6月も中旬に入った頃、生徒会室はいつものように業務に追われていた。金次は我が物顔でソファを占拠し、茶を飲みながら風紀委員から上げられた、校内で起きた事案を纏めた報告書を眺めていると、
「ねぇ金ちゃん、今度の日曜日は暇かしら?」
突然、真由美からそんなことを聞かれた。何の脈略もなく聞いて来るので、何か企んでいるんじゃないかと勘繰ったが、金次は一応正直に言ってみる。
「日曜?空いてるけど」
「じゃあさ、ちょっと時間もらえないかしら?」
作業していた生徒会役員の手がピタリと止まった。急に物音がなくなったので、金次は「ん?」と不思議に思って周りを見渡す。すると聞き耳を立てていた者達が、再び手を動かし始めた。
「なんで?」
金次がそう質問すると、真由美は困った顔をしてこう言った。
「父が、金ちゃんに会いたいってさ」
「弘一さんが?………あーなるほどね」
真由美は「ごめんなさいね、ウチの狸親父が」と言って手を合わせて軽く頭を下げる。
「まぁ、七草家当主様に来いと言われちゃ行くしかないよな」
「なーんだ、用があるのは真由美さんのお父様か」
椅子の背もたれに寄りかかり、二人を見てそう言ったのは聞き耳を立てていた筆頭、生徒会長である。
「どう言う意味です?」
「いやね、私はてっきりデートの誘いかと思ってさ」
生徒会長は「ねぇ?」と他の生徒会役員に視線を向ける。皆んなもそう思ったでしょ?と。
「確かに、途中までは私もそう思いました」
「リンちゃん!?」
鈴音はいつもの無表情で淡々と伝える。
「実は私も」
「あーちゃんまで……」
鈴音とは違い、本気で赤面しているあずさに真由美はため息を吐く。
「別に私、金ちゃんとは何も無いですよ」
昔から、七草真由美にとって十文字金次は、手のかかる弟的な存在だった。そんな子に手を出すなんてさらさら無い。
「前から気にはなってたんだよね。ちゃん付けしてたし、何かに付けて金ちゃん金ちゃんってさ」
「会長が考えているようなことは一つもありません。金ちゃんも会長に何か言ってあげてよ」
真由美は助けを求めるように会長から金次に視線を移した。茶を飲んでいた金次は「仕方ねぇな」と言って助け舟を出す。
「会長、俺の女になるには、真由美は胸が足りねぇ。真由美のバストは平均並だが、俺に言わせればまだまだだ。今の倍ぐらいないと俺の女にはなれねぇよ」
「「「「「……………」」」」」
空気が死んだ。女性陣からの冷ややかな、軽蔑な眼差しを向けられる金次だが、全く気にせず受け流す態度をとる。張り詰めた空気の中、服部は体が震えながら、最大限気配を遮断した。
「き〜ん〜ちゃ〜ん〜」
金次の目には、真由美の背後に鬼が立っているように見えたが、金次は構わず続けた。
「真由美、どうやら胸は揉めば大きくなるらしいぜ。妹達に揉んでもらって大きくしてもらえ。俺の女になるには話はそれからだ」
「まだ言うかーーー!!!」
真由美の手が金次の頭部を両サイドから挟み込んで、側頭部にグリグリ攻撃を仕掛ける。
「があぁぁぁぁぁ!?痛ってーよ馬鹿やろ!!」
「貴方にはデリカシーってものが無いの!?」
「んなもん、おふくろの腹の中に置いてきたよ!!」
「減らず口を!!」
ギャアギャアと大音量で騒ぐ真由美と金次。その後、克人が生徒会室に入ってきた時には、
「ハァハァ」と何故か息を切らしていた二人の姿があった。
日曜日。金次が七草家本家に着くと、インターホンを押す前に使用人が現れた。金次が来るまで外で待機していたようだ。なんだが申し訳ないと思った。
「ご案内致します」
金次は、毎年開かれる七草家の誕生日パーティーに招待されたり、それ以外にも幾度となく足を運んでいるので、家の間取りは把握している。案内してもらう必要はないが、ここはご厚意に甘えておくとした。
「いらっしゃい金ちゃん」
