それは、私が第一高校に入学して直ぐの事だった。剣術部の新入生向けの演武で、渡辺先輩の見事な魔法剣技に私は目を奪われていた。
中学の頃、剣道大会女子の部で全国二位を勝ち取って剣道小町とか言われていた私だったけど、渡辺先輩の剣の腕は、それはもう美しいものだった。一手だけでいい。私は先輩にご指導をお願いした。けど……
『
そう言われて、すげなくあしらわれてしまった。ものすごくショックだった。私は去っていく渡辺先輩の背を、ただ黙って見送る事しかできなかった。
何故断られてしまったのか。理由は一つしかない。それは、私が二科生だからだ。先輩が"優等生"で私が"劣等生"だからだ。私の肩には、一科生の象徴たるエンブレムが存在しなかった。
憧れた先輩にそんな風に言われて、私の心は深く傷ついた。そんな私を、司主将は優しくしてくれた。
『彼女然り、一科生は私達の気持ちを理解出来ない。内心では私たちを見下し、嘲り笑っていることだろう。壬生君、君の力が必要だ』
私はその手を何の迷いなく取ってしまった。『ブランシュ』に入ったのも、世話になっている司の義理立てだった。
そこで司主将のお兄さんと出会い、
同じ志を持つ仲間と共にすれば、きっと差別の撤廃を目指せると、そう思っていた矢先に、
『これが来年から始まる、全国9つある国立魔法大学付属高校全てに導入される新制度です!』
『秤制度』。昨年度の生徒会長が制定した魔法科高校の新たな制度。これにより『二科生制度』が撤廃され、私の夢は、私が何もせずとも叶った。来年から全ての学生が八枚花弁のエンブレムが刻まれることに歓喜した。
私のやりたい事は秤生徒会長がやってくれた。
本当に良かった。これで私も………………
『君にだけ話そう。
私達は大掛かりな作戦を実行するんだ』
作戦?
『魔法学の多くの研究成果を広く公開することが、差別撤廃の第一歩になるんだ』
いや、待ってください。
もう『二科生制度』は無くなりましたよ。
『学校だけじゃない。我々はもっと広い視点で物事を見ている。魔法師が人であるための権利を保持するため、世論に訴えかける必要があるんだ』
私の目的は、何もそこまで大きなスケールの話ではない。
ただ、自分の学校から差別を無くそうと…………。
でも、魔法を使えない人達に魔法理論を公開することに、意味があると思えない。何かがおかしい。
そう思えば思う程、自分が何故ここにいるのかすら分からなくなってきた。
『兄さん』
『壬生沙耶香君、差別は何処にでも存在する。学校だけじゃない。社会の至る所にある。魔法師だってそうだ。
君は、
………そうだった。私、その為にここにいるんだったわ。きっと、魔法が使えない人達にも役立つ研究成果が何処かにある筈なのよ。
彼女は自分自身を納得させるために理屈をこねる。けど、心の中のモヤモヤとした霧が晴れなかった。
『襲撃の日は近い。君も役に立ってもらうよ』
「なるほど。『ブランシュ』の中に"元"二科生が入り込んでいるのね」
九重寺から帰ってきた金次と達也は、八雲からの情報を生徒会及びそこにいた渡辺摩利、十文字克人へ報告した。
「どうする真由美、当校の生徒が犯罪者集団に手を貸しているとなれば、警察沙汰だ。その生徒達は最悪、牢にぶち込まれることになるが」
「……………」
今後の第一高校の信用・信頼に大きく関わってくることだ。そもそも魔法学校の数は限られており、住む地域によっては必然的に一高を受験する者もいる。安心して入学してもらう為にも、このような問題は決してあってはならないのだが、
「司甲と壬生沙耶香は、
今日も学校に登校しているのか?」
「はい、確認は取れています。今の時間帯なら部活動の時間でしょう。…………二人を拘束しますか?」
