平行線機能不全   作:キユ

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第三章「背氷村・新たなる殺人⑤」

11

 

 警察が本館に到着したとき、ハジメたちは全員が談話室に集まっていた。

 すでに芳野によって簡単な状況の説明は行われていたが、別館の現場を目にしていない久瀬・青木・室井・水島の四人は物々しい雰囲気の刑事たちを見てようやく現実感が湧いてきたらしい。目の前に示された警察手帳に誰もが顔に不安と緊張の色を滲ませ、ソファの上でその身を硬くしている。

 彼らの反応を見逃すまいと冷静にその様子を観察していたハジメは、刑事たちの中に見知った人物がいることに気づくのが遅れた。

 

「こちらの責任者の方は?」

「私です」

「通報されたのもあなたですか?」

 

 刑事の質問に常にない硬い声を返す芳野の後ろで、ハジメは危うく声を上げるところだった。

 芳野と話すエリート然としたその刑事にはとても見覚えがある。というか――。

 

(なんで明智さんがここにいんだよ!? 剣持のオッサンも!!)

 

 懐かしさよりも驚きが勝った。

 ハジメが間久部青次の個展で明智を見かけてからもう三年が経つ。それよりも以前に、彼の在学中に秀央高校の文化祭で迷子を装って接触したこともあるのだが、さすがのエリート警視もそんなことを記憶にとどめてはいないだろう。

 そして、剣持に至ってはこの二回目の人生において完全な初対面だ。ハジメはこれまでも前回と同様に警視庁に出向くことがたびたびあったが、そこでは剣持と顔を合わせることはおろか、すれ違うことさえなかった。

 まさかそれが、この背氷村で出会うことになるとは。

 

「では、第一発見者はあなたと、そちらの芝典夫さんのおふたりなんですね」

「あ、いえ。正確にいうと、事件現場を最初に見たのはあそこにいる金田一さんで――」

 

 芳野が女子高生バイトであるハジメの説明を口にしながらこちらを振り向くと、つられたように明智が視線を動かしその瞳にハジメを捉えた。かすかに見開かれた目に驚きが浮かんでいる気がして胸がざわめく。ハジメは目の前の男が「金田一君」と自分の名を呼ぶことをどこかで期待していた。覚えていないのは知っている。でも、もしかしたら、この場所でいまの自分を見たら思い出すかもしれない。

 

「金田一一? 失礼ですが、君はもしかしてあの名探偵、金田一耕助氏のお孫さんではないですか?」

「……そうッスけど」

「ああ、やはりそうなんですね。お噂はかねがね……お会いできて光栄ですよ。お祖父様に負けない素晴らしい活躍だそうで」

 

 差し出された手が握手だと気づくのに数秒の時間を要した。

 なんだそのにこやかな笑顔は。予想外すぎて「やっぱ思い出さないよな……」なんて感傷に浸ることもできなかったではないか。ハジメのようなお子様など相手にしないと、心底こちらのことを馬鹿にしていたあのイヤミな明智警視はいったいどこに行った。

 いやまあ、ハジメが女であるがゆえの態度なのだとは理解しているが、どうにも調子が狂ってしまう。

 

「はは。そりゃ、どーも……」

 

 ぎこちなく握手に応じるハジメの口元はものの見事に引き攣っている。

 

「警視、そのガキを知っとるんですか?」

「権藤君や不動山署の刑事たちが頼りにしている素人探偵さんですよ。君も名前くらいは聞いたことがあるでしょう」

「はぁ……」

 

 こいつが?と懐疑的な目を向けてくる剣持にむしろ安堵を覚えた。これで彼にも妙な態度をとられていたら、いくらハジメでも落ち込まずにはいられなかっただろう。一回目とは違うのだと自覚していても、親しい相手との関係が変わってしまったことを突きつけられるのはそれなりに堪える。

 あと、明智ははっきりしたイヤミこそ言わないが、ハジメのことを絶妙に侮っているようで安心した。それでこそ明智健吾。自分相手に紳士然とした態度でオンナノコ扱いなんてされたら、拒絶反応で全身に蕁麻疹が出るに違いない。

 