玄関に入ると、真由美が金次をお出迎えした。彼女は家にいるからか、身軽な服装でのご登場である。
「真由美、休日くらい何処かに出掛けにいけよ」
「私もそのつもりだったけど、摩利が急に用事ができてね」
摩利というのは、真由美の友人で風紀委員所属の渡辺摩利のことである。何度か話したことがあるが、彼女は二年生の中では、間違いなく5本の指に入る実力者だろうと金次は分析した。
真由美は「私が連れて行くから大丈夫よ」と使用人に告げると、真由美と金次に頭を下げてその場から去って行った。
「香澄と泉美は?」
「二人で出掛けているわ」
「アイツら性格が反対なのに、本当に仲がいいよな」
「金ちゃん。もうすぐあの子達誕生日だから、プレゼントよろしくね」
「最近アイツら生意気だからな、いらない物でも送ってやろうかな」
「それはやめて。でも生意気と思うのは、それだけ金ちゃんに心を許しているからよ」
真由美と金次は話しているうちに、弘一の書斎へと辿り着いた。
「後でお茶でもしましょうか。終わったら部屋に来てね」
そう言って真由美は自室へと戻って行った。金次は彼女を見送った後、目の前の扉をノックした。
「入りたまえ」
「失礼します」
入室の許可をもらい、金次が書斎に足を踏み入れると、エリートビジネスマン風の男がソファに座っていた。その男こそ、七草家当主・七草弘一である。
「待っていたよ金次君。さぁ座ってくれ」
「はい」
弘一に手で促され、金次は向かい合うようにソファに座った。
「この前は、第一高校改革の為、ご協力くださりありがとうございました」
金次は弘一に対して頭を下げる。
「いいんだ。真由美が通っている学校だからね。それに、下の娘達も再来年には入学させるつもりなんだ。無関係ではいられないさ」
「本日は、どのような理由でご招待頂けたんでしょうか?」
金次は長話は好かない。本題に入る前にする、たわいもない会話を省きたい人間である。手短に話を終わらせたいので、早速、弘一が自分を呼んだ訳を聞く。
弘一は、金次がそういうタイプの人間だと理解しているので、気にはしなかった。
「そうだね。ではまず、これを見てほしい」
弘一は懐から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。その紙には、顔に無数の傷がある中年男性の顔写真と、その人物の個人情報と思われるものが記載されていた。
「コイツ誰ですか?」
「この写真の男は、大亜連合の工作員さ。日本に現れたのが一週間前、七草家が監視・守護する関東地域にこの男が侵入した。まだ目立った動きは無いが、日本で破壊工作を企んでいる恐れがある」
「へぇ〜」
破壊工作を企んでいる以前に、日本に不法入国している時点でアウトだ。何の目的で日本に来たのかも金次は全くもって興味は無い。弘一の説明で、金次は自分がやるべきことを理解した。要するにだ、シマで悪さしているこの工作員を、自分がぶっ飛ばしに行けばいいんだと。
「潜伏先は?」
「既に掴んである。千葉県の、今は使われていない古い工場跡」
「決行日は?」
「明日の夜、21時丁度」
「委細承知」
金次はソファから立ち上がった。久々の"
「弘一さん。アンタはソファで寛いで、優雅に紅茶でも飲んで待ってればいいのさ。そうすれば終わってるからよ」
「……あぁ、そうさせてもらうよ」
金次のみなぎる"
「一応言っておくけど、情報を吐かせる為に生け取りにして欲しい」
「生け取り?まぁ大丈夫ですよ。死なないように手加減しますから」
生きたまま敵を捕えるのは、ただ殺すよりも工夫が必要である為面倒なのだが、依頼者のオーダーであるから仕方がない。
「明日、家の前に車を遣わせる。それに乗って現地に向かってくれ。よろしく頼むよ」
金次が部屋をノックすると、真由美が待ってましたと言わんばかりに扉を開けて出てきた。
