龍騎外伝 仮面ライダーザボテス   作:巽★敬

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#7

 

鏡の中の世界――そこは、現実以上に救いのない阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 

「はぁっ、はぁっ……! どこまで続いているんだ、この数は!」

 

ミラーワールドに突入した龍騎の眼前に広がっていたのは、地表を埋め尽くすレイドラグーンの蠢きと、空を完全に覆い尽くしたハイドラグーンの影。その数は、榊原の想像を遥かに絶していた。

 

《 SURVIVE 》

 

榊原は即座にサバイブのカードを装填する。紅蓮の炎が全身を包み込み、龍騎サバイブへと姿を変えた。ドラグランザーに跨がり、放たれる烈火弾が次々とモンスターを粉砕していくが、それでも群れの密度は一向に衰えない。

倒しても倒しても、鏡の迷宮の奥底から際限なく異形が溢れ出してくる。数千、数万という圧倒的な物量の前では、最強の力を得たサバイブといえども、防戦一方に追い込まれていった。

 

その時だ。

 

「おりゃあああッ!!」

 

凄まじい怒号とともに、サボテンを模した巨大な棍棒カクトゥクラブでレイドラグーンの群れをホームランの如くうち飛ばした。火花と体液が飛び散り、一瞬にして周囲のモンスターが霧散する。

大量の棘をまとった緑の巨躯が戦場に割って入った。

 

「豪場!? 来てくれたのか!?」

「……“観客”が襲われとー。動かん訳に行かんやろ」

 

ザボテス――憲之介の声は低く、重い。

失意の底にありながらも、彼を突き動かしたのは、力士として培われた「誰かを守る」という本能か、それとも神崎に示された「願い」への執着か。

背中を合わせた二人のライダーは、怒涛のごとく押し寄せる異形の群れを次々と粉砕していく。

 

「こん数……一体何がどうなっとーと、榊原!」

「解らない.....だが、神崎が言っていたタイムリミットが関係しているのかも……!」

 

ザボテスの問いに、龍騎サバイブはドラグブレスードを振るいながら叫んだ。

今この瞬間にも、現実世界では人々が鏡の中に引きずり込まれている。

理屈をこねている猶予など、どこにも残されてはいなかった。

 

「……豪場、聴いてくれ! 俺は、この戦いを止める方法を、見つけたかもしれないんだ」

 

激しい爆音の中、榊原はついに自分の辿り着いた結論を打ち明けた。

 

「コアミラー……この鏡の世界に存在する、核となる鏡。

それを破壊すれば、ミラーワールドそのものを閉じられる可能性があるんだ!」

 

それは、榊原が数日間の奔走の末に導き出した、唯一にして最大の希望。

だが、その言葉は憲之介にとって、別の意味を持って響いた。

 

(ミラーワールドを、閉じる……?)

 

世界を救うためには、それしかない。

しかし、もし鏡の世界が消滅してしまえば、神崎が提示した「最後の一人が願いを叶える」というルールはどうなるのか。鏡が閉じられた時、弟を蘇らせるという唯一の可能性までもが、永遠に失われてしまうのではないか。

 

鏡を閉じ、人々を守るヒーローとなるか。

それとも、世界を見捨ててでも、愛する弟を黄泉の国から呼び戻す修羅となるか。

 

「………………」

 

吹き荒れる爆炎と返り血の中で、ザボテスは一瞬、その動きを止めた。

バイザーの奥の瞳が、葛藤に激しく揺れ動く。

 

「コアミラーん位置は解るんか?」

 

バイザー越しに、ザボテスが低く、押し殺したような声で尋ねる。

 

「ああ。つい最近、ようやく突き止めた…だが、あそこには今までの比じゃない数のモンスターが蔓延っている。俺一人で突っ込むのは、正直、自殺行為に近い。それに.....絶対閉じれるという保証は......」

 

龍騎サバイブは、迫りくるレイドラグーンの爪をブレードで弾き飛ばしながら応えた。

コアミラーを破壊したからといって、確実にミラーワールドが閉じられるという保証はない。

それは榊原が断片的な記憶と調査から導き出した、あくまで仮説に過ぎなかった。

 

それでも。

 

「……それでも、俺はこの僅かな希望に賭けたいんだ。これ以上、犠牲者を増やさないために!」

 

その言葉が、憲之介の胸に鋭い棘となって突き刺さる。

ザボテスの動きが止まった。

 

コアミラーを壊し、この地獄を終わらせる。それは仮面ライダーとして、そして一人の人間として「正しい」選択だ。

だが、その正しさを選ぶことは、神崎が提示した「弟を蘇らせる唯一の道」を自ら断つことを意味するのではないか。

 

鏡を閉じれば、英太は永遠に帰ってこない。

戦いを続ければ、さらに多くの「観客」が犠牲になる。

 

