邪魔な犯罪者を消さなければいけないと、高遠は自分がすべきことのためにスマホへと手を伸ばした。