「おま……いや、えーっと、君はひょっとして女の子なのか?」

「失礼ですよ、剣持君。どこから見ても可愛らしいお嬢さんじゃないですか」

「……はは」

「うっ、すまん。そんな格好だから、てっきり男だとばかり」

 

 薄手のパーカーの上からセーターを被り、カーゴパンツを履いた自分が中学生男子に見えることは自覚している。むしろ明智のお世辞の方がハジメとしてはつらい。蕁麻疹が出るって言ってるだろ。

 

「べつにいいッスよ。それで、あたしがどうかしました?」

 

 そう尋ねたのは、剣持がただハジメの性別を確認したかったわけではないと察しがついたからだ。

 

「ああ。その、君は二年ほど前に十神まりなという少女を助けなかった?」

「助けたなんて、そんな立派なもんじゃ……」

「そうか、やっぱり君か。実は、彼女は俺の剣道の教え子でな。簡単にだが彼女から話は聞いとるんだ。君に、ずっと礼を言いたかった。――あの子を助けてくれて、ありがとう」

 

 深々と九十度に下げられた頭に、グッと胸がつまった。

 感謝されるようなことじゃない。ハジメは許されるのなら「オッサンのおかげだよ」と言ってしまいたかった。十神まりなを救えたのは、一回目のときの剣持の懸命の捜査があったからにほかならない。鬼警部の粘り強い必死の捜査の結果、まりなは救われたのだと、それを伝えられないことを歯がゆく思う。

 お礼よりも喜びを分け合いたいと望むのはわがままだろうか。

 

「まりなさんのウェディングドレス姿、きれいでしたね」

「ん? ああ、君も結婚式に招待されたんだったな。俺は残念ながら帳場が立っちまって参加できなかったんだが」

 

 ハジメの返答を照れていると解釈したのか、剣持がこちらを見る目が優しくてなんだか気恥ずかしくなる。

 実際、十神まりなと青井零児の結婚式は幸せな笑顔に溢れた、とても素晴らしいものだった。……式の途中、トイレに抜け出した先でハジメが殺人事件に遭遇した話はここでは割愛しよう。というか、そうか。あのとき剣持が式にいなかったのは事件に駆り出されていたからなのか――と、そこまで考えてハジメははたと自分が最初に抱いた疑問を思い出した。

 

「そうだ! 剣持のオッサンも明智警視も警視庁の刑事だろ? なんで北海道にいんの?」

「オ、オッサンっておまえなぁ……っ!」

「あ。……まあ、いいじゃん。そっちだって、あたしのこと男と間違えたんだし。それにオッサンはオッサンでしょ」

「なぁんだとぉ~」

「あっはははは! いいじゃないですか、剣持君。親しみを込めてくれているんですよ」

「警視……」

「くくくっ。いや、失礼。私たちがここにいる理由でしたね。実は東京からある事件を追ってきたんです。それは今回の事件にも関わっている可能性が高い。しかし、くわしいことを話す前に――」

 

 笑いを収めた明智は、スッと冷えた視線でこちらのやりとりに呆気にとられた様子の一同を見つめる。

 

「まずは、あなた方のお話を聞かせていただきましょう」

 

 その言葉で、事情聴取が始まった。

 

 

 ◆

 

 

 夜が明けてから大量の警察官を動員し谷川を浚ったところ、その日の午前中に別館から数キロ離れた下流で比賀真人の遺体が発見された。

 凶器と思われる斧も同じく谷川で見つかっており、こちらは別館からほど近くの岩場に引っ掛かっていた。斧からの指紋の検出は不可能だったため、警察は入手経路の特定を急いでいる。

 そして遺体の発見により事件現場に残されていた血痕が比賀のものと判明し、そのことから比賀の殺害は別館で行われたものと断定された。死亡推定時刻については司法解剖の結果待ちの状態ではあったが、遺体が長時間水に浸かっており、また下流へと流される間に幾度と川底を転がったことから、正確な時間の割り出しは難しいと思われた。

 ただ犯行の一部を収めた映像の存在から、警察は比賀の死亡推定時刻を二十三時五十分頃と推定。その時刻に別館におり、現在も行方がわからない沼田誠一が犯人との見方が強く、彼を第一の容疑者として背氷村周辺の捜査が開始された。

