龍騎外伝 仮面ライダーザボテス   作:巽★敬

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今回で最終回です。


#8 - final -

「はぁっ、はぁっ……どいつもこいつも、押し出しやッ!!」

 

暗い地下トンネルに、ザボテスの咆哮が木霊する。

押し寄せるレイドラグーンの群れに対し、憲之介は現役時代の執念を呼び覚ましていた。巨躯を活かした強烈な突っ張りは、鋼鉄のようなモンスターの装甲を容易くへこませ、懐に飛び込んできた敵を強引な上手投げで壁面へと叩きつける。

 

手にした小型丸鋸、カクトゥバイザーが火花を散らしながら回転し、群がる異形の四肢を次々と切断していく。さらに、重厚な棍棒カクトゥクラブを一閃させれば、一振りで数体のレイドラグーンがボロ雑巾のように吹き飛んだ。

 

だが、敵の数は一向に減らない。闇の奥から、無数の複眼がさらに増殖して迫ってくる。

 

「 ハードカクター!!」

《 ADVENT 》

 

憲之介は意を決し、アドベントカードをバイザーに装填した。

 

「グオオオオオ!!」

 

重厚な電子音と共に、鏡の壁を突き破ってハードカクターが出現する。

全身を無数の鋭い針で覆われた、巨大なサボテン型の異形。それは主である憲之介の闘志に呼応するように、その棘を赤黒く脈動させていた。

 

「暴れろ! 一匹も通すなよッ!!」

 

ハードカクターはその巨体を独楽(こま)のように高速回転させ、トンネル内を蹂躙し始めた。全身の針が凶器となり、触れるものすべてを微塵切りにしていく。さらに、その剛腕を振るい、レイドラグーンの頭部を次々と握り潰していった。

 

一人と一匹。

鏡の世界の最深部へと続く唯一の道で、彼らは金剛力士像のごとく立ち塞がっている。

傷だらけの緑色の装甲にモンスターの返り血を浴びながら、ザボテスは鬼神の如き強さで敵をなぎ倒し続ける。

その戦いはもはや、ライダーのバトルではない。

大切なものを守り抜こうとする、一人の男の意地そのものだった。

 

 

しかし

絶望は、音もなく上空から降り注ぐ。

 

旋回していたハイドラグーンの一体が、その異形の剛腕を自ら切り離す。

射出された両腕は、生物的なミサイルと化して一直線に突き進み、

 

 

無防備なザボテスの背中を深々と貫いた。

 

 

「――がっ……!!」

 

 

背骨を砕くような衝撃と、焼けるような激痛。

憲之介の巨躯が大きくよろめく。

土俵際、徳俵に足がかかったような危うい均衡。

だが、飢えたレイドラグーンたちがその隙を見逃すはずもなかった。

 

「あ……ああ……くそ……ッ!」

 

視界が真っ赤に染まり、輪郭が歪んでいく。

必死にカクトゥクラブを振り回して防戦するが、背後の傷口からは夥しい血が溢れ出し、体温を奪っていく。そこへ、槍を手にしたレイドラグーンが地を蹴った。

 

冷たい穂先が、無慈悲にザボテスの腹部を貫通する。

 

「がはぁ……ッ!」

 

Vバックルに、そして戦いの証であるカードデッキの上に、どす黒い鮮血が滴り落ちる。

並の人間なら、その場でショック死してもおかしくない致命傷だ。

しかし、憲之介の中の「力士」は、まだ死を受け入れてはいなかった。

 

「……ぬ……ぬうううおおおおああああああ!!」

 

咆哮。それは獣の叫びだった。

腹を貫く槍を素手で掴み、内臓を削る痛みに耐えながら強引に引き抜く。

奪い取ったその槍を、逆手に取って目の前の敵の喉元へ突き立て、絶命した死体を盾にして別の敵をなぎ倒した。

 

「……がはっ……げほっ……けほ!」

 

さすがに耐えきれず、膝を突く。

ヘルメットの中は吐血で生臭く、呼吸をするたびに肺が潰れるような音がした。

背中に突き刺さったハイドラグーンの腕は、今もなお憲之介の生命力を啜り続けている。

 

そして、追い打ちをかけるような「音」が響いた。

バリバリ、グチャッ……という、聞くに堪えない咀嚼音。

 

「グオオオオオオオ……!」

「あぁ....!」

 

加勢していたハードカクターが、数百のレイドラグーンに完全に覆い尽くされていた。巨体ゆえに逃げ場を失った契約モンスターが、文字通り「生きたまま」食い荒らされていく。爆発する暇さえ与えられない、あまりに一方的な捕食。

 

