平行線機能不全   作:キユ

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第二章「劇団幻想②」

 

 その刑事が現れたとき、高遠は嫌な予感がした。

 具体的にいうと身に覚えのない罪を着せられそうな予感だ。よりによって理不尽な直感で人を疑う無能が来るとはツイていない。まあ前回の高遠遙一の経歴を思えば、その直感自体はあまり的外れとも言い難かったが。

 警視庁捜査一課の権藤と名乗った男は厳めしい顔で集まった面々を見回し、どこか重々しく言葉を続けた。

 

「――なるほど。返事がないのでドアを開けると被害者がうつ伏せで倒れており、慌てて救急車と警察を呼んだと」

「はい」

「それはどちらが?」

「私が緑川君に指示して通報してもらいました。休憩室のある場所は半地下になっていて携帯電話の電波が入り難いんです」

 

 権藤刑事の言葉に淡々と答えているものの、正木の顔色は悪い。

 緑川の場合はもっと顕著で、いつもの不健康そうな赤黒い顔がいまや土気色になっていた。貧乏ゆすりのようにしきりに身体を小さく動かし、その視線は落ち着きなく周囲を窺っている。

 

「あの、刑事さん。聖子さんは殺されたってことなんでしょうか?」

 

 この場の雰囲気に気圧されているのか、劇団員のひとりがこわごわとわかりきった疑問を投げかけた。

 

「検死の結果が出ないことにはくわしいことはわかりませんが、真上寺聖子さんが何者かに殺害されたことは間違いないでしょう」

「そ、そんな!?」

「いったい誰が……」

「そのあたりのことをみなさんにお聞きしたいんですよ。通報を受け、我々が到着した時点で被害者には死斑――まあ、死んだ人間に現れる斑点です。それが出始めたところだった。死体の状態から見て、被害者が殺されたのは発見された午後三時四十五分からその三十分前まで程度に絞り込めるわけです」

 

 死斑は一般的に死後数十分で現れると言われている。

 死体を動かしたりするなどなんらかの方法で死斑の出現を遅らせることは可能だが、警察が到着し現場検証を開始した時点で顎や首の死後硬直もまったくはじまっていなかった。

 高遠は警察よりも前に死体を確認したが、皮膚表面の温度やその顔色からしても殺害からさほど時間が経っていないのは確かだ。

 

「被害者は昼頃から休憩室に引っ込んでいたとのことですが、彼女を最後に見たのは何時頃ですか?」

 

 劇団員たちはそれぞれ顔を見合わせ、自分が聖子を見た時間を口にしていく。

 

「――ふむ。つまり真上寺聖子さんと最後に会ったのは、緑川由紀夫君になるんだね」

 

 その場にいた全員の視線が緑川に集まる。

 小心な男は哀れなほどに震え、いまにも倒れそうな顔でうつむいて口をつぐんだ。権藤刑事はその反応に訝しげな表情を浮かべたが、緑川は周りの様子を気にする余裕もなくひたすら身を強張らせている。

 権藤刑事は知る由もないが、緑川には聖子が殺された理由に心当たりがあるのだ。そして、それが自分にも降りかかってくるかもしれないと戦々恐々しているのだろう。

 

「さて、これから個別に事情聴取をさせていただきます」

「お、俺たちの中に犯人がいるって言うんですか!?」

「そんな!?」

「まあまあ、みなさん落ち着いてください。事情聴取は形式的なものですよ」

 

 ほっとした顔をする劇団員たちは、権藤刑事の次の言葉で凍りついた。

 

「ただ……真上寺聖子さん殺害に使用されたと思われる凶器のナイフは、この劇団のものだ」

 

 数年前にいた劇団員が持ち込んだものらしい。

 劇中などで使う模造用のナイフと間違わないように“本物!”と注意書きの張り紙をし倉庫に無造作に置いてあったので、新参バイトの高遠も知っていたくらいだ。ナイフの存在は劇団員ならばほとんど全員知っていたと考えて間違いない。

 

「外部から侵入した何者かが、たまたまナイフを見つけて被害者を刺した、とは考え難い」

「じゃ、じゃあ……」

「警察はあなた方の中に犯人がいると考えています」

 

 誰かが息を呑む音がやたらと大きく響いた。

 

「同じ劇団の仲間を殺す理由なんてありませんよ!」

「動機についてはおいおい調べますよ。被害者は問題の多い人物だったようですしね」

 

