1
じりじりと照りつける太陽がようやくその身を傾け始めても、昼間に熱せられた空気やアスファルトの温度は一向に下がる気配がなく、湿度の高いねばつくような蒸し暑さに、ハジメは額に滲んだ汗を手の甲で拭った。生憎、ハンカチなんていう気の利いたものは持っていない。
時刻はすでに十七時を回っている。
放課後に無理やり補習を入れられたせいで、予定がずいぶんと狂ってしまった。バイトの開始時間まではまだ多少の余裕があるが、早めにつけば千景からノンアルコールカクテルやアイスクリームを奢ってもらえる。それになによりも、少しでも早く冷房の利いた場所に避難したい。
暑さに体力を削られるのを実感しながら、ハジメは涼しさを求めてさらにその歩調を早めた。
「こんちわ~」
クローズの札が掛けられたモノクロのシンプルなドアを開けて店のなかへと入る。途端肌を撫でるほどよく冷やされた空気に生き返る心地がした。
「いらっしゃい、金田一ちゃん。暑かったでしょ? 少し休憩していいわよ」
開店作業の手を止め、蠱惑的な笑みを浮かべてこちらを見る羽鳥千景は、今日も変わらず美人だ。
はっきりした目鼻立ちとそれを魅力的に引き立たせる化粧。手足は長くすらりとしているのに、バストやヒップはじつにけしからん肉付きをしている。
夏は暑いがその分薄着になるからいいよな、などとどこぞのスケベ親父のようなことを考えながら、ハジメは礼を言って彼女がいるバーカウンターの前に座った。女性の平均身長にやや足りないハジメにはここのカウンターチェアは少し高い。最初の頃この手の椅子は浅く腰掛けるものだと知らず、そのまま後ろにひっくり返りそうになった。それを「子どもの可愛い失敗」として未だに千景や常連客が話題にするので、ハジメはこの椅子に座るときはいつも心持ち慎重になってしまう。
座り心地のよい場所を探して尻をズリズリと動かしていれば、ことりとデザートグラスに盛られたアイスクリームが置かれた。
「飲み物はなにがいい?」
「んー。じゃあ、ジンジャーエールで」
「は~い。とっておきのを入れてあげる」
「ありがとうございまーす!」
「いいのよ。金田一ちゃんには儲けさせてもらってるから」
千景の意味深な流し目と言葉に首を傾げる。
ハジメのバイト中の肩書は『女子高生マジシャン』だ。もちろん客の入りや店の状況で雑用にも駆り出されるが、雇い主がハジメに求めているのは客へのマジックの披露である。バイトを始めるにあたり、高遠に横から口を出されながらかなり練習したので、クロースアップ・マジックはそれなりに人に見せられるものにはなったと思う。しかし、だからと言ってこの店を「儲けさせる」ことができるほどの腕前ではない。
何度か観客の前に立てば、高遠がテクニックだけではダメだという理由がよくわかった。
演出の仕方、言葉による視線の誘導、客の反応も含めてそこは小さな一つの舞台だった。客が伏せて置いたカードをただ当てても、見ている方は驚きはしても面白くはない。その驚きをさらに感動へまで変えることができてこそマジシャンなのだろう。
所詮は素人だと自認している身としては、千景の評価はいささか過分な気がする。
「ふふ。不思議そうな顔しちゃって。君目当てのお客様だっているのよ?」
「えー、あたし? 高遠じゃなくて??」
そう問い返すとなぜか爆笑された。
ハジメがバイトを始めて四か月目。常連客の顔は粗方覚えたが、彼らはあくまで千景との会話や提供される酒を求めて通っている。もちろん全員マジック好きなので、ハジメも練習の成果を見せる機会は多いが、そのなかに自分を目当てにしている客がいるとは思えない。
「君は遙一を見慣れてるから、自分を素人だって思ってるんだろうけど、金田一ちゃんのマジックの腕だってなかなかのものよ? それに接客スタッフとしても優秀だし。お姉さん、大満足!」
