「はぁっ、はぁっ……どいつもこいつも、押し出しやッ!!」
暗い地下トンネルに、ザボテスの咆哮が木霊する。
押し寄せるレイドラグーンの群れに対し、憲之介は現役時代の執念を呼び覚ましていた。巨躯を活かした強烈な突っ張りは、鋼鉄のようなモンスターの装甲を容易くへこませ、懐に飛び込んできた敵を強引な上手投げで壁面へと叩きつける。
手にした小型丸鋸、カクトゥバイザーが火花を散らしながら回転し、群がる異形の四肢を次々と切断していく。さらに、重厚な棍棒カクトゥクラブを一閃させれば、一振りで数体のレイドラグーンがボロ雑巾のように吹き飛んだ。
だが、敵の数は一向に減らない。闇の奥から、無数の複眼がさらに増殖して迫ってくる。
「 ハードカクター!!」
《 ADVENT 》
憲之介は意を決し、アドベントカードをバイザーに装填した。
「グオオオオオ!!」
重厚な電子音と共に、鏡の壁を突き破ってハードカクターが出現する。
全身を無数の鋭い針で覆われた、巨大なサボテン型の異形。それは主である憲之介の闘志に呼応するように、その棘を赤黒く脈動させていた。
「暴れろ! 一匹も通すなよッ!!」
ハードカクターはその巨体を独楽(こま)のように高速回転させ、トンネル内を蹂躙し始めた。全身の針が凶器となり、触れるものすべてを微塵切りにしていく。さらに、その剛腕を振るい、レイドラグーンの頭部を次々と握り潰していった。
一人と一匹。
鏡の世界の最深部へと続く唯一の道で、彼らは金剛力士像のごとく立ち塞がっている。
傷だらけの緑色の装甲にモンスターの返り血を浴びながら、ザボテスは鬼神の如き強さで敵をなぎ倒し続ける。
その戦いはもはや、ライダーのバトルではない。
大切なものを守り抜こうとする、一人の男の意地そのものだった。
しかし
絶望は、音もなく上空から降り注ぐ。
旋回していたハイドラグーンの一体が、その異形の剛腕を自ら切り離す。
射出された両腕は、生物的なミサイルと化して一直線に突き進み、
無防備なザボテスの背中を深々と貫いた。
「――がっ……!!」
背骨を砕くような衝撃と、焼けるような激痛。
憲之介の巨躯が大きくよろめく。
土俵際、徳俵に足がかかったような危うい均衡。
だが、飢えたレイドラグーンたちがその隙を見逃すはずもなかった。
「あ……ああ……くそ……ッ!」
視界が真っ赤に染まり、輪郭が歪んでいく。
必死にカクトゥクラブを振り回して防戦するが、背後の傷口からは夥しい血が溢れ出し、体温を奪っていく。そこへ、槍を手にしたレイドラグーンが地を蹴った。
冷たい穂先が、無慈悲にザボテスの腹部を貫通する。
「がはぁ……ッ!」
Vバックルに、そして戦いの証であるカードデッキの上に、どす黒い鮮血が滴り落ちる。
並の人間なら、その場でショック死してもおかしくない致命傷だ。
しかし、憲之介の中の「力士」は、まだ死を受け入れてはいなかった。
「……ぬ……ぬうううおおおおああああああ!!」
咆哮。それは獣の叫びだった。
腹を貫く槍を素手で掴み、内臓を削る痛みに耐えながら強引に引き抜く。
奪い取ったその槍を、逆手に取って目の前の敵の喉元へ突き立て、絶命した死体を盾にして別の敵をなぎ倒した。
「……がはっ……げほっ……けほ!」
さすがに耐えきれず、膝を突く。
ヘルメットの中は吐血で生臭く、呼吸をするたびに肺が潰れるような音がした。
背中に突き刺さったハイドラグーンの腕は、今もなお憲之介の生命力を啜り続けている。
そして、追い打ちをかけるような「音」が響いた。
バリバリ、グチャッ……という、聞くに堪えない咀嚼音。
「グオオオオオオオ……!」
「あぁ....!」
加勢していたハードカクターが、数百のレイドラグーンに完全に覆い尽くされていた。巨体ゆえに逃げ場を失った契約モンスターが、文字通り「生きたまま」食い荒らされていく。爆発する暇さえ与えられない、あまりに一方的な捕食。
やがて群れが散った後には、そこにはただの虚無だけが残されていた。
契約モンスターの消滅。
それは、仮面ライダーとしての力の喪失を意味する。
緑色に輝いていたザボテスの装甲から色が抜け、くすんだ紺色のブランク体へと変質していく。
「…………は……ははは………………こりゃ…………たまらん………………」