やがて群れが散った後には、そこにはただの虚無だけが残されていた。

 

契約モンスターの消滅。

それは、仮面ライダーとしての力の喪失を意味する。

緑色に輝いていたザボテスの装甲から色が抜け、くすんだ紺色のブランク体へと変質していく。

 

「…………は……ははは………………こりゃ…………たまらん………………」

 

武器も、力も、もはや残っていない。

 

乾いた笑いが漏れた。

視界の先には、まだ千を越えるモンスターの群れ。

もはや、これまで。

死神の足音が、心臓の鼓動よりも大きく聞こえてくる。

 

「………………でも……………………なあ………………」

 

震える膝に力を込め、ブランク体の弱々しい腕で、憲之介は再び地面を押し上げた。

 

「…………こげん痛み…………………………何ともなかばあああああいいいいぃぃぃぃ!!!!」

 

魂を振り絞る絶叫が、地下トンネルを震わせる。

 

「ううううおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」

 

残された全身の力を振り絞りザボテスはレイドラグーンの一体の顔面を殴り飛ばす。

もはやライダーとしてのスペックは最低限まで落ち込んでいる。

だが、その拳の一撃一撃には、数トンの鋼鉄を打ち砕く以上の「重み」が宿っていた。

 

かつて数多の力士を土俵の外へと押し出してきた、あの分厚い掌。

それが今は、異形の頭部を粉砕し、レイドラグーンの胸部を貫く。

 

「ぐうっ……ううううっ……!」

 

内臓を灼くような激痛が走る。

背中に突き刺さったハイドラグーンの腕が肉を削り、腹の傷口からは生命の灯火が血となって溢れ出し続ける。

それでも、ザボテス・ブランクは止まらない。

ザボテスは、憲之介は今、英太の泣き顔を思い浮かべた。

 

「栄太ん方はなぁ…………もっと痛かったんぞおおおおぉぉぉ!」

 

あの日、一人で怪物に立ち会っただろう弟。

たった一つの無力な体で、どれほどの恐怖と痛みを味わっただろうか。

それを思えば、今、腹と背中を貫かれている痛みなど、かすり傷にすら等しい。

 

「人食うしか能ん無かお前らに、こん痛みが、解るかあああ!? 」

 

レイドラグーンが群がり、その巨体を押し潰そうとしても、彼は泥まみれの四股を踏むように地を踏みしめ、力任せにそれらを跳ね除けた。

一歩、また一歩。

榊原が進む道を守るため、彼は文字通り「動く壁」となった。

視界はすでに真っ暗だ。音も、もう聞こえない。

 

ただ、拳に伝わる異形の感触だけを頼りに、憲之介は無心で腕を振り続ける。

 

 

「よう覚えとけ、化け物共ぉ! 俺は、博多が生んだ未来ん横綱!

  日本ばまたごす超新星!

  豪場憲之介じゃああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー !!」

 

 

高らかに己の名を叫び、未来の夢を叫び、

彼は無限に沸いてくるモンスターの群れの中へと、

その身を投げ込んだ。

 

 

        ◆

 

 

「何故だ……なぜミラーワールドが閉じないんだ!?」

 

龍騎サバイブの絶叫が、暗いトンネル内に空虚に響き渡る。

目の前で砕け散ったコアミラー。

世界の核だと信じ、憲之介が命を懸けて守り抜いた僅かな「希望」の象徴。

しかし、鏡の破片が地に落ちてもなお、

空気の震えは止まらず、

背後からは依然としてモンスターたちの飢えた咆哮が聞こえてくる。

 

「くそっ……! こんな事が……!!」

 

龍騎サバイブは、逃げるように、あるいは祈るように、来た道を必死に引き返していた。

コアミラーは「出口」ではなかった。

ただ異形の群れをこの世に繋ぎ止める「苗床」の一つに過ぎなかったのだ。

その残酷な事実に打ちのめされながらも、

彼の頭には一人の男の顔が焼き付いて離れない。

 

「豪場! どこだ、豪場ぁ!!」

 

先ほど別れた、あの激戦の地。

ドラグランザーを急停止させ、龍騎サバイブは周囲を見渡した。

 

だが、そこに「横綱」の姿はなかった。

 

 

「……あ…………」

 

 

視界に飛び込んできたのは、言葉を失う惨状だった。

 

壁面は剥がれ落ち、地面には文字通り「池」のような大量の血液が広がっている。

 

そして、その血の海の中に転がっていたのは……。

 

粉々に砕け散り、持ち主の命の色を失った、

 

くすんだブランクのデッキの残骸だった。

 

 

「………………豪場………………そんな………………これは………………」

 

 

龍騎サバイブが、榊原の膝が、がくりと折れた。

 

自分の立てた仮説のために、一人の男が、一人の戦士が、

その誇りも夢もすべてを投げ打って戦い、

 

そして文字通り影も形もなく食らい尽くされた。

 

 

「あ…………ああぁ……………」

 

 

守りたかった。

誰も傷つかない世界を作りたかった。

 

だが結局、自分は誰一人守る事が出来なかった......

