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皆さん。ご迷惑をおかけしました。
この貸別荘で起きた二件の殺人と、石井光雄を事故に見せかけて殺した犯人は、この私――水島明です。
私たち四人は大学時代にある罪を犯しました。
その罪について石井が私たち三人を脅してきたことが今回の事件を起こしたきっかけです。主演映画の公開を控え、これから人気俳優として知名度を上げていく私にとって彼の行いは許しがたいものでした。
はじめは沼田と比賀まで殺すつもりはありませんでした。
しかし石井の殺害が思いのほかうまくいき、タイミングよく仕事でふたりと顔を合わせる機会を得た私は、自分の罪を知る彼らも殺してしまったほうが都合がよいことに気づきました。全員の口を塞げば、もう私たちの罪が明るみに出ることはないのです。
私はまず沼田をおびき出して殺すことにしました。
沼田の死体を隠したのは、彼をこの一連の事件の犯人に仕立て上げようと考えたからです。あの“比賀殺し”は自分のアリバイを確保するためにあえて隠しカメラに映ることにしました。本館と別館の移動は、谷が一番狭くなっているところにロープを渡すことで短時間での行き来を可能にしたのです。
犯行はすべてうまくいったはずでした。
ところが思った以上に沼田の死体が早く発見されてしまった上に、東京から石井の事件を追って明智警視たちが来たことで、私は自分の計画が破綻したことを理解しました。
このままでは私の罪が暴かれるのも時間の問題です。
私は殺人犯として捕まるより、自ら死を選びます。
◆
本人の遺書を精査した結果、背氷村ならびに不動山市で起きた三件の殺人事件の犯人を水島明と断定。よって被疑者死亡により書類送検とする――。
それが北海道警の出した結論だった。
現場が密室であったことと、谷川沿いにペグが打ち込まれたような穴とその向かいにあるガードレールの支柱にロープが擦れたような跡が見つかったことが自殺説を後押ししたらしい。
屋敷から運び出される水島の遺体をハジメは苦い気持ちで見送る。
「あと一歩ってところで犯人を死なせちまったのは悔しいが……まっ、なにはともあれ一件落着だな!」
剣持はそう言って、隣に立つハジメの肩を労うように軽く叩いた。その明るい口調の裏にはかすかな無念さが滲んではいるが、事件が解決したことを少しも疑わぬ剣持の顔には緊張が解けたような晴れやかさがあった。
(違う。水島は犯人じゃない……!)
心の中で強く反論する。
あの密室は真犯人によって作られたもので、ハジメには犯人が用いたであろうトリックもすでにわかっている。そのトリックを使えば、この屋敷にいた誰にでも水島を殺すことは可能だ。
なにより捜査の決め手となった遺書の内容には矛盾がある。
(もしもあの遺書の通り、水島が最初から沼田を犯人に仕立て上げるつもりだったんなら――)
谷川に遺棄されるのは
警察が谷川を捜索したのは比賀の死体が川へと捨てられた痕跡が残されていたからだ。仮に犯人が死体や凶器を殺人現場に放置していたら、警察が谷川を調べることはなかっただろう。姿が見えない沼田を容疑者として、その逃亡を防ぐために大規模な検問を行った可能性が高い。少なくとも生きている犯人を捜す場所としてあの谷川は第一候補にはなりえないのだから。
(水島を一連の事件の犯人として殺すために、真犯人はなるべく早くふたりの……いや、沼田の遺体を警察に見つけてもらう必要があった)
沼田の死体をわかりやすい場所に隠した犯人の意図はこれではっきりした。あのとき、ハジメが「犯人にはふたりの遺体を隠す気がない」と感じたのは正しかったのだ。
(そんでもって、そいつには比賀の遺体をそのままにはしておけない理由があったんだ)
それがなにかはまだわからない。
だが、水島に罪を着せるだけなら比賀の死体や凶器を谷川に捨てる必要はなく、この犯人がなんの理由もなくそんなことをするとはハジメにはどうしても思えなかった。
きっと、なにか意味がある。
死体と凶器を谷川に捨てたことも、比賀の部屋にカメラを放置したことも――と、しかしそこで推理が行き詰まってしまった。どうにも同じ場所をぐるぐると歩き回っているような心地だ。推理の方向性が間違っているのか、なにか見落としがあるのか……。
焦りと苛立ちで胸の底が焦げつく。
もう、あまり時間は残されていない。早くしないと、警察は犯人の思惑通りにこのまま背氷村から引き上げてしまう。
(とりあえず、密室のトリックだけでも剣持のオッサンに伝えとくか)
もっとも、ハジメの推理ではあくまで“部屋の外から密室を作ることができた”という状況証拠にしかならないので、それだけで水島犯人説を覆すことは難しいだろう。