服部の手荒な提案に、真由美の表情は固い。
「司先輩はともかく、壬生先輩が
『ブランシュ』に入った理由は何でしょう?」
達也と深雪は入学したてであるため、壬生沙耶香をよく知らない。よって二人の視線は先輩達に向かう。
「………壬生は、私も認めるほどの剣の腕だ。相当鍛え上げたものだろう。道を踏み外すなど、考えられなかったが」
達也の発言に口を開いたのは摩利であった。
とても残念そうにしている。
「そういや兄貴、桐原が壬生のことで
『壬生の剣が変わった。"誰か"に汚染された』
とか言ってたんだよな?」
「あぁ。司波とお前が連れてきた後、
桐原は壬生の変化について俺に話してきた」
「汚染、ですか。…………………誰かに操られている可能性はありませんか?」
「あーちゃん。それって、壬生さんが精神干渉系魔法を受けているって言いたいの?」
精神干渉系魔法。人間の精神に様々な影響を与える魔法であり、使い方によっては恐ろしい洗脳の道具となるため、使用制限が厳しく設けられている。例えば、秘密情報の取得に精神干渉系魔法を使ったことが発覚した場合、100% 重罪となる。
そのワードが出た時、深雪の顔が強張った。深雪の僅かな表情の変化を、達也と金次は捉えていた。
「もし洗脳を受けているのなら、彼女含め他の生徒は操られているだけの被害者になるわ」
「なら確かめるしかねぇな。こっちの意図を悟られないよう、壬生に接近する必要がある」
「そうね…………」
なら誰が行く? 真由美はグルリと周囲を見渡して適任を探していく。そして彼に目が止まった。
「達也君、お願い出来ないかしら?」
「自分ですか?」
声を掛けられた達也は、自分に来るとは思ってもいなかったようで少し驚いた。といっても、顔には一切出てはいない。
「生徒会役員が会いに行ったら変に勘繰られそうだし」
「風紀委員の自分ならいいと?なら渡辺先輩は?」
達也は暗に、
他の誰かにしてくれと言っているのだ。
「達也君は後輩としての面もあるから。風紀委員として警戒心は持たれるかもしれないけど、達也君は一度壬生さんを助けているから。すぐに気を許すんじゃないかしら?」
「いや、あれは職務を遂行しただけで………」
達也も何か反論しようと口を開くが、後ろから金次が達也の肩に手を置いた。
「はい! 達也ちゃんに決定で〜す!」
パチパチパチ、と何故か拍手が生徒会室を包んだ。
真由美もニコリとして「よろしく」と目で伝えて強制的に了承させる。
皆の期待を背負った達也はため息を吐いて小さく「わかりました」と言った。拍手をしなかった深雪と克人は、達也に同情の眼差しを向けていた。
達也に壬生のことを任せて休日に入った日曜。この日、金次は三矢家が所有する魔法技能師開発第三研究所に向かっていた。
第三研は、十箇所あった魔法師開発研究所の内、現在も閉鎖されずに稼働している。研究テーマは、多種類多重魔法制御」「魔法同時発動の最大化」にある。
それは十師族以外の魔法師にも有効な技術であり、特に軍の魔法師にとっては、兵士の戦闘力を向上させる技術として重要視されている。
その為、必然的に多くの軍の魔法師が第三研に出入りしている。軍の研究者も決して少なくないが、比率でいえば現役の戦闘系魔法師が大半を占めている。
兎にも角にも、金次がどうしてそんな場所に用があるのかと言うと、
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「ほらほら、もっとガンガン攻めて来い」
相手の繰り出される拳を、金次は最小限の動きだけで避け続ける。そのうち相手が蹴りをいれてくると、金次は足首を掴んで振り回した。
「うぁっ!?」
「ほら飛んでけ」
