不動山市にその冬初めての雪が降った日。
「スカートは履くもんじゃねぇ、見るもんだ!」
いつもの如く人の部屋に連絡もなく押しかけた金田一一は開口一番そう叫んだ。
玄関から一瞬のうちに侵入した冷気に、高遠遙一は窓の外へと視線を向ける。最低気温がマイナスを下回ろうかという今日は、空を覆う分厚い雲のせいか、夕方というには早い時間にも関わらずどこかすでに夜の気配を漂わせていた。
玄関先で頭や肩に薄く積もった雪を犬にように払い落とすハジメへと視線を戻せば、膝丈のスカートと靴下という寒々しい格好を強いられた下肢がかすかに震えているのがわかる。
不動中等学校の女子制服は防寒には向かないらしい。
高遠の差し出したタオルを受け取り、濡れた髪や身体を雑に拭うと、ハジメは「寒い、寒い」と繰り返しながらマフラーや制服のブレザーを脱ぎ捨て、リビングの自分の定位置となっているクッションへと勢いよくダイブした。
「くっそ。こんなに寒いなら高遠に迎えに来てもらえばよかったぜ」
「勝手に人をタクシー代わりに使わないでもらえますか」
「車買ったんだし、いいだろそれぐらい」
別にハジメの送迎用に購入したわけではない。
ブーブーと口を尖らせて文句をいうその唇が色を失っているのに気づき、高遠はエアコンの設定温度を上げる。ハジメに買い与えた『着る毛布』を渡してやれば、彼女はもそもそをそれを着込み寒そうに手をすり合わせた。
ヒーターか床暖房の導入を検討していたが、早急に対応する必要がありそうだ。
「美雪とか"寒〜い!"とか言いながらフツーにミニスカ履いてんだぜ。前は足が出てるほうがいいと思ってたけど、いまは寒そうで心配になるわ」
「君は以前よりもずいぶんと寒がりですね」
筋肉量や代謝の加減だろうか。
いまの金田一一では雪山からの生還は望めまい。
「女ってさー、めっちゃ手足が冷えるんだよな。なぁ、たかとー。こたつ買おうぜ、こたつ」
「こたつ?」
「そうそう。やっぱ、日本の冬にはこたつとみかんだろ!」
「こたつ……使ったことがないんですが、テーブル型の暖房器具ですよね?」
「こたつ入ったことねぇの!? 冬のマストアイテムだぜ」
その言葉に興味を惹かれ、近くに置いていたタブレットを手に取れば、ハジメが「どれにする?」と手元をのぞき込んでくる。気負いなく高遠の隣に腰掛ける少女は少々人との距離感が近い。この危機感のなさは頭の痛い問題でもあるが、懐かれていると思えば不思議と悪い気はしなかった。
自分のテリトリーに増えていくハジメの私物を見ると、己の生活を侵食されるような不快感と、少女を身のうちに取り込んでいるような充足感がわく。
「これとかどーよ?」
「どうせ君が使うんですから好きなものを選べばいいでしょう」
「……値段見てる?」
いたずらっぽく笑った口の端を引きつらせたハジメが指差しているのは、価格が二十万円を少し超える自然な木目を活かしたナチュラルなデザインのこたつだった。こたつの値段の相場はわからないが、天然木を使用したテーブルなら妥当な額のように思える。
「前から思ってたけどさー、あんたって金持ちなの? あっ、親父さんの遺産とか?」
「残念ながら別に大した資産は持っていませんよ。養父の遺産があることは否定しませんが」
「でも、バイトだってほとんどしてないだろ。たまにマジックショーしに行ってるのは知ってるけど、そんなに儲かんの?」
「まさか。マジックショーと言ってもただの前座で、日雇いバイトのようなものですからね」
「じゃあ、どっから金が出てきてんだよ。車もぽんっと買ってたし、このマンションも賃貸じゃねぇじゃん」
ジトリと疑惑の目を向けてくるハジメに、高遠は意識してその顔に意味深な笑みを浮かべた。
まだなんの罪も犯していない高遠遙一を疑うことに、少女が無意識下で小さな罪悪感を抱いていることに気づいたのはいつだっただろう。
過去を切り離せない苦悩を金田一一は抱えている。
彼女のなかで地獄の傀儡師はたしかに生きているのだ。いまの高遠遙一を信用しきれないことを仕方がないと割り切れないハジメの弱さが愛おしかった。絆されているのは高遠ばかりではない。
「株とトレジャーハントを少々」
「は? 株はまだしも、トレジャーハント? ……あっ! あんた、また亡霊教頭のときの金塊ガメったな!?」
「ガメったとは人聞きの悪い。今回は正当な手順を踏んで黄金島に入島し、金塊を見つけたんですよ」
もっとも高遠が見つけたのは前回同様金塊のごく一部だ。
株にしろ、トレジャーハントにしろ、行き過ぎた利益は面倒事を引き寄せる。手っ取り早い資金調達として利用しただけで、高遠自身さほど金に興味はない。
「ケッ、自分一人だけズッリーの」
「君も天草の天正菱大判をとりに行ってはどうです? 恋琴島の金塊でもいいですね」
「……そういうのは、本当に人生かけて探してる人が見つけるべきだろ。正解を最初から知ってるなんてロマンがねぇもん」
「そういうものですか」
「あんたは“未発見の財宝!”とかに心躍らなそうだよな〜」
「そうですね、“謎と怪奇に満ちた惨劇の館!”なら心躍るものを感じますけど」
「お化け屋敷にでも行ってろ」
ハジメと行けば、ただのお化け屋敷でも惨劇の舞台に変わる可能性がある、と思うが口には出さなかった。
「金があるなら遠慮しねぇ。このこたつポッチってやる!」
「お好きにどうぞ」
「……やっぱ、もうちょっと安いのでもいいかな〜」
値段に尻込みしているらしい少女にタブレットを渡し、高遠はソファから立ち上がって、キッチンへと向かう。強めた暖房のせいかのどが渇いていた。
この部屋を購入したときには想像もしなかったが、最新のシステムキッチンを使う機会は意外と多い。
「なにか飲みますか?」
「紅茶! 牛乳いっぱいのやつ!」
真剣な顔でこたつを選んでいるハジメに声をかければ、予想通りのリクエストが返ってきた。一度淹れてからロイヤルミルクティーが気に入ったようで、ここ最近はそればかり淹れさせられている。
復讐やその手伝いをしない高遠遙一はおおむねひまだ。
マジシャンとしてショーに出ることもあるが、ハジメのそばを長期間離れる気がないので、行動の制限はそれなりに大きい。
ひまをもて余すとまではいかないが、時間はあるのでマジックの練習や使う予定のない今後の犯罪計画を立てる傍ら、自炊をはじめてみた。もちろん食べるのはもっぱらハジメだ。
自分が作ったものをハジメが摂取するというのはなかなかに
人の血液が約四か月で入れ替わることを考えれば、高遠遙一によって作られた金田一一という存在も夢ではない。
「高遠、まだー?」
「いま持っていきます」
蒸らし終えたミルクティーをこしながら、ハジメ用のマグカップへと注ぐ。あとは蜂蜜を一匙だけ入れれば完成だ。自分用のダージリンティーと一緒にトレイに乗せて、少女の待つリビングへと戻る。
「ありがと」
「どういたしまして。それで、どれにするか決めたんですか?」
「んー。これにしよっかな」
彼女の好む茶葉、彼女のためのマグカップ、専用のクッションに、家庭用ゲーム機……そして、いずれ届くだろうこたつ。
いつの間にか自分以外のもので溢れたこの部屋が、高遠は嫌いではなかった。