龍騎外伝 仮面ライダーザボテス   作:巽★敬

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今回はオリジナルライダーの仮面ライダーヒルツとザボテスとの闘いの物語です。
https://syosetu.org/novel/333775/
以前からpixivやハーメルンなどで「この二人と戦ってほしい」「二人が戦ってたらどうなってた?」と言う意見を頂いてました。
正直な話最近まで書く気はなかったのですが、頭の中で彼らのやり取りが浮かんだので、
とりあえず執筆する事に。
1話限りですが読んでもらえると幸いです。


# IF ヒルツ vs ザボテス

 

数多のライダーたちが己の願いを懸けて殺し合う、鏡像の世界。

その無数に分岐した歴史の断片において、

かつてこれほどまでに「不浄」な戦いがあっただろうか。

 

高く聳え立つ高層ビル群が、鈍色に淀んだ空を突き刺す。

日本の首都圏、その心臓部とも言える大通り。

現実世界であれば、絶え間ない喧騒と人の波に溢れているはずのその場所は、

反転した鏡の世界においては耳が痛くなるほどの静寂に支配された異形の廃墟でしかなかった。

 

その静寂を切り裂くように、一体のライダーがアスファルトの上を無様に転がった。

 

「うおおおっ……!」

 

鈍い金属音を立てて倒れ込んだのは、仮面ライダーヒルツ。

その変身者である中年男性、沼川彰悟(ぬまかわ しょうご)は、苛立ちを隠そうともせずに頭を乱暴に掻きむしりながら、ゆっくりと体を起こした。

 

「…………」

 

その視線の先。

揺らぎ一つない、地響きのような威圧感を放ちながら歩を進める巨躯があった。

 

仮面ライダーザボテス。

 

緑色の重装甲を纏ったその姿は、逃げ場のない土俵を背負った守護神の如き佇まいで、ヒルツの前に立ちふさがる。

 

バイザーの奥から放たれる無言の圧力。

それに対し、沼川は恐怖を押し殺すように、ひび割れた声で舐め腐った言葉を吐き捨てた。

 

「ほほぉ……これはこれは。誰かと思えば、"自称"天下の横綱様じゃあーりませんか。こんなところで油売ってていいんですかねぇ?」

 

“自称”という、人の誇りを土足で踏みにじるような卑劣な挑発。

だが、ザボテス――豪場憲之介の内に燃えるのは、そんな安っぽい言葉に揺らぐような怒りではなかった。

それは、深い底から湧き上がる、静かで、冷徹なまでの「憤怒」の炎だ。

 

憲之介は問うた。その声は、震えるほどに低く、重い。

 

「お前……一体、何ばしよっとね?……これは……」

 

憲之介が目撃した光景。

それは戦いでも何でもない、一方的な「虐殺」だった。

 

つい先刻。白昼堂々の現実世界。

沼川は何処かで盗んだ大型トレーラーのアクセルを底まで踏み込み、人混みで溢れる大通りを爆走した。

逃げ惑う暇さえ与えられず、路上の通行人たちが次々と血飛沫と共に撥ね飛ばされていく。

年齢、性別、国籍、人種、一切関係なく多くの命がその場で散っていった。

さらに停車後、狂ったように笑いながら車を降りた沼川はヒルツへと変身。

契約モンスター・ヘルザリーチを解き放ち、路上に倒れ伏す負傷者や、絶叫を上げて逃げ惑う市民たちを「餌」として与えたのだ。

 

返り血を浴びながら、己の名を、己の無惨な生い立ちを大声で叫び、武器を振りかざして命を刈り取っていくヒルツ。

その異様な気配を察知し、現場へ急行した憲之介が、死に物狂いでヒルツを組み伏せ、強引にこの鏡の世界へと引きずり込んだのである。

問い詰められ、ヒルツはまるで今日の献立でも語るかのような軽さで、自らの蛮行を肯定しようとする。

 

「何かって? さあ~、何だろな? まあ、目立ちたかった。成功者どもの面が、絶望に歪んでくれたら……そんな感じ――――」

 

ドガァッ!!

