部活連本部への報告を済ませると、時間は閉門間際だった。忙しい勧誘期間の一日目がやっと終わった。金次はまだ用事があるらしく、そのまま本部へ残っていた。
達也は部活連本部を出て、昇降口へと急ぎ足で向かった。何故なら深雪が待っているからだ。
「あっ来た来た。おつかれ〜」
「お兄様、お疲れ様です」
深雪の他にも、達也を待っていた人物がいた。
ショートで明るい髪の色、お淑やかな深雪とは
真逆の、活発な印象を与える少女、千葉エリカ。
「初日から活躍したらしいな、達也」
達也よりも背が少し高く、骨太な体格。
父親がハーフ、母親がクォーター
外見は純日本風、名前は洋風、
エリカとは何かと喧嘩しがち、西条レオンハルト。
「お疲れ様です、達也さん」
霊子放射光過敏症という症状を持ち
伊達の眼鏡を掛けている
少し気弱な女の子、柴田美月。
入学式から、彼らとは学生生活を共にしている。いつの間にか側にいて、テーブルを囲んで食事をしたり、下校時に楽しく雑談する。彼らの仲は、友人と呼んでも遜色ない。
「待たせてしまって済まない。帰りにカフェにでも寄ろう。奢るよ」
そんな達也の提案に、水を差す者はいなかった。
喫茶店 アイネブリーゼ
第一高校前駅と国立魔法大学付属第一高校の通学路の途中の角を、一つ曲がったところにある小さな喫茶店。そこで、達也達は今日の出来事を語っていた。
「エリカは金次先輩のことを知ってるのか?」
話は、達也が体育館の場を収めたことから、後からやって来た金次について、自然と移り変わった。
「当たり前よ。あの人、家の道場に来たことあるし」
彼女の家、千葉家は、自己加速・自己加重魔法を用いた白兵戦技で知られている名門である。魔法師の間では「剣の魔法師」の二つ名が与えられている。
「ほ〜ん、道場破りに来たのか?」
冗談半分に聞いたレオだが、
「道場破りなら、まだ良かったんだけどね」
「はぁ〜」とため息を吐く。いつも元気なエリカが影を落とすものだから、達也達は何があったのか、不謹慎かもしれないが気になってしまう。
「…良かったって、どういう意味、エリカちゃん?」
代表として、エリカの隣に座っている美月が質問を
投げる。
「ウチのバカ兄貴が金次先輩にやられちゃったのよね」
「エリカちゃんのお兄さん……?」
「千葉修次よ」
エリカの二番目の兄、千葉修次。
千刃流剣術免許皆伝の剣士。
3m以内の間合いなら世界で十指に入る達人との
噂もある。付いた異名は、『千葉の麒麟児』。
「向こうも剣を使ってたのか?」
レオの問いに、達也は「イメージないなぁ」と金次が剣を手に持ち、戦う姿が想像出来なかった。達也の予想通り、エリカは首を横に振る。
「いいえ、相手は素手。
しかも先手を譲られるっていう言い訳も立たない
完全敗北。バカ兄貴、結構凹んでたのよね」
(先手を譲られる、俺の時と同じだ……)
相手からの攻撃をけしかける。舐めているとも捉えられるが、それは強者の余裕なのだろうか。
「へぇ〜、あの先輩そんなに強いのか。いつか戦ってみたいぜ」
手のひらに拳をぶつけ、闘志を滾らせるレオに対し、エリカは失笑する。
「無理無理。アンタなんか瞬殺よ。
勝負にならないわ」
小馬鹿にするエリカに、レオは食ってかかる。
「んだと、やってみなきゃ分かんねぇだろ!」
エリカは手で「落ち着け」と促す。まるで、動物を手懐ける動物園の飼育員のように。
「無理なものは無理なの。知らない?