 

 しかし、事件はこのあと急展開を迎える。

 

 沼田の遺体が本館近くの草むらから発見されたのだ。

 遺体は植木の陰になる場所に埋められていた。穴の深さは人ひとりをなんとか隠せる程度で、上に被せられた土にも踏みしめた跡などがないことから、犯人は犯行当時かなり急いでいたことが察せられる。ただし周囲に血痕などの痕跡がほとんどなかったため、殺害現場はべつの場所であるという疑いが濃厚だった。

 遺体には斧によるものと見られる複数の傷があり、状況から見て比賀と同じ凶器によるものである可能性が高い。

 ここで問題となったのは沼田の死亡推定時刻である。

 沼田の遺体は発見された時点ですでに死後硬直が全身に達していた。つまり遺体が土の中に遺棄されていたことを加味しても、少なくとも死後十二時間以上経過していることは明らかであり、沼田が殺されたのは比賀よりも前ということになる。

 

 容疑者が一転して被害者となったことで捜査は振り出しに戻った。

 

 

 

12

 

 再び談話室へと集められた一同の表情は暗い。

 それが単に寝不足によるものではないことは明らかだった。お互いの顔を探り合うような緊張感を孕んだ空気。二度目の事情聴取がなんのために行われるのかは、ここにいる全員が理解していた。

 

「それではもう一度、昨夜の行動をひとりずつ教えてください」

「あの、それって……警察は私たちの中に犯人がいるって考えてるってことですか?」

「そうです」

 

 明智の簡潔な返答に室井は小さく息を吞み、質問したことを後悔するような表情を浮かべた。疑われていることへの不安からか、彼女の両手は膝の上できつく握り込まれている。

 もっとも、明智の言葉に動揺したのは室井ばかりではない。

 沼田と反目していた自覚のある久瀬などあからさまに身体を強張らせているし、立て続けに友人が殺された水島の顔色はこの場にいる誰よりも悪かった。

 

「その、外部犯の可能性はないんでしょうか?」

「比賀真人殺害の映像では最後にカメラが壊されていました。事件現場である別館の彼の部屋に壊されたカメラが残されていたことからもそれは間違いありません。つまり、犯人は最初から隠しカメラの存在を知っていたことになる」

「…………」

「我々はあなた方の中に犯人がいる、と考えています」

「よーわかった。たしかに男前の刑事さんの言う通りや。――でもな、比賀が殺された時間、ボクらは全員この本館におったこと忘れんといてや」

「そ、そうですよ! 俺たちはあの映像をここで見てたし、そもそもあの人たちを殺す理由だって……っ!」

 

 芝の言葉に勇気づけられたように口を開いた久瀬の勢いを、明智は片手を軽く挙げることで簡単に押しとどめた。

 おそらく明智はもうこの事件が『不可能犯罪』であることに気づいている。

 この二回目の事情聴取は事件当時の全員のアリバイを確認するためのものではなく、そこに含まれた犯人のウソを、あるいは偽装工作を暴くためのものだ。

 

(でもさ、明智さん。この犯人のアリバイは、そう簡単には崩せないかもしれないぜ)

 

 ハジメはひとり心の中でつぶやく。

 あの映像を直接見たのはハジメ・芝・久瀬の三名。芳野と青木はそのとき席をはずしていたが、その時間はせいぜい五分か十分といったところで、その短い時間で別館に比賀を殺しに行くなんてことは不可能である。

 警察が問題にしているのは残るふたりのアリバイだろう。

 室井が自室に戻ったのは二十二時頃で、以降は「比賀が殺された」と呼びに来られる一時すぎまでのアリバイはない。しかし、二十三時前後に風呂から上がった姿をトイレに行った久瀬に目撃されており、彼女がその時間まで本館にいたことは証明されている。

 そして水島は――。

 

「あんたらは全員が本館にいたと言っとるがな、比賀真人が殺されたとき、そこのふたりは部屋に引っ込んどったんだろう。とくに水島さん、あんたは二十一時前にこの本館に戻ってきてから、ほかの連中に呼びに来られるまで、四時間以上アリバイがないじゃないか」