 

歪んだ言葉を最後まで吐き捨てる前に、ザボテスの巨大な拳がヒルツの側頭部を捉えた。

凄まじい衝撃音が廃墟と化した大通りに木霊し、ヒルツの身体が横なぎに吹き飛ぶ。

アスファルトの上を無様に転がり、ガードレールに激突してようやくその動きを止めた。

 

「…………マジで言うとるとか? それは……」

 

立ち尽くすザボテスの拳が、怒りで限界まで震えていた。

呼吸が荒く、バイザーの奥の双眸が、かつてないほどの激しい怒火を宿して沼川を射抜く。

 

だが、吹き飛ばされたヒルツは、痛みに呻きながらも、

歪んだ笑い声を漏らしながら這うように身体を起こした。仮面の奥から、沼川の卑屈な嘲笑が漏れ出る。

 

「ヒ……ヒヒ…ヒヒハハハ……! いって~~......何キレてんだよ? 天下の横綱様がよぉ……

どいつもこいつも、てめえと縁も所縁もねえ、赤の他人だろうが!!」

 

ヒルツが、そのどす黒い本音を絶叫した、その瞬間だった。

 

チリチリと言う、不快で耳障りな、生ものが這いよって来るような接近音が、静寂のミラーワールドに満ちる。

ヒルツの側にあるビルの隙間から、黒い泥のような塊が津波となって押し寄せた。

無数に分裂した掌サイズの極小モンスター――ヘルザリーチの群れである。

 

「シャァァァァッ!!」

 

黒い絨毯と化した無数の蛭が、ザボテスの重装甲に一斉に群がった。

装甲の合わせ目や可動部の隙間など、ピラニアの如き飢餓感で潜り込んでいく。

小型とはいえ、その一つ一つが剃刀のような牙を剥き、ザボテスの肉体に喰らいつく。

 

「ぐ、あああっ……! くそ、こげなもん……ッ!!」

 

全身を覆い尽くす悍ましい感触と、肉を削り取られる激痛。

ザボテスは巨躯を震わせ、強引に群れを振り払う。

小型丸鋸のカクトゥバイザーを起動し、蛭の群れを切り裂いていく。

だが、一匹の小型ヘルザリーチが、装甲の隙間を縫ってザボテスの剥き出しの首筋へと牙を突き立てた。

ゴクリ、と怪物が喉を鳴らし、憲之介の生血を啜り上げる。

 

「ぬぅぅおぉっ!!」

 

ザボテスは首筋の怪物を引き剥がし、そのままアスファルトへと叩きつけて踏み潰した。

黒い体液が飛び散る。

だがその瞬間、憲之介の脳裏に、ここ数週間の間に地元を騒がせていた「忌まわしい記憶」が火花を散らして結びついた。

 

「血ば吸うモンスター……そうか、お前か! 俺等の母校の生徒ば、モンスターに襲わせとったんはッ……!!」

 

数週間前から、憲之介と弟の英太がかつて通っていた小学校の周辺で、

不審な行方不明事件と凄惨な生徒死亡事件が相次いでいた。

ある子供は忽然と姿を消し、

またある子供は、全身から一滴残らず血を抜かれたミイラのような変死体で発見される。

警察もお手上げの怪事件。

母校の後輩たちが無残に命を奪われている事実に、

憲之介は胸を痛め、ずっと独自に真相を追っていたのだ。

 

その元凶が、今、目の前でヘラヘラと笑っているこの男だったと確信した。

 

「……何で……何でなん!? あんな幼い子たちを……ッ!!」

 

絞り出すようなザボテスの問い。

それに対し、ヒルツは心底鬱陶しそうに、何の悪びれもせず、

むしろ手柄でも誇るかのように肩をすくめて口を割った。

 

「あ~なんだ? お前の母校だったのか………っは……近所迷惑って言葉も知らねえガキ共が。

毎日毎日、通学路でギャアギャア騒いでよぉ。だから『喝』を入れてやったんだよ。

お陰で学校中皆静かになりやがった。これこそ、立派な『社会貢献』ってやつだろ?」

 

ヒルツの口から放たれたのは、正義でも悪でもない。ただ肥大化した自己愛と、世界への呪詛が混ざり合った、底知れない「悪意」の泥濘だった。

 

「……ふざくんなぁッ!!」

《 SWORD VENT 》

 

憲之介の怒号と共に、重厚な棍棒カクトゥクラブが召喚される。ザボテスはそれを豪快に振り回し、装甲に群がる小型ヘルザリーチをまとめて叩き潰した。黒い体液がアスファルトを汚すが、そんなものを構っている余裕はない。

 