千景はひとしきり笑ったあとで、そう言ってハジメを褒めてくれた。
接客の方はマジックよりもさらに自信がないのだが、雇い主的には十分なできらしい。この店の客の年齢層は比較的高く、社会的にも精神的にも落ち着いた大人が多いので、若干マスコットのような扱われ方をされている自覚はある。きっと「優秀」とはそのあたりを指してのものだ。
「さあ、そろそろ仕事を始めましょうか。着替えていらっしゃい」
その言葉にハジメは椅子から下りて、スタッフルームがあるバックヤードへと向かう。
これまで一つのバイトで継続して働いたことはなかったが、ここは時給もいいし、雇い主は優しくて美人だし、文句のつけようがない。
なによりときどきとはいえ、高遠のマジックを一観客として見られるのがうれしい。
ハジメがマジシャンをしている高遠を見る機会はまったくと言っていいほどなかった。
マジックの練習や新しいトリックの披露はするくせに、あの男はどういうわけかハジメを自身のマジックショーに誘うことをしない。以前よりもずっとマジシャンとしての仕事をするようになったにも関わらず、だ。
それがなぜなのかわからないから、ハジメは高遠に彼のショーを見に行きたいと言えない。こちらの気持ちを察しているだろうに、なにも言ってこないことが男の答えだとも思っている。
だから、月に一度あるかないかという頻度でも、わずかに被ったシフトのタイミングで見られる彼のマジックは、ハジメにとってこのバイトにおける一番の楽しみだった。
今日が貴重なその日であることに、自分がほんの少しだけ浮かれていることを自覚しながら、ハジメはスタッフルームのドアを開けた。
◆
マジックバー『Jack‐in‐the‐box』に、その男が客として訪れるようになって四か月が経つ。
初日に千景が揶揄いまじりに「グラス一杯で居座るようなマネしないわよね?」と言ったら、男はなんの気負いもなく店で一番高いボトルを入れた。正直この馬鹿みたいに高い酒が売れただけで、ハジメを雇った分の利益は出ている。
「今日ね、金田一ちゃんに君目当ての客もいるのよって言ったら、遙一じゃなくてかって驚かれて笑っちゃった」
どんな反応をするかとその顔を窺うが、可愛げのないことに男――高遠遙一は千景の言葉に眉一つ動かさなかった。高遠が傾けたグラスのなかで、氷がカランと高い音を立てる。まだ大学生のくせに、そんな姿がひどくさまになっていた。
彼があまり甘いものを好まないのを知りつつ、ハジメが気に入っているという言葉を添えて、女性客向けに作った試作品のマンゴープリンを出してやる。マンゴーは夏らしくていいかと思ったのだが、少々甘くしすぎた失敗作だ。案の定、高遠は一口食べて、ぴたりとその手を止めた。一口とはいえ、この男にプリンを食べさせるのだから、あの少女はじつに偉大である。
スプーンを置いてしまった高遠に、千景は今日仕入れたべつの話題を投げかけることにした。
「そう言えば、聞いたわよ。金田一ちゃんと沖縄旅行に行くんですって?」
「ええ」
「今度お友だちと一緒に水着を買いに行くんだって言ってたわ。なにか好みがあるんなら、それとなく勧めておいてあげてもいいけど」
「好み……?」
「もうっ! 水着の好みに決まってるじゃない!」
とぼけているのかと思ったら、珍しく本気で不思議そうな顔をしていて、相手の手強さに唸ってしまう。高遠がハジメを特別視しているのは間違いないが、それが『恋愛感情』なのかはじつのところ千景にははっきりとわからない。
年の離れた友人というには近い距離を、このふたりはお互いに自覚しているのだろうか。
「あるじゃない、露出は控えてほしいとか、逆にあえていつもとは違うセクシー系が見てみたいとか、そういうのが」
「水着なんですから、泳ぐのの邪魔にならなければいいのでは?」