武器も、力も、もはや残っていない。
乾いた笑いが漏れた。
視界の先には、まだ千を越えるモンスターの群れ。
もはや、これまで。
死神の足音が、心臓の鼓動よりも大きく聞こえてくる。
「………………でも……………………なあ………………」
震える膝に力を込め、ブランク体の弱々しい腕で、憲之介は再び地面を押し上げた。
「…………こげん痛み…………………………何ともなかばあああああいいいいぃぃぃぃ!!!!」
魂を振り絞る絶叫が、地下トンネルを震わせる。
「ううううおおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」
残された全身の力を振り絞りザボテスはレイドラグーンの一体の顔面を殴り飛ばす。
もはやライダーとしてのスペックは最低限まで落ち込んでいる。
だが、その拳の一撃一撃には、数トンの鋼鉄を打ち砕く以上の「重み」が宿っていた。
かつて数多の力士を土俵の外へと押し出してきた、あの分厚い掌。
それが今は、異形の頭部を粉砕し、レイドラグーンの胸部を貫く。
「ぐうっ……ううううっ……!」
内臓を灼くような激痛が走る。
背中に突き刺さったハイドラグーンの腕が肉を削り、腹の傷口からは生命の灯火が血となって溢れ出し続ける。
それでも、ザボテス・ブランクは止まらない。
ザボテスは、憲之介は今、英太の泣き顔を思い浮かべた。
「栄太ん方はなぁ…………もっと痛かったんぞおおおおぉぉぉ!」
あの日、一人で怪物に立ち会っただろう弟。
たった一つの無力な体で、どれほどの恐怖と痛みを味わっただろうか。
それを思えば、今、腹と背中を貫かれている痛みなど、かすり傷にすら等しい。
「人食うしか能ん無かお前らに、こん痛みが、解るかあああ!? 」
レイドラグーンが群がり、その巨体を押し潰そうとしても、彼は泥まみれの四股を踏むように地を踏みしめ、力任せにそれらを跳ね除けた。
一歩、また一歩。
榊原が進む道を守るため、彼は文字通り「動く壁」となった。
視界はすでに真っ暗だ。音も、もう聞こえない。
ただ、拳に伝わる異形の感触だけを頼りに、憲之介は無心で腕を振り続ける。
「よう覚えとけ、化け物共ぉ! 俺は、博多が生んだ未来ん横綱!
日本ばまたごす超新星!
豪場憲之介じゃああああぁぁぁぁぁぁーーーーーー !!」
高らかに己の名を叫び、未来の夢を叫び、
彼は無限に沸いてくるモンスターの群れの中へと、
その身を投げ込んだ。
◆
「何故だ……なぜミラーワールドが閉じないんだ!?」
龍騎サバイブの絶叫が、暗いトンネル内に空虚に響き渡る。
目の前で砕け散ったコアミラー。
世界の核だと信じ、憲之介が命を懸けて守り抜いた僅かな「希望」の象徴。
しかし、鏡の破片が地に落ちてもなお、
空気の震えは止まらず、
背後からは依然としてモンスターたちの飢えた咆哮が聞こえてくる。
「くそっ……! こんな事が……!!」
龍騎サバイブは、逃げるように、あるいは祈るように、来た道を必死に引き返していた。
コアミラーは「出口」ではなかった。
ただ異形の群れをこの世に繋ぎ止める「苗床」の一つに過ぎなかったのだ。
その残酷な事実に打ちのめされながらも、
彼の頭には一人の男の顔が焼き付いて離れない。
「豪場! どこだ、豪場ぁ!!」
先ほど別れた、あの激戦の地。
ドラグランザーを急停止させ、龍騎サバイブは周囲を見渡した。
だが、そこに「横綱」の姿はなかった。
「……あ…………」
視界に飛び込んできたのは、言葉を失う惨状だった。
壁面は剥がれ落ち、地面には文字通り「池」のような大量の血液が広がっている。
そして、その血の海の中に転がっていたのは……。
粉々に砕け散り、持ち主の命の色を失った、
くすんだブランクのデッキの残骸だった。
「………………豪場………………そんな………………これは………………」
龍騎サバイブが、榊原の膝が、がくりと折れた。
自分の立てた仮説のために、一人の男が、一人の戦士が、
その誇りも夢もすべてを投げ打って戦い、
そして文字通り影も形もなく食らい尽くされた。
「あ…………ああぁ……………」
守りたかった。
誰も傷つかない世界を作りたかった。
だが結局、自分は誰一人守る事が出来なかった......