「それがどうしたって言うんです? 疲れてたからちょっと早めに休んだだけで、部屋で寝ていたんだからアリバイを証明できなくても当然でしょう」

「――あんたには比賀と沼田を殺す動機があるんじゃないのか。それとも、あるのは殺される心当たりか?」

「な……っ!」

 

 水島はその動揺を表すようにガタンッと大きな音を立てて椅子から立ち上がり、意味深な剣持の言葉に身体をわなわなと震わせた。剣持はそんな彼の一挙手一投足を鋭い視線で見据えている。

 

「あ、あんたはなにを言って……」

「先週亡くなった石井光雄さんはあなたのご友人ですね」

「……ええ。大学時代の」

「あなたと今回殺されたふたりは石井光雄から恐喝を受けていた。違いますか?」

「恐喝だなんて、そんな……ちょっと小金をせびられてただけですよ。石井のやつ、仕事をクビになってから次がなかなか見つからないみたいでしたからね。僕が売れたんで甘い汁をすすりに近づいてきたんですよ」

「大学生の頃の行いを理由に脅されていたのでは? 石井光雄の持っていた動画を公開されて一番影響を受けるのは主演映画を控えたあなたでしょう」

「動画? そんなものあるわけが……」

「しらばっくれるな! おまえらの女性への無体を収めた悪趣味な動画だよ! 被害届こそ出されとらんがな、ありゃ立派な犯罪だぞ!!」

 

 水島はその剣持の一喝でかえって落ち着きをとり戻したように見えた。

 

「犯罪というのは訂正してほしいですね。あ(・)あ(・)い(・)う(・)行為を撮るのが趣味だったのは石井だけで僕は関係ない。たしかに若かったので多少羽目をはずしたところはあったかもしれませんが、女性からの同意は得ていましたよ。まあ、沼田たちがどうだったかまでは知りませんがね」

「……なら、なぜ石井に金を渡していたんです?」

「盗撮がバレて前職をクビになった友人が哀れだったからですよ。あとはまあ、僕のイメージ的に性的なトラブルは望ましくないので」

「あとのふたりが恐喝に応じていた理由もあなたと同じですか?」

「さあ? ……もういいですか。そこの刑事さんは僕にアリバイがないと言うけど、比賀が殺されたのは二十三時五十分なんでしょ。僕は一時すぎには本館にいたんですよ。さすがに車も使わずにあの距離を一時間くらいで戻ってくるなんて不可能じゃないですか?」

 

 水島の指摘は正しい。

 比賀の事件において重要となるのは別館から戻(・)っ(・)て(・)く(・)る(・)手(・)段(・)である。たしかにアリバイのない時間が長い水島は車を使わずに本館に行くことは可能だ。健康な成人男性が走れば二時間ほどで着くだろう。しかし、どれほど急ごうと時間内に本館に戻ることはできない。

 警察は村人の家から車やバイク、自転車などが盗まれたり、無断で使われた形跡がないか調べているようだが、残念ながらそれは徒労に終わる気がする。土地勘のない余所者が首尾よくそんな足を調達できるとは思えないし、そもそも民家自体が本館からも別館からもそれなりに距離がある。

 

(でも、なにか方法があるはずだ)

 

 本館と別館を近づける魔法が――。

 

 

 ◆

 

 

 本館を出たハジメは谷川に沿ってゆっくりと舗装された道を歩く。

 背氷村の本日の天気は晴れ。

 この地域はもう二週間以上も好天気が続いており、いまも空には刷毛で描いたような薄い雲が流れるばかりで雨の気配は少しも感じられない。

 谷が一番狭くなっている場所まで歩を進め、なにか推理のヒントになりそうなものはないかと辺りを見渡す。谷の幅は五メートルほど。あのときと違い足元に雪はない……が、この距離を跳び越えるというのはやはり現実的ではないだろう。なにより谷底から吹き上げてくる風が強い。

 

「へ~~っくっしょい!! うー、さぶ。……ん? なんだこれ?」

 