そう、犯人は警察に明確な『答え』を示すことで先手を打ったのだ。なにせ、厄介なことにいくつかの違和感や説明がつかないところがあるにせよ、真犯人のアリバイトリックを暴かないかぎり、現状水島以外に比賀を殺せる人間がいないのは事実である。
「なあ、オッサン……」
「――剣持警部! ちょっといいですか?」
「おお、いま行く! ――すまん、金田一。合同捜査って形になったんでバタバタしとるんだ。気づいたことがあるんなら、またあとで話を聞かせてくれ」
出鼻を挫かれたハジメは続けたかった言葉をそのまま吞み込んだ。
呼び止める間もなく、剣持は道警の刑事たちがいるほうへ急ぎ足で去っていく。あの様子ではすぐに戻ってきそうもない。
仕方がないので一旦自分の部屋に戻るかと階段に足を向けると、ちょうど二階からおりてきた明智とその手前でかち合った。
「やあ。もう現場の鑑識作業は終わりましたよ」
「明智警視が立ち会ってたの?」
「ええ。少々気になることがあったもので」
「――廊下側の空気孔?」
「やはり君も気づいていましたか。そう、あれは密室殺人だ。そして水島明が自殺に見せかけて殺されたことから、必然的にこの事件の犯人は彼ではありえない」
そこで明智はくるりと身体の向きを変えて、先ほどおりてきた階段をもう一度のぼっていく。話の流れから行き先の見当はついたので、ハジメはとくに問いかけることはせず彼の背中を追った。
「いささか不自然なほど高い室温に、床にたまった水とそこに落ちていた鍵。空気孔の真下に置かれていたボディバッグと台本……じつにシンプルなトリックだ。ロスではこの程度の謎解きは日常茶飯事でしたよ」
「でも、どれも状況証拠だ」
「そうです。わずかに可能性のあった空気孔も念入りに調べてもらいましたが、証拠と呼べるほどの痕跡は見つからなかった」
水島の部屋に到着した明智はドアの前で足を止め、こちらを振り返った。
「正直トリックの内容的に考えても、いまわかっている状況証拠以上のものは出てこないでしょう。だから我々は――水島が
「真犯人のアリバイトリックを暴くんじゃなくて……?」
「それだけでは少し足りないな。金田一さん、警察という組織はね、同じだけ疑わしい人間がいたらより逮捕しやすいほうを犯人に選びがちだ。そしてときおり自白は物証よりも優先される」
「自白って……あの遺書はっ!」
「そう、明らかに真犯人が書いた偽物だ。しかし、捜査のプロとしては恥ずかしいかぎりだが、あの遺書の矛盾を理解できる刑事は決して多くない。遺書を偽物だと証明できなければ、警察にとってあの遺書は“本物”であり、水島の“自白”なんですよ」
明智の言葉にハジメはぎゅっとこぶしを握り締めた。
水島の死因は『青酸化合物による中毒死』であり、死体の状態からは自殺か他殺かの判断はつけられないらしい。要するにあの遺書は、誰よりも警察にとって都合がよかったということだ。
自分の胸のうちに闘志が湧き上がるのを感じる。絶対にこのまま事件を終わらせたりはしない。
「――なら、見つけてやるよ。誰の目にも明らかな矛盾を! 真犯人の決定的な証拠ってやつを!」
「フッ。頼もしいね、素人探偵さん」
「まーね! なんたってこっちには、ロス帰りのエリート警視サマがついてるからさ」
ハジメは目を丸くしてこちらを見る明智に、ちょっと馴れ馴れしすぎたかなと気まずい思いで頬を搔いた。以前はこれくらいの軽口など自分たちの間では当たり前だったのだが……。
まあ、彼から否定の言葉もイヤミも返ってこなかったので、協力体制という認識に間違いはないのだろう。
明智が開けたドアから部屋の中に入る。
水島の死体が運び出されていること以外に大きな違いは見当たらない。さすがにエアコンは切られていたので、室温は廊下とそれほど変わらなかった。
(とはいえ、この部屋の中に真犯人を示すような証拠なんてねーよなぁ)
すでに現場検証は済んでいるため、ハジメはなんの遠慮もなく水島の荷物をゴソゴソと漁る。
まずはと手をつけたボディバッグの中には、財布、キーケース、ハンカチ、ポケットティッシュ、モバイルバッテリーなど、ごく一般的な持ち物が入っていた。財布やキーケース、ハンカチに至るまですべてブランド品で固めているあたりが非常に鼻につく。
「ねえ、水島さんに使われた青酸カリってどこで見つかったの?」
「ライティングデスクの裏側に落ちていました。容器からは水島本人の指紋が検出されています」
入手経路は現在捜査中だが、水島の実家が工場であることも彼への疑惑を濃厚にしていると明智は続けた。
(そうなんだよな~)
水島明は怪しいのだ。
事情聴取での言動や石井光雄のマンション周辺で見つかった監視カメラの映像など、無視できない点が多々ある。そもそも番組にひとりだけ遅れてきたことだって――。
(あー、でも、飛行機を使わないのは毎回なんだっけ。……ん?)
