15
ハジメはベッドに寝転がり、部屋の白い天井を見るともなしに見つめていた。
思い出されるのは過去にこの背氷村で起きた殺人事件。あのとき『偽・氷室一聖犯人説』で明智が説明したトリックを使えば、五分とかからずに本館から別館にたどり着くことができる。もちろん往復だけで十分はかかってしまうため、時間的にさほど余裕の少ない芳野と青木のアリバイは崩れない。
しかし室井と水島のふたりは違う。
川幅の一番狭まったところにロープを張り、そこを渡るという一見とてもシンプルなこの方法は、それゆえに失敗の可能性が低く、たとえ女性であっても問題なく実行できる。
そして、なによりも水島には比賀を殺す動機がある――。
(でも、なんかしっくりいかないんだよなぁ)
そもそも、沼田の遺体が本館で見つかっていることにも疑問が残る。
なぜ別館にいたはずの彼が本館にいたのか。
ハジメが生きている沼田を最後に見たのは撮影が終わり別館を出た二十時半すぎ。芳野たちの話では沼田はそのあとドッキリの準備がすんでからも「まだすることがある」と別館にとどまっている。
(犯人はわざわざ沼田を殺したあと本館に運んだのか?)
沼田の死亡推定時刻が二十二時半よりも前である以上、彼が自力で本館に戻ってきたとは考えにくい。ならば、犯人が殺してから運んだと考えるほうが自然だろう。
本館にいた水島を除く七人は二十二時前後まで談話室で過ごしていた。部屋に引き上げた順番は青木、室井と続いて、全員が二十二時十五分までに談話室を出ている。時間的にギリギリの人間もいるがまだ沼田の死因やそのくわしい状況がわかっていない現状では彼らの犯行を否定することはできない。
ただこの場合は沼田を運ぶにあたり車が必要となるため、免許を持たない室井は容疑者からはずれることになる。
(車のキーは玄関に置いてあった。運転ができるのは番組スタッフと芝さん――)
コンコンと軽やかなノックの音が響き、ハジメの思考はそこで中断された。寝転がったまま視線だけをそちらに向け「どーぞー」と返事をすれば、開けたドアから室井がひょっこりと顔をのぞかせる。
「室井さん!?」
ハジメは思わぬ訪問者に慌てて身体を起こした。
「あ、いいのいいの。ラクにしてて」
そうは言われても、もう一度ベッドに横になるわけにもいかない。
室井に部屋に入るよう促して備え付けの椅子を勧めかけたところで、そこが荷物で埋まっていることに気づいた。彼女と並んで座れるようにハジメがベッドの端へ移動すると、室井は少しだけ申し訳なさそうな顔でその空いたスペースにちょこんと腰を下ろす。
「ごめんね。寛いでるところを邪魔しちゃって」
「いえ、それは全然いいんですけど。……どうかしたんですか?」
「うん……。お礼、言ってなかったなと思って。さっきはフォローしてくれてありがとう」
向けられた柔らかな笑顔にドキリと胸が高鳴る。
その飾らない表情はきっと彼女生来のものなのだろう。ハジメはいままで室井に対して“自分の魅力を自覚している年上の女性”という印象を抱いていたのだが、隣に座る彼女は不思議とどこにでもいる普通の女の子のように見えた。
「刑事さんたちが言ってたけど、君って名探偵のお孫さんなのね。これまでにもいくつもの事件を解決したっていうのは本当?」
「いや、まあ、偶々ですよ」
「すごい! じゃあ、やっぱり君もお祖父さんみたいな探偵を目指してるの?」
「――いいえ。ジッチャンのことは尊敬してるけど、あたしは探偵にはなりませんよ。てか、全然向いてないし」
「ええー、そうかな。なにが向いてるかなんて意外と自分ではわからないものじゃない? ……なーんて、ごめん。なんにも知らない私が言うことじゃないよね」
そこで不意に声のトーンを落とした室井は「あーあ」とベッドに仰向けに倒れ込み、隠すように顔の上で両腕を交差させた。少しくぐもった声がどこか陰鬱な調子で言葉を続ける。
「向いてるとか、向いてないとか。才能があるとか、ないとか。そんなのどうやってわかるんだろうね」
