2094年4月。十文字金次は国立魔法大学付属第一高校の門をくぐった。まだ眠たそうな目を擦りながらも、入学式の会場となる講堂へと足を進める。真新しい制服に身を包んだ新入生たちの姿がチラホラと金次の視界に映る。
同じ新入生。だがその制服には微妙な差異があった。金次の制服には、八枚の花弁をデザインした第一高校のエンブレム。しかし、金次の前を歩く男子生徒には、それが無い。
この学校の一年生の定員は200名。その内の100名がニ科所属の生徒として入学する。緑色のブレザーの左胸に八枚の花弁があるのが一科生の「ブルーム」、それが無いのが二科生の「ウィード」として呼ばれている。
その意味するのは何か。簡単に言うと差別だ。入試成績の一番上から100名までが一科生、101番目から最下位の人間が二科生として配属される。
一科生と二科生との違いは、魔法実技の個人指導を受ける権利のある無しである。がしかし、それが重要であるのだ。
国立魔法大学付属第一高校は、魔法技能師育成の為の国策機関だ。魔法師の人口はすくない。魔法を教えられる者が圧倒的に不足している現状では、才能ある者を優先せざるを得ないのだ。二科生は、教えられないことを前提として入学させられているのだ。
彼らは独学で学び、自力で結果を出さないといけない。でなければ、魔法科高校の卒業資格は与えられず、魔法科大学には進学出来ない。それが、今の日本の魔法師界の現状である。
(全くこの学校の制度には"熱"が感じられねぇ………)
金次は「入る学校を間違えたな」と思う反面、最低でも高校は卒業しないと世間一般では食っていけないと分かっている。
金次は「面倒くせぇな」と頭をかきながら、桜が咲きほこる道の真ん中を歩いて行った。
金次が講堂に入った時には、既に半分以上の席が埋まっていた。座る場所は特に指定されておらず、何処に座っても自由だ。
しかし、新入生の分布は規則性があった。前半分が一科生、後ろ半分が二科生とくっきりと綺麗に分かれていたのだ。誰に言われた訳でもなく、自然と一人一人に集団的心理が働いたのだろう。
(マジでくだらねぇ、俺、前の席座りたくねぇんだが)
二科生を蔑む馬鹿どもと同じになりたくないので、金次は後ろ半分の席に座った。二科生は金次の行動に驚く。
「ねぇあれ、十文字家の……」
「問題児じゃねぇか…………」
ヒソヒソと周囲から声が聞こえて来るが、金次は無視した。
その後、入学式が始まり新入生代表として平均身長よりも背が低い女子生徒が答辞を読み上げていた。身長が低いため、マイクに声が届くかギリギリであったのが金次には面白かった。
入学式はつつがなく終わりを迎え、生徒達はIDカード受け取りに窓口に向かう。窓口は大変混み合っている為、金次は最後でいいと思いベンチに座って自販機で購入した飲み物を飲んで、人混みが消えるのを待っていた。
ここでも、一科生が先に並んでニ科生がその後の並びになっていた。
(あ〜やだやだ。自分が偉いと勘違いしてる奴らの集まりじゃねぇか)
するとそこへ、一際背が高い男子生徒が金次の元へ近づいて来た。顔だけを見れば「コイツ本当に高校生か?」と思う程に、高校生にしては老けた顔の、
「金次、入学おめでとう」
「わざわざそれを言いに来たのかよ兄貴」
金次の兄、克人が声を掛けに来た。迷惑この上ない。お陰で目立って仕方がない。
「金次。分かっていると思うが、この学校での行動は慎むようにな。ここは小中学校の時にはいかない。全ての学生が魔法師だ。十文字家として名に恥じぬ行いを心掛けるんだ」
「入学早々に説教は無ねぇぜ」
「何かあれば、生徒会がお前を罰する。十文字家の顔に泥を塗る事になる、なんて事になってくれるな」
克人は金次に釘を刺す為に、わざわざここに出向いたのだろう。自分の弟が起こした問題を、生徒会の議題に掛けられてるのは克人も嫌だろう。
「言われなくとも分かってるよ」
「………………」
克人は金次の言葉を全く信用していない様子だ。それは普段の行いの所為だからだ。
「あら金ちゃん。久しぶりね」
ここで、もっと話し掛けて欲しくない人物が声を掛けてきた。美少女なルックスと、背は小柄ながらも均整のとれたプロポーションの持ち主。
新入生がこぞって目を向けるが、金次は「来るんじゃねぇよ」とため息を吐いた。
「おい、声を掛けて来るなよ真由美」
「こーらっ、ここでは呼び捨てはダメよ。ちゃんと先輩をつけなさい」
「はいはい、分かったよ七草先輩」
「もぅ」
このように、金次に対してお姉さんっぽく振る舞っているのが七草家長女、真由美である。
「新年の挨拶以来かしら。元気だった?」