「案外、早く終わったのね」
「まぁな。話はスムーズに終わらせるのが一番良い」
話が長い男は嫌われるからよ、と金次はそう言葉を付け足して真由美を微笑させた。
「紅茶でいい?」
「あぁ」
金次は適当に空いているスペースに腰を下ろして胡座をかく。
真由美は、テーブルに置いてあるティーセット一式からポットを手に取って、花柄のカップに紅茶を注いだ。それを受け取った金次は「ありがとう」と言って早速紅茶を口に付ける。
「それで?」
「ん?」
「父に何を言われたの?面倒ごと押しつけられたんじゃない?」
金次は一度、カップをコースターに置く。
「ただの掃除だ」
真由美は「ふ〜ん」と納得したのかどうか判断しづらい返事してカップを手に取った。
真由美がカップを手に取ってから口に付けるまでの流れるような動作は美しく、流石は名家の令嬢だと金次は心の中で称賛した。
「あの狸親父、金ちゃんを便利屋だと勘違いしているのよ」
「別にいいさ。俺にとって難しい仕事じゃなかった。むしろ燃えてきたな」
「そう?なら良いんだけど。でもー」
無茶したらダメよ、と言って金次を心配する。真由美はいつも無謀な事ばかりする金次を見ているので、内心穏やかではないのだ。
一年前、金次が解決した少女誘拐事件。あの後、真由美は金次を叱った。何故、応援を呼ばずアジトに向かったのか。何で一人で無茶したのか。だが、金次から帰ってきた言葉は、
『そんなもん待ってて、あの子が一生消えない傷を負ったらどうするんだ!!!』
真由美はあの時、出会ってから初めて金次に怒られた。というか、父親以外の男性に怒られたのはあの時が初めてだった。あの時の金次の怒った顔は、真由美には今でも鮮明に思い出せる。
でも真由美は、誰かの為に自分を犠牲にするような真似をして欲しくないとは思っている。けど、それを言っても聞かないのが金次だ。
「心配いらねぇよ。俺は負けねぇからな」
「その自信、一体どこから来るの?」
「なら真由美、お前は俺が誰かに負けるところを想像出来るか?」
そう言われて、真由美は困った顔をするだけで反論出来なかった。
翌日、金次は弘一に手配してもらった車に乗って、工作員がアジトとする工場跡から600m離れた地点の場所で、七草家の汚れ仕事を担う使用人数名と合流する。
「お疲れ様です。名倉さん」
「金次君、今回はご協力に感謝します」
名倉三郎。七草家に仕える七草真由美のボディーガード。年は50代半ば。七草家に雇われる前は、殺し屋と大差ない仕事に就いていたらしい。金次は何度か話した事はあるが、抜け目のなさそうな男だと評価している。
「それで、ターゲットは?」
「偵察隊からの報告では、アジトから動いた様子はありません。こちらに気づいている様子も無いため、やるなら今かと」
金次は準備運動をして身体をほぐしながら、名倉の説明を耳で聞いていた。金次は動きやすいように上下黒のジャージを着ており、ボディーアーマーなどは一切着用しない。自分の機動力を落とさないために、極力身軽な服装で戦闘を行うのだ。
「OK、分かりました。じゃあ俺が奴をぶっ飛ばすんで、名倉さん達は回収の方をお願いします」
「お一人でよろしいんですか?」
「はい」
「分かりました。ではそのように」
名倉は、同じ使用人を連れて回収の準備を取り掛かり始めた。名倉は、金次の実力を把握してはいないが、自分の雇い主である弘一から「好きにさせろ」と言われているため、心配は不要だと早々に切り捨てる。
名倉達の準備を横目に、金次はその場で軽くジャンプを繰り返す。身体が段々と温まってきたのを感じたら、勢いよく走り出した。
既に固有魔法を発動して、自己強化術式によって車と大差ないスピードで走る金次。家の屋根から屋根へ飛び移り、600mという距離をあっという間に縮め、目的地に辿り着いた。
「Hello!!」 「!?」