「室井さん……」
「――私ね、本当はアイドル歌手になりたかったの」
「アイドル歌手?」
「そう。素敵な衣装を着て、歌って、踊って、見てる人を笑顔にする……可愛いの頂点。金田一さんは好きなアイドルとかいる?」
「あー。あたしは速水玲香ちゃん、かな」
「玲香ちゃんかー。人気だよね。去年公開された『ゴールドラッシュ』も主役の夕凪はるかちゃんと同じくらい話題になってたもん。私もあれくらい可愛かったら、アイドルになれたのかな……」
「室井さんもめっちゃ美人じゃないスか」
「私はダメだよ。高校生のときに片っ端からオーディション受けたけど一つも受からなかったもん。私レベルなんて芸能界には掃いて捨てるほどいるの」
彼女がその腕の下でどんな表情をしているのかはハジメにはわからなかった。
しかし室井の声はいつもよりずっと暗く沈んでいて、わずかに見える口元は痛みを堪えるように引き攣っている。
「いまの事務所の社長からさ、“胸があるからグラビアでなら使ってやる”って言われたんだ。水着になるのはちょっと抵抗があったけど、正直チャンスだとも思った。グラドルとして人気が出てファンがついたら、もっとほかの仕事も回ってくるんじゃないかって。……でも、そうはならなかった」
「…………」
「私はグラドルとしても人気はそこそこ止まり。二十歳すぎたらオファーが来るのはヌードとかAVの撮影依頼ばっかりでさ」
室井はそこでぐっと唇を嚙みしめ、あとに続けるはずの言葉を呑み込んだようだった。
間を置かずに起き上がり「急にグチってごめんね」と笑う。それが彼女の強がりであることはわかっても、ハジメにはどうすることもできない。
「本当にごめん。変な話しちゃったね」
「いや、そんなことないっスよ! あたしでよければ全然グチくらい聞きますし」
「優しいなぁ。好きになっちゃいそう」
「えっ!?」
「ウソウソ! ただの冗談だから気にしないで」
こちらの反応に楽しげな笑い声をあげる室井はもういつも通りで、ハジメはそんな彼女を横目で小さくにらみながら必死で心を落ち着ける。心臓に悪い冗談はやめてほしい。
「君に話そうと思ってたのは別のことなの。あっ、もちろんメインはさっきのお礼だったんだけど」
「それって……」
「うん。久瀬さんと水島さんがしてた話。気になってたんでしょ? 内容的に私が勝手に言っちゃダメだとも思うんだけどね。金田一さん警察の捜査に協力してるみたいだから、これも一種の情報提供ってことにしてくれる?」
口調こそ軽かったがその表情はどこまでも真剣で、ハジメがつられたように姿勢を正してうなずくと、彼女はあくまで自分が聞き取ったことだと念押ししてから話し始めた。
「事の発端は久瀬さんのお姉さんが水島さんに告白したことだったみたい――」
大学時代の水島明はその容姿の良さと有名演劇サークル所属という肩書きで、それはもうモテていたらしい。久瀬の姉はそんな水島のファンのひとりだった。
大学こそ違えど水島と同い年だった彼女は、就活や卒論で忙しくなる前に自分の想いだけでも相手に伝えておきたいと、その恋心に区切りをつけるつもりで彼に告白をした。
「金田一さんだったらさ、告白して、絶対に無理だって思ってた相手から“〇〇のバーで待っててほしい”って言われたらどうする?」
「ドキドキしながら言われたバーで待ってますよ」
「だよね。私もきっと“待ちぼうけを食うことになるかも”って内心思ってても行っちゃうな」
しかし、久瀬の姉を待ち受けていたのはもっと残酷な仕打ちだった。
「待ち合わせの時間に来たのは沼田さんと比賀さんと石井っていう男の人だったんだって。三人はあとから水島さんが来るって言って、久瀬のお姉さんにお酒をどんどん勧めたみたい」
断りたかったが好きな相手の友人である三人に強くは出られなかった。
知らず知らずのうちにアルコール度数の高いものを飲まされていた彼女は、気づいたときにはひとりで座っていられないような状態に陥っており、そのまま沼田たち三人に望まぬ行為を強いられたという。