「……っ!」
ある一つの考えが、稲妻のようにハジメの頭を貫いた。
この背氷村での水島の行動を一つ一つ思い返す。ハジメの持っている情報は多くない。しかし記憶の中の彼の行動はその考えを肯定していた。そうだ、自分の推測が正しければ彼は……。
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「調べてみないことにはわかりませんが……もし、それが本当なら水島明には絶対に比賀真人を殺すことはできない。あの遺書が偽物である動かしがたい証拠になる」
ハジメの話を聞いた明智はそう言って、事実確認をするために部屋を出ていった。水島の家族や古い友人に確かめれば、すぐにでも事の真偽ははっきりするだろう。
思わぬところから飛び出した水島が犯人ではない証拠。
これは真犯人が犯した致命的なミスだ。
(あとはアリバイトリックのほうだけど……)
谷川沿いの穴とガードレールの支柱にあったいう跡は、間違いなく真犯人の偽装工作だと考えていい。水島が犯人から除外されたいま、ほかの誰が犯人だったとしてもあのロープを使ったトリックでは時間がかかりすぎる。
そう、真犯人はあのロープのトリックを使うことなく、驚くべき短時間で本館と別館を移動したのだ。
(けど、本当にそんなことが可能なのか……?)
ずっと胸のうちに居座っている違和感。
谷川を挟んで建つ二つの屋敷にはどうしようと物理的な距離が存在している。氷橋も、ロープも、決してその距離をゼロにできるわけではない。
「金田一、ここにいたのか」
「剣持のオッサン!?」
「なんかあったのか? 警視がえらい真剣な顔で一階におりていったが」
「ああ、ちょっと事件に進展が……って、オッサンのほうこそどうしたんだよ? 道警の人との話は終わったの?」
廊下から顔をのぞかせた剣持はハジメの言葉に、その手に持った紙をペラペラと振って見せた。
「おまえさん、なんかまだ事件のことを気にしとっただろう。沼田と比賀のくわしい司法解剖の結果が出たから教えてやろうと思ってな。まあ、補足程度の情報だけどな」
比賀の死亡推定時刻はその死体の状態からやはり正確な時間の割り出しは困難だったが、沼田のほうは胃の内容物が比較的残っており、死亡推定時刻は犯行当日の二十時半から二十二時の間だという。
ハジメが最後に沼田の姿を見たのは別館を出る直前の二十時半すぎ。
彼と一緒に別館へ残った芳野と久瀬は、事情聴取で「作業の途中から沼田の姿を見かけていない」と証言している。
「比賀の死因は斧による脳挫傷だ。後頭部から頭頂部にかけてグッサリやられとる。傷はかなりの深さでほぼ即死だろうとさ。ほかにも骨折や裂傷があるが、これは川に遺棄されたときのもので防御創の類はなかった。比賀の死体からは睡眠薬が検出されとって、たぶん水島が抵抗されんように事前に飲ませたんだろうな」
「睡眠薬……」
「部屋にそれらしいものはなかったから、夕食のときにでも混ぜたんじゃないか」
比賀の死因にあの映像との矛盾はない。
そして比賀の食事や飲み物に睡眠薬を盛ることは、あの場にいた全員に可能だったはずだ。
「なあ、凶器は?」
「凶器は例の川から見つかった斧だ。比賀と沼田、どちらの傷口とも一致しとる」
「沼田さんの死体には複数の傷があったんだよな? それって沼田さんには防御創があったってこと?」
「ん? いいや、違うぞ。沼田の死因は水島と一緒だ。青酸化合物による中毒死」
「え……?」
「沼田についとった傷はすべて死後につけられたものだ。水島の遺書からすると、死体を隠すために斧で解体でもしようとしたんだろうな」