 権藤刑事の言葉にその場は静まり返った。

 隣の人間の息遣いが聞こえそうな静寂の中で、誰もがお互いの表情をこっそりと窺っている。この中の誰かが、真上寺聖子を殺したのだ。

 猜疑心が生む生臭い殺気が、徐々に部屋の中を満たしていく。

 

「まずは、正木監督。あなたからお話を伺いましょう」

 

 そうして、事情聴取が始まった。

 

 

 ◆

 

 

 検死の結果、真上寺聖子は背部から心臓を一突きにされ即死していたことがわかった。

 権藤刑事が言っていたように死亡推定時刻は午後三時十五分から四十五分の間で、後頭部に殴打されたあとがあることから、なにかで殴り倒されたのちにナイフで刺されたと考えられている。

 聖子が殺されていたのは廊下の突き当りから二番目の部屋。その突き当りには裏口があり、劇団員の大半が利用しているため、人のいる時間帯はそこに鍵はかかっていない。外部からの侵入も逃走も可能だ。

 ただ、凶器のナイフが劇団所有のものであったことから警察は内部の人間の犯行として捜査を進めている。

 事件当時劇団員のほとんどが稽古場におり、その稽古が終わったのが午後三時二十分頃で、稽古場から聖子のいた休憩室までは数分とかからない。

 トイレにでも行くフリをして聖子を殺害することはほぼ全員に可能だった。

 

 

 

「ただ、警察がアリバイが成立しないと判断したのは、能条光三郎、加奈井理央、滝沢厚の三人のようです」

 

 高遠が事件のあらましを説明し終えると、ハジメは一瞬痛みを堪えるかのように顔を顰めた。伏せられた目元からは深い悲しみと後悔が伝わってくる。

 彼女にこの顔をさせたのが自分でないことがつくづく惜しまれる。兵は拙速を尊ぶというが、トリックにはそれなりの準備が必要なのだ。如何に地獄の傀儡師でも今回は少々時間が足りなかった。

 

「動機は?」

「警察はまだ動機を特定できていませんが、タイミングから考えてこれ(・・)でしょうね」

 

 コトリと盗聴器をテーブルへと置き、その音声を再生すれば、聖子たちの醜悪なやりとりが部屋の中に響き渡る。

 

「よかったじゃないですか。死んだのが真上寺聖子で」

「…………」

「君の願い通り、これで黒沢美歌が自殺することはなくなりましたよ。真上寺聖子はどうせ前回も殺されたんです。それが少し早まっただけだ。別に構わないでしょう」

 

 自殺を含め四人死ぬはずだったのが、ひとりですんだのだから上々な結果だと思う。

 ハジメは口にしないが、能条と美歌が無事結婚したからといって、聖子が能条を諦めるかはわからなかった。なんらかの形で聖子を排さないと、一回目よりも悲惨な事件が起こっていた可能性もある。

 

「彼女は死ぬべきだった、それだけのことです」

「……死ぬべき人間なんて……殺されていい人間なんて、いねぇよ」

 

 金田一一にとってそれは揺るぎない真実なのだろう。

 高遠には微塵も理解できない。もっとも、だからこそ自分と彼女は平行線なのだが。

 

「その意見には同意しかねますが……。今回、真上寺聖子が死んだのは――君のせいでしょうね」

 

 高遠の言葉にハジメは反応を返さなかった。

 伏せられたままのその瞳は高遠からは見えなかったが、愛おしいそれがより深い悲しみと後悔、苦悩に染まるのを想像しながら、歌うように呪うように名探偵へと優しく囁く。

 どこかの犯人にではなく、高遠遙一によってその顔を歪めればいい。

 

「だって、そうでしょう? 君がすべてを救おうなどという傲慢な考えを捨て、黒沢美歌が犯された時点で介入していたら? 彼女の自殺を止め、卑劣な犯人たちを告発するだけで解決したのではないですか」

 

 一回目との違いは高遠遙一が劇団幻想にいたか否か。

 高遠自身は聖子の殺害に関わってはいないが、同じ道筋を辿るはずだったそれが歪んだのは、ある種のバタフライ効果ともいうべきものだろう。

 本来いないはずのひとりの人間が加わったことで劇団全員の行動になんらかの変化が起きた。そしてその結果、劇団員の誰かが聖子に殺意を抱くに至ったのだ。

 