憲之介の脳裏に、かつて自分が歩いた通学路の光景が浮かぶ。

時には学校のOBであり相撲界の一時講師として招かれた事もあった。

子供の頃と同じく賑やかだった校門、笑い声が絶えなかった教室。

それが今、沼川という怪物のせいで、恐怖に支配された「死の施設」へと変えられた。

友達を失った悲しみ、次は自分が殺されるかもしれないという底知れない恐怖。

学校へ行くことすらできず、家の中で震え、家族と共に泣き崩れる子供たちの姿。

 

《 ADVENT 》

「グオオオオオ!!」

 

間髪入れずにカードを装填する。

鏡の壁を突き破り、巨大なサボテン型モンスター・ハードカクターが姿を現した。

「こいつらの相手を」と主の命を受け、ハードカクターがその巨体でヒルツの眷属をなぎ払う。その隙に、ザボテスはカクトゥクラブを握り締め、鬼神の如き勢いでヒルツへと突進した。

 

「学級閉鎖……不登校……お前が奪ったんは、子供達の未来だけじゃなか!  親の心も……当たり前な日常も、全部踏みにじったんぞ!?」

 

憲之介にとって、沼川の凶行は到底理解し得ない「人の道」の外側にあるものだった。

自分一人の力で相撲界を勝ち上がってきた自負はある。

だが、そこには常に稽古で汗を流した仲間が、競い合ったライバルが、そして何より自分を信じて送り出してくれた弟や両親がいた。

病に倒れ、土俵を去った絶望の淵により、両親との衝突はあった。

それでも、彼らが自分を心配し、生きていてほしいと願う温かさに、憲之介は救われてきたのだ。

 

目の前の怪物は、そんな「親」たちの心を、未来を、無関係な子供たちの命ごと地獄に叩き落とした。

ライダーバトルの理屈ですらない、ただの私欲のために。

 

「親ぁ?  心ぉ??  未来ぃ???  っは……クソうぜぇ!  蕁麻疹が出るわ、ボケナスが!」

 

ヒルツは吐き捨てながら、冷酷にカードをヘルザバイザーへ装填した。

 

《 STEAL VENT 》

「……ぬあっ!?」

 

無慈悲な電子音と共に、ザボテスの手からカクトゥクラブが離れた。

物理法則を無視し、その重厚な棍棒はヒルツの手中に収まる。

驚愕に目を見開くザボテスに対し、ヒルツは奪った武器を狂ったように振り回し、反撃に転じる。

 

「俺から言わせればなぁ! 生んでくれなんて頼んでもねえのに子供産む奴なんざ、そいつの自己満って奴だ! 何が家族の幸せだ!? 何が子供は宝だ!?」

「ぬがあぁっ!」

 

奪われた自らの武器が、ザボテスの肩口を激しく打ち据える。

火花が散り、重厚な装甲が歪んだ。

 

「頼んでもねえのに、こんなクソみたいな社会に生み落とし、先も見えない不幸を味合わせる。

まさに究極の罪人だわ! 勝手に命拵えたなら、一生涯そいつの人生保障すんのが道理だろうがよぉ!!」

 

逆恨みと甘えの入り混じった絶叫。ヒルツはザボテスの懐に踏み込み、奪った棍棒を容赦なく振り下ろす。それは自らの不遇をすべて他人のせいにする、男の卑屈な「復讐」であった。

 

 

幼い頃から、沼川の人生は常に「比較」という名の檻に閉じ込められていた。

 

通知表の数字、徒競走の順位、放課後に集まる友人の数。

そのすべてにおいて、彼は常に「劣る側」だった。

 

「隣の家の子は……」

「同級生のアイツに比べてお前は……」

 

親や教師から、まるで呪文のように繰り返されたその言葉は、

少年の心に「自分は欠陥品である」という歪んだ確信を深く刻み込んだ。

 

大人になっても、その呪いは解けなかった。

就職しても仕事が長続きしない。

ミスをすれば「あの新人に比べてお前は」と冷笑され、数ヶ月で職場を去る。

職を転々と変えるたびに、履歴書の空白と共に劣等感だけが肥大していった。

 

 アイツ等はあんなに輝いているのに、なぜ俺はこうなんだ? 自分には生きる資格なんて無いのか?