友も、
戦い合うライダー達も、
最後の最後に自分と共闘してくれた人物さえも。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ............」
地面を叩き、慟哭する榊原。
その時だ。
「……ぐっ! あああああッ!!」
割れるような激痛が榊原の脳を直撃した。
耳鳴りが強くなり、視界が歪む。
再び、そこに「あるはずのない記憶」の奔流が流れ込んできた。
脳裏を駆け巡る映像は、今や濁流となって榊原の精神を揺さぶっていた。
視界の端で、茶化したような軽い声が響く。
そこにいたのは、仮面ライダーインペラー。
しかしその振舞は、あの時死んだ石田とは似ても似つかぬ、どこか愛嬌のある男だった。
【どうです? 俺、強いでしょ? お買い得ですよ?】
その男は、まるでお調子者のように笑いながら、モンスターをなぎ倒していく。
場面が切り替わる。
今度は高見沢が変身する筈の、邪悪なベルデ。
だが、記憶の中の彼は、榊原の背中を支える信頼すべき「戦友」だった。
【いつか、お前の望む世界が来るんじゃないか? 信じる者は救われる、ってな?】
夕焼けを背に、男は穏やかに笑う。
【じゃあな、榊原。また一緒にビール飲もうぜ】
(……木村……?)
一度も会ったことがないはずの名前が、唇から自然にこぼれ落ちる。
記憶の中の自分は、その『木村』という男や、漆黒の翼を持つ仮面ライダーナイト、
そして仲間たちと共に、今まさに目の前にいるようなレイドラグーンの大群に立ち向かっていた。
(……これは…………『想像』…………じゃない…………『経験』だ……)
血の匂い、風の冷たさ、背中を預けた時のぬくもり。
脳が、肉体が、それらを克明に覚えている。
榊原は、膝をついたまま、震える手で自らの仮面をなぞった。
今まで突然頭の中に浮かんだ、数々の「存在しない記憶」
それはどれも、夢の様にぼやけていながら、どこか鮮明なデジャブだった。
(……歴史は、繰り返されている…………何度も、何度も、神崎士郎の手によって……!)
誰がどのライダーになるか、誰が生き残るか。
その組み合わせを変えながら、神崎は「最後の一人」が生まれるまで、
この地獄を再演し続けている。
なぜこんな記憶が、自分の中で繰り返されてたのか、
それは解らない。
だが、もしそうなら――。
(もし、俺の推理が正しければ。
いつか……神崎の野望が潰え、戦いのない歴史が来るかもしれない)
血に濡れた地面からゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡す龍騎サバイブ。
その目の前には、再び溢れんばかりのモンスターの大群が接近している。
そんな絶望的過ぎる光景を前にしても、彼は自らの武器、ドラグブレードを構えた。
もし再び時が巻き戻り、次に龍騎になるのが自分でなかったとしても。
自分がモンスターに喰われ、この世から消えていたとしても。
自分の意志を継ぎ、
この呪われた連鎖を断ち切ろうとする誰かが、きっと現れる。
「……何時か本当に、戦いのない歴史が来たとしたら……神崎……その時が、俺の勝ちだ……!」
絶望の淵で見出した、唯一の、そしてあまりにも遠い希望。
彼はドラグブレードを烈火の如く燃え上がらせ、
闇から這い出す無数のモンスターの群れの中へと、
再びその身を投じた。
一振りの剣が、繰り返される円環を断ち切るために。
◆
榊原の抱いた祈りは、果てしない時を越えて、一つの「奇跡」へと結びついた。
彼が予想した通り、戦いの歴史は神崎士郎の手によって何度も巻き戻され、
再演された。
ある世界では、あの時助けた青年・城戸真司が龍騎として奔走する。
ある世界では、止まらないモンスターの氾濫によって世界そのものが終焉を迎えたこともあった。
しかし、絶望の円環を数え切れないほど繰り返した果てに。
誰かの自己犠牲や、誰かの譲れない願い、
そして榊原が信じた「いつか来るはずの平穏」への執念が、