そして男たちは卑劣なことにその行為をビデオに収め、その映像を盾に彼女の口をつぐませた。
「正直久瀬さんの話聞いてて、殺されて当然だなって思った。久瀬さんのお姉さんね、大学三年のときに自殺未遂してそのまま大学も辞めちゃったんだって」
「自殺未遂……」
「そう。……許せないよね。沼田さんたちもだけど、水島さんもさ。平気で“自分は関係ない”っていうその神経が信じられない。最低だよ」
室井は尖った声でそう言って、嫌悪に顔を歪めた。
たしかに水島たちが最低な人間であることは間違いない。ましてや、彼らはこの件以上のトラブルを抱えている可能性がある。
「そういえば、石井って人も事故に見せかけて殺されたんでしょ?」
「みたいですよ」
「じゃあ、やっぱりこれってあの人たちの過去の行いに対する復讐なんだ……」
その何気ないつぶやきにふと引っ掛かりを覚えた。
明智は警視庁の刑事である自分たちがこの背氷村へと来た理由を「東京で起きた事故の捜査だ」と答えた。ハジメもくわしい事情を聞く前は、室井と同じようにそれは事故に見せかけた殺人であり、ここで起きた二件の殺人と同一犯によるものだと判断していた。警察が石井の事故と今回の事件の関係性を否定していない以上、多かれ少なかれ全員が同じような想像をしたはずだ。
『まさか、沼田と比賀を殺したのって……っ』
あのとき水島が石井の名前を出さなかったのは、ただ直近で殺されたふたりのイメージが強かっただけなのだろうか。それとも――。
16
これから部屋に戻って少し仮眠をとるという室井を見送ったハジメは、ベッドに腰掛けたまま上半身だけをパタンと後ろに倒した。
頭の中を先ほど聞いた話がぐるぐると回る。
「くそっ! やっぱり情報が足んねぇよ!!」
髪の毛をぐしゃぐしゃに掻きまぜたあと、ハジメは勢いをつけてベッドから起き上がった。
こうしてひとり部屋でグダグダと考え込んでいたところで思考が煮詰まるだけだ。ここはもう一度、比賀が殺されたときの映像をチェックして、なにか見落としがないか確認してみよう。
部屋を出てて廊下を進み階段を下りる。
一階は人の気配がなく静かだった。明智が謝罪したあとの、あのなんともいえない空気の中で解散した一同は、そのどこか気まずい雰囲気を引きずったままそれぞれ自分の部屋に戻って休んでいる。ハジメは念のためにと談話室をちらりとのぞいてみるがやはりそこには誰の姿もなかった。
「おい! そこでなにしとるんだ?」
どうやって比賀の映像を見ようかと談話室の前で頭を悩ませていると、ちょうど玄関のほうから歩いてきた剣持がこちらを見てひょいと眉を上げた。なぜだろう。なんとなく剣持の態度が軟化している気がする。
用心深く周囲に人がいないことを確認した彼は、いそいそと表現するのがぴったりの動きでハジメの隣に立ち、内緒話をするように「さっきのは見物だったな!」と笑いを滲ませた声でそう言った。
「へ……?」
「明智だよ、明智! あのイヤミ野郎が頭を下げるところが見れるなんて……っ」
よろこびに打ち震えているらしい鬼警部にバンバンと背中を叩かれて、ハジメはその力強さに軽くむせた。
「おっと、すまんすまん」
「けほ……っ。いや、いいよ。しっかし、剣持のオッサンも明智さんの下で苦労してんのね」
「そぉなんだよ~。わかってくれるか!? なんでもかんでも“ロスでは”が口癖のエリート気取りのボンボンでよ~」
「うんうん」
「そりゃ仕事はできるが基本スタンドプレーばかりだし、あの人の勝手な行動でなんでか俺が上からも下からも文句やグチを言われるんだぞ!? そのくせ婦警からは毎日のように秋波を送られとるし! こちとらストレスで生え際が気になっとるのに!」
「年下の上司なんてやりにくいよな」
「さっきの件だってなんの説明もなしに“関係者を集めろ”って偉そうに言いやがって……くっ、わははは! まあ、おまえさんがやりこめてくれたんだけどな!」