『最強』だとか『サシでやったら金次が勝つ』
っていう言葉。上級生はみーんな知ってるわ。
なんでか分かる?」
「………つまり、どういう事だ?」
皆まで言わせるのか、エリカは肩をすくめる。
「学校で一番強いってことよ。皆んな金次先輩に
コテンパンに負けちゃったの」
わかった?とレオに目で訴えかけ、エリカは注文した飲み物を口に付ける。
その話は以前、摩利が話していたことだ。達也は風紀委員の先輩方にその時の話を聞いていた。
沢木碧
『あれはまさに怪物だったよ。人間を片手で
ポイポイ投げ捨てるなんて彼ぐらいだ』
辰巳鋼太郎
『アイツ、俺の鍛えた腹筋を簡単に貫くんだから、
マジやべーぜ。姐さんもノックダウンしてたし』
剣道部や剣術部の部員達も、金次が来た時の表情は皆、トラウマを思い出すように顔が悪かった。2・3年の先輩方は、よっぽど十文字金次が怖いらしい。
「なんだか、怖そうな先輩ですね」
「確かに聞けば怖そうだけど、あの先輩に感謝してるっていう生徒も大勢いるのよ」
「どう言う事ですか?」
「……『二科生制度』の撤廃だな」
美月のその疑問に、返答したのはエリカではなく達也。エリカは達也を見て頷いた。
「そう。つい一年前までの一高は、その制度の所為で差別が横行していて最悪な雰囲気だったらしいわよ。優等生な一科生が、劣等生な二科生に対して陰湿なイジメが多発していたって。高校生にもなってそんな事してるんだから、子供かって感じよ」
「その制度は俺も知ってるぜ。ソレがまだあったら、
俺は十中八九、二科生だったろうな」
「………………」
レオの呟きに達也も内では同感していた。自分の魔法実技の成績では、どう足掻いても二科生に配属になっていた。陰口を叩かれながら生活する三年間を想像すると、やはり良い気持ちはしない。
達也は隣に座る深雪に視線を移す。
(
そうならなくて良かったとホッとする。その点については、感謝しなければならない。
部活連本部。
「で、俺だけ残したのは何でだ兄貴?」
達也と共に桐原を連行し、報告を済ませすぐに帰ろうとした所に、金次は兄である克人の指示で、本部に残る羽目になった。備え付けられたソファに座る金次に、
「その問いに答える為には、まだメンバーが集まっていない」
メンバー?他に誰を待っているのか考える金次だが、すぐにその答えが後方にある扉から開けて入ってきた。
「お待たせ、十文字君」
開けて入ってきたのは真由美。そしてすぐ後ろには摩利の姿が。
「集まったようだな」
真由美と摩利はこの場に金次がいたことに、何の不思議に思わなかった。事前に知っていたのだろう。
「適当に掛けてくれ」
真由美(金次の横)、摩利がソファに座ったのを見て、金次が口を開く。
「そろそろ教えろよ兄貴。真由美と渡辺先輩まで呼んで、一体何を話すんだ?」
「……金次、お前は『ブランシュ』を知ってるか?」
「『ブランシュ』?それって確かーー」
ブランシュ。反魔法国際政治団体。魔法師が政治的に優遇されている行政システムに反対し、魔法能力による社会差別を根絶することを目的に活動している。
しかし、そもそもの話
"魔法が使える者が政治的に優遇されている"
なんて事実はない。
むしろ、魔法師を道具として使い潰す軍や行政に対し、非人道的だと世論から非難を浴びている。反魔法組織のほとんどは、自らの組織が作り上げた嘘に対する批判を元に運動を行っている。
現在、公安当局から厳重にマークされている組織。
「ーそれで、その阿呆な組織がどうしたんだよ?」
「その『ブランシュ』の下部組織『エガリテ』、
その手の者がこの学校に入り込んでいる」
「確かなの?十文字君」
証拠はあるのか、という意味を含んだ真由美の質問に、克人は小さく頷いた。
「今日、巡回中の部活連執行部が『エガリテ』の
シンボルマークを身につけている生徒を確認した」
「あぁ?生徒なのかよ」
てっきり教職員の中にいるのかと思った金次。
というか、何故わざわざ自分の正体を知られる物を身に付けているのか。馬鹿としか言いようがない。
「その生徒は誰のことだ?十文字」
「三年の司甲だ」
真由美と渡辺の二名は、顔が思い浮かんでいそうだが、金次の場合、頭の上から「?」が出ている。
「真由美、ソイツ誰だ?」
「ほら、剣道部の主将よ」
ようやく金次もピンと来たようで「あ〜アイツね」と何度も頷いている。
「じゃあソイツを、明日捕まえればいいのか?」
克人は困ったように首を横に振る。
「いや、まだ彼一人だけと決まったわけではない。
もしかしたら複数いるかもしれない」
「じゃあ、泳がせておくのか?」
工作員として生徒を紛れ込ませているとなると、この学校で"何か"をする土台を組み立てている可能性が高い。ここは、敢えて泳がせておいて尻尾を掴む。克人はそう考えている。
「何でそんな所に入っちゃうかねぇ」
「さぁな」
金次は目配せすると、摩利は肩をすくめる。
「家族が人質に取られているとか?」
「可能性は無いとは言い切れないか………一応、彼の身辺調査をしておこう。金次、明日から今日以上に目を光らせておいてくれ」
「OK」
「そういや、桐原が騒動を起こした理由は何だったんだ?兄貴」
「あぁそれなんだが、桐原が妙な事を言っていたんだ」