「ねぇ、金田一君」

 

 甘く自分の名を呼ぶ声に、ハジメはようやくその顔をあげた。

 意志の強い瞳が高遠を射抜く。

 いまいましいこの子どもは、いつだって高遠の思い通りになってはくれない。

 

「あんたの言う通り、真上寺聖子が死んだのは俺のせいかもな」

「…………」

「でも、もしもう一度同じ状況になったとしても、俺はみんなが救われる道を探すし、諦めたりしねぇよ。誰かが助かるためにほかの誰かが苦しむなんておかしいだろ」

 

 そう強く言い切る口調は揺るぎないのに、その裏に誰にも言わない悲痛な想いを抱えている。優しく善良な彼女の内側を無理やり暴き、胸の奥に秘められた柔らかなものを引きずり出してみたい。

 普段無邪気な子どもの顔で笑うハジメが、悲しみにその瞳を曇らす瞬間が高遠は好きだった。そして、それと同じくらい、どんな状況でも立ち上がり前を向く彼女の強さを好ましく思っている。

 

「君は打たれ強くて、嬲り甲斐がありますよ」

 

 まだ子どもらしい丸みの残るハジメの頬を撫でれば、ペシリとその手をはたき落とされた。

 

「うるせぇ。通報すんぞ、変態」

「こんな時間に男の部屋にノコノコあがる君が言うことじゃないですね」

 

 一回目とは身の回りにある危険の種類が違うことをいい加減理解してほしいものだ。

 事件に関わっていないときのハジメはどこか迂闊で危なっかしい。

 

「……被害者は頭を殴られたあとで、刺されたんだよな?」

「順番は間違いありませんよ。その一貫性のない行動から、警察は突発的な犯行だと考えているようです」

「殴られてから刺されるまでの時間は?」

「検死でもそこまでは割り出せないでしょう。ただ後頭部への一撃は致命傷ではなかった」

「殴った人間と刺した人間が違う可能性もある……そもそも、動機だって想像の域を出ないわけだし」

 

 ぐしゃぐしゃと髪をかき回し唸るハジメを、高遠は愉快な気持ちで見つめる。

 ただの衝動的な犯行で、そこに解くべきトリックもダイイング・メッセージもなければ、素人探偵の出る幕はない。それでも、この事件に責任の一端を感じ罪悪感を抱いているハジメはこのまま警察の捜査に任せたりはしないだろう。

 自分の選択の末に起きた事件を、この少女はどんな顔で暴くのか。

 

 楽しみですねぇ、金田一君。

 

 

 

 

 現在の金田一一の警察関係者への伝手はずいぶんとかぎられている。

 待ち合わせの喫茶店に、不動山署刑事課の佐藤太郎は少し気まずそうな顔でやって来た。天パぎみの癖毛も心なしかそのハネに力がない。

 

「タローさん、無理言ってごめんな」 

「いつもお世話になってるのはこっちのほうだから気にしないで。ただ、俺はこの事件の担当じゃないから大したことはわからなくってさ」

 

 「本庁の刑事は口が堅すぎる」とつぶやきながら、ノリも口も軽そうな男は自分の調べてきたことについて語り始めた。

 

「えーっと、まず凶器のナイフからは指紋は検出されてないよ。犯人がきれいに拭き取ったみたいだね。で、被害者の頭部を殴打したと思われる物はまだ発見されてない」

「後頭部の傷は致命傷じゃないんだよな?」

「そう。たぶん気を失うくらいの衝撃だったんじゃないかな。内部の出血もなかったみたいだし」

「警察が成立しないと判断した三人のアリバイは?」

「能条光三郎は稽古が終わる十分くらい前にコンビニへ出かけてて、そのコンビニ自体はそれほど遠くはないんだけど、その帰りに道を聞かれたとかで劇団に戻ってきたのが事件発覚の直前」

「三十分以上ありますね」

「コンビニに行ったのは確かだけど、裏付けのとれない時間が長いんだよね」

 

 警察は容疑者を絞り込むにあたって、犯行時刻に十分以上アリバイがないものに焦点を当てているらしい。そうしないと絞り込めないというのもあるだろうが、ただの一般人が数分で人をサクッと殺して戻ってくると考えるのはあまり現実的ではない。