「別にやりこめたわけじゃねーけど。結局、事件はなんも解決してないし」
「う゛。……そ、そうだな。犯人も捕まっとらんのに浮かれたらいかんな」
ハジメは「オッホン!」とわざとらしく咳払いしてごまかそうとする剣持を生暖かい目で見つめ、話をするために彼の背中を押して談話室に入った。近くのソファに腰を下ろし、まずは久瀬のことを伝えておこうと口を開けば、剣持もすぐに頼もしい鬼警部の顔に戻る。
なるべく感情を排して話すよう心掛けた。
そうしなければ胸のうちに広がる痛みと悲しみに押しつぶされそうだった。あのときの室井の気持ちがよくわかる。ハジメも久瀬の姉の身に起きたことを言葉にするたびに、どうしたって彼女の受けた苦痛を想像してしまう。
一言も口を挟むことなく話を聞き終えた剣持はやるせなさを吐き出すように大きくため息をついた。その眉間には彼の心情を物語る深い深いしわが刻まれている。
「――番組スタッフの中にあいつらの被害者の身内がいたとはな。しかし、動機があっても久瀬には比賀は殺せんだろう。彼もたしかおまえさんと一緒にあの映像を見とったな?」
「そうなんだ。だからさ、もう一回あの映像見せてくんないかな。あれに犯人が使ったトリックのヒントが隠されてないか探したいんだ」
「そりゃかまわんが……。どれ、ちょっと待ってろ」
そう言って部屋を出ていった剣持は数分ほどでノートパソコンを手に談話室へと戻ってきた。番組で使っていたものは事件の重要な証拠品としてすでに捜査に回されているらしい。剣持が持ってきたのは道警の備品で、こちらに映像のコピーが入っているという。
慣れない手つきでパソコンを起動させてたどたどしくキーワードを打ち込む姿に一抹の不安がよぎる。
「あー、なんだ。“ふぉるだ”とやらにあるはずなんだが……どれだと思う?」
「あたしに聞くなよ。わかんねーなら明智さんに教えてもらったら?」
「バカヤロー! そしたらまたイヤミを言われるだろうがっ!」
それもそうか。
剣持がブツブツと悪態をつきながらよくわからない番号や略語が書かれたフォルダを開けていくと、いくつか目でようやくお目当ての映像にヒットした。――しかし、そこには「映像を再生できません」の文字が。
「ああっ!?」
「………………」
剣持が悲鳴とも怒声ともつかない声をあげる。
完全に自分たちにはお手上げの事態にハジメがふと視線を動かすと、先ほどから開けっ放しになっていたドアの向こうに青木が通りかかるのが見えた。
「青木さん!」
◆
数分後。
「――はい。これでいいですか?」
ハジメの呼びかけに答えノートパソコンの前に座った青木は、あっという間に設定をいじって映像を再生できるようにセッティングしてくれた。
「おお、助かったよ! どれ、再生してみてくれ」
剣持の言葉に青木が再生ボタンをクリックしたので、なんとなく流れでそのまま三人一緒に映像を見ることになった。
粗い映像がパソコンの画面いっぱいに映し出される。
薄暗い室内。雪夜叉。被害者へと振り下ろされる斧。わずかに飛び散る血。カメラ越しにこちらを振り返る鬼の面。――五分にも満たないそれはハジメの記憶通り、雪夜叉の手でカメラが破壊されたところで終わっていた。
青木がこの映像を見るのは二回目のはずだが、これが本物の殺人事件だと知っても彼の反応は変わらないようだった。驚くでも悲しむでもなく、その顔にはいつもと同じ淡々とした表情が張りついている。
「青木さんってこのときなにしてました?」
「トイレ」
「それにしては長くなかったッスか?」
「そのあと外にタバコ吸いに行ってたから」
「え、タバコ吸うんですか?」
「ときどきね」
端的な答えはまさに必要最低限といった感じだが、とくに青木からこちらの質問を疎んじている様子は窺えない。これは「聞かれたら答える」という彼なりのスタンスらしい。
ハジメはもう一度映像を再生させながら青木への質問を続ける。