「……可愛い格好が見たいとかないの?」
「服装で彼女の魅力が変わるとは思いませんね」
「あら、ひょっとして遠回しな惚気? どんなあの子でも素敵ってこと?」
「ご想像にお任せします」
言葉だけ聞けば、年下の少女にメロメロな男に感じられるのだが、その声にも表情にも恋愛特有の熱さのようなものは見当たらなかった。
これがハジメの年を考慮した自制であるなら大したものだが、そもそもそういう対象でない可能性もある。高遠もハジメもたしかに距離こそ近いが、その間に男女らしい欲を感じさせることはない。
(わっかんないわ~)
高遠のことを子どものときから知っている千景としては、彼が特別に想う相手がいるのなら、その成就に協力したいと思っている。
可愛げのない子どもは、そのまま可愛げのない男になってしまったけれど、最近はときどきこちらがドキリとするような優しい顔をするようになった。だから、この手のことは外野がごちゃごちゃいうことじゃないと理解しつつも、ついお節介を焼いてしまう。
「たかとー、いつまでもサボってんなよ。仕事しろ」
「僕はまだ業務開始時間じゃないので。君の方こそ、サボりに来たんですか?」
「うるせぇ。ちょっと休憩だよ、休憩。つーか、なに仕事の前に酒の飲んでんだよ。……それって、千景さんのマンゴープリン?」
「ええ。食べますか?」
ショーが一区切りついたらしいハジメは、目の前にプリンをすくったスプーンを差し出され、一瞬だけ間をおいてから素直にパカッと口を開けた。「旨い」と言いながら、もぐもぐと口を動かす姿はじつに可愛らしい。
「甘すぎません?」
「マンゴーの味が濃いからちょうどいい。でも、生クリームとかつけてほしいかも」
「君は甘味の類はさっぱりしたものより、こってりしたものを好みますよね」
「そうか? さっぱり系も好きだぜ。ほら、この間食ったレアチーズケーキ。めっちゃ旨かった」
「ああ、気に入ったんならまた作りましょうか」
二口目のプリンを少女の口へと運ぶ高遠を見ていると、なんだか気を揉むのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
意外と自分がなにもしなくたって、このふたりはそのうち収まるべきところに収まるのかもしれないなと、千景はバーカウンターに頬杖をついてそんな彼らのやりとりをぼんやりと眺めた。
2
ハジメがさっと試着室のカーテンを開ければ、外で待っていた美雪が歓声を上げる。
「キャーッ! はじめちゃん、可愛いぃ!!」
「……そら、どーも」
駅ビルの七階にある夏の間だけ特別に設営された水着販売会場へ連れて来られて早二時間。着ては脱ぎ、着ては脱ぎを繰り返し、ハジメはもうへとへとだった。
女というのはどうしてこう、自分のものでもない買い物に夢中になれるのだろうか。
「さっきの水色のワンピースより、こっちのが似合ってるわね。やっぱりはじめちゃんにはバンドゥタイプの方がいいかも」
「なぁ、あたしのはもういいから、美雪の水着選ぼうぜ。美雪もなんか気になるやつあるんだろ?」
「え……ううん。ダメよ。今日ははじめちゃんの水着を探しに来たんだから。――はい、今度はこっちね」
美雪は一瞬悩んだが、すぐさま強い決意を宿した瞳でハジメの提案を却下した。彼女はなにやら使命感に燃えているらしく、今日はハジメを迎えに来たときからいつになく張り切っている。
新しい水着を渡されカーテンを閉められれば、ハジメは肩を落として幼馴染の言う通りにするしかない。
渡された水着を見る。
レモンイエローのバンドゥビキニ。チューブトップにアシンメトリーなフリルがついたそれは、なるほどハジメの乏しい胸元を上手にカバーしてくれそうだ。ところどころ差し色にオレンジが入っており、華やかで明るい印象だが、不思議と子どもっぽくはない。