「――沼田さんの死体に動かした跡ってあった?」
「ああ。沼田の死因を考えると実際の殺害現場を特定するのは難しいが、どこかで青酸カリを飲ませたあと、その死体を本館近くの草むらに運んだのは間違いない。草むらで死体をバラバラにしようとしたがうまくいかず、困った末に穴掘って埋めたってところだろう。浅はかな野郎だ」
ハジメは剣持からふたりの司法解剖の報告書を借り、それを隅々まで食い入るように見つめる。そこには――ハジメが探し求めていた真実があった。
昨夜から目にしたすべての事柄が次々と頭の中に浮かび、まるでパズルのピースが埋まっていくかのようにありとあらゆる疑問に答えが出されていく。
(そうか……そうだったのか!!)
このトリックなら、ハジメを悩ませていた前提条件が根底からひっくり返る。
何度も何度も繰り返し見て疑い続けたあの映像こそが事件を解く鍵であり、どんな証言よりも信じるべき証拠だったのだ。映っていないものまで信じてはいけなかった。冷静になり“事実”だけに目を向ければ、答えはこんなにもはっきりと見えてくる。
(くっそ! ホントどうかしてたぜ。こんな簡単なことに気づかないなんて)
ハジメは悔しさに耐えるように奥歯を噛みしめた。
もっと早くにその可能性に気づいていたら、みすみす水島を殺させはしなかったのに……。無意識にありもしない『氷橋』を探していた自分が、先入観を捨てきれていなかった自分が嫌になる。
込み上げてきた苦い感情を唾とともに呑み下してから、ハジメは気持ちを切り替えるように大きく息を吐いた。
ストンッと身体から余分な力が抜ける。
いよいよ推理は大詰めだ。ハジメの考えたトリックなら容疑者はふたりにまで絞られる。そして犯人が事件後にしたある行動のおかげで、すべての条件を満たすのはそのうちのひとりだけ。
「――謎はすべて解けた!!」
「謎が解けたぁ? おいおい、そりゃどーゆー意味だ? 犯人は自殺した水島……」
「オッサン!」
「お、おう!?」
「水島さんは犯人じゃないんだ! あの密室も、遺書も、真犯人の偽装工作なんだよ!」
突然告げられた事実に理解が追いつかず目を白黒させている剣持に水島が犯人ではない根拠を説明すれば、警部は驚きの声をあげてしばしその場に立ち尽くした。啞然とした表情の剣持はハジメの言葉を吟味するようにその顔を徐々に真剣なものに変えていく。
「おまえさん、さっき謎が解けたって言ったな?」
「ああ」
「それはつまり犯人が……」
「ああ、そうさ! 真犯人である雪夜叉の正体も、その人物が用いたアリバイトリックも……全部、わかったんだ!!」
「……証拠はあんのか?」
「ある。――でも、それとはべつに、オッサンには警視庁に連絡して調べてほしいもんがあるんだ」
「そりゃ構わんが……どうしたんだ、一体? 証拠はあるんだろう?」
証拠は――誤魔化しようのない物的証拠は、ある。
しかしそれは、ひょっとしたら真犯人が用意したものかもしれない。ハジメの推理にはまだ動機というピースが欠けている。そして自分の勘が正しいとしたら、その動機へと導いてくれるのは水島の遺書に残されていた『罪』という言葉だ。あれはきっと雪夜叉がうその中に織り交ぜた真実なのだろう。
ハジメの脳裏にこの背氷村を訪れてから目にした“その人物”の姿が浮かぶ。
……知っておきたかった。
いや、真実を暴く前に、謎を解き明かす前に、どうしても知っておかねばならない気がする。雪夜叉の面の下に隠された真犯人の素顔を――。