 

友も、

戦い合うライダー達も、

最後の最後に自分と共闘してくれた人物さえも。

 

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁ............」

 

 

地面を叩き、慟哭する榊原。

 

 

その時だ。

 

「……ぐっ! あああああッ!!」

 

割れるような激痛が榊原の脳を直撃した。

耳鳴りが強くなり、視界が歪む。

 

再び、そこに「あるはずのない記憶」の奔流が流れ込んできた。

 

 

 

 

 

脳裏を駆け巡る映像は、今や濁流となって榊原の精神を揺さぶっていた。

 

視界の端で、茶化したような軽い声が響く。

そこにいたのは、仮面ライダーインペラー。

しかしその振舞は、あの時死んだ石田とは似ても似つかぬ、どこか愛嬌のある男だった。

 

【どうです? 俺、強いでしょ? お買い得ですよ?】

 

その男は、まるでお調子者のように笑いながら、モンスターをなぎ倒していく。

 

場面が切り替わる。

今度は高見沢が変身する筈の、邪悪なベルデ。

だが、記憶の中の彼は、榊原の背中を支える信頼すべき「戦友」だった。

 

【いつか、お前の望む世界が来るんじゃないか? 信じる者は救われる、ってな?】

 

夕焼けを背に、男は穏やかに笑う。

 

【じゃあな、榊原。また一緒にビール飲もうぜ】

 

(……木村……?)

 

一度も会ったことがないはずの名前が、唇から自然にこぼれ落ちる。

記憶の中の自分は、その『木村』という男や、漆黒の翼を持つ仮面ライダーナイト、

そして仲間たちと共に、今まさに目の前にいるようなレイドラグーンの大群に立ち向かっていた。

 

(……これは…………『想像』…………じゃない…………『経験』だ……)

 

血の匂い、風の冷たさ、背中を預けた時のぬくもり。

脳が、肉体が、それらを克明に覚えている。

榊原は、膝をついたまま、震える手で自らの仮面をなぞった。

今まで突然頭の中に浮かんだ、数々の「存在しない記憶」

それはどれも、夢の様にぼやけていながら、どこか鮮明なデジャブだった。

 

(……歴史は、繰り返されている…………何度も、何度も、神崎士郎の手によって……!)

 

誰がどのライダーになるか、誰が生き残るか。

その組み合わせを変えながら、神崎は「最後の一人」が生まれるまで、

この地獄を再演し続けている。

なぜこんな記憶が、自分の中で繰り返されてたのか、

それは解らない。

だが、もしそうなら――。

 

(もし、俺の推理が正しければ。

いつか……神崎の野望が潰え、戦いのない歴史が来るかもしれない)

 

血に濡れた地面からゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す龍騎サバイブ。

 

その目の前には、再び溢れんばかりのモンスターの大群が接近している。

 

そんな絶望的過ぎる光景を前にしても、彼は自らの武器、ドラグブレードを構えた。

 

もし再び時が巻き戻り、次に龍騎になるのが自分でなかったとしても。

自分がモンスターに喰われ、この世から消えていたとしても。

自分の意志を継ぎ、

この呪われた連鎖を断ち切ろうとする誰かが、きっと現れる。

 

「……何時か本当に、戦いのない歴史が来たとしたら……神崎……その時が、俺の勝ちだ……!」

 

絶望の淵で見出した、唯一の、そしてあまりにも遠い希望。

彼はドラグブレードを烈火の如く燃え上がらせ、

闇から這い出す無数のモンスターの群れの中へと、

再びその身を投じた。

 

一振りの剣が、繰り返される円環を断ち切るために。

 

 

            ◆

 

 

榊原の抱いた祈りは、果てしない時を越えて、一つの「奇跡」へと結びついた。

 

彼が予想した通り、戦いの歴史は神崎士郎の手によって何度も巻き戻され、

再演された。

ある世界では、あの時助けた青年・城戸真司が龍騎として奔走する。

ある世界では、止まらないモンスターの氾濫によって世界そのものが終焉を迎えたこともあった。

 

しかし、絶望の円環を数え切れないほど繰り返した果てに。

誰かの自己犠牲や、誰かの譲れない願い、

そして榊原が信じた「いつか来るはずの平穏」への執念が、

ついに運命の歯車を狂わせた。

 

