第一話 問題児
十文字金次。彼は、十師族に名を連ねる十文字家の男子として生を授かった。去年生まれた長男の克人に続いて、元気に泣き叫ぶ男の子が生まれたことに当主の十文字和樹は喜んだ。
それは、十文字家固有の病気である「魔法力低下の病」が原因である。十文字家のみに与えられた魔法演算領域活性化技術「オーバーロック」。その度重なる使用により、和樹の魔法師としての力は全盛期の見る影もなかった。
長男の克人、次男の金次。次の十文字家を支える次世代の誕生に和樹は妻と喜びを分かち合った。
しかし検査の結果、金次には十文字家の代名詞とされる『ファランクス』を受け継いでいなかった。和樹の妻は、ちゃんと産んであげられなかったと和樹の胸で涙を流す。
十文字家に生まれたのに『ファランクス』を使えない。きっと金次の人生に苦労をかけてしまうと。周りからの冷たい視線に晒されてしまうと。こればかりはどうにも出来ない。和樹はただ泣き止むまで側にいることしか出来なかった。
その後、克人と金次は幼い頃に母親と死別。さらに、和樹の弟とその妻が死去し、弟の一人息子である勇人を養子として迎え入れた。その数年後、和樹は慶子と呼ばれる女性と再婚し、その二人の間に四男の竜樹、長女の和美が生まれた。
長男の克人は、十文字家に相応しい男に育った。いずれは当主の座を譲渡し、大人しく隠居生活が出来ると和樹は胸を撫で下ろした。
だが、和樹は心配事が一つある。それは次男の金次の方。金次は、学校で何かと問題行動をとっていた。金次の素行の悪さは小学校4年生に上がってからだ。身体中ボロボロで家に帰ってきた時、和樹は驚いた。理由を聞くと金次はこう言った。
「あぁこれ?ちょっとムカつく奴がいたからシメてやった」
すぐに学校から「金次君が上級生をフルボッコにした」という学校の教師からの電話が掛かってきた。体格の差がありながらも、金次は6年生に勝って帰ってきたのだ。
和樹は金次を叱った。「何故、そんなことを事をしたのか」と金次に向かって問い詰めた。
「うるせぇな親父、俺の事はいいから兄貴や弟妹の事を見てやれよ。俺は俺で勝手にやっていくからよ」
和樹はこの時、金次が不良になってしまったと思った。やはり何処かで家族と自分との間で引け目があったのだろうか。そのストレスが爆発して、今の金次が出来上がってしまったのかと。
当主である以上、家族と一緒にいられる時間は少ない。しかし克人は次期当主であるため、和樹の仕事を手伝わせていた。金次に目を掛けてやる時間は無かった。
「お前は日本の魔法界を担う十文字家の男だ。行動には必ず責任がついて回る。それは分かってるな?」
「俺はそんなのゴメンだね。そういうことは兄貴に全て任す」
これは自分のせいだ。もっと家族の時間を作っていれば、金次が不良にはならなかった。和樹は自分を責めた。そして、今すぐに金次を矯正させなければならないと強く思った。
「金次、外へ出なさい」
「へぇ〜。やる気なのか親父?」
「お前達に構ってやれなくて済まないと思っている。しかし、お前がそうなった以上、私は親としてお前を正す」
庭に出ようとする金次と和樹を見て、家族達がぞろぞろと集まっていく。慶子は「何をするおつもりですか?」と問うと、「父としての教育だ」と言い放った。「お兄ちゃん戦うの?」「あぁ、見とけよ竜樹」と金次は竜樹の頭を撫でる。
庭に出た二人は、互いに距離を取って向き合う。
「かかって来い、金次」
「使う気かよ『ファランクス』を」
「……………来い」
「フッ。いいぜ、ならこっちは、、、、」
この時、金次がCADを所持していない事に気が付いた。てっきり既に装着しているものと考えていたが、金次は臨戦態勢をとっていた。まさか魔法無しで戦うのか?和樹は待ったを掛けようとした。