ハンマー投げのように、回転する金次は遠心力を利用して相手を放り投げる。飛ばされた相手は空中で体勢を戻すことも叶わず、地面を転がり身体に痛みが走った。
「ほら立てよ侍郎、敵は待っちゃくれねぇよ」
「ハァハァ……は、はい、ハァハァ」
侍郎と呼ばれた少年は、飛ばされた際に身体に受けた痛みを耐えながらも、どうにか立ち上がる。
「下を向くな、常に敵の位置を把握しろ。
ほ〜ら、もうこんなにも近づいちまった」
「ハァ……はっ! ガッ!?」
顔を上げたと同時に、金次は侍郎の額に頭突きを喰らわせる。その衝撃で後ろに倒れ込んだ。
「……ったく、休憩だ。10分後また始めるぞ」
「……は、はい………」
ふらふらと立ち上がりながら息を整えていると、タオルを持った詩奈が駆け寄ってくる。
「侍郎君、はいこれ」
「……ありがとう、詩奈」
「またコテンパンにされちゃったね」
「あぁ、情けない所見られちゃったな………」
受け取ったタオルで汗を拭いながら、侍郎は苦笑いを作る。
矢車侍郎。矢車家は30年以上前から三矢家と雇用関係にあり、家事使用人兼護衛を務めている。三矢元の末の娘である詩奈とは、生まれた時からの付き合い、いわゆる幼馴染である。侍郎も詩奈の護衛になるはずだったが、魔法の才能が乏しいためその予定は取り消された。
「情けなくなんかないよ。相手が金次さんだからっていうのもあると思うし……でもね、私は侍郎君が頑張ってるって、ちゃんと分かってるから」
「詩奈……」
「青春だなぁ」
少し遠くの場所で中学生二人を見守る金次。
詩奈と侍郎、二人との出会いは約3年前。当時、
中学生二年生だった金次は、父親に連れられて三矢家を訪れた。
金次がお手洗いと嘘をついて席を外し、廊下を歩いている時、偶然出会った詩奈にちょっかいを掛けていると、それを見ていた侍郎が、詩奈が虐められていると勘違いしたのか、金次に襲いかかった。
『詩奈から離れろ!』
『侍郎君!?』
『何だこのガキは?』
この後、侍郎がどうなったのかは想像に難く無い。誤解が解けた金次、そして金次の強さに感銘を受けた侍郎は、金次に弟子入りを志願したのだが、
『はぁ? ガキは飯食って寝ろ』
と言って追い返す始末。諦めきれず、何度も頼み込む侍郎を見た詩奈は、父の元に口添えして上手く取り計らってもらおうとした。可愛い娘の頼みでもあった為、元はそれを聞いて金次を説得する。
『俺は小難しい魔法なんざ教えれねぇよ』
『それでも良い。暇な時でいい。あの子を見てやってもらえないか?』
『……わかった、わかりましたよ。ですが、教えるのはアイツが中学生になってからだ。それまでは、自分でなんとかしろって言って下さい』
『分かった。そう伝えておこう』
そして金次が第一高校に入学し、侍郎が中学生に通い出した頃、
『なんで強くなりたい?』
『………俺は魔法の才能が無いから、
詩奈の護衛になることが許されない』
『それは前に聞いた。
それで? お前はどうしたいんだ?』
『でも……でも俺は、詩奈に守られる男じゃなくて、
詩奈を守れる男になりたいんだ!』
『へぇ……いい"
侍郎の、男としての覚悟を聞いた金次は、
その日以降、暇な時間を侍郎の修行に充てた。
『俺が教えるのは二つだ。技術と応用。才能無く生まれた人間に出来ることはそれしかない。
お前の『
だが今じゃない。最初は基本の体作りからだ』
最初は嫌がっていた金次だが、少しずつだが確かに成長を見せる侍郎の姿に、暇ではない時も面倒を見てやったりしていた。
「さてと、そろそろ始めるぞ」
「あっ、はい」
「詩奈、お前もやるか?」
「いや、私は見ているだけで結構です。
殴る蹴るなんて、私にはとても……………」
詩奈と侍郎、二人の物語はまだまだ先の話である。