水着を身につけて試着室の鏡に映る自分を見れば、いままでで一番しっくり来た。
(おっ、悪くねぇじゃん)
ふと浮かんだ感想があまりにも『女の子』としてのもので、ハジメはそんな自分に小さく苦笑する。自分の変化を実感するのは少しだけ寂しい。これが戻れない過去への哀愁だというのはわかっているし、べつにいまに不満があるわけではないのだが、きっぱりと割り切るのはなかなかに難しかった。
鏡のなかの自分は、その気持ちの通り複雑そうな表情をしている。
こんな顔では幼馴染を心配させてしまうなと、ハジメは両手の人差し指で口の端をニッと上げた。無理やりにでも笑えば、自然と気分は前向きになる。
再びカーテンを開け、美雪に水着姿を見せれば、幼馴染はとびきりの笑顔でサムズアップして「似合っている」と太鼓判を押してくれた。
結局そのあと美雪の水着も一緒に選び、ふたりで会計を終えて販売会場を出る頃には十五時を過ぎていた。まだ買う予定のものはあるが、一旦休憩しようと目についた全国チェーンのコーヒーショップに入る。
「ねぇ、はじめちゃん。高遠さんとの沖縄旅行、ホントにあたしも一緒に行っていいの?」
「なに言ってんだよ、美雪。あたしと美雪の旅行に、保護者としてあいつがついて来んだって」
草凪蓮の事故を防ぐだけなら、祝木たちが細工したライフジャケットをすり替えるだけでよかった。場所が沖縄だということ以外は、とくに対処の難しい案件ではない。
ただハジメは少々この事故に思うところがあり、できれば事故が起こってから介入したいと考えていた。
過ちを犯す前に止められるのならばそれが一番いい。
その考えが変わったわけではないが、一回目の祝木たちの様子を見るに、今回はたぶんそれではダメだと思う。ちょっとしたいたずらで人ひとりを殺してしまった彼ら。そこには強い悪意や、草凪への殺意などなかっただろう。
だからこそ、祝木たちが過ちを犯す前にそれをなかったことにしてしまったら、彼らは同じことを繰り返すかもしれない。
自分勝手に人の運命を捻じ曲げる以上、ハジメには責任がある。なら、誤った道を先回りして塞ぐのではなく、そちらは間違っているのだと教えるべきだ。痛みを伴わない失敗は、本当の意味で身につくことはない。彼らが今回も草凪のライフジャケットに細工をするならば、今度こそ自分たちの罪を理解し、きちんと償ってほしかった。
「三泊四日かぁ。二日目はシュノーケリングするって言ってたよね?」
「そうそう。ほかはまだ全然決まってないから、行きたい場所考えといて」
「はじめちゃんはどこか行きたいところないの? 沖縄行きたかったんでしょ?」
「ええっと、まずソーキそばだろ。あとラフテーと、タコライスと、アグー豚のしゃぶしゃぶと――」
「全部食べ物じゃない!」
事故の回避という目的はあるが、オリエンタル号のときとは違いこちらが巻き込まれる心配はないので、普通の旅行として楽しみな面ももちろんある。高遠が事故が起こる日付や時刻、彼らがシュノーケリングをしていた場所に、泊っていた民宿まで把握していたおかげで予定も立てやすい。
「……食べてばっかりだと太るわよ」
「ゔ。……べつに、ちょっと太ったっていいもん」
「水着からお腹のお肉がはみ出て、高遠さんに笑われても知らないから」
「高遠は関係ないだろ」
美雪の言葉にハジメはムッと唇を尖らせた。
最近なぜか誰も彼もが、あの男を話の引き合い出してくるのが非常に面白くない。客観的に見たとき、自分たちの関係がいわゆる『恋人同士』と呼ばれるそれに似ていることは理解しているが、そう思われることに納得しているのかと聞かれれば答えは否だ。
ハジメは自分がこの先、高遠と恋人なんてものになることは絶対にないと言い切れる。祖父の名にかけてもいい。