鏡の向こう側の地獄は消え去り、ライダーたちの咆哮も、絶望の咀嚼音も、遠い夢の彼方へと追いやられた。

 

そして、歴史は巡り――。

 

 

            ◆

 

 

熱気に満ちた国技館。

割れんばかりの歓声と、土俵を叩く激しい衝撃音が会場を揺らしていた。

 

「はっけよーい、のこったのこった! のこったのこった!」

 

行司の威勢のいい声に応えるように、土俵の上で豪快に立ち回る巨体があった。

豪場憲之介。

 

鍛え上げられた剥き出しの肉体と、勝負師としての鋭くも明るい眼差し。

今の彼は、正真正銘の「力士」としてその頂(いただき)を目指していた。

 

「兄ちゃん、いけーーーッ!!」

 

砂かぶりの席から身を乗り出し、喉が枯れんばかりの声で叫ぶ英太。

彼は今でも兄の背中を追いかけながら健やかに成長していた。

 

憲之介は弟の声に応えるように、相手のまわしをガッチリと掴み、豪快な上手投げで勝負を決めた。

 

「よっし……!!」

 

大盛況のうちに幕を閉じた取組。

花道を引き上げる憲之介の周りには、カメラを持った記者やTVのインタビューが絶え間なく押し寄せる。

 

「豪場関! 今日の勝利でついに……!」

「いやあ、まだまだこれからですよ。観客(みんな)が待っとるけんね。俺は、日本一の横綱にならんと!」

 

タオルで汗を拭いながら、憲之介は屈託のない笑顔を見せる。

ふと、その視線の先に、カメラを構えた一人の記者がいた。

憲之介はその記者と目が合うと、無性に誇らしい気分になり、力強く親指を立てて見せた。

 

 

 

雲ひとつない快晴の空の下、

憲之介は軽やかな足取りで街を歩いていた。

怪我や病気など無縁な人生。心ゆくまで相撲に打ち込める日々。

かつて夢見た「日本一の横綱」への道は、今や着実にその足元に続いている。

 

ふと目を向けると、長い横断歩道の途中で、荷物を抱えた老婆が足をもつれさせ、立ち往生しているのが見えた。信号の点滅が始まり、周囲の車がエンジンを吹かす。

 

「おばあちゃん、危なかよ!」

 

憲之介が駆け寄り、その広い背中におんぶしようと声をかけた、その瞬間だった。

 

「大丈夫ですか! おんぶしますよ!」

 

右側から、全く同じタイミングで別の若い声が重なった。

 

驚いて顔を上げると、そこには見覚えがあるような、それでいてこの歴史では初めて会うはずの、真っ直ぐな瞳をした青年が立っていた。

 

「ん?」

「……おっと、先ば越されたか?」

 

青年——榊原は、憲之介の体の大きさに一瞬目を丸くしたが、

すぐに屈託のない笑みを浮かべた。

 

二人は協力して老婆を背負い、無事に歩道を渡り終える。

深々と頭を下げる老婆を見送り、二人は歩道脇で軽く息を整えながら、自然と会話を交わし始めた。

 

「助かりました。一人じゃあのおばあちゃん、重かったかもしれないし」

「なんの、俺一人でも余裕やったばってん、お兄ちゃんの足の速さには驚いた……(ん? この兄ちゃん、どっかで……?)

 

一瞬首を傾げる憲之介。

対する榊原は、憲之介の顔をまじまじと見つめると、パッと表情を明るくした。

 

「あの、 もしかして、あの豪場憲之介関ですか? ニュースやテレビでよく観てますよ! 大ファンなんです!」

「そりゃ嬉しか。お兄ちゃんも、なかなか良い体しとるやん。なんかやっとると?」

 

憲之介は、自分より一回り小柄ながらも、無駄のない引き締まった榊原の体つきを見て、感心したように声を上げる。

 

「はは、まあ、格闘技を少々。護身術みたいなものですけど」

「へえ〜、どんな格闘技ね?」

「……自分でも不思議なんですけど、龍が舞うような、激しい動きが得意なんですよ」

「はははは、そりゃ面白か!」

「いつか、国技館まで観に行きますね」

「おう、待っとるよ! 俺の最高の取組を見せてやるけん!」

 

榊原が冗談めかしてそう言うと、二人は顔を見合わせて笑い合った。

 

そこには、命を懸けて殺し合うライダーの姿も、裏切りも、絶望も一切ない。

 

ただ、困っている人を放っておけない二人の男が、偶然出会い、

 

爽やかな風の中で談笑していた。

 

 

 

 

- 完 -

 

 

 

 




読んで頂き、ありがとうございました。
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