ついに運命の歯車を狂わせた。
鏡の向こう側の地獄は消え去り、ライダーたちの咆哮も、絶望の咀嚼音も、遠い夢の彼方へと追いやられた。
そして、歴史は巡り――。
◆
熱気に満ちた国技館。
割れんばかりの歓声と、土俵を叩く激しい衝撃音が会場を揺らしていた。
「はっけよーい、のこったのこった! のこったのこった!」
行司の威勢のいい声に応えるように、土俵の上で豪快に立ち回る巨体があった。
豪場憲之介。
鍛え上げられた剥き出しの肉体と、勝負師としての鋭くも明るい眼差し。
今の彼は、正真正銘の「力士」としてその頂(いただき)を目指していた。
「兄ちゃん、いけーーーッ!!」
砂かぶりの席から身を乗り出し、喉が枯れんばかりの声で叫ぶ英太。
彼は今でも兄の背中を追いかけながら健やかに成長していた。
憲之介は弟の声に応えるように、相手のまわしをガッチリと掴み、豪快な上手投げで勝負を決めた。
「よっし……!!」
大盛況のうちに幕を閉じた取組。
花道を引き上げる憲之介の周りには、カメラを持った記者やTVのインタビューが絶え間なく押し寄せる。
「豪場関! 今日の勝利でついに……!」
「いやあ、まだまだこれからですよ。観客(みんな)が待っとるけんね。俺は、日本一の横綱にならんと!」
タオルで汗を拭いながら、憲之介は屈託のない笑顔を見せる。
ふと、その視線の先に、カメラを構えた一人の記者がいた。
憲之介はその記者と目が合うと、無性に誇らしい気分になり、力強く親指を立てて見せた。
雲ひとつない快晴の空の下、
憲之介は軽やかな足取りで街を歩いていた。
怪我や病気など無縁な人生。心ゆくまで相撲に打ち込める日々。
かつて夢見た「日本一の横綱」への道は、今や着実にその足元に続いている。
ふと目を向けると、長い横断歩道の途中で、荷物を抱えた老婆が足をもつれさせ、立ち往生しているのが見えた。信号の点滅が始まり、周囲の車がエンジンを吹かす。
「おばあちゃん、危なかよ!」
憲之介が駆け寄り、その広い背中におんぶしようと声をかけた、その瞬間だった。
「大丈夫ですか! おんぶしますよ!」
右側から、全く同じタイミングで別の若い声が重なった。
驚いて顔を上げると、そこには見覚えがあるような、それでいてこの歴史では初めて会うはずの、真っ直ぐな瞳をした青年が立っていた。
「ん?」
「……おっと、先ば越されたか?」
青年——榊原は、憲之介の体の大きさに一瞬目を丸くしたが、
すぐに屈託のない笑みを浮かべた。
二人は協力して老婆を背負い、無事に歩道を渡り終える。
深々と頭を下げる老婆を見送り、二人は歩道脇で軽く息を整えながら、自然と会話を交わし始めた。
「助かりました。一人じゃあのおばあちゃん、重かったかもしれないし」
「なんの、俺一人でも余裕やったばってん、お兄ちゃんの足の速さには驚いた……(ん? この兄ちゃん、どっかで……?)
一瞬首を傾げる憲之介。
対する榊原は、憲之介の顔をまじまじと見つめると、パッと表情を明るくした。
「あの、 もしかして、あの豪場憲之介関ですか? ニュースやテレビでよく観てますよ! 大ファンなんです!」
「そりゃ嬉しか。お兄ちゃんも、なかなか良い体しとるやん。なんかやっとると?」
憲之介は、自分より一回り小柄ながらも、無駄のない引き締まった榊原の体つきを見て、感心したように声を上げる。
「はは、まあ、格闘技を少々。護身術みたいなものですけど」
「へえ〜、どんな格闘技ね?」
「……自分でも不思議なんですけど、龍が舞うような、激しい動きが得意なんですよ」
「はははは、そりゃ面白か!」
「いつか、国技館まで観に行きますね」
「おう、待っとるよ! 俺の最高の取組を見せてやるけん!」
榊原が冗談めかしてそう言うと、二人は顔を見合わせて笑い合った。
そこには、命を懸けて殺し合うライダーの姿も、裏切りも、絶望も一切ない。
ただ、困っている人を放っておけない二人の男が、偶然出会い、
爽やかな風の中で談笑していた。
- 完 -
読んで頂き、ありがとうございました。