(あいつは、そういうんじゃねぇんだよ)
男だとか、女だとか、お互い相手をそう言ったくくりで見ていない。ハジメにとって彼はどこまで行っても高遠遙一でしかないし、それは高遠も同じだろう。
たしかにハジメは高遠に対して特別な感情を抱いている。でもそれは、一回目で美雪に感じていたような甘酸っぱくてどこか温かな想いではない。ハジメはときおり、あの男を前にすると喚き散らしたくなる。苦しみなのか、悲しみなのか、怒りなのか、自分でもわけがわからないほど混じりあったその感情は……間違っても『恋』や『愛』と呼んでいいものではないことだけはたしかだった。
ハジメは高遠の幸せは願えても、決して彼を許すことはできない。心の奥底に張りついたこの感情は、きっとどこか憎しみと似ている。
しかし、そんなことを美雪に説明できるわけもなく、ハジメは不満を飲み込む代わりにカフェオレに刺さったストローをガジガジと噛む。
「行儀が悪い!」
「イッテ!」
幼馴染はこちらの行為を見咎め、すかさずスパーンとハジメの頭を叩いた。
「気安くパカパカ叩くなよなー。バカになったらどうしてくれる」
「あら、これ以上はおバカになりようがないんじゃない?」
「なぁんだとぉ! これでも今回の期末は赤点ゼロだぜ!!」
「うっそ!? すごいじゃない!」
「へっへーん。まあ、あたしにかかればこんなもんよ」
「高遠さんってホントに勉強教えるの上手なのね」
「だから、なんでそこで高遠の手柄になるんだよ!?」
高遠はハジメの邪魔はしても、試験勉強に手を貸してくれたことは一度としてない。人が一生懸命に作ったカンニングペーパーを、ちょっと目を離した隙にすべて暗号化したものに変えてしまうやつのところで勉強なんてできるわけがない。
まあ、そのときは解いた暗号が全部そのまんまテストの答えだったので、ときどきなら悪くない気もしている。ちなみにカンニングペーパーを暗号に変えた理由は「簡単すぎたらつまらないでしょう」だった。ハジメは学校のテストに面白さは求めていないので、その意見には同意しかねる。どうせなら普通に答えを教えてほしい。
「じゃあ、夏休みは補習なし?」
「おー。ただ、一学期中の必須の提出物がまだだから、それは休みに入るまでに出せってこの間とっ捕まったけど」
「自業自得よ」
「うるせぇ」
正論とはどうしてこうも耳に痛いのだろう。
白い目でこちらを見る美雪の視線を遮るためにメニューをバリケードのように立てる。
「ほら、はじめちゃん。飲んだら出るわよ。まだお買い物終わってないんだから」
「えー。まだ買うの?」
「当たり前じゃない。せっかくセールで安くなってるんだし。まずは旅行用の服でしょ、新しいミュールでしょ。大きめのキャリーケースもほしいし……あっ、海に行くんだから日焼け止めも新調しなきゃ! それと――」
指折り数えていくそれが、右手で終わらず左へ移ったところで、ハジメは諦めのため息をついてペタンと頬をテーブルにくっつけた。冷房で冷やされていたのか意外と気持ちがいい。
正直、もうあとはひとりで買い物してくれないかなぁとも思うけれど。
「……疲れちゃった?」
テーブルに懐くハジメに、美雪はちょっとだけ申し訳なさそうに眉を下げた。そういう顔をされると、「うん」と言いづらい。
実際疲れてはいるし、ハジメは美雪みたいに可愛い服にも、靴にも、カバンにも、そこまでの情熱は持っていない。これからまた、あれこれと色んなものを見て回るのなんてごめんだ。
「はぁ。付き合えばいいだろ、付き合えば」
「! ありがと、はじめちゃん!!」
それでもハジメは、美雪との喪った過去を上書きするような、この時間がどうしようもなく好きだった。
笑顔で立ち上がった美雪に手を引かれ、ハジメはやれやれと彼女のあとをついて行く。
――楽しい夏休みはもう目前。