真由美は、金次が座っているベンチの空いているスペースに腰掛ける。そして何故か距離が近い。
「今元気が無くなったよ」
「どうしてよ?」
「自分で考えな」
真由美は「どうして〜」と身体を揺らして来る。金次は真由美から逃げるようにベンチから立ち上がる。
「逃げないでよ〜」
「うるせぇ、目立って仕方ないぜ。どっか行けよ」
金次は手でシッシッと追い払う動作をする。嫌な顔する金次に「ふふふ」と笑顔を見せる真由美。男性にここまで邪険に扱われて、楽しそうな顔をする女性も珍しい。
金次はパーティーの時以来、何度か七草家にお邪魔している。七草家の当主・弘一は子供たちの誕生日会を、盛大に招待客を呼んで毎年盛大に祝っている。その招待に金次は呼ばれているのだ。
真由美と双子達の誕生日には、金次が悩みに悩み抜いたプレゼントを用意して渡すのだが、三人の反応は様々だ。
真由美
「ちゃんと考えて選んでくれたって伝わるわ」
香澄
「ねぇ何これ?亀のクッション?僕、別に亀好きじゃ無いんだけど」
泉美
「これを渡しておけば大丈夫だろっていう、考えが見え透いた品ですね」
姉の真由美はともかく、下の妹達は完全に金次を舐めている。思い出しただけでも腹が立ってきた。今度は絶対使わなそうな物を選んでやる。
「七草、そろそろ行くぞ」
「じゃあね金ちゃん。またね」
嵐が過ぎ去ったと感じる金次。自分もそろそろIDカードを受け取ろうと窓口に足を運ぶ。職員に渡されたカードを確認すると、クラスはA組だった。金次はカードを手で遊びながら、A組へと歩いて行く。
金次はA組の教室の扉を開けると、クラスメイトになるであろう生徒達からの視線が刺さっていた。
「ねぇ、あの子さっきの………」
「知らないのか?十文字家の問題児……」
「あれが………」
金次は聞こえているが聞こえていないフリをして、教卓の前に貼られている座席表に目を通す。金次の席は真ん中の一番後ろだった。
(本当は窓際が良かったけど、まぁいいか………)
金次は自分の席にドシッと効果音が出るような座り方をした。すると横から「ヒッ」という小さく声が聞こえた気がした。
「ん?」
金次の隣の席には、入学式で答辞を読んでいた女子生徒が金次を見てプルプルと体を震わせていた。
(近くで見ると、めっちゃ小さいな………)
小学生が迷い込んだと勘違いしてしまう程に小柄な女子生徒。小動物のリスって感じだ。入学式の答辞を読む人間は、もれなく主席と決まっているらしい。あの小さな頭に、どれだけ膨大な知識が詰め込まれているのかと、金次は不思議で仕方なかった。
「なぁ」
「す、すいません!」
(いや、何で謝る……?)
金次が声を掛けたら、女子生徒は首が取れそうなくらいにグワンッと動かして頭を下げた。その小柄で可愛らしい見た目により、金次が虐めていると勘違いせれてしまうような構図が出来上がってしまった。
「ヤバくない?あれ………」
「カツアゲ…………」
周囲からの冷ややかな視線が金次の背中にグサグサと刺さって来る。なんか涙が出てきそうだった。
「お、おい、やめろ!」
「すいません!すいません!」
「お願いだから!後生だから!お願いします頭をお上げください!」
というのがホームルームが始まるまで続いていた。教師が入ってきた頃には、金次は床で土下座していた。それを目にした教師は、仕方なくこの件を生徒会に、というよりも兄の克人の為に報告した。克人は事前に教師達に「愚弟が何かやらかしたら、すぐに報告して下さい」とお願いしていたのだった。
「俺は言ったはずだぞ金次。問題は起こすなと」
「俺は何も悪い事はしてねぇんだって兄貴。本当なんだって」
「信じられん」
放課後、金次は生徒会室に連行された。そこで金次を待っていたのは、この学校の生徒会長、副会長、とその他生徒会役員(真由美を含む)、そして克人。
「申し訳ありません。愚弟がご迷惑を」
克人が生徒会長に向けて謝罪する。生徒会長は「大変ね……」と苦笑いする。
「それで、泣かせた女子生徒はどうしたのかしら?」
「もうすぐ来ると思います」
「いや、泣いてたの俺だから」
生徒会長に金次は弁明しようとするが、「お前は黙っていろ」と克人から睨まれて肩を落とす。
「ねぇ金ちゃん」
「何だよ七草先輩」
今まで口を開かなかった真由美が金次へ質問する。
「本当に女の子を泣かしたの?」
「バーカ、俺がそんな情けねぇ事するわけねーだろ」
その返答に真由美は「そうよね」とニコリと微笑んだ。真由美は金次を知っている。女の子を泣かせるような男ではないと。
コンコンッと生徒会室の扉を叩く音がした。
「入れ」
生徒会長の入室許可に反応して、ノックした人物は扉をゆっくりと開ける。