天秤にかけられたのは、世界の平穏と、最愛の弟の命。

爆炎と咆哮が渦巻く狂乱の戦場の中で、憲之介の心は、激しい葛藤の海へと沈む感覚を覚える。

歯を噛み締めた。

榊原が提案する「コアミラーの破壊」は、人助けのために戦ってきたこれまでの憲之介なら、二つ返事で承諾したはずの「正しい道」だ。

だが、今の憲之介には、神崎士郎が植え付けた毒――「弟を蘇らせる」という禁断の可能性が、呪いのようにこびりついて離れない。

 

もしコアミラーを壊せば、鏡の世界は閉じられ、人々は救われるだろう。

しかし同時に、英太を生き返らせる唯一の希望も、この世界から永遠に消滅してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……教えれ」

 

 

しばらくの沈黙の後、ザボテスが低い声で言った。

 

「え……?」

「そんコアミラーとやらん場所ば教えれて言いよーとや! 一人じゃ無理なんやろ!?」

 

ザボテスは叫びとともに棍棒を振るい、周囲を包囲していたレイドラグーン達をなぎ倒す。

榊原はその気迫に一瞬呑まれながらも、力強く頷いた。

 

「わかった……頼む、豪場! 二人でなら、きっと届く!」

 

榊原は希望を見出したかのように声を弾ませ、ドラグランザーを呼び寄せる。

その後を追うザボテスの心境は、しかし、榊原のそれとは全く別の色に染まっていた。

 

「ああ……行こう、榊原」

 

二人のライダーは、鏡の世界の最深部、全ての元凶が鎮座するという「コアミラー」を目指し、異形の群れの中を突き進んでいく。

 

(英太……堪忍な)

 

ザボテスは心の中で謝罪した。

神崎士郎が示した「弟を蘇らせる」という奇跡。それは、彼にとって暗闇に差した唯一の光だった。

だが、その光を掴み取るために世界の崩壊を黙認すれば、あの日英太と約束した「もう一度土俵に立つ兄の姿」を見せる場所すら、この世から消えてしまう。

 

(お前が戻ってきた時に、空も地面もぐちゃぐちゃじゃ、相撲どころやなかろうもん……)

 

自分の願いを叶えることよりも、弟が愛した、そしていつか戻ってくるはずの「世界」を守ること。そ

れこそが、元力士・豪場憲之介としての筋の通し方だった。

 

 

 

 

 

轟音を立てて疾走するドラグランザーと、火花を散らしながら並走するライドシューター。

二人の仮面ライダーは、鏡の世界の深淵へと続くハイウェイを、異形の群れをなぎ倒しながら突き進んでいた。

上空からはハイドラグーンが急降下し、側面からはレイドラグーンが走行中の車体に食らいつこうと爪を立てる。その凄まじい物量に、一瞬でも速度を落とせば、二人は瞬時に肉塊へと変えられるだろう。

 

やがて、二人は「コアミラー」が眠るという、渦巻くような巨大な地下トンネルへと辿り着いた。

 

幸いなことに、現実世界の蹂躙に駆り出されているのか、トンネル内のモンスターの数は比較的まばらで、道は大分手薄に見えた。

 

「行ける……! このまま最深部まで――!」

 

龍騎サバイブが希望を口にした、その時だった。

 

背後から追走してきたハイドラグーンの集団が、死に物狂いでライドシューターの車輪に身を投げ出した。

凄まじい衝撃と共に、憲之介のマシンが横転する。

アスファルトを削りながら数十メートル滑走し、ザボテスの巨躯は激しく壁面に叩きつけられた。

 

「ぐあああ!!」

「豪場!」

 

ドラグランザーを一度止める榊原を、地を這い上がったザボテスが鋭い声で制した。

 

「行け……! 止まるな、榊原ッ!!」

「しかし……!」

「俺に構わず行けて言いよろうが!  ここは俺が食い止める!しゃっしゃと、こん悪夢ば終わらせえ! 」

 

ザボテスは重い鎧を軋ませながら、ゆっくりと立ち上がった。

その背中は、かつて土俵の上で数多の観客を沸かせた時のように、大きく、そして孤独な決意に満ちていた。

 

「……それと、榊原」

 

龍騎サバイブの背に向け、ザボテス・憲之介は魂の底から絞り出した、静かな声を投げかけた。

 

「悪かった……もっと早う、お前に協力するべきやった」

 

それは、元力士としての礼節。自分を慕ってくれた弟への懺悔。

そして、絶望に振り回されながらも、最後まで世界を救おうとする真っ直ぐな若者への、彼なりの誠心誠意の謝罪だった。

 

「気にするな……必ず、生きろよ! 」

 

榊原は仮面越しに叫び、紅蓮の炎を撒き散らしながらトンネルの奥底へと消えていった。

 

静まり返ったトンネル内に、無数の不気味な足音が響き始める。

一人残されたザボテスの前には、闇から這い出してきた夥しい数のレイドラグーン、ハイドラグーンが、飢えた獣のように立ち塞がっていた。

 

「さあ来んね……化け物ども。皆、俺が相手しちゃあ……ッ!」

 

ザボテスはカクトゥバイザーを構え、死力を尽くした最後の「取組」を開始した。

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