 

その自問自答は、やがて「悲しみ」から「憎悪」へと変質した。

自分には決して手が届かない「未来」や「成功」を持つ者すべてを、彼は呪うようになった。

 

性格は目に見えて荒み、牙は自分より弱く、未来ある存在へと向けられた。

ある時は、レジで手間取っただけのコンビニ店員に、溜め込んだ鬱憤をすべてぶつけるように罵声を浴びせ、什器を力任せに蹴りつけた。

またある日は、画面の向こうで無邪気に笑うアイドルに、ファンレターを装いながら

「お前の笑顔は全部偽善だ」「とっととこの世から出ていけ」といった悍ましい誹謗中傷を書き連ねた封筒を何通も送った。

現実の苦痛を麻痺させる為にギャンブルに溺れ、底の見えない借金の沼に沈みながらも、彼は他者を攻撃することでしか、自らの存在を確認できなくなっていた。

 

だが、どれほど他者の顔を絶望に歪ませても、自らの心が満たされることは一度としてなかった。

情けなさと虚無感は増すばかりで、ついに限界を迎えた彼は、雨の降る駅のホームへ足を運んだ。

入線してくる電車の轟音を聞きながら、線路に身を投げようと一歩踏み出した、その時。

 

彼は偶然にも、ベンチの下に転がっていた「それ」を拾ってしまった。

 

仮面ライダーヒルツのカードデッキ。

冷たく無機質なその金属の塊を手にした瞬間、沼川の脳内に異様な感覚が走った。

初めて見るはずの紋章、初めて触れるはずのカード。

なのにその使い道が、そして「力」の引き出し方が自分の手足の様に、

恐ろしいほど鮮明に理解できた。

まるで昔でもこれを持っていたかのような、気味の悪い既視感。

 

( は、ははは……これだ。コイツがあれば、目障りな奴らを、根こそぎ地獄に叩き落とせるぞ! )

 

邪魔な奴らの対象は、沼川の両親も例外ではない。

「いつ結婚するんだ」「孫の顔を見せろ」「自分が恥ずかしくないのか」……

奴らは自分の主観こそが絶対の幸福だと信じ込み、レールから外れた息子を「恥」として扱う、

傲慢な管理者に過ぎない。

沼川が自分の名を叫びながら凄惨な無差別殺人を犯した今、故郷の両親は間違いなく、世間からの激しい糾弾に晒されていることだろう。

「あんな子を産むんじゃなかった」「被害者の代わりに自分が死ねばよかった」と、血を吐くような思いで泣き喚いている筈だ。

自分の命を肯定も否定もしなかった両親が、自分のせいで絶望の底に突き落とされる。

そう思うだけで、沼川の枯れ果てた心には、かつてないほど晴れやかな悦びが満ち溢れていた。

 

「テメエみてぇなリア充には、無縁な話だがなあああッ!!」

 

逆上したヒルツが、奪い取ったカクトゥクラブを狂ったように振り下ろす。金属が激突するたびに凄まじい轟音が響き、ザボテスの白銀のボディから火花が絶え間なく飛び散る。かつては仲間を、弟を守るために振るわれたその棍棒が、今は邪悪な男の手で憲之介の肉体を叩き潰そうとしていた。

 

だが、ザボテスは一歩も退かなかった。

 

《 GUARD VENT 》

 

ハードカクターの両肩を模した重厚な大盾、グリューンディフェンスがその左腕に現れる。

爆音と共に、振り下ろされた棍棒をシールドの縁で真っ向から受け止めた。火花が憲之介のバイザーを照らし、その奥に宿る「静かな怒り」が沼川を射抜く。

盾で棍棒を弾き飛ばすと同時に、ザボテスの巨大な拳がヒルツの顔面にめり込んだ。

 

「……リア充、やと? ……」

「ぐぼぉ!」

 

沼川の過去がどれほど悲惨であろうと、彼がどれだけ「比較」に苦しんできたとしても、

今この瞬間、彼が奪った命の重みが消えるわけではない。

その罪は、どんな同情でも拭い去ることはできない。

 

「お前は自分の弱さば、他人の血で塗り潰しとーだけやんッ!!

人生上手くいかんけんって全部滅ぼそうってか!? ふざくんのも大概にしいや!」

 

ザボテスの猛攻が始まった。

それは洗練された相撲技と、剥き出しの怒りが混ざり合った圧倒的な暴力だった。

 

「どぉっせええぃッ!!」

「ぐがあっ....」

 

強烈な突っ張りがヒルツの胸板を抜き、浮き上がったその細い身体を、憲之介は逃がさず捕らえた。

そのまま無人のオフィスビルへと突っ込み、厚いコンクリートの壁にヒルツを叩きつける。

壁を幾層も突き破り、ヒルツは奥の部屋の瓦礫の山へと埋もれた。

凄まじい砂煙が舞い上がり、沼川の呻き声すら聞こえなくなる。

 