 ふと視線を落とすと、地面に小さな穴が開いていることに気づいた。

 穴がきれいな円形をしているところを見ると自然に開いたものではなさそうだ。深さははっきりしないがその直径は十ミリ程度あり、そこからはペグのような固定用の釘が打ち込まれていたという印象を受ける。穴はまだ新しかった。

 

「なにか発見はありましたか?」

「! ……明智警視」

 

 かけられた声に振り向けば、明智が剣持と連れだってこちらへと近づいてきた。

 

「捜査するのは構いませんが、あまり危ないことはしないように」

「捜査なんて、そんな……」

「おや、違いましたか。――君が関わった事件の調書は、どれも大変興味深く読ませてもらいました。たしかに素人にしては大した洞察力だと思いますよ」

「……“素人のくせにプロの捜査に首をつっこむな”って?」

「まさか。ただ、私は君がいままで関わってきた不甲斐ない刑事たちとは違うと言っておきたかったんです。なにも“推理”ができるのは君ひとりじゃない。それに警察官でもない女性が、殺人事件になんて関わるものじゃありませんよ」

 

 なんとなく既視感を覚えるやりとり。

 あのときは剣持が味方だったが、当然ながらいまの警部は明智の言動に苦い顔はしても、ハジメをフォローしてくれたりはしない。もちろん、それを悲しく思う気持ちはあるのだけれど。

 懐かしさと一握りの寂しさ……そして、きっとまたこのふたりと事件を解くことになるのだろうという確信がハジメにはあった。明智健吾が、剣持勇が、どれほど頼もしい警察官なのかよく知っている。第一自分はあ(・)の(・)明智警視となんだかんだで信頼関係を築けたのだ。相手の対応がマイルドな分、今回の方がきっと色んなことがうまくいく。

 

「まーまー。そんなこと言わないでさ」

 

 ハジメはあえてへらっとした態度で明智に笑いかけた。

 ここで変に反発して、まかり間違っても『推理合戦』など仕掛けられるわけにはいかない。大事なのはこの事件を解決することで、それにはお互いが協力し合う必要がある。

 明智は年下の少女相手に対抗心を燃やすようなタイプではないし、ここは自分が下手に出るべきだろう。

 

「あたしは例の映像も直接見てるし、別館の現場にも行ってる。これでもそれなりに警視さんの推理の役には立てるつもりだけど?」

「なにか、気づいたことがあるんですか?」

「事情聴取のときにも言ったけど、芳野さんたちと本館を出るときには車は二台ともこっちにあった。しかも、どっちともエンジンは冷え切っていて直前に使われた形跡はない」

「車を使った移動時間の短縮はない、ということですね」

「そう。たとえアクセル全開で走らせても無理」

 

 ハジメたちが映像を目にしてから本館を出るまで二十分とかかっていない。

 たとえ犯人がなんらかの方法で氷橋のようなものを作ろうと、時速百キロで車を飛ばそうと、そのエンジンが冷え切ってしまうほどの余裕を持つことは不可能だ。

 

「あっ、そうか!」

「どうしたんですか、剣持君」

「わかりましたよ、警視。犯人の使ったトリックとやらが!! ――こいつが見た映像は録画、つまり犯人によって事前に撮られたものだったんですよ。比賀が殺された時間が違うなら、屋敷同士の移動の問題はなくなる。どうです!?」

 

 明智とハジメは自信満々の剣持を前にしばしの間無言になる。

 

「……剣持君。君は事情聴取でのこの子の話を聞いていなかったんですか?」

「はい?」

「あーっと、オッサンには悪いんだけどさ。それはたぶんないよ」

「ああ!? なんでだっ!?」

「あの隠しカメラでの録画が始まったとき、芳野さんの指示で青木さんがカメラのアングルとか調整してたんだ。事前の録画じゃ、それは無理だろ? ちなみにそれ以降は例のシーンが映るまで誰もノートパソコンには触ってない」

「…………」

「あの映像がたしかに二十三時五十分のものであるから、これは“不可能犯罪”なんですよ」

 

 ふたりからの否定に剣持は悄然と肩を落とした。

 とはいえ、あの映像がこの事件のトリックを解く鍵であることは間違いない。犯人がわざわざ比賀の殺害時刻を特定させたことには必ずなにか意味があるはずだ。

 

 

 

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