比賀にはこの撮影ではじめて会ったというので、尋ねるならば同僚である沼田のことすべきだろうとその名を出せば、これまた端的すぎる人物評が返ってきた。
「クズ」
「青木さんも沼田さんのこと嫌いでした?」
「いいや。俺は同僚に人間性の良さは求めてないから、沼田のことは好きでも嫌いでもなかった。仕事はいい加減なところも多かったけど俺が迷惑を被ることはなかったし。まあ、でもプライベートで付き合いたい人間ではないかな。――久瀬だろ?」
「……知ってたんですか?」
「具体的になにかを聞いたわけじゃない。ただ傍目に見てて、なにかしらの確執があるんだろうなと思ってはいた」
「久瀬さんは沼田さんのことを殺すほど憎んでたと思いますか?」
「わからない。ただ……」
青木はそこではじめて言葉を濁した。
この人は意外と久瀬のことをよく見ている。そして、少なくとも沼田との間に自分からフォローに入ってやるくらいには彼のことを気にかけてもいる。青木の素っ気ない優しさは、きっと久瀬が仕事をする上で欠かせないものだっただろう。
なんだか芳野がどことなく青木を頼りにしている理由がわかった気がした。
「久瀬が犯人なら
青木の「らしくない」という評価にはハジメも内心うなずく。水島に食ってかかる姿を目撃したせいかもしれないが、たしかに久瀬はどちらかといえば直情的なタイプに思える。
「それに沼田を殺したいやつはほかにもいるんじゃないかな」
「なにぃ!? 関係者の中に動機を持っとる人間がほかにいるのか!?」
「なにか心当たりがあるんですか?」
「いや、別に誰ってわけじゃないけど……。何年か前の飲み会のときに沼田がポロッと言ってたんだよ。ヘラヘラ笑いながら、まるで武勇伝でも語るみたいに――“俺は人を殺したことがあるんだ”って」
青木がその話を聞いたのはあとにも先にもその一回きり。
酒の席でのことなので当然ながら話の真偽は相当に怪しいものだったが、なぜか青木にはそれが本当のことのように感じられたという。
「たぶん沼田がうまく誤魔化せた的なニュアンスで話してたからだと思う。あいつはうそならもっと突拍子もないこと盛りそうだし」
「変なこと聞きますけど、沼田さんって人を殺しそうな人ですか?」
「殴ったり蹴ったりに抵抗を持ってるやつじゃなかったから、やりすぎて殺したって言われても俺は驚かない」
「大学時代はずいぶんと激しいいじめもやっとったらしいからな」
実際に久瀬の姉は彼らの行いによって自殺未遂をしているのだ。
沼田たちの被害者の中に本当に死んでしまった人間がいないとはかぎらない。そして沼田の「人を殺した」という発言が真実であるならば、それにはほかの三人もなんらかの形で関わっているのではないだろうか。
(恐喝のネタは“これ”なのか?)
パチリと頭のどこかでピースがはまる音がした。
たしかにことが殺人なら暴露されればスキャンダルではすまない。沼田が大人しく石井に金を払っていたことにも納得がいく。なにせ、石井が犯人のひとりなら「自首する」と言うだけで十分な脅しになるのだから。
(いや……まだだ。まだ、はっきりそうと決まったわけじゃない)
ハジメは先走りそうなる思考に自らストップをかける。
情報があやふやなまま推理を進めるべきではない。ここで推論を重ねるよりも直接水島から恐喝の内容を聞き出すほうが確実だ。
(問題はどうやって口をわらせるかだけど……)
明智は夕方には一度所轄からの報告を聞くと言っていた。ある程度情報が集まれば、それをもとに水島に揺さぶりをかけることもできる。
「よしっ!……って、あれ?」
かけ声とともにハジメがうつむけていた頭をガバッと上げれば、いつの間にかパソコンは再生を終了したことを伝える画面のまま止まっていた。
その粗い画像はなにも変わっていない。それなのに……なにかが、どこかが、自分の記憶とは違っている気がした。
「どうした? 金田一?」
剣持の声が耳を素通りしていく。
薄暗い部屋の中。
はたして自分はまだ雪夜叉が姿を見せぬこの映像のどこに違和感を覚えたのだろう。