「世の中、悪か部分しか見らんけんそうなる。甘えんな………………」

 

ザボテスは息を整えと問えながら踵を返し、

外でハードカクターと交戦を続けるヘルザリーチの群れを殲滅しようと一歩を踏み出した。

 

だが、その直後。

 

《 DRAIN VENT 》

 

不気味な電子音が、半壊したビルの中に響き渡った。

瓦礫が爆ぜ、中から飛び出してきたのは、先ほどまで死に体だったはずのヒルツだ。

 

「ヒヒヒハハハハ……ッ!!!」

「……なにっ!?」

 

咄嗟に振り向いたザボテスの目に飛び込んできたのは、先ほどまで死に体だったはずのヒルツの姿だ。

ねじ曲がった刃を持つ召喚器・ヘルザバイザー。その透明なシリンダー部分には、先ほど現実世界で沼川が蹂躙した、無実の通行人たちから奪い取った「生き血」がなみなみと蓄えられていた。

 

ドレインベント――。

他人の血液と言う、抽出された生命エネルギーを自らに注ぎ込むカード。

装甲の赤い部位が脈打つように発光し、凹んでいたヒルツのボディが内側からの圧力で瞬時に修復されていた。

 

「らあああッ!!」

 

ヒルツの突進。

ザボテスはガードベントを構えようとしたが、その反応速度をヒルツの機動力が上回った。

先ほどまでの、どこか腰が引けた卑屈な動きではない。獲物の喉笛を狙う飢えた獣のような、圧倒的な速さと殺意。

 

「がっ……あぁっ!?」

 

銀の重装甲を、ヒルツのヘルザバイザーが火花と共に斬り裂く。

一撃、二撃。

回避が間に合わない。ザボテスは防戦一方に追い込まれ、鋭い刺突がボディを次々と穿っていく。

 

「コイツ、さっきと動きが?!」

「驚いたかぁ?  最近見つけた、ちょっとした”裏技”よぉ!」

 

沼川は歓喜に喉を鳴らす。

本来、ドレインベントは一人分の血液であれば傷の修復に留まる。

だが、沼川が今日、街中で無差別に奪い、ヘルザバイザーの中に貯め込んでいたのは「数十人分」の命の輝きだ。

それらを一気に、そして過剰に自身へ流し込むことで、

ヒルツは自らの肉体に一時的な「暴走状態」とも言えるドーピング効果を付与したのである。

 

その速度は、残像を残すほどの超高速移動。

ヒルツはザボテスの巨体を翻弄するように周囲を駆け巡り、死角からヘルザバイザーで斬りつける。

他者の未来を食いつぶし、己の力へと変える――まさに沼川という男の生き様を体現したかのような、醜悪で強大な攻勢だった。

赤黒い光の残像を引き連れ、ヒルツは円を描くようにザボテスの周囲を高速で旋回する。

緑色の重装甲が、死角からの執拗な刺突によって火花を散らし、ひび割れていく。

他人の命を啜り、他人の未来をガソリンにして加速する――その戦い方は、沼川省吾という男の浅ましき本筋そのものだった。

 

「がはっ……ぐうっ……!」

 

膝をつくザボテスを見下ろし、ヒルツは狂気に染まった瞳で追い打ちをかける。

多人数分の血液を過剰摂取したことによる精神の高揚が、彼の舌を異常なまでに滑らかにさせていた。

 

「そんでだ。あ~、何だっけか? さっきは『心』がどうとか抜かしたな? あぁ?」

 

一撃ごとに、呪詛のような言葉が投げつけられる。

 

「『明日には明日の風が吹く』」

「『努力は報われる』」

「『やまない雨は無い』」

「『生きてりゃいい事がある』」

「『生きてるだけで勝ち組』」

「『自己責任』」

 

ヒルツは吐き捨てるように笑い、ザボテスの側頭部を無造作に蹴り飛ばした。

 

「そして――『甘えるな』……そう! 甘えるな、だ!!

そんなセリフを吐く奴はな、

大抵が『持ってる』側の人間なんだよ! 世の中には、そんな枠組みにすら入れない弱者が、掃いて捨てるほど蔓延ってんだ。テメエみたいなリア充には絶対解らねえ……解る訳がねえんだよ!」

 

地面に転がるザボテスを嘲笑い、ヒルツは両手を天にかざして叫ぶ。

 

「いいか? 所詮人間なんてな、夢も希望も活力も、クソ社会に出て歳を食えば、

ぜーーーーーーーーーーーーーーーーーんぶ枯れ果てちまうのさ!