「待て!金「さぁ、ショータイムだ!!」!?」
金次は、中指と親指を重ね合わせ指パッチンする。すると、金次を中心に領域が展開された。その領域は和樹を飲み込み、二人だけの空間を作り出した。
「何だこれは!?」
魔法技能師開発第十研究所。研究テーマは、
「空間に仮想構築物を生成する領域魔法」
十文字金次は『ファランクス』を使えない。だが金次には、十文字家の人間にない、自分だけの固有魔法が存在したのだ。それに気付いたのは、物心ついた時だった。
その領域の中では、金次が受けた傷、自分の身を起きた全ての事象を改変させることができる。加えて、領域内では自身の身体能力を向上させる自己強化術式も組み合わさり、「これ、めっちゃスゲェじゃん!?」と、金次は思った。
だがこの時の金次は、この固有魔法をまだ良く理解していなかった。身体が再生するエネルギーは、自身のサイオンによって変換されていたのだ。実践経験のない金次に分からなかったのも無理はない。故に、
「ハァ…ハァ…ハァ……」
サイオン切れになり、和樹の目の前でうつ伏せになって倒れている金次。和樹は意識を失った金次を見て、片膝をつく。全盛期を過ぎたとはいえ、後少しで自分がやられていたという事実と、息子のビックリ仰天な魔法に肝を冷やした。
「私はお前を見くびっていた。済まない、金次」
後に知った事だが、金次が上級生と喧嘩したのは、上級生が女の子を虐めていたからだという。泣いている女の子の前に立ち、金次は上級生に中指を立ててよーいドン。その後は和樹も教師に聞いた通り、金次が年上の男の子達をボコボコにした。
「どうして最初にそう言わなかったんだ?」
「親父と戦えるかと思って」
「ハァー、全く………」
十文字金次は、魔法師の中では問題児として有名だった。数々の問題行動を繰り返しては、十文字家の落ちこぼれ、十師族の面汚しなんて陰で言われているが、金次にとってはどこ吹く風。他人の声なんて気にしなかった。
金次は社交パーティーが嫌いだった。当主の和樹が「これも十師族としての責務だ」とか、兄の克人に「お前も他人と親交を深めるいい機会だ」なんて言われて嫌々ながら参加した。
今回開かれたパーティーは、同じ十師族の一条家が主催の、現当主・一条剛毅の息子、一条将輝の10歳の誕生日パーティーである。この時の金次は11歳。
和樹と克人は、同じく招待された二十八家の魔法師に挨拶をして回っているが、金次は一人、テーブルの上に盛り付けられた料理を頬張っていた。
金次は会場の中で浮いており、誰も話しかけようとする者はいなかった。それを気にしてか、一人の少女が金次に近づいて来た。
「ねぇ、貴方が金次君?」
「おん?」
自分に話しかける物好きがいたとは、何て思い後ろを振り返ると、そこに立っていたのは、
「私は七草真由美、よろしくね」
「七草………」
一条、十文字と同じ十師族の一席を担う七草家。当主の弘一は、政治力に優れていおり、いくつかのパイプを持つと聞く。十師族の中では、四葉家と並び立つなどとも言われている。そんな家の娘が自分に何のようだ?と訝しむ金次。
「貴方のお兄さんから聞いていたけど、本当に素行が悪そうな顔なのね」
「はぁ?」
兄貴と知り合いなのか?つーかこの女、思ったことをストレートに言いやがって泣かせてやろうか、と内心腹を立てる金次。
「噂で聞いたのだけど、貴方40階建てのマンションから飛び降りて無事だったって本当なの?」
「あん?……あぁあれか、良く知ってるなお前」
真由美は「嘘……」と金次の言葉に驚いて口元を手で隠す。
「だがその噂は誤りがある。正確には39階建てだったけどな」