「失礼します」
生徒会室に入って来たのは、金次の隣の席に座っていた小さな女子生徒。金次に脅されていた、泣かされていたと言われていた子だ。
「君は、中条あずささんですね」
「あっ、はい!」
「君がここにいる十文字金次君に泣かされていた、仕舞いにはカツアゲされていた、なんて報告があがっているんだが、それは本当なのかな?」
金次は耳を疑った。カツアゲ?誰だそんな事言ったヤツは、領域を展開してボコってやろうかという思いが頭をよぎった。
「ち、違うんです!私が悪いんです!私が変に怖がってしまった為にこんな大事に………」
「……まぁ確かに、彼の顔は怖いしね」
「…………………」
金次はまた生徒会長に口を挟もうと思ったが、克人からの睨みにより口にチャックを掛ける。
「分かりました。教師の誤解だったみたいね。十文字金次君、君の疑いは晴れました」
これにより、金次は無罪を勝ち取った。
「……なぁ兄貴、もう喋っていいか?」
「あぁ」
克人からの承諾を得て、金次は深呼吸した。真由美は「あっ、なんか嫌な予感……」と何かを感じとった。そして、ここにいる全員に向かって、
「こんな下らねぇ事で生徒会役員全員が出て来てんじゃねぇよ!アンタら暇なのか!それよりもやる事があるんじゃねぇのかバカがよ!!」
「ヒェ!?」
「おい金次!」
金次の生徒会への暴言に、克人は声を上げる。あずさは金次に驚いて萎縮している。
「なぁ兄貴、俺はここに来てガッカリしたぜ。こんなつまらねぇ学校に、あと3年も通わないといけないことによぉ」
「どういう事だ?」
「どいつもこいつも、自分が偉いと思っているバカの集まりって事さ。ブルームだとかウィードだとか、上下関係を持たせて優越感に浸っている。笑っちまうぜ全く」
金次は止まらない。次は生徒会長に狙いを定める。
「なぁ生徒会長さん、アンタこんな辛気臭せぇ学校に2年間もいたのかよ。生徒会ってのはただのお飾りなのか?アンタはただのお山の大将か?」
「貴方、会長に向かってなんて事を、謝りなさい!この無礼者!」
会長が侮辱された事に腹を立ててか、副会長が椅子から立ち上がって金次を睨み付ける。
「嫌だね」
「何ですって………!?」
「副会長、アンタも3年だろ。この学校で過ごして染まっちまったか?人を差別する事に慣れて来たんじゃねぇのか?」
「違います!私と会長は、どうにかしてその差別を無くそうと考えて…………」
「出来てねぇじゃねぇかよ」
「ッ……!」
副会長は言い返す事もできず、悔しそうに拳を握る。それを見た金次は「まだ気持ちは残っているのか……」と思った。それは多分、金次の言葉に目を閉じて黙って聴いている生徒会長も同じと見た。
「なぁ生徒会長さん、アンタに"熱"はあるかい?」
「"熱"?」
訳がわからず問い返す生徒会長だが、真由美と克人は揃って「始まった……」という様な顔をした。
金次はいくつかの問題行動を起こしているが、彼の行動原理はいつだって同じだ。
「あぁそうだ"熱"さ。俺は"熱"を愛している。
"熱"とは"
俺が自分自身をはかる為に39階のマンションから飛び降りたのも、軍にお願いして360°一斉射撃してもらったのも、殺される覚悟で極東の魔王をナンパしに行ったのも、全ては"熱"があるからさ!!」
「おい金次!今なんて言ったんだ……!?」
「極東の魔王!?貴方どれだけストライクゾーン広めなの!?」
金次の並々ならぬ迫力、いや"熱"に生徒会長は言葉が出ずに目を丸くする。それよりも、金次の発言の中にトンデモナイないワードが飛び込んできたが、
「なぁ生徒会長さん、もう一度聞くぜ。
アンタに"熱"はあるかい?この腐った学校を変えたいと思う"
自分は今試されている。入学してすぐの一年坊主に。生徒会長として、一人の人間として。
「……………ある、あるわよ!私にも"
金次は生徒会長の目を真っ直ぐに見つめる。瞳の奥に燃え上がる"熱"を確かに感じ取った。そしてニヤリと笑った。
「いいぜ、ならひっくり返してやろうじゃねぇか」
生徒会長の"熱"が金次に伝播した。
「金次」
「なんだ兄貴?」
先程の驚きから落ち着きを取り戻した克人が、金次に声を掛ける。
「具体的にはどうするんだ?」
克人も入学してから今まで、一科生がニ科生を蔑む現場をいくつも目撃して来た。克人自身、嫌気がさしていたのだ。
「言葉で訴え掛けても、人間ってのはそう簡単に変わらない。人の心を変えるには時間が必要だ。だが俺は待つのは嫌いだ。外側から、ドデカイ変化をぶっ込んでやるのさ」
「……………どうするんだ?」
皆の視線が集まる中、金次はニヤッと笑う。
「立場を逆転させてやるんだよ」