ガキ共を始末したのはなぁ、そうなる前だ! 『可愛い』『将来有望』だの言われてチヤホヤされてる小綺麗な内に、この俺が終わらせてやったんだよ!

絶望を知る前に死ねて、さぞ幸せだったろうよ!?」

 

高笑いが無人のビル群に木霊する。

血液ドーピングによる異常な全能感が、沼川の卑屈な根性を「歪んだ救世主」へと変貌させていた。

 

「そして未来! 日本の未来なんて闇一色! それが揺るぎない事実!

物価高騰!資源は他国に依存しっぱなし! クソみたいに税金むしり取る政治家共のせいで、役に立たない年寄りが跋扈し、年下を食い物にする! いずれ失業者で溢れ、国民全員が無理心中する時代が必ず来るんだよ!

一度決められたレールから外れた者は修正なんて許されない。そんな腐った風習や文化が、

この社会にはベッタリこびり付いてんだよ!」

 

沼川は、倒れ伏したまま動かないザボテスを指差し、勝利を確信したように喉を鳴らした。

 

「すなわち、こんな国で生きるなんざ時間の無駄だ! だから俺は、"現実"とかいうクソ社会から市民を解放してやってんだ! それの何が悪い!? むしろ俺の方こそ、世界から称えられるべき聖人だろうが!

解るか!? このリア充野郎! 解らねえよなぁ、恵まれたお前にはよぉ!

あーーーーっはっはっは!!」

 

高笑いと共に、ヒルツの姿が揺らぎ、赤い残光を引いて加速する。

トドメの一撃。

多人数分の命を糧にした超スピードが、ヘルザバイザーの凶刃をザボテスの喉元へと導く。

勝負は決した――沼川がそう確信し、歪んだ法悦に浸ったその瞬間。

 

金属が激突し、軋む音が響き渡った。

沼川の細い腕が、空中で静止する。

動けなくなったはずのザボテスが、己の顔面のわずか数センチ手前で、迫りくるヘルザバイザーの刃を両手でガッチリと掴み止めていたのだ。

 

「……は?」

 

沼川の思考が停止する。

強化されたはずの怪力が、一歩も先へ進まない。

まるで巨大な鋼鉄の万力に挟まれたかのような、絶対的な拒絶。

 

「そうやね……解らんばい……俺はお前じゃなかし……確かに人には恵まれとーかもしれん…………ばってん……これだけはハッキリ解る……」

 

ミシリ、ミシリと、ザボテスの指がヘルザバイザーの装甲に食い込んでいく。

凄まじい握力。

力士として、数多の猛者たちのまわしを掴み、ねじ伏せてきたその掌が、

今は人殺しの凶器を力任せに押し戻していた。

徐々に、だが確実に、ヘルザバイザーの矛先が上へと反らされていく。

 

「お前には……なん言うたっちゃ、無駄って事がなあぁぁぁ!!」

「ごふっ……!?」

 

ヘルザバイザーを掴んだまま、ザボテスは空いたもう片方の拳を、ヒルツの腹部へと深々と叩き込んだ。衝撃波が背中にまで突き抜け、沼川の身体はくの字に折れ曲がって吹き飛ぶ。

ザボテスは手の中に残ったヘルザバイザーを忌々しげに地面へ投げ捨てると、再び地を踏みしめた。

 

「くっ……この野郎ぉッ!!」

 

沼川は即座に態勢を立て直し、再び血液ドーピングによる高速移動を開始した。

残像を残しながらザボテスの周囲を跳ね回り、死角から幾度となく拳を、蹴りを叩き込もうとする。

だが――その攻撃は、もはや一発としてザボテスに届くことはなかった。

 

「おいおいおい! なんで……なんで当たらねぇんだよッ!?」

 

焦燥が沼川を突き動かす。

だが、どれほど翻弄しようとしても、ザボテスはその場から動かず、最小限の動作ですべての攻撃を捌き、あるいは弾き返していた。

先ほどまであえて攻撃を受け続けていたことで、ザボテスの肉体と意識は、すでにヒルツの単調な攻撃パターンを完全に学習していたのだ。

 