 

「滝沢厚も能条と同じで稽古の途中で外出してる。行き先は徒歩十分くらいのバーガーショップで、テイクアウトしたものを小ホールでひとりで食べてたらしい。バーガーショップを出た午後三時から事件が発覚してほかの劇団員が彼を呼びに来る午後三時五十分までのアリバイがない」

 

 バーガーショップを出る姿が店の監視カメラに写っており、滝沢の接客をした店員も彼のことを覚えていたため、その外出自体に間違いはない。

 ちなみに小ホールの場所は稽古場の真上にあたり、事件当時劇団内にいた人間の中では滝沢が一番犯行現場から遠いところにいたことになる。

 

「最後の加奈井理央だけど、この子は稽古に参加してたから午後三時二十分までのアリバイは完璧。ただ休憩に入って十分くらいでトイレに行っていて、そのあと騒ぎまで彼女の姿を見た人がいないんだよね」

 

 加奈井本人は化粧直しをしたり、稽古で汗をかいたので着替えたりしていたと話しているがそれを証明できる第三者がいない。

 

「あ、あと……高遠君もアリバイないんだよね?」

 

 佐藤刑事はどこか申し訳なさそうに高遠を見た。

 アリバイがないのは確かだが、権藤刑事のなかで容疑者の筆頭に自分がいることが不可解でならない。事情聴取でも大人しく聞かれたことには答えていたというのに。

 

「は? あんたも容疑者に入ってんの?」

「公演のポスターとチラシの仕分けを頼まれて、ひとり部屋で作業をしていたので」

「なんでか本庁の刑事がめっちゃ高遠君のこと疑ってるんだよね。……俺が知り合いだって言ったら、どんな人間なのかって根掘り葉掘り聞かれちゃったよ」

 

 隣からハジメが「なにやったんだ、お前」と言わんばかりの視線を寄越してくるが、高遠は誓ってなにもしていない。あの刑事がなにを根拠に自分を疑うのかこちらが教えてほしいくらいだ。

 

「そういうわけなので、私の疑いを晴らしてくださいね、金田一君」

「そうだよね! ワトソンの疑いはホームズが晴らさなくっちゃ!」

「こいつがワトソン〜!? こんな物騒な助手いらねぇ〜」

「金田一君はシャーロック・ホームズという感じはあまりしないですが……。ああ、でも宿敵として一緒に谷底に落ちるのは悪くないですね」

 

 ハジメがホームズなら、高遠は助手よりもモリアーティのポジションを希望する。

 金田一一が己の生命をかけて自分を止めに来たら、心中するのも吝かではない。もちろん、そのときはハジメひとりが助かったりしないように手は打つつもりだ。

 ただ残念なことに、高遠の平行線はそんな結末は望まないだろうが。

 生きて罪を償うことを説く彼女が自分との死を選ぶとは思えない。そして、高遠が自身の行いに罪の意識を持ち悔い改めない限り、ふたりの関係はどこまで行っても平行線なのだ。

 

「あんたって谷に落としたくらいじゃ、“イリュージョン!”とか言って助かりそうだよな」

「流石に事前の仕込みがないと無理ですよ。吊り橋から落ちても平気な君と一緒にしないでください」

「俺も平気ではねぇよ!」

 

 むしろ平気であってほしい。

 殺しても死なない、しぶとく生命力にあふれた名探偵でいてくれたほうがこちらの心配が少なくてすむ。

 

「えっと、あとは動機についてなんだけど……ごめん。これはまだろくにわかってないみたいなんだよ」

「劇団内で揉めごととかはなかったってこと?」

「うーん。被害者が能条光三郎に横恋慕してたのは事実だけど、彼のほうは結婚も控えてるし相手にしてなかったらしい。恋愛関係のもつれっていうにはビミョーだよね」

 

 滝沢も加奈井も聖子にまったくの無感情ではないが、良くも悪くもお互いの間に殺意を抱くようなトラブルは発生していない。それは本人たちや、ほかの劇団員の証言からも確認がとれている。

 そして、この容疑者三人以外にも聖子を殺害する動機を持つ人間はいなかった。

 

 なぜ真上寺聖子は殺害されたのか?