「それ、あんまり変わらないと思うけど…………」
金次は「懐かしいな〜」と過去の記憶を掘り起こす。あの時の金次は、自分の魔法がどの程度なのかを知りたいが為に、マンションの屋上から自由落下した。
結果、着地と同時に金次の両足はグチャグチャになった。目を背けたくなるくらいに。あの時の痛みは忘れる事はないだろう。領域内での事象改変がすぐに行われなければ、痛みで気を失っていただろう。
その姿を金次は通行人に見られてしまった。目の前でいきなり子供が落ちて来たら誰でもパニックになる。警察を呼ばれ、救急車を呼ばれ、最後は家族が総出で金次に説教した。
「もう二度とやりたくねぇな」
やりたくない、という理由は、痛いからではなくて家族に怒られるからである。
「良く生きていたわね。魔法、なのかしら?」
「まぁな。教えねーけど」
そう易々と教えるわけにはいかない。それに、まだ自分も完全に理解しているわけではない。
「そういやアンタ、兄貴と知り合いなのか?」
「アンタじゃなくて真由美よ。貴方のお兄さんとは、父に連れられた時に何度か会った事あるわ。それに、私の周りには同い年がいなかったから。話し相手にもなってくれたし」
「へぇ〜。真由美は兄貴と同い年なのか」
金次は自分と同い年もしくは年下かと思っていたが、まさか兄貴と同じ12歳だとは思わなかった。
「真由美さんね」
年上には敬語を使わないとダメよ、と注意を受ける金次。「はいはい」と軽く受け流す金次を見て、真由美は「もぅ」と頬を膨らませる。
「ねぇ金次君。いつかウチに遊びに来ない?貴方の話、もっと聞きたいわ」
「真由美さん家に?……もしかして真由美さん、俺のこと好きなの?」
金次の何も考えずに口に出した発言に、真由美はみるみる内に顔が真っ赤に染まっていく。
「なっ!?そんなわけ無いでしょ!!」
全力で否定する真由美に、金次はケラケラと笑い出す。真由美の大声に反応して、パーティーの参加者から注目を集める。
「おいおい、アンタが叫ぶから変に視線が集まってるじゃねぇかよ」
「貴方のせいでしょ!?」
「おい金次、七草、何してるんだ?」
克人が心配して二人の側に駆け寄ってくる。真由美はプンスカと不機嫌になり何処かへ歩いて行った。それを見送った後、
「金次、一体何したんだ?」
「いや何も」
全く困った奴だぜ、と金次は愚痴をこぼす。そんな金次に克人は、「いや、それはお前の方だ」と頭を叩いた。
十文字金次は15歳になった。来年から金次は高校生になる。金次は高校は何処でもいいと考えていたが、父の和樹の計らいで兄と同じ、国立魔法大学付属第一高校へ入学する事になる。
金次は高校に上がると同時に、一人暮らしがしたいと父の和樹に頼んだ。和樹は承諾したが条件をつけた。月に一回は家に来て顔を見せるようにと。
「そんな事か、もっと厳しい条件でもつけられるかも思ったぜ」
「下の子達もお前に会いたいだろうからな」
金次は弟妹に甘い。小さい頃は遊びに付き合ってあげたり、一緒に外へ出掛けたり、誕生日は欠かさず用意したりと、しっかりお兄ちゃんをしている。
「アイツらも大きくなった。俺が居なくてもいいだろ。親父は早く兄貴に当主の座を開け渡して隠居しな」
「克人はまだ16だ」
「当主に歳は関係あるのか?つーか兄貴の顔立ちは16じゃねぇだろ。あれはもう30のオッサンだろ」
「それは克人には言うなよ」
ケラケラと笑う金次に和樹はハァとため息を吐く。
「金次、兄を支えてやれ。弟としてな」
和樹からの金次への、父から息子へのお願いだった。和樹は衰えたといえど、その目には力強い覇気が篭っていた。
「気が向いたらな」
金次はそう言い放ち書斎から出て行った。
十文字金次は、高校一年生になった。