憲之介は元力士。引退済みといえど土俵という極限の勝負の世界で、

相手の呼吸を読み、重心の変化を察知し、刹那の隙を突く技術を骨の髄まで叩き込まれたプロの格闘家だ。

対する沼川は、自分より弱い者しか狙ってこなかった、ただの素人。

どれほどドーピングで「速度」を上げたところで、その動きには駆け引きも重みもない。

ただ闇雲に手足を振り回すだけの「子供の喧嘩」に過ぎなかった。

 

何よりも憲之介と沼川では戦いに対する姿勢が全く異なる。

生きて誇りを取り戻したい憲之介。

そして既に破滅しか頭にない沼川。

最初から、どちらに勝利の女神が微笑むかは明白だった。

 

「お前の動きは……全てが軽か。覚悟も、重みも……何一つ入っとらん」

 

静かに、だが断罪の響きを持って放たれた言葉と共に、ザボテスの左腕でカクトゥバイザーが咆哮を上げた。超振動する円形の刃が、大気を切り裂く高音を奏でる。

 

「らあああッ!!」

 

往生際の悪いヒルツが、ドーピングの残滓に縋って再び飛びかかる。だが、ザボテスはその軌道を完全に見切っていた。踏み込みと同時に放たれたカクトゥバイザーの一閃が、ヒルツの胴体を真横から深く切り裂く。

 

火花が夜の闇を照らし、沼川の悲鳴がビル群に木霊した。

形勢は完全に逆転していた。もはやそこにあるのは「戦闘」ではない。積み上げてきた者の「魂」が、逃げ続けてきた者の「虚無」を磨り潰す一方的な制裁だった。重戦車のような突っ張りがヒルツの胸板を抜き、とどめの「上手投げ」がその細い身体を冷たいアスファルトへと叩きつけた。

 

「がはっ……ぁ……! げほっ、ごふっ……!」

 

地面に這いつくばり、もはや指一本動かす気力すら奪われたヒルツ。ひび割れた装甲の隙間から、沼川の浅い呼吸と、ドレインベントによる過剰なドーピングが切れた反動の震えが漏れ出す。

しかし、彼はなおも、その腐りきった魂の最期を飾るかのように、震える声を絞り出した。

 

「うぜえ……うぜえ! うぜえ! うぜえッ!! ……他人が死んだくらいで……ムキになりやがって!!」

 

沼川は血の混じった唾を吐き捨て、バイザー越しにザボテスを睨みつける。

その目は、自分を追い詰めた強者への、拭い去れない呪詛に満ちていた。

 

「テメエも俺と同じだろうが!? ……願いの為に、邪魔な奴らを蹴散らす『ライダー』なんぞになりやがった癖によぉ! どの面下げて正義面してやがる、この偽善野郎ッ!!」

 

自分と同じ穴の狢だと決めつけることで、せめて最後の一矢を報おうとする沼川。

だが、憲之介はその罵倒を、まるで飛んできた羽虫を払うかのように冷ややかに聞き流した。

 

「だけんなんね? 一人で騒いでろ」

 

その一言に、一切の迷いはなかった。

憲之介はこのライダーバトルに足を踏み入れて以来、まだ誰一人としてその手にかけてはいない。

だが目の前のこの「怪物」を葬り去ることには、一欠片の躊躇も、一滴の感傷も抱かなかった。

こいつを生かしておく事は土俵という神聖な場所を、

そして英太達が生きる未来を、これ以上汚させる事と同義なのだ。

 

ザボテスは静かに、最後の一枚――ファイナルベントのカードを引き抜き、

カクトゥバイザーにセットする。

 

《 FINAL VENT 》

 

重厚な電子音が、無慈悲に処刑開始を告げる。

背後で戦っていたハードカクターがザボテスに向かってくる。

ザボテスは地を蹴り、その巨躯からは想像もつかない高さへと跳躍した。

同時に、ハードカクターもまた空中で大の字に身体を広げ、無数の刺を逆立てて主を迎え入れる。

 

眼下に広がるのは、動けぬまま死を待つヒルツの姿。

ハードカクターの背に飛び乗ったザボテスは、そのまま全質量をかけたボディプレス――「デモリッシュスパイク」の体勢に入った。

 

自らの死期を悟った沼川は、仮面の奥で血を吐きながらも狂ったような笑い声を上げた。

 

「イ……イイヒヒハハハ! 俺一人始末したところで無駄だッ! どんなに綺麗事を叩こうが、日本の未来は変わらねえ! 誰も止められねえ!」

 

落下してくる白銀の巨星を睨みつけ、沼川は最期の呪詛を絶叫する。

 

「なんで皆、こんなクソ社会で生きるのか解らねえと、俺に共感する奴らが必ず現れる!