 

 高遠もハジメもその答えを知っている。

 問題は高遠が手に入れた音声が、誰の動機になりえるのかということだ。

 

 

 ◆

 

 

 佐藤刑事と別れて、高遠とハジメは劇団幻想へと足を運ぶことにした。

 昨日の今日でまだ警察の捜査は終わっていないが、劇団員の出入りはそれほど制限されていないので潜り込むことは容易だ。

 

「あっ、高遠君!」

 

 ハジメを連れ何食わぬ顔で事務所前を通り過ぎようとしたところで、劇団員のひとりに呼び止められてしまった。心持ちハジメを自分の背に隠しながら、その相手に向き直る。

 

「すみません。事件のことが気になってしまって……」

「ちょうどよかった。いま電話をしようとしてたんだよ」

「なにかあったんですか?」

「それが、昨日の刑事が関係者を全員集めろって」

 

 高遠を呼び止めた彼自身も状況がよくわからないらしく首を捻りながらも、どこか怯えたような表情を浮かべていた。刑事の話が朗報だとは思っていないのだろう。

 同じ劇団員が殺されたという衝撃に劇団内は揺れている。まして、警察から内部の人間の犯行だと示唆されては疑心暗鬼になるなというほうが難しい。

 関係者が集められたその稽古場には、妙な緊張感を孕んだ重たい空気が漂っていた。

 

「全員集まったようですな」

 

 権藤刑事はしかめっ面で一同を見回し、不機嫌さを隠さない声でこの事件の終わりを告げた。

 

「先ほど――滝沢厚が犯行を自供する遺書を残し、自宅で自殺しているのが見つかりました」

「えっ!?」

「滝沢君が……」

 

 ざわめく劇団員たちからは、驚きと犯人が見つかったことに対する安堵が伝わってくる。

 少々意外な展開に高遠は目を細めた。

 この犯人が二人目(・・・)を手にかけるとは思わなかった。真上寺聖子だけでは満足しないということなのか。視界の端で緑川由紀夫が腰を抜かしたように座り込むのが見えた。

 

「まだ検死の結果などは出ていませんが、現場の状況からして滝沢厚が自殺したのは間違いないでしょう。遺書の内容にも矛盾はない。犯人が死んだ以上、事件はこれで終わり……」

「ちょっと待ってください!」

「ん? なんだね、君は?」

「おれ……あたしは金田一一です」

「金田一? ……ああ、不動山署の奴らが騒いでる名探偵の孫とやらか。残念だが犯人は自殺したよ。素人探偵さんの出番は必要ない」

 

 幼い少女相手だからか、権藤刑事の声には言葉ほどの険はない。

 犯人死亡で事件が終わってしまったと考えているせいもあるのだろう。不機嫌さのなかにやりきれない疲れが見える。

 

「自殺と断定する根拠はあるんですか?」

「遺書もある。なにより、滝沢が死んでいた彼の部屋は鍵だけでなくドアロックまでかかっていた。第三者が出入りするのは不可能だ」

 

 密室。

 聖子殺しとはずいぶんと趣向を変えてくる。それとも、衝動的な殺人だという読みそのものが間違っているのか。

 高遠の隣で名探偵は権藤刑事から受け取った滝沢厚の遺書のコピーを難しい顔で眺めている。

 この遺書自体は滝沢のパソコンにWordで入力されていたらしい。内容は可もなく不可もなし、と言ったところだ。高遠の知る滝沢の人物像には当てはまらないが、警察が疑念を抱くほどではない。

 直筆の署名一つない遺書に疑いを向けないのは密室という状況のせいだろう。

 

「その遺書にもある通り、滝沢厚は被害者とあることで口論となり、その末に衝動的に彼女を殺害してしまった。思いの外死体が早く見つかったことで、自分が容疑者に入ってしまい、このままでは犯行が露見してしまうことを恐れ死を選んだ。……納得いかないという顔だね」

「容疑者は自分を含めて四人もいたんだ。動機や明らかな証拠も見つかってないのに、自殺なんてするかな」

「……罪の意識に耐えきれなかったのかもしれない」

「ならもう少し被害者に対する謝罪とか懺悔が書かれてないとおかしいんじゃない?」

「きっかけとなった口論の内容に触れていないのも少々不自然に感じますね」

「君たち……要するになにが言いたいんだ」

 

 口の端を引き攣らせる権藤刑事に、名探偵は厳かに真実を告げる。

 

「これは自殺なんかじゃない――殺人事件です」

 

 

 

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