金次は、工場の古びたトタン屋根を拳で突き抜けて侵入した。天井の破壊音と共に、敵の襲撃に気付いた工作員の驚きの表情を、金次の目が捉えた。
すぐさま天井から落ちてくる金次に向けて、工作員の男は放出系魔法を放つ。金次は飛んでくる魔法の玉を、強引に身体を動かす事で、空中で回避する芸当を見せた。
まさか避けられるとは思っていなかった工作員の男は、意表を突かれて次の行動にタイムラグを生じた。そのラグを許すほど金次は優しくない。地面に着地した瞬間、金次は敵に向かって一直線に飛びかかった。
金次と工作員との間には、確かな距離が存在したのだが、金次の鍛え抜かれた脚力+自己強化術式により、二人にあった間を一瞬でゼロにした。
そのまま、金次の拳が工作員の腹部に命中と思われたが、工作員の男は笑みを浮かべた。突如、金次の横からナイフが飛んで来て金次の首に刺さる。
「!?」
工作員の男は、魔法師であり超能力者でもあった。超能力者は、念じるだけで超常現象を引き起こすことが出来る為、起動式は不要である。また、現代魔法に比べ、速度面に圧倒的優位性がある。
今回、工作員の男が用いたのはナイフを操る単純な念力。だがしかし、男が超能力者だということは、弘一からの情報にはない未知のものであった。想定の範囲外、初見殺しに近いものであった。しかし、
「がっ!?………なんちゃって!」
「は!?ぐはぁ!!」
金次の拳は止まることなく敵の腹を捉えた。腹筋を貫かれた工作員の男は口から唾液をこぼし、数メートル先にあるドラム缶の山にダイブした。
撒き上がった土埃が晴れ、金次は男を確認しにいくと工作員の男は白目をむいてピクリとも動かなかった。戦いは決した。
「もしアンタが頭を狙っていたら、勝負は分からなかったかもしれない。だけどな、これは実力で運を掴んだ結果だ。俺の"
十文字金次。彼は十文字家の問題児の前に、他者を圧倒する豪運の持ち主である。
7月に入った第一高校は、全国魔法科高校親善魔法競技大会、通称・九校戦の準備に明け暮れていた。金次は当初、九校戦には出ないつもりだったが、生徒会長および副会長から強くお願いされ、渋々といった感じで新人戦モノリス・コードに出ることになった。
そして8月上旬。一高の選手達は、バスに揺られながら九校戦が行われる会場へと向かう。そんなバスの中で、
「金次。分かっていると思うが、九校戦は全国から生徒が集まる一大イベントだ。観客も大勢来る。その中で十文字家の人間としてふさわしい行動をだな……」
「分かってるって兄貴、俺もここまで来て何かしようとは思わねぇよ」
「………………」
全く信じていない克人の目に、金次はため息を吐いた。
「ため息を吐きたいのはこっちの方だ」
「兄貴、ずっと肩に力を入れてて苦しくねぇか?偶には楽になれよ。だから、その無駄にデカくて広い肩幅しまえよ。狭めぇんだよ」
「…………それはスマン」
金次と克人の後ろの席から、クスクスと笑いを堪えきれない声が漏れている。
「七草、笑いすぎだ」
「ごめんなさい十文字君、今の会話ちょっと面白くて」
お腹を押さえて隣に座る市原の肩に手を置く真由美。いつも表情が無で固定な市原も、微かに広角が上がっているように見える。
「席替えだ席替え」
「金次君、後30分程で着くんだから我慢しなさい」
「はぁー、へいへい」
生徒会長に注意され、金次は外の景色を眺めて到着するのを待つ。そんな時、金次の携帯端末に、ある一件のメッセージが届いた。
差出人 : 北山雫
『金次さん、試合見に行くよ。頑張ってね』
金次はその短いメール文を読んで微笑んだ。
「金次、どうした?」
「あの子、来るんだってさ」
「あの子…………なるほど、そうか」
金次は端末をポケットにしまい、再びバスの外から見える景色を眺めた。金次達を乗せたバスは、もう間も無く会場へと到着する。