そしてソイツ等が第二第三の沼川彰悟として、世界をぶち壊す!

俺の存在その物が、この社会の真理だあああああぁぁぁぁ!!」

 

その絶叫は、凄まじい衝撃音にかき消された。

 

ハードカクターの巨大な棘がヒルツの肉体を貫き、圧倒的な質量がその存在ごと粉砕する。

大通りを震わせるほどの大爆発が巻き起こり、卑屈な男の魂は、鏡の世界の塵となって霧散した。

 

 

燃え盛る炎を背に、ザボテスはゆっくりと立ち上がる。

その身体から緑色の粒子が静かに舞い始めた。

ミラーワールドの活動限界時間が迫っている。

視界の端では、主を失ったヘルザリーチの大群が、

蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていくのが見えた。

 

「何で生きるやと?……んなん、決まっとろうもん……」

 

燃え盛る炎を背に、戦いの場を静かに去りながら、

憲之介は誰に聞かせるでもなく呟いた。

 

「お前んみたいに……ならん為ばい……」

 

 

 

        ◆

 

 

 

不気味なほどの静寂が満ちる、無人の古びた屋敷。

かつての栄華を象徴する調度品は埃を被り、窓から差し込む斜陽が、浮遊する塵を淡く照らしている。

 

その中央、神崎士郎は一人、背筋を伸ばして椅子に深く腰掛けていた。

相変わらず何を考えているのか測り知れない無表情。だが、その鋭い眼光だけは、鏡の中の理(ことわり)を冷徹に見据えている。

 

「……まさか、また奴の手にデッキが渡るとはな」

 

神崎の唇から、形にならない溜息のような独白が漏れた。

 

以前の歴史の断片においても、沼川彰悟という男は異分子だった。

ライダーの力を手にするや否や、己の卑屈な欲望のままに大規模な無差別殺人を引き起こし、

現実世界を修羅場へと変えた。

その混沌は、本来神崎が望む「ライダー同士の共喰い」という構図すら危うくし、戦いどころではない事態へと発展させた。

 

故に神崎は以降、沼川をライダーに選ぶつもりは毛頭なかった。

だが、運命の歯車は歪な回転を見せた。

今回の時間軸での、ヒルツの契約者が戦いを拒み、モンスターの餌食となった。

その人物の遺されたデッキを、あろうことか路傍の石同然の沼川が拾い上げてしまったのだ。

 

神崎はこの一ヶ月、その経緯と沼川の暴挙を静観していた。

案の定、あの男はまたしても大々的にやらかした。

鏡の世界の力を盛大に見せびらかし、無実の命を啜り、己の存在を世界に刻もうと足掻いた。

 

(……とは言え。今回は、収穫もあった)

 

神崎の視線が、手元のカードへと落ちる。

豪場憲之介。甘い正義感を捨てきれず、中々他人の命を奪えなかったあの男が、ようやく「一人」を葬った。

その引き金となったのが沼川という「不浄」であったことは、皮肉な結果と言える。

非道な男の最期は、結果として憲之介の覚悟を一段階引き上げるための、残酷な礎となったのだ。

それだけは、あの無様な男が果たした唯一の役割として評価しても良いかもしれない。

 

(何にせよ、俺のやる事は変わらない。いざとなれば、また” 修正 ”するだけだ……)

 

神崎は静かに、傍らの鏡を見つめる。

鏡面には、まだ終わりの見えないライダーバトルの火花が映り込んでいる。

 

一人の「異物」が消え、物語は再び本来の軌道へと戻っていく。

新しい願い、新しい絶望、そして新しい血を求めて。

 

仮面ライダーたちの戦いは、尚も続いていく。

 

 

 

【完】

 

 

 




あとがき
本来、「リア充」と言うスラングが流行りだしたのは2005年から2007年頃らしいので、
龍騎放送当時の2002年頃にこの言葉が使われるのは設定上合わないと思いますが、
沼川の心情を解りやすく表現したかったので今回はこの言葉を使わせています。

自分で作っていて変な話ですが、私はこの沼川と言う男をあまり描きたくなかったと言うのが本音です。
彼の性格を再現するには、実際の事件やSNSの誹謗中傷など多く調べなくてはならないので。
とは言え必要とあらば、また彼を、もしくな似たようなキャラを書く日が来るかもしれません。
中々重い腰になりそうですけど。
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