桐原は粗暴なところがあるが、同時に力に伴う責任ある男だと克人は以前からそう評していた。そんな桐原が言うには、
「壬生の剣が変わった。"誰か"に汚染された、と言っていた」
それが桐原には気に食わず、壬生にちょっかいを掛けたということらしい。
「ふぅ〜ん(汚染、ね…………) 」
金次はその事を、頭の片隅に入れて置いた。
あいも変わらず、全クラブ活動は新入生獲得の為に勧誘に力を注いでいた。それに伴いトラブルがどこも多発する。生徒会、風紀委員、部活連執行部もてんやわんや状態。
今日も金次は外で巡回。ただ歩いているだけでトラブルを未然に防ぐことができるという、真由美も摩利も克人も泣いて喜んでいることだろう。
(今の所、目立ったシンボルを着けている奴はいねぇな………)
勧誘期間一日目の放課後の会議で金次は克人の指示通り、生徒達一人一人の制服に着目していた。巡回を始めてから、およそ15分が経過。今日も進捗はない。
「金次さん」
金次の前方から雫とほのかが歩いてきた。
「巡回お疲れ様です」
「おう、お前ら。どこの部活に入るか決めたのか?」
「うん。SSボード・バイアスロン部」
「へぇ〜あそこか。先輩に意地悪されたら俺に言ってこい。締めてやるから」
金次は拳を二人の前に突き立てた。それを聞いて、雫もほのかも苦笑いする。
(一応、二人が入る部活にも行ってみるか………)
可愛い後輩たちの身に危険が及ぶ可能性を未然に回避する為、金次は二人が入部するSSボード・バイアスロン部へと足を運んだ。しかし、これといって悪い事を企んでいそうな人物は見当たらなかった。
「うい〜す、ただいま」
生徒会室で留守番をしていた鈴音と深雪が、扉を開けた金次の方を見る。金次は自身の席に腰掛ける。
「金次君、巡回はどうしたのですか?」
「休憩」
鈴音は「そうですか」と言って金次に視線を外す。彼女は決して冷たい訳ではない。真由美と違い無駄口を叩かないタイプなのだ。
「深雪、留守番は暇じゃねぇか?」
「……いえ、留守番といっても仕事はありますので」
鈴音と深雪は、生徒会室で風紀委員や執行部から送られた報告書を纏めているのだ。
「まだ入って一週間にも満たないのに、もう役員として様になってるじゃねぇか」
深雪は教えたことをすぐに吸収して自分のモノにするので、あまり可愛げがない。それを以前達也に言ったら「深雪は可愛いですよ」と返してきて、深雪は頬を赤く染めていた。「ブラコンでシスコンかよ……」と流石の金次も苦笑いしていた。
「金次君、口じゃなく足を動かしたらどうですか?」
「ひでぇな市原先輩。俺は今さっき外回りから帰って来たばかりだってのに」
「先輩の怠慢な姿は、後輩に示しがつきません。早く行って来なさい」
鈴音の鋭い目つきに対して、金次は「お〜怖」と小言を一つ残して出て行った。深雪と鈴音は必要最低限のことしか会話しない為、金次が居なくなった途端、生徒会室は静寂に包まれた。
「……余計なお世話でしたか?」
「えっ?」
しばらくして鈴音がポツリと呟いた。
「金次君が貴方にちょっかいを掛けていたので、少し口を挟ませてもらいました」
鈴音は深雪が困っているんじゃないかと心配して、金次を外へ追いやったのだ。
「私が
これは建前。そう深雪は言うものの、初対面がアレだったので金次には警戒心を持っている。それも達也のこともある。生徒会の中では、打ち解けるには一番時間が掛かる人物だ(打ち解けるとは言っていない)。
「今はウザい先輩としての認識でしょうが、いつかは彼の良さが分かる日が来ると思います」
「良さ?」
今の所、金次の良さを理解出来ない深雪。
「良い意味でも悪い意味でも、彼の"熱"は沢山の人間に伝播していきますから。それが、十文字金次という男の魅力でもあります」
鈴音も金次のことは認めている。最初に出会った時は不良生徒の印象があったが、金次は生徒会も学校も全てを巻き込んでいった。全てを巻き込み、皆の先頭に立って歩くその姿。彼女自身、密かに金次には信用と信頼を寄せているのだ。
「会長には申し訳ないですが、私にはこの生徒会が、金次先輩が中心的な感じがします」
「そう思われるのも仕方ありません。会議での決め事は、大体は金次君の意見を会長が支持する、というのが常ですから」
それはもう、生徒会を金次が掌握しているようなものだ。
「安心して下さい。彼が生徒会長になることは有りませんから。既に候補は会長と話し合って決めていますし」
深雪は少しホッとした。金次が生徒会長にでもなれば、きっとこの学校は大変な事になりかねない。
「ですが、司波さんにはお願いがあるのです」
「お願い、ですか……?」
「会長がこの学校を去ったら、彼の手綱を握れる人間が居なくなってしまいます」
服部君の方は分からないが、あずさの方は言わずもがな。彼女では金次の手綱握ろうとしても、振り回されておしまいだろう。
「司波さんには、金次君の手綱を握れる人間になってほしいんです」
「私にそれが務まるでしょうか?」
「無責任ですが、多分大丈夫だと思います。
彼は年下に甘いと、会長も仰ってましたし」
「……………」
大変な役割を任されてしまった。少しだけ、生徒会に入った事を後悔した深雪であった。